58 家族…
「……そう…だったんだ。それで…その話は今回の君のお願いとやらと…その…どう関係があるのかな…?」
どうやら…
ヒカは師の自分を通さずに師弟解消の話を長老にした事を、ハンサさんから批判的な指摘をされたらしい…
「…私は…叶うならずっとル・ダの側で…能力者としてのお仕事がしたいけれど…それは叶う望みではないと諦めていました。幸か不幸か、長老やハンサさんがいつも近くにいて見守って下さっている事で、今まではセレスの研究所以外の人達の声は私に届く事は殆どありませんでしたが…男女の師弟というケースはそもそも、ミアハの能力者全体から見てもあまりなく…時間が経つほどに、人々は好奇心で私達の師弟関係に関して様々な噂をするようになり…それはいずれ師の立場の能力者の足を引っ張る可能性も出て来るから、離れるタイミングは非常に大事と思いました。」
「……」
…おそらく話の後半の部分は、ゼリス自身がイレンと師弟関係を結んだ前後からずっと言われて来た事なのだろう…
長老の話だと、セレスの能力者は昔から地のエネルギーと強く繋がってしまうと、その事以外に興味を持たなくなる傾向があり、それがまるで優秀なセレスの能力者の証のような事を、そういう状態を好んで求めるタイプの能力者が言い出すと…
いつからか、セレスの能力者は妻帯するべきではないし、女性と交わるとエネルギーの質が良くない意味で変わる…という見方がセレスの中で力を持つようになっていったらしい。
だがそれは、それほど昔の話ではないらしく…
長老セダルの子供の頃は既に能力者の妻帯者は少なくなってはいたそうだが、まだ僅かに存在はしていて…
セレスの男性の生殖能力が目立って衰え始めて来てから、能力者が言い訳のように自分達能力者の神聖性を自負するようになり…
その辺りから、セレスの民全体の妻帯者も減り始め…出生率が劇的に下がってしまったと…
当たり前の結果だが、それによって能力者の出現も絶望的に減って行った。
加えて…
セレスの能力者は傾向として寿命が短く、亡くなり方も特殊なケースが多い為…
出生率の低下と共に能力者を神聖視するあまりに、暗黙の内に長や長老となる可能性の高い能力者に対しての禁欲的な縛りを課す動きも強くなって…
…まあ確かに、学びの棟では飲酒や喫煙…そして過ぎた性交は、能力者のエネルギーの質の劣化に繋がると教えるし、長老によると実際にそれは事実ではあるらしいが…
能力者への過ぎた神聖視が、結果的に出生率と優秀な能力者の激減への負のサイクルを作ってしまい…
セレスは滅亡へのカウントダウンが始まったと言っても過言ではないのだ。
「…ヒカはさ…セレスの能力者を神聖視する傾向が強くなった事が、結果的にセレス滅亡の危機を招いている原因の1つ…という話を誰かから聞いた事はある?」
「…多分…記憶する限りないです。」
ヨハの質問に、ヒカはう〜んと首を捻り…首を横に振った。
…そう…この話題も現状、セレスの能力者の妻帯者が皆無になった頃から暗黙の内にタブーになっているそうだ。
だからヨハ自身もこの問題を誰かに言葉として会話の中に出した事はないし…おそらく、長老もハンサもそうなのだろう…
まあ…元老院とか…長達と長老の間ではこの件に関する弊害問題が、最近の話題のほぼメインになってしまっているようだが…
けれど…
[このタブー視の傾向も、間接的にセレス滅亡への時間を早めている。セレスとしての妙なプライドが…問題視する事すら避けているのかも知れない。これもセレスの能力者を神聖視し過ぎた弊害の1つと言わざるを得ない。]
長老は先日、エルオの丘の資料室の奥にヨハを案内した際に、そう彼に言い切った。
「師弟関係解消の件は、君なりに一生懸命考えて、僕の将来の為に取った行動という事は僕なりに分かっていたよ。でもやはり…僕は君の一番身近にいる存在だと勝手に自負していたからね。何の相談も…長老に伝えた報告も君からなかったのは、正直かなり落ち込んだ…」
「……」
ごめん…
一方的な師弟解消の件は、ヨハが今まで生きて来て間違いなく一番ショックな出来事だっただけに…今、初めて勇気を出して自らその件に触れて来たヒカに対して、溢れて来た当時の心境をヨハは言わずにはいられなかった。
修行や身だしなみ…時には任務先の地で儀式の作法や礼節の所作に関して、若干、無頓着な傾向のある彼女に少し長めのお説教を言った事もあったが…
大体は神妙な表情で、時としてウンザリな表情を押し隠しながら聞く事はあっても、泣く事は1度も無かったヒカだったが…
「…感情的な事を言ってしまった…ごめん。」
ヒカは顔を両手で覆ったまま…時々しゃくり上げながら、頭を横に振る仕草をした。
「いいえ…私は一番恩のある師に対して礼を失した事をしたんです。あの優しいハンサさんが怖い顔でお説教するくらいですから…ル・ダが謝る事ではないです。泣いたりして…ごめんなさい…」
…と、
「…?!…」
なんだ…?
この感覚…
体調を崩す前兆かな…?
ヒカの泣いている様子を見ていたヨハは…
何か……
熱いような…不思議な感覚が足元から上へと湧き上がり…ヨハの全身を包んで行くような…
なんとも奇妙な感覚が突然に起こり、ヨハは困惑していた。
「……」
今まで経験した事のない感覚に戸惑ったヨハが、今度は暫し黙り込む…
「…私の勝手な行動でル・ダにご迷惑をかけておいて…こんな事をお願い出来る立場ではないのですが…ル・ダは…今回の任務では、私の師匠という立場だけでなく、私を守る為に命の危険も承知でここにいて下さっています。アリオルムでの長老とカシルさん達の真剣なやり取りを聞いていても、今回の任務は色々な意味で危険という事は、とてもよく分かりました。」
いや…
長老やハンサは、ヨハは命懸けでヒカを守るつもりでヌビラナでの任務に臨むという内容は、ヒカには何度か直接伝えていたようだが…
やはりその時は、ゼリスの能力と彼女の度重なる干渉によって、ヨハに関する様々な事はヒカの心には届き難くなっていたようだった。
だが今は…
ヒカの目は潤んでこそいるが…話し続けて行くうちに、最初の頃の控えめで申し訳なさそうな雰囲気は薄れ…ヨハの目をしっかり見つめながら、テーブル越しにどんどん距離を詰めて来るような勢いになっていて…
そして更に彼女は話しを続ける。
「私は…能力者として自立してセレスの為に尽くす事が、長老やル・ダへの恩返しになると…ずっとずっと思って頑張って来ました。でもル・ダは、今回の任務では私の警備の役も躊躇なく負って下さっています。最初こそ私は…この星の美しい空の様子に圧倒されておりましたが、ここには色々な危険があり、皆さんがとても注意を払いながら作業をされてる様子が段々と目に入って来て、怖さがよりリアルなモノへと変わって来ています。私は、能力者としての自立だけではあなたに恩が返し切れない事が良く分かったのです。」
そこまで言って、ヒカはバッと勢いよく立ち上がり、ヨハの座っているベッドサイドの方へ回り込む…
「…え…」
今まで見たい事がないようなヒカの能動的な様子に、ヨハは呆気に取られ…
たじろぐヨハの側まで来てヒカは片膝を折り、立てた方の膝の上に反対側の腕をそっと乗せて…
「これから先、私はいつまで生きられるか分かりませんが…命ある限りあなたの部下となって、ミアハの為に仕事がしたいです。なるべく足手纏いにならないように一生懸命頑張りますから…どうか、私をあなた様の部下にして頂きたく…お願いに上がりました。」
そこまで言い切り…ヒカはそのままゆっくりと深く頭を下げた。
「……」
未だかつて見た事がないヒカの勢いに圧倒され…
「……」
沈黙してしまうヨハ…
ヒカはヒカでヨハから拒絶の返事が降りてくるのが怖くて、なかなか頭を上げられず…
「……」
長く続く沈黙…
「…ル・ダ?……」
ヒカは恐る恐る顔を上げ、ヨハを見た。
「……」
ヨハは…感情の見えない表情でヒカを見つめていた。
「…僕は…う〜ん…」
ヒカの願いは…どちらかと言うとヨハには嬉しくない反応に見えた。
…ああ…
ヒカはヨハの微妙な表情に一気に脱力した…
「…君の気持ちは嬉しかったよ。ヒカなりに懸命に考えてくれたんだよね?…だけど…」
張り詰めていたモノが一気に緩み…ヒカはボロボロと涙が止まらなくなっていた。
「……」
体制を崩し…その場に両膝を付いていた。
「いいんです。お気遣いは無用です。ダメ元で…ル・ダに最後に我が儘を聞いてもらいたかっただけですから…」
「…最後なんて…嫌な言い方はやめてくれ…」
ヨハは立ち上がって、泣き崩れたヒカの身体を抱えて彼女を立ち上がらせた。
「まあ…とにかく涙を拭いてそこに座って。」
と、自分が今まで座っていた場所にヒカを誘導して座らせ、近くに畳んで置いてあった洗い立てのフェイスタオルを涙を拭く為に彼女に渡し…
ヨハ自身もヒカの隣に腰掛けた。
「あれは…まだ君が…」
唐突に話し始めたヨハに、ヒカは反射的に顔を上げた。
「育児棟に来て間もない頃だったかな…僕はどうしても行かなくちゃならない用事があって、君がそれを敏感に察して泣き出した時…僕は君に、家族ならどんなに離れていても絆は切れないそうだから、僕は君の家族のつもりでいるよって…とにかく泣き止んで欲しくて言ったんだけど、ティリに医師としての修行に行って、君に会えない時間が長くなって…やっぱり君と家族でいたいのは僕の方なんだなぁって改めて感じた。そしてそれから間もなく…君が僕との記憶をすっかり忘れてしまった時、とてもショックだったんだけど、家族なら記憶を失っても絆は切れない。だからまた新しく楽しい思い出を作って行けばいいって…再会した僕に人見知りして避けている君を見て落ち込む度に、そうやって自分を励ましていたんだ…」
ヒカとは視線を合わさず…
前を見たまま遠い目をして訥々と話し出すヨハ…
彼が何を言いたいのかがまだヒカはよく分からないまま…
「……」
隣でそんなヨハをジッと見つめ、ヒカはとにかく彼の話に集中していた。
「僕の特殊能力の事は、君にちゃんと話した事はなかったよね。まだ歩き出して間もないくらい小さい頃に、僕の能力は唐突に発現して…物心ついてその力のコントロールがやっと出来るようになるまで…僕は長老に大分迷惑をかけてしまったみたいなんだ。これから先のミアハは、様々なトラブルに巻き込まれる可能性が高くて…長老はその事でずっと頭を痛めておられるんだけど、僕は…今回もそうだけど、この先にその特殊能力を使う必要が出てくるらしい…。その能力は本気である程度の時間使うと命が尽きるかも知れなくてね。これからの僕はいつまで生きられるか分からない問題を孕んでいて…だから長とか長老とか…未来の事は分からない身だから候補にはなれないと、長老から直接言われたんだ。」
相変わらずヒカを見ないヨハ…
「…そんな……」
ヒカは、初めて聞くヨハの能力のリスクにみるみる青ざめて行く…
師が背負うモノの重さとシビアさを改めて知り…
それは彼女を容赦なく打ちのめして行くのだった。
「ああ…こんな事を話すつもりじゃなかったんだけど…思っていた以上に僕は………つまらない話を聞かせてしまってごめん。」
「いえ決して……弟子として、ル・ダのそんな大事な事を知ることは、むしろ当然と思います。ですから、どうか謝ったりしないで下さい。」
「…ありがとう…」
一瞬…ヨハは顔を歪めた気がした。
少なくともヒカにはそう見えて…
そして彼はゆっくりとヒカを見た。
「ヒカ…?」
「は、はい。」
ヒカは久しぶりに名前を呼ばれた気がして慌てて返事をし、彼の方に身体を向けて改めて居住まいを正す。
彼の話はヒカには衝撃的過ぎて…涙はいつの間にかすっかり引っ込んでしまっていた。
「…なんだか僕も我が儘を言いたくなってしまった。君の望む部下はどこまでも部下で…家族じゃない。家族じゃないんだ…」
「は、はぁ…」
ヒカはヨハが何を望んでいるかが…まだ分からないでいた。
「家族だと、父とか兄ってあるけど…君には既にリュシさんやトウ君がいて…なんか違うと思ったんだ。」
「…ま、まあ、そう…ですが…」
ル・ダは何が言いたいのだろう…?
ヨハの話をヒカなりに必死に理解しようとしているのだが…
「……」
「…僕と結婚してくれる…?」
「…は…?」
今……
結婚?
て……言った…?
け、結婚?
「!!!…」
ヨハの言葉はヒカの想像を越えていた。
それはあり得ない事…
願う事すら許さないと…
ずっと思っていた。
「な、…なん……もう一度…」
大きくて丸い目を更に丸くして…ヒカは聞き直した…
「ハハ…ごめん。僕はなんて事を言ってるんだろね…聞かなかった事にしてくれ…」
かなり驚いているヒカを見て、ヨハは悲しそうに笑った。
「…冗談…なんですか?」
ヨハの乾いた笑い方が…
ヒカはなんだか悲しくて…
「…違うけど…大変な任務の真っ最中でこんなこと…でも…なんだかどうしても…言いたくなってしまった。ごめん…」
「…なんで…謝る…ですか…?」
…ビックリはしたけど…
真面目に聞いたのに…
いつも…人の話はちゃんと目を見て聞きなさいって教えている師匠が…結婚という言葉を軽く扱おうとしている事に…
ヒカは悲しみよりも悔しさが込み上げて来ていた。
「今の話は忘れて欲しい…でも正直、君が僕の部下になりたいという申し出は凄く嬉しかったよ。無事に帰還したらもう一度長老と相談して…」
「いやです。」
ヒカは思わずそう言って、ヨハの手をギュッと掴んで詰め寄る…
「本気にしては迷惑なんですか?ル・ダは…私を揶揄ったのですか?それは…あんまりです。」
ヒカはそう言いながら…瞳から再び涙が溢れたが…
それは先程とは違い…悔し涙だった。
「揶揄った訳じゃないよ。けど…」
「けど?」
ヒカは睨むような…それでいて切なさも孕む視線でヨハを見る…
…怒っている?…しかも…本気で…?
「……」
初めて…ヒカのこんなに強い感情表現を目の当たりにして…
ヨハは結局、自分はどうしたいのか…
どうすれば今の彼女は怒りを収めてくれるのか…かなり混乱して、分からなくなってしまっていた…
「僕は…いつ死ぬか分からない。そんな僕が結婚なんて…相手の人生を考えない…かなり身勝手な事を言ってるって思えて来て…」
「私だってそうですよ。…こんな奇妙な身体に生まれて…それはル・ダもよく分かっておられるでしょう?…いつもずっと…このままあなたの側にいられたらって、でもそんな大それた事は間違っても願ってはいけないって…思っていました。…だから…驚いたけど…本当に嬉しかったのに…」
ヒカはヨハの手を両手で掴んだままヨハから視線を外す事なく…またポロポロと涙を零す…
「ヒカ…君にそこまで言われたら僕は……本気にしてしまうよ…?それでもいいの…?」
ずっと大切に…大切に守って来た、愛しい子…
「…私は最初から本気と思って聞いていました。…だから…嬉しかったんです。あなたは…?違うのですか?…教えて下さい。」
ヒカの真っ直ぐな思いに、ヨハは嬉しさと同時によく分からない涙が込み上げて来て…咄嗟に俯いた。
そんなヨハをヒカは覗き込むようにして、不安に揺れる青緑色の大きな瞳はヨハの視界にずっと入り込んで来る…
「ル・ダ…?…許されるなら…私もあなたのお嫁さんになりたいです。…どうか…冗談だったなんて言わないで…?」
逸らそうとしても、どこまでも追ってくる澄んだ瞳…
「…君は…分かってるの…?結婚するっていう事は…僕は…君が嫌だって思っても…手放せなくなるかも知れないんだよ…?」
どこまでも自分の視線を追いながら、不安に揺れていた瞳は…
一瞬驚くが…少し恥じらいながらも嬉しそうに笑った。
「…いつまでも子ども扱いしないで下さい。赤ちゃんがどこからやって来るとかだって、私もそれくらいは知っています。でも私達は…赤ちゃんが産まれたら…本当に家族になれるのではないですか?私こそ、ル・ダが私の事を嫌いになっても…離れられないかも知れませんよ?」
「ち、ちょっと待って…ヒカ…そ、その…赤ちゃんとか…そういう話はまだ早いと思う。それに何より…」
唐突に、あまりにあっけらかんと夫婦の営みに関して触れ出したヒカにヨハの方が焦り…
「君は僕のことをまだル・ダと呼んでくれているなら尚更…師弟では赤ちゃんがどこからやって来るとかの話は出来ないよ…」
ヨハの言葉を聞き終え…ヒカは一瞬目を閉じて、とても悲しい顔をした。
そして、
「そうですか…お気持ちは…理解しました。就寝前の貴重なお時間にお邪魔して…すみませんでした。」
と、ヨハから距離を取りながら立ち上がり、一礼をした。
「え…ヒカ…?」
「…おやすみなさい…失礼致します。」
一転、先程とは打って変わり…ヨハと目を合わせる事なく退室しようとするヒカ…
何か凄く不味い展開になっている事にヨハは気付き…
「ちょ…、ちょっと待って。まだ話は終わっては…」
慌てて引き留めようとするヨハの言葉にヒカは反応し、ピタっと動きを止める。
「…あなたは…私の話をはぐらかしているようにしか…部下の件は困惑されておられるようだったので…これ以上長居をしてもご迷惑かと…」
「違う、誤解だよ…」
「私は…これからもル・ダのお役に立てるよう…私なりに考えて頑張ります。ですからどうか…今夜の事は気にされませんよう…明日からまたよろしくお願いします。」
ヨハにぎこちない笑顔を向けて告げた言葉の最後は、声が震えていたヒカ…
彼女が再び退室しようとドアに手を掛けた時…
「頼む、行かないで…」
「…!……」
ヒカは…
背後からヨハに抱きしめられていた。
少しの間固まっていたヒカだったが…
ハッとして、闇雲に踠き始める。
「大丈夫です。どうか、お気遣いなく…私は…大丈夫ですから…」
ヨハはどうしたいのか…ヒカはますます分からなくなって、ヨハの抱擁から逃れようと必死に身体を捩ろうとするのだが…
「ダメだよ。今君を帰したら…僕達はずっとすれ違ってしまいそうだから…離せない…」
ヒカが身体を動かすほどに、ヨハの抱擁はキツくなって行くのだった。
「…離して下さい…もう…はぐらかしてばかりで…ル・ダなんて…」
段々と感情が昂り…泣きながら踠き続けるヒカ…
「嫌い……?ヒカ、僕は…嫌い?」
「……」
ヨハの質問に、ヒカはフッと力が抜けて抵抗を止める…
「お願いだから…僕の話を聞いて。君と結婚したいのは、本当の気持ちだよ。」
「じゃあ…どうして…?」
一応、ヒカは抵抗を止めてくれたが…
ヨハは今自分が力を抜くことで、彼女がすり抜けて部屋を出て行かれるのが怖くて…
彼は素早く体制を整えて、またヒカを抱きしめ直す…
「少しこのままで話をさせて。…結婚の事は…僕はいい加減な気持ちでは言ってない。これだけは信じて欲しい。君は…結婚を考えるには…まだ若いからね。僕は後先考えずに我が儘で君を独占しようとしてるかも知れないって…君は赤ちゃんの話をし始めるし…怖くなって来てしまったんだ。」
「……」
「だけどね…僕にはあまり時間がないって思ってるからかも知れないけど…許されるなら、残された時間は君の側にいて…ずっと見守っていたい。正直…君が言うように、確かに僕達の赤ちゃんが産まれたら本当の家族になれる…って、僕も思ったよ…」
「……」
「…ねえ…ヒカ…?…謝るから…僕に顔を見せて…」
強引な…まるで羽交締めのような抱擁をヨハがゆっくり解くと…
ヒカは恐る恐る向き直り…
まだ濡れたままの瞳でヨハを見上げた。
「…君のご家族や、長老やハンサさん…そして僕の父や姉にも色々と相談してからになると思うけど…僕と結婚してくれる?」
なんともぎこちないプロポーズに、ヒカの顔は泣き笑いのようになって歪んで行き…
「はい!喜んで…ル・ダが大好きです。」
と言いながら、彼女は勢いよくヨハに抱きついた。
「…夢みたい…いえ、夢でも願ってはいけない事と…ずっと…」
愛しい人の胸の中で、言葉通り夢見心地のヒカ…
「…僕もだよ。話を聞いてくれてありがとう。」
ヨハも…
ここでヒカの背中に自身の腕を回し、安心したようにヒカを思い切り抱きしめて…
涙を零した。
「……?」
まただ…妙な感覚…
それも、さっきより強いエネルギーみたいなモノが再びヨハの身体を包み込む…
「……」
ヨハがその謎の感覚に戸惑い、ヒカを抱きしめていた腕を少し緩めると…
ヒカはゆっくりと顔を上げた。
「……」
未だ涙で潤む大きな瞳、熟したさくらんぼのような赤く艶やかな唇…
それは…少女から大人の女性へと…ゆっくりと脱皮をし始めたようなヒカの微かな変化…
ヨハの愛情を実感し、至福の中にいるような…愛らしさの中に恋を知った乙女の気配を見てしまったヨハは…
何も考えられなくなり、自身を見つめるヒカの瞳に吸い込まれるように顔を近づけ…
その愛らしい唇に口付けをした。
「……」
それはまるで予定調和のように自然な流れで…
ヒカも何も戸惑う事なく、ヨハのキスを受け入れて…
その触れるだけの優しいキスに2人は共に酔いしれ…しばらく離れる事が出来ないでいた。
そして、やっと重なっていた影が離れると…
唐突に、ヨハはヒカの身体を横抱きにした。
「…今夜の事を…幻だったって思いたくない…僕達の婚約の証が欲しいんだ。」
「え…?」
ヒカはヨハの言葉の意味を少し遅れて理解し、驚く…
そんなヒカの反応を不安気に見つめながらベッドへと歩き出すヨハは、
「もし…近い未来に僕に何かあっても、その証の記憶があれば、僕は幸せに逝ける気がするんだ。ヒカはそんな…ここで証を欲しがる僕を許してくれる…?」
自身の死を意識したヨハの言葉に泣きそうな表情になるヒカは、横抱きにされたまま彼の首に抱きつく…
「嫌です!どうか…そんな不吉な事を言わないで。私も証が欲しいです…だから、もう2度とそんな怖い事…」
「…分かった。ありがとう…」
そんなやり取りをしているうちに、2人はベッドサイドまで来ていた。
「…降ろすね…」
「……」
…基本、
任務先の師匠の衣食住は弟子が準備する。
ヨハは食事の準備は一緒にやってくれるが、彼の衣類やシーツやタオルの洗濯、そしてベッドメーキングはいつもヒカがしていて…
ここヌビラナでは、夜明けと共に起床し身支度を整え、まず朝食を取る前に目的地に行って任務を行う。
そして、任務終了後に朝食となり、ヒカが後片付けや洗濯を行っている間にヨハは警備の人達とミーティングを行い…その後、ヒカを入れた全員で瞑想をし、そうこうしているうちに昼食の準備となり…
昼食後、ヨハとヒカは2度目の任務を行い…
その後は夕食の準備までは自由時間となる。
ヌビラナの日照時間は短いので、自由時間の頃にはかなり薄暗くなって来ているので…
ヌビラナでの生活がまだ4日目の4人は身体があまり慣れていないので…その時間帯に仮眠を取りたがる人は多く、特にヒカはその時間帯に必ず仮眠を取る為、自由時間に入るとすぐに師と自分の洗濯物を畳みベッドメーキングをして置くのだが…
ヨハは仮眠を取る事はあまりなく、大体は本を読んだり、タニアとカシルどちらかと意見交換している。
だから…
今の時点では、ヨハのベッドはほぼヒカが整えた時のまま…
そこにゆっくりと降ろされたヒカの身体の上に、ヨハはそのまま間を置かずに彼女に覆い被さって来て…
愛おしそうにヒカを見下ろして、独特な透明感のある彼女の頬に触れながら…
「ヒカ…」
と愛おしそうに…囁くように小声で言い…
再びヒカに口付けをした。
その瞬間…
「……?!」
ヒカの全身は妙な熱さに包まれ…不思議な感覚が彼女の身体を支配していた。
ヨハはその後、何度も何度も…
角度を変えながらヒカへの口付けを繰り返していたのだが、徐々にその口付けが深くなり、ヨハの息遣いが少し荒くなって来ると…
嬉しいのに…ヨハの男性的な部分をリアルに感じて、ヒカは少し怖くなり…
やっぱり止めて欲しいと思ってしまった。
そして無意識に顔を逸らしたり、手をヨハの顔の方に出そうとするのだが…
『ヒカ…落ち着いて…大丈夫だから…』
なんとも優しい女性の声が突然に頭に響いて聞こえて来て…
抵抗しようにも、なぜか身体が動かなくなっていた…
[で、でも…身体が動かないし…怖いんです!]
と、何か分からない声に向かって必死で打ったえるヒカ…
そうこうしているうちに、ヨハはやっとキスを止めてくれたが…
今度はヒカの服を…
それはとても優しい手つきだが、彼は着実に脱がせて行く…
[は、恥ずかしいです!ル・ダ…もう止めて…]
ヒカは必死に叫ぼうとするが、声も出ず…
『大丈夫よ…どうか私の言う事を信じて…ヨハに全てを委ねなさい。きっと忘れられない素晴らしい夜になる…』
[でも…]
『…私の言っている事がもうすぐ分かるわ。ヨハを愛しているのなら…身を任せなさい…』
[……]
声の正体は見当も付かないヒカだが…その声はとても優しく…ヒカを安心させようとしているようで…
ヒカは…その声が言っている事を信じようと思った、その時…
いつの間にかヒカを全裸にしたヨハが…彼女の…まだ膨らみ切っていない胸に触れた。
[ヒアッ……]
ヒカは思わず変な発声で叫びそうになるが…やはりそれは声にならず…
そればかりか、
ヨハが触れた部分から全身に…電流のようなモノが流れたような感覚を覚え…同時になんとも言えない多幸感がヒカを包んだのだった…
[何これ…]
『…電気が流れたような感覚になったでしょう?…それは…あなた達が深く愛し合っているから起きたエネルギーの交流…ああ…本当に上質のエネルギーね…どうか…もうちょっと頑張ってね。』
…そうなのだ…
少し怖いけれど…嫌な訳じゃない…
なぜなら…相手が愛しい人だから…
そう思ったら、ヒカは急に身体が動くようになった。
そして…
気付くとヨハの顔がヒカの目の前にあって…
愛おしそうに彼はヒカを見下ろしていた…
「ヒカは胸の蕾もとても可愛いね…」
と呟くように言って顔を下に移動させて行き…
ヨハはその蕾にキスをしたのだった。
「あ…」
先程のような電流が、ヨハが触れている胸の先から再び流れたような感じになり、ヒカは自分でも信じられないような切ない声が出てしまっていて…
次の瞬間、ヨハの頭を強く抱きしめていた。
「あなたを愛しています…」
続けて絞り出すように…ヒカは無意識にそう言っていた…
「ありがとう…僕もだよ。」
ヒカの無意識の告白が合図のように、それからヨハの優しい愛撫が始まって行き…
ついに…
2人は1つになれたのだった。
「痛い?…大丈夫…?」
ヒカが涙ぐんだので、ヨハは多分、繋げた部分の事を心配しての言葉だったとヒカは思ったが…
ヒカが事前知識として得て覚悟していた痛みは不思議と全くなく…
「いえ…あなたと1つになれた事が嬉しくて…」
ヒカは思ったまま、その喜びをヨハに告げたのだった。
するとヨハは泣きそうな顔になり…
「ヒカ…この状態でその言葉は…」
と、困ったように言う…
そしてゆっくりと…ヨハは腰を動かし始める…
「ああル・ダ…私はどうして良いのか……もう耐えられません…」
再び…いや、今はもう絶え間ない…ずっと感電しているような…経験した事のない感覚に、ヒカは自分がどうかなってしまいそうで…未知の感覚に対しての混乱があった。
「やっぱり痛い…?」
動きを止めて心配そうに問いかけて来るヨハの、悲しそうな表情に…
「ち、違うんです…その…」
ヒカは顔を真っ赤にして、
「う、嬉しくて…どうしていいか…」
「……」
恥じらいながら、消え入るような声で答えてくれたヒカに…
数秒呆けたような顔になってから、ヨハは破顔した。
「僕もだよ…。ヒカ…家族になろうとしているのだから…僕の事は名前で呼んで欲しい…」
「……ヨハ…さん…」
恥ずかしそうに…それでいて、ヨハの動きに対して徐々に…なんとも言えない…艶やかな表情を見せるようになったヒカを満足そうに見下ろす彼は…
「ありがとう…愛してる…」
と告げて、吐息を漏らし始めたヒカの唇に噛みつくようなキスをした。
「…!?…」
驚くように自分を見つめるヒカに、ヨハはもう躊躇する事はなかった。
ヨハにとっても、それは全てが未知の体験ではあったが…
どうすればよいかが、まるで誰かが導いてくれているようにヨハの脳裏に断続的にヒカの身体が喜んでくれそうな行為の映像が浮かんでは消えて…
本能の赴くままに、夢中でそれを試して行くだけだった。
そして不思議と…
背後で見守る温かく力強い何かが…
『それでいい』
と、後押ししてくれているようでもあった。
かつてティリでの研修中に、面白がってカシルから男女が裸で絡み合う映像を見せられた事があったが…
あの時はただ…講義中に野生動物の交尾の映像を見た時と同じ感覚しか抱かなかったヨハだったが…
こんなにも…愛する存在とすると幸せな感覚になれる行為とは…
当時は想像も出来なかった。
ただ、あの時のヨハのほぼ無反応な様子にガッカリしたようなカシルの顔だけは、今思い出しても気分が良くなるのだが…
それからの2人は…
お互いの名を呼び合いながら…
どこか夢の中にいるような…
手厚く守られている空間の中で、何かとても大きな存在に見守られているような…不思議な感覚の中で無我夢中で求め合い…
そして…
2人は結ばれたのだった。
「……」
絶頂の余韻がなかなか冷めない中で、ヨハはヒカの身体からゆっくり離れようとすると…
ヨハの気配に、少しの間目を閉じたままでいたヒカが、急にパッと目を開いてヨハを見上げた…
すると…
「あ…お兄ちゃん…だ…」
と、少し驚いたような表情で言った。
「えっ?」
と、ヨハの方はかなり驚いて、ヒカの顔をまじまじと見た…
「ずっと待ってたの…家族だから…もうずぅっと一緒だね…」
ニコニコ嬉しそうにそう言って…
ヒカはまた目を閉じてしまう…
「えっ?…ヒカ…?…思い出したの?…ねえヒカ?…」
過去にも似たような事は幾度かあった。
また同じなのか…?
今までの…幼い記憶の君とのやり取りは…目覚めると全く覚えていなくて…
どうか…まだ眠らないで。
「ヒカ、…ねぇヒカ?」
と、ヨハはヒカの身体を揺すりながら名前を呼ぶも…
「……」
彼女は目を閉じたまま、反応が全くなくなってしまったのだった。
心臓も動いているし、呼吸もしている…
なのに呼びかけに全く反応しなくなるなんて…
…何が起こっている?
「ヒカ?…どうしたの?…ねぇ…目を開けてよ…」
ヨハが慌ててヒカの肩を強く揺すり出すと…
『眠っているだけです。慌てないで…これから2人の身体をすぐに清めなさい。』
「えっ…」
なんとも優しい女性の声が、不意にヨハの頭に響いた。
『驚かせてごめんなさい…でも時間がありません。早く身体を清めるのです。』
「……」
ヨハは何がなんだかよく分からないまま…だけどその声には素直に従った方が良いのだろうと本能的に感じ…眠るヒカを横抱きにしてバスルームに向かって歩き出したのだった。




