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59 古き約束の成就、そして…

59 古き約束の成就、そして…



「なあ…タニア…」


結局、約定の事とか…具体的に何がどうなるのか分からないまま、タニアから今夜は何か特別な事が起こるかも知れない事を聞いてしまった為に、カシルは緊張で眠れなくなり…


彼はふらりと寝室を出ると司令室に向かうが…そこには既に人の気配があった。


「向こうは明日ぐらいまで作戦を練り直すだろうから、今日明日は身体をしっかり休めて下さい」


という、数時間前のタニアの言葉を信じて、今夜は外の警備は常備はやらない事になって…


けど、一応2人がどちらも外に出ていない時には代わりにトインが見回ってくれて…


どうやら彼は、こちらを見回りながら、時々ブレム達の周辺まで様子を見に行っているようなのだが…


まあ…それが出来るのも、こちらは予知が出来るタニアがいて、向こうはヨハが…


具体的に彼の能力がどんなモノかはカシルは未だ知らないのだが…ヨハには充分な対処力があるとの事で…


だが、少し前のタニアとのやり取りがどうにもカシルの頭を冴えさせてしまい…上手く眠りに入れないでいた。


やはり司令室にはタニアがいて、母星から持ち込んだ数少ない娯楽品の1つである小説を読んでいるようだった。


おそらく読者好きのエンデの影響もあるのだろうと、暇つぶしにエンデの話題でも振ろうとした時、彼はふと、ヨハが初めてポウフ村に来た時の事を思い出す…


よい機会だから、カシルは前から知りたかった事をタニアに聞いて見る事にした。


「あ、カシルさん…眠れませんか?ブルーベリーの実が成っているみたいですよ。夜食代わりに如何ですか?」


カシルの気配に読書を中断して顔を上げたタニアは、ブルーベリーに話題を振った。


「…ああそうだな…眠れないんだよな…ブルーベリーでも食べてみるか…」


2人は口頭で、監視カメラや盗聴器を意識した、少々ワザとらしいやり取りをする…


カシルがブルーベリーを3粒ほど摘んで口に入れながら、タニアの近くまで来ると…


タニアはニヤニヤしながら例の絵文字盤を持ち出して来て、


「どうですか?甘いですか?」


と質問ながら、駒をカチャカチャと動かし出し、カシルに見せた。


「大根役者。会話が棒読みですよ。」


それを見て、ぐぬぬ…とカシルは拳を握りしめながらも、


「まあまあ甘い…でも完熟までもうちょっとかな?おい、またゲームか?お前も好きだなぁ…」


と口頭では言いながら、


「タニア…テメェ…マジで後で勝負しろ。」


と、カシルも適当に盤を動かしながら、タニアに向かって怒りの念を送る…


「どうせ眠れないなら目を覚させてあげようと思って…」


「…本当に今夜は…ヨハ達の機内の様子を見に行かなくてもいいんだな?」


と、一応確認するようにカシルは念を送る…


「はい。ここの女神様も彼等を見守っている気配を強く感じていますし……ところで、私に何か聞きたい事があったのでは?」


女神?…見守る…?


タニアは気になる言葉をサラッと連発したが、直後に当初のカシルの疑問に話を振って来たので、


「あ、ああそうなんだよ。ヨハは前にポウフ村にシェルターみたいな空間を作ったろう?あいつも少し体力は使うと思うが、ここにも…あんなに広いスペースじゃなくていいから、似たようなモノは出来ないのかな?そしたらどっちにも死傷者は出ないんじゃないかなって…」


「それはおそらく、今は無理なんです。」


タニアはカシルの質問が終わらないうちに盤を動かし始めた。


「なんで…」


「あれは…ポウフ村の守護的存在のアバウ神の神官として、深く受け入れられているパパが神殿に常駐していられるから出来た事なんです。あれもある意味、神々との契約みたいなモノで…もしパパに何かあったなら、多分シェルターは1日も持たずに崩壊してしまいます。…ここにはちゃんとした神殿もないし、まあ仮初の建物でも契約は可能かも知れませんが…ヨハともう1人…その契約には、ここにずっと常駐出来る強いセレスの能力者が必要です。けれど、我々はその契約の為の信頼関係がこちらの女神とは築けていません。それはある程度時間のかかる事であり、古の約定も放置しているミアハの民が、中途半端な状況のまま新たに契約を結べると思いますか?契約を結ぶどころか…そんな図々しい事をお願いしたら、女神が機嫌を損ねて関係が拗れる可能性もある事なんです。」


「…そうなのか…まあ…そうだな…1つの星の女神レベルの契約となると…小さなポウフ村のようにはいかないか…」


カシルが心の中で呟くと…


「少し前にパパが似たような質問を長老にしたそうですが、そのような回答だったので…あの方の見解がそうなら…我々は思いつきで迂闊な事は出来ないと言う事でしょうね…」


タニアは本を置き、外にいるトインの様子を窓際まで見に行きながら、キッパリと言った。


タニアが窓から覗くのを待っていたかのように、彼は窓の真下で尾を振りながら無言でこちら見つめていた。


「…余計な事はするなってか…まあ…トインも何か意味があってここに来たがったんだろうしな。あいつも女神から何か…」


と言いながらカシルも窓に近付こうとした時…


トインは突然、耳をピクッと反応させて、ヨハ達のいる子機の方を見た。


それとほぼ同時に外が急に明るくなる。


「なんだ?」


カシルは驚いて窓に顔を近づけて確認しようとする。


「……」


その明るさはどんどん増して行き…


やがて眩しいくらいに、その光はカシル達のいる司令室の中も強烈に照らしたのだった。


「…何が起きてるんだ?…」


訳が分からないながらも、カシルは咄嗟にタニアを庇うようにして蹲り、光の入ってくる方へ自分の身体を向ける…


どのくらいその状態は続いたのだろう…?


とても長くも感じた2人だが、実際は5分前後か…?


と…


「……」


その光は急に消え、


一転して窓は元の漆黒の闇に戻った。


「…消えた…のか?……なんだったんだ…?」


カシルはタニアに問いかける。


「…約定が…女神同士の古い約束は、今、果たされたようです…」


「……え…?何がどうなってそうなった?…さっぱり分からん。」


カシルの質問に、タニアはかなり複雑な表情で微笑んだ。


「…喜ばしい事ではありますが…」


まだカシルは混乱の中にいたが、更なるタニアの言葉は彼を不安に落とし入れる…


「今…基地内の通信機能は全て停止してしまったようです。…もしかしたらしばらく復旧しないかも…あっ…」


タニアは慌てて窓の方に意識を向ける。


「トインはブレムさん達のいる建物に向かうようです。何が起きてもこちらに近づくなとジウナに伝える為に…」


「こちらに近づくなって…」


何か…縋るような目でカシルはタニアを見る。


「トインも既に分かっているのです…方法はあなたに任せるから…ブレムさん達をなんとか足止めして…」


分かったとばかりにトインは1度だけ振り返り…彼は凄い勢いで走り出した。


「さて…」


トインを見送ったタニアは、今度はカシルの方を振り返り…


「…カシルさん。正念場の1日が始まったようです。なんとか踏ん張って、生き残りましょう…」


と、笑みを浮かべて言うのだが…


「あ…ああ、ここからはお前の指示が頼りだ。なんでも言ってくれ。」


「…まずは、間もなくこちらにやって来る役人の対応がこれからを左右します。その後は時間勝負かも知れません…よろしくお願いします。」


自分を見たタニアの目はとても険しく…


それはこれから起きる事の深刻さも示していて…


思わず身震いをしてしまうカシルだった。




およそ1時間前…



謎の声に、なんだかよく分からないまま従ったヨハは、生まれたままの姿のヒカを横抱きにした体制で浴槽の中にいた。


「…そういえば…育児棟でアムナが足りていなかった日に、僕も君の入浴の手伝いをさせられたんだよ。あの時は、君は浴槽でウトウト眠り始めてしまったから…慌てて出して身体を拭いて服を着せていたら…今度は目覚めてギャン泣きで…大変だったなぁ…」


「……」


ヒカは相変わらず目覚めないが…


薄っすらと笑顔すら浮かべているような…何かを喜んでいるようにも見える彼女の寝顔は…


育児棟で遊び疲れていきなり寝落ちした時のヒカを思い出させ…


懐かしい…あの頃のような、ただ2人でいる事が楽しかった時の幸せな気分にヨハを誘う…


「……」


ずっとこのままヒカの寝顔をしばらく眺めていたかったが…


長湯でヒカを湯当たりさせたり風邪を引かせる訳にも行かないので、ヒカの身体がほんのりピンク色に染まりかけたところで浴槽を出て…


丁寧に身体を拭いて、睡眠時にヒカが使用していると思われる衣服を着せた。


「……」


ふと…


脱いだ衣類と一緒に籠に置いた…2人が先ほどまで横たわっていたベッドのシーツの僅かな赤いシミが、ヨハの視野に入る…


あの時の…幼いままではなくなっている、今の2人の状況を改めて感じ…思わず腕の中のヒカを強く抱きしめる。


「…もしもこの後に何かあっても、必ず君だけは守り抜くから…僕以外の人と家族になる事があっても…この日の事は忘れないで…」


と、耳元で呟くと…


「……」


ヒカはモゾッと少しだけ身体を動かし、ヨハを抱きしめ返して来た…


「ヒカ…?…起きたの…?」


ヨハは慌ててヒカの顔を見るが、丸くて大きな瞳は開かれる事なく…


直後、ヨハを包み込んだヒカの腕の力はゆっくりと抜けていったのだった…


そんなヒカの様子にフッと笑い…


「…相変わらず…君は君だね。…ありがとう…ヒカ…」


ヨハは彼女に軽く口付けし…


ヒカを横抱きにしたままの体制でスクッと立ち上がる。


そしてヒカの寝室のベッドに、相変わらず眠ったままの彼女身体を横たえて…


急いで洗濯をし、自室のベッドを整えて、2人の情事の痕跡を可能な限り消した。


そして、自身の足に軽く引っ掻き傷を作ったヨハ…


…おそらくだが、さっきのシーツの血液のシミは落とし切れないだろう…


もしもこれから何かが起きて、2人共に助かれば良し…


だがそうでなければ…


僕は…無事に難を逃れたヒカの思い出の中にだけ居ればいいんだ。


やるべき事は全て片付けて、自室に戻ろうとしたヨハだったが…


寝る前にもう一度だけ、ヒカの寝顔を見たくて彼女の寝室のドアを開ける…


「…?」


眠る彼女の下半身辺りが…強く光を放っている状況が目に入り…


「なん…だ…?…あれ…」


…毛布が光っているのか…?


ヨハはベッドに近付き、ヒカに掛けられている毛布を間近から見つめるも…


よく分からないので、毛布をそっとめくって見ると…


その光はヒカの下腹部からの発光のように、ヨハは見えていた。


「…そういえば…」


以前…これと似たような場面を見た記憶が甦る。


それは…


ケイレの師匠が長年の経験の中で確立させた、ミアハの癒しの根源のエネルギー調整の為に、セレス、ティリ、レノの能力者が集まってヒカに施した治療法の最中に…


ほんの1分前後だったが起きた発光現象…


後であの現象の事をケイレに尋ねると、確か…あれは3種類に分離しているミアハの癒しのエネルギーが分化する前の状態に戻る時に起こる現象なのだと、彼女が説明していた記憶が…


これは…それなのか?


…にしては、あの時よりも輝きが半端なく強い…


なのに…


その光は更に、どんどん強くなって来ている気がする…


「ヒカ、大丈夫…」


光はどんどんと強さを増して行き、ヨハはもうヒカの姿をまともに見ていられないほどになって来ている異常事態を心配し、声をかけながらヒカの肩に触れようとした、その時…


『その子に触れないで!弾き飛ばされます。』


また例の声が…


「これは何?…ヒカは無事なのですか?」


どこに向かって聞いていいのか分からず…ヨハは咄嗟に天井に向かって叫んだ。


『この子は大丈夫です。もう少ししたら収まります。けど、この光は更に強くなって行きますから…眼球をやられないように守って、しばらく廊下へ出ていなさい。』


その声は後半に行くにつれどんどん強い口調になって行ったので、ヨハは一瞬怯んだが…


勇気を出してヨハは問う。


「本当に、ヒカは無事なんだな?」


すると…


室内が異様に熱くなって来て…


『勿論です………お前は…誰に向かってそんな口を訊いている?…約定を反故にしたくなくば、四の五の言わずに早くそこを去ね!』


今までの優しく温かかった雰囲気とは打って変わり…


下っ腹にまで重く響くような、おどろおどろしい雰囲気に変化したその声に、


「大切な人の予想外の事態に混乱しております。どうか、無礼をお許し下さい…」


ヨハは素早く平伏し謝罪をする。


『…分かればよい…早く出て行きなさい…』


その声はすぐに元の穏やかな声に戻ったので、ヨハは後ろ髪を引かれながらも…急いで廊下に避難した。


…やはり…あなたは…


ヨハがその声の正体に確信を持ち始めた時…


廊下越しだというのに… その光はまるで障害物を全て通り抜けて行くように…


隠れても目を閉じても無駄と感じるほどの強烈な光を放ち始め…


ヨハの体感時間にしたら10分…いや、実際はもっと短い時間だったように思うが…


光はやっと収まった。


「……」


廊下に蹲り…恐る恐る目を開けて周囲を見渡すヨハ…


周辺は何事も無かったかのように、いつもの景色に戻り…


機内は変わらず静寂…いや、厳密に言えば終始外からの砂嵐の音が微かに漏れ伝わってはいる状態なのだが…


ヨハはもういいだろうと満を持して立ち上がり、ヒカの元へダッシュした。


「……」


ヒカもまた…


まるで何も起こらなかったかのような…穏やか表情でゆったりとした寝息のリズムを刻みながら、深い眠りの中にいた。


良かった…


ベッドに近付き、膝を付いた状態でヒカの頬に触れながら、ヨハはひとまず安堵する…


と、


『宿木の腕輪を嵌め、危機に備えなさい…』


まだ安心するのは早いと言わんばかりに例の声がヨハに指示して来る…


「あ…そう言えば…」


ヨハは自室に戻ってベッドサイドの私物入れの引き出しを開け、言われた腕輪を取り出して左腕にはめる…


「普段は付けていなくても問題ないと思うけど…眠る時と任務の時はなるべく身につけておいた方がいいわ。」


と、タニアに忠告をされていたのだが…初日にシャワーを浴びる前に外してから、ヨハは外したままだった事をすっかり忘れていたのだった…


「いざという時のあなた達2人の命綱になると思うから…」


タニアはそんな事も言っていた。


確か…ヒカの腕にも無かったような気がして、確認に戻り…


ああやはり…


予想通り腕にははめていなかったのだが…ヒカは任務で外に出る時はいつもはめていたような記憶ががあり…


「ごめん、ヒカ…引き出しを開けるね…」


と、眠るヒカに一言告げてヨハは彼女のベッドサイドの引き出しを開ける。


が、腕輪はなかった…


「あれ…?」


腕輪はなかったが、引き出しの中には見覚えのある…使い込んだ形跡のある分厚い本…いや、これは…


…そうだ…


ヒカと師弟関係を結んだばかりの頃にヨハがプレゼントした辞書だった。


「懐かしいな…だけど僕が勉強を見てあげている時は滅多に使わなかったのに…なんでこんな所まで…」


何気なく辞書を手に取ってパラパラとめくっていると…何かがハラリと落ちた…


「…?」


落ちた物と拾い上げると…


「……」


それは…もう大分変色していた…かなり古そうな四葉のクローバーだった。


「そう言えば1度だけ…君に押し花の話をしたね…これは…あの時の…?」


胸に熱いものが込み上げて来る…


ヨハはヒカから貰った四葉のクローバーを、研究所の自室の本棚にあるミアハの歴史が綴られた本に挟んではある。


だけど、君はこんな所にまで…


「……」


涙で薄っすらボヤけた視界の中で、ヨハはクローバーを辞書に戻し…引き出しを閉めた。


…とにかく今は腕輪を見つけなければ…


と、ヨハはぐるりと部屋の中を改めて見回す…


多分、生真面目なヒカはタニアの助言は守ろうとしているはず…


ならば…


ヨハは相変わらず眠るヒカの枕の下に手を潜らせる。


「あっ…」


推理通り、何か硬い物に触り…ヨハはそれを掴んで引き出す。


「やっぱりあった。」


ヨハはヒカの左腕にその腕輪をはめてあげ…その手の甲に優しくに口づけをした。


そして、


自分の手を腕まくりをして、天井の方に向かって2つの腕輪見せるような動作をした。


だが例の声はもう…ヨハには何も聞こえなくなっていた。


「…危機に備えるって…タニアがチラッと言っていた…あれか…?」


ヨハはもう1度女神に質問をしようとしたが…


「…?…」


何故だか急に…もの凄い睡魔に襲われた。


なんとか立ちあがろうとするも、強烈な睡魔にはなす術もなく…


そのままヨハは、ヒカのベッド脇に倒れてしまうのだった。






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