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57 ヒカのお願い


「わっ……びっくりした…こんな時間帯にヒカが来るなんて珍しいね。」


ヌビラナに到着してから、この星の周期で3日経ち…


やっと身体のリズムがヌビラナの自転を覚えて来て…ヨハとヒカの2人も少しだけ表情に余裕が出て来た日の夕食後に、ヨハはシャワーを浴びてる途中である用事を思い出し、うかうかしているとヒカが眠ってしまうと心配して慌てて部屋に戻り、ヒカの部屋に向かおうとした所で…


その用事の目当ての人物が、自分の部屋の前に立っていて驚き…ヨハは思わず声を上げてしまった。


「あの、夜分にすみません…ちょっとお話しがありまして…」


自分を見上げるヒカの表情はなんだか少し固くて…彼女の話は深刻な内容なのかな…?とも思えたヨハは、


「…実は僕も君に用事があって、今から君の部屋へ行こうとしていたんだ。ちょうど良かったよ。」


いつもと変わらず…優しい笑顔でヒカを見ていた。


「……」


…そうよ、ヒカ…この機会を逃したら、これから私はずっと後悔するかも知れない…勇気を出さなきゃ。


ヒカはゴクリと唾を飲み込んで、


「あ、あの………」


「……」


後の言葉がなかなか出てこないまま立ち尽くすヒカを見兼ねたヨハは、


「…ちょっと待ってて…」


と、どこかへ行ってしまった。


「……」


…どうしよう…上手く言葉が出て来ない…


タニアさんは、1週間以内にテイホの人達が何かして来るかも知れないから、ル・ダとちゃんとゆっくり話したいなら、今日か明日がいいって言ってたから…


せっかく今夜話そうって決めたの。


頑張るしかない…


もう、何を怖気付いてるの?


しっかりしろ、私…


ヒカは自分の頭を軽くポカッと叩いた。


「お待たせ…って…なんで自分の頭なんて叩いてるの?なんだか今夜のヒカはちょっと変だね。備蓄用の冷蔵庫からミルクを少し拝借して来たんだ。良かったら一緒に飲まないかい?」


背後から声をかけられ振り向くと、ヨハが2つのマグカップを両方の手に持って立っていた。


「……」


さあ、今言わなくちゃ…と思うほどに上手く言葉が整理出来なくて、ヒカはまた固まる…


「何か…折り入った話があるんでしょう?…良ければ僕の部屋で話す…?」


どこか心配そうに…でも、ヨハのその眼差しはいつもと変わりなく、とても温かい…


「…ル・ダのご迷惑でなければ…よろしいですか?」


「…迷惑なわけないよ。どうぞ…僕は手が塞がっているから、悪いけどヒカがドアを開けてくれる?」


「あ、はい…」


ヒカが恐る恐るドアを開き…


こうして、2人にとって久しぶりに…きちんとこれからの事を話し合えるひと時が…やっとここから幕を開けたようだったが…




「……」


良く考えれば…


自分のプライベートな場所にヒカを招いたのは初めてだったヨハ…


それを意識してしまうと、ヨハの方も少し緊張して来て…


だがプライベートな場所といっても殺風景な…ベッドと簡単な衣料収納ケースが備え付けてあるだけの…睡眠を取る為だけに当てがわれたような空間ではあるが…


ヨハはベッドサイドに座り、間に小さめのサイドテーブルみたいな物を挟んで、ヒカは折り畳み式の簡易的な椅子に座っている。


テーブルの上には冷たいミルクの入ったマグカップが2つ…


お互いずっと側にいて当たり前の関係だが、師弟という関係がヒカの自立試験合格によって事実上はもう無くなっている事も、今の2人の空気を更にぎごちなくしているかも知れない…


なにより、これからヒカが話す内容が、ヨハが受け入れられるモノではないかも知れないのだ。


「…ここでは返って話し辛いかな…?なんなら飲食スペースにでも移動しようか?」


相変わらず話し出せないでいるヒカに、ヨハは場所を変える提案をしてみる…


「あ、いえ…私の今後の仕事の事で…ご相談というか…お願いがありまして……」


そして、ヒカはまた黙ってしまう…


「……」


なんだか…なかなか話しが進まない状況に、ヨハがどうしたものかと困り始めていた時…


「あ、そうだった。僕もヒカに用事があったんだっけ…」


と、大事な事を思い出し、彼はポケットに手をやる。


「はい、これ。」


取り出した物をテーブルの上に置き、


「僕とヒカにって…ヌビラナに向かう前にタニアから渡されたんだ。少し前にリンナという妖精が僕達の為に出してくれたそうだよ。2度目にヌビラナへ行ったらに僕達に食べさせてってリンナに頼まれたんだってさ。」


と、経緯を簡単に説明しながらヨハが箱の蓋を開けると、ヒカの大好きなブルーベリーが…


「わぁ美味しそう!」


話の様子だと、このブルーベリーは大分前にタニアに託された実のようだが…その箱の中にはまるで摘みたてのような大きめの瑞々しい実が…6粒あった。


「トウ君だけがお話し出来る、あの妖精のリンナちゃんですよね…?」


「そうみたいだね。さっき…夕食の時にタニアから言われて思い出して…出来れば今夜中に食べてって、念を押されたんだ。」


この実はヒカの緊張を完全に解きほぐしたようで、彼女の目はブルーベリーに釘付けでキラキラと輝いていた。


「タニアさんはリンナちゃんに会ったのでしょうね…いいなぁ…。私は蝶々の時の姿は見た事はあるのですが、今の噂に聞く可愛い女の子のリンナちゃんの姿はまだ見た事がないので…リンナちゃんがくれたブルーベリーなら是非頂きたいです。」


そう言ったヒカは、その実を口に入れるのが待ちきれない様子で…笑顔でヨハを見た。


「どうぞ…あ、でも僕と君で3個ずつ食べてって念を押されるようにタニアに言われたから…何か意味があるんだろうね。君の好物なのに全部はあげられないんだ…ごめんね。」


とヨハがすまなそうに言うと、


「ル・ダ…私はそんなに食いしん坊に見えているんですか…?いくら大好きでも独り占めなんてしないですよ…」


「あ、ああそうだね…ごめんごめん…」


笑顔が一転…口を膨らませて抗議するヒカに、ヨハはとりあえず謝るも…


いつも研究所の玄関先に置かれているブルーベリーの鉢植えは、レノの長からセレスにたくさん送られた物の1つだが、リンナからヒカ専用と言われている為、ほぼヒカ以外、そこの実は職員は食べないのだが…それは常にほぼ採り尽くされ、ヨハがいつ見ても木に3.4粒しか実が残っていない状態であるので…


彼女がブルーベリーがどれだけ好きかをしっかり把握はしているヨハだが、今、その話をしたらヒカのご機嫌が更に悪化しそうな為、そこはあえて余計な事は言わなかった。


「…じゃあ、せっかくだから一緒に…同時に食べようか。」


そう言ってヨハは箱の3粒を摘まんで、自分の手の平に載せる…


「そうですね。じゃあ私も頂きます。」


と言ってヒカも3粒手に取り…


お互い…目で合図するように、同じタイミングでブルーベリーを口に放り込んだのだった。


「……」


直後、2人はまた同じタイミングで…驚いたようにお互いの顔を見合わせる…


「…凄く甘い…ジャムみたいだ…」


「本当に…今まで食べた事のないような甘さですね…」


「そういえば以前…カシルもリンナから食べてと言われた実を口にした時、凄く甘いって言っていたな…」


「そうなんですか…本当に凄く甘くて…なんだかたくさんの栄養が詰まっている感じの味です。」


「そうだね…何か特別な実という味はするね…」


そう言いながらモグモグ味わっているうちに口の中のブルーベリーはあっという間に無くなり…ヨハが徐にマグカップを手に取ると、ヒカもそれに続き…


「……」


2人はミルクを飲みながら、お互いを見てなんとなく笑い合った…





「…今夜はこっちで眠るのか?」


夜間の見回りをざっと終え、ヨハ達の機ではなくカシルの待機する子機の方に入って来たタニアは…


「…はい…まあ…」


と答えながら、また例の盤ゲームもどきを持って来て、カシルの前でカシャカシャと動かし出す…


「ヒカちゃんがやっと…これからの自分の任務について、ヨハにあるお願いをするみたいなの。自分から師弟関係の解消を長老に直談判しているから凄く悩んで…今夜、やっとヨハに話してみる気になったみたいだから…邪魔しないであげようと思いまして…」


「…そうか、なら今夜は俺がちょっくら警備員として向こうに遊びに行こう…か…」


無言の中、タニアに脳内で語りかけるようにしてイタズラ心に満ちた顔のカシルが立ち上がると、タニアはすかさずカシルの腕をガシッと掴みながら、彼女も立ち上がる…


「今夜だけはダメですよ。2人のやり取りをを邪魔するなら、朝までこのままあなたの動きを封じなければなりませんから…止めてください。」


片手で腕を掴みながら、もう片方の腕で盤の駒を動かし、タニアはそう警告する…


盤を見終えて再びカシルがタニアを見ると…


「……」


タニアの瞳は…微妙にいつもと違う色に変化していて、カシルは思わず唾を飲む…


…そうか…こいつは…


ここで起こる事を、もう何か把握しいるんだな…


ただならぬタニアの雰囲気に、思わず圧倒されるカシル…


タニアはまたカシャカシャと駒を動かす…


「…もしかしたら…今夜はこちらでちょっとアクシデントが起こり…それを感知した向こうの役人がその後にここに調査に来るかも知れません。だから、その時の為に力を温存させる意味で、カシルさんはこの後の外の警備を終えたら早めに休まれて下さい。」


「…襲撃の可能性って事か?」


カシルも一気に厳しい表情となり、タニアを改めて見る。


「…いいえ、今夜はそれはないと思います。…そのアクシデントも…もしかしたら起きない可能性もあるんです。どちらにしろ、今、私が言える事は、現段階では出来るだけ知らない方がいい事もあるという事…未来のそのアクシデントを予め知っていたら、我々はどうしてもどこか動作が不自然になり…ミアハ側が意図的に起こしたアクシデントととテイホ国疑われ…その事はいずれミアハを危機に陥れてしまう可能性もありますから…」


「……何か分からんが…そのアクシデントはあの2人がここに来た本当の目的に関係するという事か…?」


「……」


タニアはカシルの質問に今の段階で答えて良いものか…非常に迷い…沈黙してしまう…


…可能性は五分五分…


だけど…ここでのあの2人のやり取りには…部外者は決して干渉するなと…


この地に降り立った時から、ヌビラナの…この大地の女神からの無言の圧力は凄まじく…


「タニア…?」


カシルから直接名を呼ばれ…


ハッと我に帰り…


タニアは決断する。


「…この地に立ってから…あの2人に関して余計な干渉はするなというような…この星の女神の圧力みたいなモノを日増しに感じるのです。今の私が分かる事は、おそらく…そのアクシデントがそうならば…まずトインが…」


ゆっくりと駒を動かしていたタニアの指の動きがそこで止まる。


カシルはハッとして、


「…そうか…なんとなく分かったよ。」


トインは大体、機内に人がいる時は外に出て2つの子機の間を徘徊したり、機の下で寛いでいたりしていて…何か気になる事があると鳴き声で知らせてくれている…


先日のタニアの懸念は、トインを通してなんとか向こうのアイラの親派の能力者に伝わったようで…


グエン達のヌビラナ行きは延期のままになっているらしい…


そして…


そのトインが動き出す時が…何か危険な事が始まる合図という事なのかも知れない…


「すみません…本来なら警備においては責任者であるあなたに、私が察知した全てを伝えられない事はとても心苦しいのですが…今の段階ではここまでが限界のようです。ただおそらく、今の私達は待ちの体制でいた方が、事前に準備して来た事は無駄にはならないと思いますので…」


すまなそうに、再び盤の駒を動かすタニアを複雑な表情で見ながらカシルは…


「…まあしょうがねえな…俺も一応、腹は括ってここに来てるからさ。お前を信じて、今は待ちの体制でいるよ。それに…お互いここで心中は不本意だもんな。俺もこれから春をしっかり迎えないとだし…」


心の中でタニアにそう告げて微笑んだ。


「ええ、そうですよ。あなたに追い回されているヒカちゃんも気の毒ですからね…」


「……」


と、ニッコリ笑った彼女が動かした駒を見て、スっと表情の変わったカシルは…


タニアの首を絞めていた。


「テメェ…この、毒舌女め!」


「あ、すみません…ついヒカちゃんの本音が…」


加えて伝えて来たタニアに…


「え…そうなの…?」


カシルは急に悲しそうな顔になり…タニアの首にかけていた手の力も緩んだ…


そのタイミングを逃さずにサッと身体を翻し、カシルから距離を取ったタニアは、


「ふふ…あの子は別に嫌がってませんよ。…まあ…彼女にとっては面白くて楽しいおじさんという認識かな…」


「おじ……おいタニア…お前は完全に俺をおちょくっているだろう…いい度胸だ。」


と言いながら、座った目で距離を詰めて来るカシル…


「カシルさん、そろそろ巡回なのでは?」


後退りながらも、どこまでも余裕の表情を崩さないタニアの様子をカシルは更なる挑発と受け取り…


「うるさい。いい機会だから、上司と部下という立場を思い知らせてやる。」


と言いながら、不敵な笑みを浮かべてじりじりと距離を詰めて行こうとするカシル…


「私は一応、嫁入り前の若い女性ですから…これ以上の接触はセクハラですよ…」


そう口頭で言いながらも、相変わらず余裕で距離を取るタニア…


「…白々しい事を言うな。かつてあいつと同じ体術訓練をしていた事は俺も知ってるぞ…腕力も相当強い事もメクスムでの訓練で分かった。その余裕が何よりの証拠だ。危機に備えてお前もちょっとした腕慣らしは必要だろ?」


「…本気ですか?…私も多少の自負はあるのでちょっとワクワクはしますが…うっかり能力を使ってしまいそうだから止めておきます…」


「……」


カシルはさっきのタニアの目を思い出し…思わずゾクっとなる…


「…ま、まあ…今日はこの辺にしといてやる…」


「…まだ何もしてませんが…?」


「う、うるさい。だが帰ったら勝負しろ。の、能力はナシだからな。」


悔しそうに負け惜しみを言うカシルに思わず吹いてしまうタニアだが…


…この人はマジで私を女と見てない…


それは、私を同じ警備の仲間として受け入れ、それなりに評価してくれているから…


だから、こんなやり取りが成り立つ…


そうか…


だから…この人とはなんだか楽で居られるんだ。


カシルとの以外な相性の良さを発見し、少し嬉しくなるタニア…


「……」


…お互いに意識してシビアな空気を作らないようにしている事は分かっていた…


多分…今のところカシルとタニアの努力は功を奏している。


だが…


ちょっと強張っていた空気が大分解れたかな…と感じていた時、


クゥ〜ン…


という聞き覚えのある犬の声が…


カシルとタニアを一気に緊張状態に引き戻してしまうのだった。





「で?…君のお願いをそろそろ聞きたいのだけれど…?」


ミルクを何口か飲んだ後で、最初にヒカが言っていた用事に感じて、口火を切ったのはヨハだった。


「……」


ヨハの質問に再び笑顔が消えたヒカだったが…


今度は一度大きく吸って、


「…私…実は少し前に…ル・ダと初めての別々の任務から帰った時、ハンサさんに叱られてしまったんです…」


バツの悪そうな表情で、ヒカはなんとか話し始める事が出来た。


「え…?ハンサさんに?…君が?…なんで…僕は何も聞いていないよ。一体何をやらかしたの?」


ヨハはすっかり師匠モードに戻り…少し前のめり気味になって詳細を知りたがり…


ヒカは困ったように苦笑した。




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