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63 魔女の脱走と待望の帰還


「……」


グニャリと曲げられた窓の鉄格子を改めて眺めながら…アイラは絶句する。


「それで、彼の容体は…?」


背後にいる研究所の職員に、振り向かずに彼は尋ねる。


「…ざっと検査した結果では、特に心配されるような異常はないようで…人の身体の状態を見ることを得意とする能力者達も、おそらく一時的な失神で、じきに意識も戻るだろうとの事ですが…もしも今日中に意識が戻らなければ、明日にも精密検査になるでしょう…」


「……」


ヨルアの脱走が分かった直後、外を回っていた警備員の1人が門の近くで倒れていて…


幸い、彼の皮膚には特に異常は見られなかったので、おそらく、ある程度の距離からヨルアと視線があってしまっての失神なのだろうと見られているが…


脱走直前のヨルアをチラッと見かけた他の職員の話だと、その時の彼女の髪は依然真っ赤だったらしいから…


アイラはとにかく、失神した警備員の無事を祈らずにはいられない。


…これ以上問題を起こしたら…


ヨルアは指名手配扱いになって一般に捜索され…


今の政府に渡ったら彼女は一生…政府の管理下で危険な諜報活動や、場合によっては人間兵器として汚れ仕事を専門にさせられるだろう。


いや、そんな状況になるくらいなら、その前にあの子は…


慌てて連絡を取った、例の夜のような深い藍色の瞳の青年の見立てだと、彼女は強い怒りの念を持って、徒歩で真っしぐらにタニアを目指しているらしい…


怒りの原因の殆どは彼女の誤解らしいが…誤解が解けたとて、彼女の絶望は和らぐ訳ではないから…


怒りのエネルギーは、やはりタニアに向かって行く事は変わらないとの事で…


「…私も全力で行方を追っています。こちらでも、ブレムさんに何かあった時の対策は色々と考えて来ましたが…マシュイはともかく、本当にあの子が…この問題で役に立つのですか?…それよりも前に…ヨルアには告げるべき事が…」


先程の通話で、ケントの念を押すような言葉が再び出たが…


「いや…深淵の瞳の青年が言うには…まずは誤解を解いてあの子を落ち着かせる事が第一で…それまでの我々のやれる事は限定的だ。だが、全ての問題を解決する為には、彼の力が…」


「アイラ様。」


息を切らしながら自分の名を呼び耳打ちする彼の秘書の声に、アイラの意識は現在に戻される。


「そうか。それは結構大きな吉報だ。」


カシルと共に、レノにおいて神木扱いされているブルーベリーの大木の下で発見され、その後、意識不明のままポウフ村に運ばれた、ヨルアの目指す娘、タニアは…


今しがた目覚めたと…ミアハの長老の秘書の男から連絡が入ったとの事に、アイラはとりあえず安堵した。


…少し前の情報だと、能力のタイプが似ている2人だが、今は彼女の力の方がヨルアより上回っているらしいし…あの深淵の瞳の男も通話では似たような事を言っていた。


兎にも角にも、タニアに会うまでは…今のヨルアの視界には誰も入っては来れないという事のようだから…


まずはなによりの情報だ。


ブレム…


君が生きてさえいれば…


あの子は…無事な姿の君と一言でも言葉を交わせれば…


いつもの優しいヨルアに戻れるのに…


君の死の悲しみはこんなにも…


深く深くなってしまっているよ…




1日前…


「…せめてヨハ君だけでも目覚めてくれればタニアちゃんは…」


足元に横たわる2人を見つめながら、小さな溜め息と共にハンサは呟く…


「…おそらく、この子達は10日近くは目覚めないだろう。特にヒカは…半年以上は目覚めないかも知れないな。2人共、向こうの女神にかなりエネルギーを吸い取らてしまっているし…それにヒカは…無理に起こしたらダメなんだ。お腹の子が流れてしまうだろうからな…」


「え?え?…今なんて仰いました?」


サラッととんでもな発言をした長老の方へ、ハンサは身体ごと向きを変えて、言葉の真意を確認しようとする。


だが長老は、質問には答える事なく…


「ハンサ…君は少し後ろに下がっていてくれるかい?ヨハとヒカはね…しばらくはここで眠ってもらうしかないと思う。だから…」


ハンサを少し遠ざけると、長老はマナイの広場に直に横たわっている2人の周囲を、何やらブツブツとギリギリ聞き取れない言葉を繰り返し呟きながら歩き出す…


「……」


時間にしたら、5分程経った頃か…


2人の周囲や直接接している面がゆっくり歪んで行って、やがて彼等を包むマナイのドームが出来上がってしまったのだった。


「……」


唖然としているハンサに、


「ここで眠っていれば、エルオの女神は彼等に必要なエネルギーを与えてくれるだろうから…当分はこの4人の事はトップシークレット扱いになるかな…。ヨハはこれからやって来るミアハの危機に備えなければならないからね…赤毛のあの子の事は、ヨハの力を頼らずに、こちらも頑張るしかないよ。」


と、振り向きながら長老は言って、ニコリと笑った。




つい30分程前…


エルオの丘の、地下深くから伸び鎮座しているマナイの結晶の塔の頂上部分の広場に…大きな光の塊が突然出現した。


その中には、数日前にヌビラナで行方不明となった人達がいて…


その光はゆっくりと薄くなり…それと共にヨハとヒカはその光の影響から外れて行く…


明け方までヨハ達の発するエネルギーを呼び寄せる為の瞑想をしていた長老は、明かり取りの窓の色合いの変化で朝を知り、少し仮眠を取る前に近くの資料室に入り、奥の小部屋に新たな女神の予言が降りていないか確認をしようとしていた。


するとドアの方から僅かに漏れて来る不可思議な光に気付き、それがマナイの結晶の塔の広場で起きている事をなんとなく察し…


彼は慌ててそちらへ向かったのだった。


光はしばらくそのまま動く気配がなかったので、長老はその場で再び瞑想を始めたのだった…


どうやら…あの光の中にいるのは、確かに例の行方不明の4人だ。


だが、ジウナとテイホの例の男を包んでいるエネルギーは…ヨハの発したモノではない。


未だかつて接した事のないタイプの力だが…何やら親近感を覚えるエネルギーだ…


彼はゆっくりと…ジウナ達を包む光の方へ近付いて行く…


「……」


ブレム側にかなり近付いた所で長老は立ち止まり…その光に手をかざす…


「…なるほど…そういう事でしたか…懐かしく感じる訳だ…」


その光に触れている状態で…長老は微笑を浮かべながら、ゆっくりと目を閉じた。


「……」


時間にしたら30分前後経っただったろうか…


ヨハとヒカを包んでいた光はすっかり消えて、2人は寄り添うように横たわっている…


そこで初めて長老は資料室へ戻り、ハンサに連絡するも…彼は通話中だった為…


タヨハに連絡して経緯を説明し…それからは息子の無事を知った興奮気味の彼と、それは長い通話となってしまった。


そして、彼を通じてエンデに来るように連絡をして、それから再び資料室へ戻り…ハンサに丘の資料室に大至急来るよう内線で彼へ命じたのだった。




「ハンサ、私達は…とてもデリケートで厄介な問題に巻き込まれたようだよ…」


駆けつけたハンサに、長老は困ったように笑みを浮かべる…


「だがある意味…希望も生まれた。」


「では、そちらの2人は…どのように対応すれば良いのです?」


未だ薄っすら青白い光に包まれて…僅かに宙に浮かんだままのブレム達を見てハンサは尋ねる。


「…何も…」


「え?」


「こんな時に困った事だが…当分は何も出来ないんだ…」


長老は眉間に皺を寄せて俯く…


「だが…」


顔を上げ、


「ヨハ達はね…なんとか約定を結んでくれたようだよ。」


一転、長老良いニュースを笑顔で報告した。


約定というモノは一方的な契約ではなく、こちら側も受け取っているモノもあると…


そして、


「それが花開くまでは少し時間がかかるんだ。それまでは…私達はなんとしても色々踏ん張らなくてはならない。」


とも…


その直後にサラッと言ったヒカの妊娠が…約定の事と何か結び付くように感じたハンサだったが…


あのヒカの妊娠は…彼の中では未だ現実味のない話で…


あえて尋ねる事が出来なかった…






ポウフ村の北側に位置する、鬱蒼とした深い森の中…


赤毛を振り乱した妙齢の女がゆらゆらと…ある鄙びた村に住む、若いセレスの女をひたすらに目指して歩いていた。


彼女のシンプルなデザインの薄手の生地の衣服は、ここに至るまでの様々な理由によって薄汚れていて、元の淡い色彩は既に留めておらず…


「返せ…クソジジイ…パパに何をした…?…絶対に許さない…パパを…返してもらう…」


と、ブツブツ何度も繰り返し呟く…


裸足で歩く彼女のその足先は、両足共に酷く腫れていた。


丸1日…彼女は一睡もせずに飲まず食わずで歩き続けていた為と、その腫れ上がった足の為か身体は熱っぽく…


彼女の体は限界に近づいていたが…歩みを止める事は出来なかった。


「タニアちゃん…あなたが悪いのよ…だから…私と行くの。あなたがいれば…あのジジイはきっとパパを返してくれる…待っててね…」


彼女の心は壊れかけていたが…


そんな自分を見て嗜めてくれ、側で見守る最愛の人はもう…いないのだから…大した問題じゃない…


彼女は何度も転ぶが…それも大した事じゃない…


タニアちゃん…待っててね…


彼女は立ち上がり、かの村を目指して再び歩き出す…








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