56 見えない犬と…途絶えた心音
「…あの軍服のおっさん…かなり分かりやすい反応していたな。」
「警護員をゴッソリ減らすと連絡したのは出発の前日で…しかも、長老直々の連絡だったから…喜びながらも何か企んでいるだろうって、今も作戦会議は続いているわ。本来は1週間は様子見て作戦実行だったみたいだけど…前倒しで早めるか、ヨハ達の任務後半かで今は揉めてるみたいだけど、明後日…急遽グエン氏がまたこっちに来るみたい…」
「どっちにしろ、人界戦術という事は変更なしだろ?」
「…そうですね…表面上は波風立てない作戦案も出てはいるけど…あ、でもちょっとマズい展開になりそう。予定だとカシルさんがブレムさん達の所に挨拶に行けるのは明日の午後よね?それだと間に合わないの…う〜ん…」
「なんだよ…何が間に合わないんだ?面会日なら、基地本部に連絡して今からでも変更出来るぞ?……おい、タニア…」
カシルが不安そうに顔を覗き込んでいるタニアは、急に黙り込み思案顔になっていた…
現在のカシルとタニアは、前回も使用した宿泊兼待機用でミアハ一行の為に用意された2つの子機の一方の司令室で、先程から作戦会議をしているのだが…
その手段はかなり独特で…
見た目は細かいマスの書かれた正方形の表面のすべすべしたプラスチックの盤をテーブルの上に置き、その上で独特な絵柄の描かれた沢山の小さな駒を、2人で気分転換のゲームをしているかのようにカシャカシャと小刻みに動かしていた。
実際は、その駒を頻繁に動かしているのはタニアで、カシルはその動作はどこか適当な感じにも見えて…
タニアによる機内や周辺チェックによると、監視カメラや盗聴機の仕込み方が前回より巧妙化していて、機器の取り外しも簡単には出来ない設置になっていた。
更に今回は、到着の際に彼等をここまで運んでくれた人物に、基地内での酸素は大変貴重なので無断で物を燃やす事は禁止となった事を告げられ、廃棄物や下水まで時折りチェックされているらしいこちら側にとっては、手軽な盗聴機対策の筆談後の紙の焼却処理もままならなくなっていたのだ。
然も、前回の時は司令室にあったホワイトボードも今回は撤去されていた。
電子機器の使用も限られ、仮にその手段を活用しようとしても、そちらの方が使用の痕跡は辿られやすい…
向こうもあの手この手でこちらの作戦会議を妨害したいらしく…
大事な意思疎通手段も前回より警戒され制限されているようだった。
だが、それはタニアによって予め把握済みで、色々と準備して来た対策の1つがこのナンチャッテ盤ゲームで…
タニアの方はカシルの思考を読み取って、例の暗号化した絵柄の駒を動かして彼に自分の見解を見せて…
それを見たカシルが言葉を意識的にタニアに向かって思念を送るようなイメージで考えを伝える…
というやり取りを先程からずっと続けているのだが…
その中で、タニアがあまりに長く動きを止めてしまうとカシルは…
一応、怪しまれないように他愛もない話を表面的に作り出すのだが…タニアがずっと動かなくなるとどうしていいか分からなくなり…
「おいタニア、お前の番だぞ。早くしろ。」
とか実際に口頭で言って、イライラし出すのだ。
そんなカシルの様子を見てタニアは苦笑しながら、再び盤上の駒をカシャカシャと動かし出す…
「決めました。えっと…説明しますね。グエン氏が来るタイミングが早すぎて…確率は低いですが、彼が不用意に動いて巻き込まれてしまう可能性が出て来たので、なんとしても星間移動船の乗船予定を遅らせる必要が出て来ました。加えて彼は今回の来訪の際、護衛を10人前後引き連れて来るのですが…その中にミアハの血を引く者が1人いるのです。薄まっている血なら問題はないのですが、彼はどうやら近い…母方の祖父がティリの人のようで、ここであの子が見えてしまったら色々と問題がややこしくなり、こちらの対応もイレギュラーな要素が激増しそうなので、グエン氏渡航の出来る限りの延期と…そのミアハ系の人の今回の随従は阻止してもらいたいのですが…アイラさんの息がかかっていると疑われている向こうのスタッフ達は皆さりげなく警戒されていて、カシルさんがブレムさん達に会う日は、そういう人達はブレムさん達のいる建物には近寄れません。意図的にそういうローテーションに組まれるみたいです。そのアイラさん側に付いている隠れ能力者の人が、これから2時間後にブレムさん達の建物に周期的な安全チェックの為に近付くようなので、丁度良いタイミングだからトインを向かわせてみます。」
「…トインだけで?マジか…?」
「…ジウナちゃんならトインは見えますから…これから彼等の所に来る人にトインを合わせてさえくれれば、テレパスの人のようですから私がトインに伝えた情報をそのまま彼に見せるだけで事足ります。このチャンスを生かさないと…後で本当に厄介な事になりますから…」
ああでも…
おそらく向こうには、弱い力だが思考を読む事と未来予知が出来る、タニアに似た能力者が最近グエンの側に付いたみたいだ。
だが彼の予知の範囲はかなり限定的で、彼が一番執着しているお金の流れに関する事以外はほぼ使えていない力のようで…思考の読み取りも距離がかなり近くないと無理という程度の能力のようだが…
独特の思想を持ち、儲けたお金であちこち色々な国を渡り歩いている男…
かなり前に大きな事件を資金提供と共に主導していて、一時的にポウフ村にも潜伏していたらしく…ミアハの事情もまあまあ詳しい…本来はお尋ね者の人物…
タニア達がアリオルムのどこかで遭遇していたら、かなり部分的ではあるが、こちらの手の内を一部気付かれていたかも知れない…少し厄介な存在…
「……」
ミアハでの話し合いの末に離脱した警護員達の事がふと心配になったタニアだったが、長老は今回の任務が無事完了し、タニア達が帰還となるまで彼等は自宅待機になると言っていたから…
まあ大丈夫だろう。
…それに彼は…グエンに対して忠誠的な部下ではないようだし…
「……」
どうやら…野心家には色々な目的で危うい人間が集まって来るようで…
その能力者も結構問題ありで、そいつの周りにも怪しげな輩しか集まらない…
ただそいつは大した力ではないが…今後はもしかしたらエンデが対峙する可能性があり…まあちょっと厄介…
でも…
タニアは微かに笑みながら、さりげなくトインを促して外に出る準備をする。
「カシルさん、私はこれから外に出ます。そして見回りを終えたらヨハ達のいる機へ行きますから…」
何か含みのある雰囲気で、ハッキリとした声でカシルに伝えるタニアに、何かを察したカシルは、
「ああ了解。気を付けてな…」
とだけ伝えた。
機外に出たタニアはトインを見送り…機内から自分達を見下ろすカシルに目で合図をする。
後であなたもヨハの所に来てと…
ヨハの能力なら盗聴や監視カメラの心配なく、ある程度重要な話が口頭で出来る…
一応、ヨハ達の方も今は荷物整理が済んで人心地ついた様子が見えたので、これからは4人での今後の対策を確認し合う為に…
テイホ国側の、特にグエンに付いている能力者達は、どうやらこの星の女神に拒絶され力の使用を抑制もされている…
特に予知能力者はヌビラナ内の事は見せてもらえない…
アリオルムではそこそこの力を有していると評判の能力者であっても…
ここ最近は特に、ヌビラナに着いた途端、大事な約定の締結の障害となる能力者はほぼ使えない存在になっているようで…
武器や人的戦力では圧倒していても、女神には煙たがれる能力者達はここではただの人になってしまう…
それはこちらの唯一の強み。
ならば…
それが女神の御意思ならば私は…
まあ…今の女神はとにかく邪魔をされたくないのだ。
何より、大事な瞬間が訪れるかの心配の苛立ちも微かに感じるタニアとしては、こちらも気をつけて行動しないと女神の逆鱗に触れて痛い目に遭う可能性もないではないと肝に銘じている。
今一度、タニアは気を引き締める。
そして、向こうの連中は…
もしもこのまま…10日以内に具体的な作戦行動が無ければ、食料が予定より到着が遅れているとか…何かと理由を付けて、後半はこちらに対してじわじわと兵糧攻め作戦に切り替えて行くようだから、遅くとも2週間も経てば双方に色々と動きが起きて来るのは確実で…
「……」
約1キロ先の基地本部の方から感じる鋭い視線に、思わず身震いしてしまうタニア…
絶対に私達は…皆んな無事で帰るの。
心の中で呪文のようにそう唱えながら、タニアはゆっくりとその視線を送る彼等に見せつける為だけの周辺の巡回を始めた。
「だから、僕は嘘なんて言ってない。本当にいるんだよぉ。」
理解されない悲しみと…そこにほんの滲む怒りの目で、少年は両親を見る。
一方、困惑の只中にいる彼の両親は、何度目かのため息を吐き…
「仕方ない…今は色々取り込み中のようだが…アイラさんに相談してみるか…」
父親はやれやれという感じで動き出すのだった。
「ごめんください。」
それはタニア達がミアハからメクスムに移動した2日後の頃の事…
半年前までテイホ国保安局の長の立場にいたケントという初老の男性が、つい最近10歳になったばかりという少年と1匹の犬を伴ってタニア達の元を訪ねて来た。
ケントの元部下で友人でもある夫妻の息子が、3日前から「カリナさんから預かっている犬が、ミアハのタニアという人に会いたがっている」と言い始めて…「その人の所に自分と犬を連れて行って欲しいときかなくて…」と、夫妻が途方に暮れてケントに相談に来たという…
「犬なんてどこにいるの?」と聞いてもいつも「ここにいるんだよ」の一点張りで…と、夫人は困惑した様子で話していたと…
その少年はある事情で夫妻の実子として育てられているが、ミアハの血を引く子らしく…
その子との縁組を極秘で仲介をしたアイラの情報によると、そのタニアという女性は現在メクスムのウェスラーの管理する極秘施設に来ているとの事で、ケントは、そのまま少年と彼自身も見えない犬を連れてウェスラーの元へ行き、タニアという女性に至急合わせて頂きたい旨を伝えたのだった。
そして、彼の秘書のデュンレの案内でタニアの元へ…
「…だからね、カリナさんのいない間はブレムさんの側に居たいんだって。トインはあなたとならお話し出来るって言ってるんだ。」
その少年はとても聡明らしく、初めて会うタニアにも物怖じすることなくスラスラと…事の経緯を理路整然と説明し終えた。
「私もその犬は見えないのですが、犬の飼い主の女性とは少なからぬ縁があり、娘のように可愛がっていたので…その…あなたにご迷惑をお掛けした過去も私なりに把握しております。その上で、唐突にお邪魔した上に厚かましいお願いとは分かっておりますが…この子がこんなに切迫詰まって私に懇願して来る様子を初めて見ましたもので…多分ですが、ブレム氏になんらかの危機が迫っているような気もして…ウェスラーさんにも無理を言って、今日、こちらに伺った次第です。」
若干、気まずそうに…訥々と経緯を説明するケントと…
先程から膝をついた状態で少年や犬と視線を合わせやすくして、最初はケントと少年を交互に…そして後半はジッと犬の目を見つめながら彼等の話を聞いていたタニアは、
「ブレムさんがずっと取り組んで来た事は、私から見てもアリオルムの問題解決の手段としては有効と捉えておりまして…彼の手助けになるなら、私も協力は惜しみません。…確かに、このワンちゃんはブレムさんの事を心配しているようです。幸いこのワンちゃん…トインは、ミアハの比較的濃い血を引く者以外には見えないようです。動物は衛生管理の問題で向こうには連れて行けないんですよね?でもそういう面ではこの子は問題ないですし…私達が渡航する日の空港職員とか役人の、家系とシフトをそちらで調べて上手くなんとかして頂けるなら、或いは一緒に連れて行けるかも知れません…」
「なるほどね…」
ケントは暫し思案顔になり…
ペタンと伏せの体制になってくつろぎ始めたトインを優しく撫でるタニアを興味深そうに眺めながら、
「…まあ…なんとかなるでしょう。軍部には叔父やブレムさんの親派的存在がまだ少なからずおりますし…今の保安局の長はこの少年の父親ですから…」
と答えてニッコリ笑う。
「…じゃあ…これで交渉成立かな?いいかい?カシル君。」
タニアの少し後ろで腕組みしながら様子を見ていたカシルに、ケントは了承を確認するように見る。
「おじさん達が出来るって言うなら、僕の返事は1つしかないですよ。でもコイツは餌とか糞の始末ってどうなんですか?」
と、実質的なお世話の懸念をカシルが問うと…
「それは大丈夫です。カリナさんは毎日水も餌も上げていて糞尿のお世話もしていたみたいですけど、ミアハじゃない人にはどちらも見えてないですし、存在も無いのと同じみたいです。カリナさんは多分、もう薄々気付いて来てるみたいだけど…本来はトインにそういった類のお世話はいらないようです。…彼女は未だにその認識は曖昧みたいですが…」
少年は苦笑いしながら、でもなんだか楽しそうに思い出しながら説明した。
「…じゃあそういう事で、よろしくお願いします。このお礼は後ほど必ず考えますので……ほらマシュイ、君の両親が心配しているからもう帰るぞ。カシル、すまんがよろしく頼むな。」
「あ、せっかくですからお茶を…」
タニアに一礼をし、カシルには軽く敬礼をして退室しようとするケントを、タニアは慌てて引き止めようとするが、
「いや、お気持ちだけで充分です。お互い微妙な立場ですから…長居は危険です。では…」
ケントはタニア達に向かって軽く手を上げ、トインを名残惜しそうに見ている少年を引っ張るようにしてさっさと出て行ってしまった。
「……」
「あの人はいつもあんな感じだから…気にすんな。まあ、わざわざ自ら出向いて来たのにはビックリしたけどな…」
カシルは、タニアのやや困惑した様子を彼なりに察して声をかけたのだが…
タニアの戸惑いは違う所にあった。
…あの子は…そうよね…?
だからケントさんはわざわざ…
だからトインの声は…あの子だから聞こえたのよね…?
タニアはなんとも切ない気持ちになる。
カリナさん、あなたの周りの人達は…こんなにもあなたやブレムさんを思って心を砕いているのよ。
だから…
どうか…
「…タニア…?」
トインを撫でながら目を潤ませるタニアに訳が分からず…
カシルは怪訝そうに彼女を見た。
「ヨルア、まだダメだって言ってるだろう!」
困り果てた看護師長からの連絡で駆けつけたアイラは怒鳴る。
ヨルアの入院している部屋のベッド周辺には衣類が散乱し、そのベッドの近くの窓の手摺りにやっと掴まり立ちをしているヨルアと、その彼女を必死にベッドに戻そうとしている看護師の姿があった。
「……」
病室にあった自分の衣類の中の着やすそうな服を適当に組み合わせて、なんとか自力で着替えたのだろう…
窓際で尚も踠くヨルアの服装はなんともチグハグで…
「…まったく…そんな不自然な格好でフラフラしながら外に出たとしても、すぐに警察か救急に通報されるぞ。」
「パパが…あのままじゃ逃げ遅れて死んでしまうの。早く行かなきゃ…もう、離して!私が守らなきゃ…」
男性看護師の手を必死で振り払おうとするヨルアだが、まだ思うように腕に力は入らずに空振りしてバランスを崩し、彼女は倒れそうになる。
「いい加減にしろ!…そんな身体でどうやってブレムを守れる。足手纏いになるだけじゃないか…少し頭を冷やせ。」
「だって……」
ヨルアの顔はみるみる歪み始め…ぐずぐずとその場にしゃがみ込む…
同時に、彼女の瞳からは涙がポロポロと落ちて行く…
「とりあえず…ベッドに座って話しましょう。」
と、脱力して行くヨルアの身体を上手く支えながら、看護師はそのまま彼女の身体をベッドに誘導する…
そんな2人のやり取りを慎重に見つめながら、アイラもベッドに近付いて行き…彼女をなんとかベッドサイドに座らせてくれた看護師からバトンタッチするように、彼も隣に座って彼女の背中を支える。
「…少し2人で話したいから、君はもう行っていいよ…お疲れさん。」
「では…失礼致します。」
少し下がって一礼をする看護師にアイラは軽く手を上げて答え…
看護師は退室し、個室にはヨルアとアイラの2人きりとなった。
「…先日、君の犬を預かっていたカイルがね…トインがブレムさんの所に行きたいって言ってるから連れて行ってくれって…大騒ぎしてね。色々と本当に大変だったのだが…なんとか頼み込んで、昨日…トインはブレム君の元に旅立ったようだよ。」
「え?…ありえない。動物は…警察の特殊任務犬だって連れて行けないって…それが出来るなら私だって…いやだめよ、あの子は特殊犬レベルの訓練は1度も受けた事がないのよ…でも一体どうやっ……」
ヨルアは話している途中で脳裏にある映像が浮かび…愕然となる…
「…なんで…なんであの子は出来るの?…どうやって許可を得られたのよ…信じられない。でもトインだって…賢い子だけど任務犬じゃない。巻き込まれたら…」
ヨルアは訳がわからない様子でわなわなとして自分の髪を鷲掴みにする…
「…まあ、落ち着きなさい。向こうに行ってジウナに直接聞けばいいだろう。3日後…ヌビラナへ向かう便があるそうだから…」
え?っと、目を見開き、ヨルアはアイラを見る…
「…私は…行っても…?…」
アイラは1度大きく息を吐いてから、
「2日間はここで大人しく休んでいる事。それをちゃんと守れたらきっと…元のように動けるようになっているだろう。だから、3日後すぐヌビラナに向かえるよう、こちらで全て準備しておくから……今は安静にしているんだ。約束を守れるか?」
「…分かりました。」
ヨルアは笑顔にはなったが、なんとも複雑な表情を見せた…
「…君は…何がそんなに不安なんだ?…さっき…私が入って来た時も何か叫んでいたな…?…何かが見えたのか?」
「……」
…見ようとしても、ヌビラナの事は何も見えない…
…だけど…眠りに落ちると同じ夢を何度も…
大量の水の中にジウナとパパが…
「…ヨルア…?」
心配そうにヨルアを見つめるアイラ…
「…分かりません…ヌビラナでの事は何も見えないんです。…ただ…同じ夢を何度も……可能なら、パパ達に伝えて頂きたいのです。水は近寄ってはいけないと…」
「水?…どういう事だ?…あの星では水は貴重だぞ。飲料水用の濾過施設はあるが、彼等のいる場所からは離れているし…万が一施設から漏れたり給水用のパイプが壊れても、ブレム達の居住域まで達するか?それに……な、ミアハの一行が今回の任務を終えるまでは掘削の作業停止が決定したようだから、問題が起きてなければ作業員達は昨日発の便でアリオルムに全員帰された。出来ればブレムもそれに乗って欲しかったんだがな…」
「…そうですか…」
…パパは…
作業が無期限停止の決定がなされるまでは…誰が何と言っても動かないだろう…
それが時間の問題である事も分かっているから尚更…それを見届けたいのだ。
…叶うなら…私も側で見届けてあげたい…
彼を守り、絶望を分ち合えたなら…
今は他に望むモノは何もない…
「…まあ…分かったよ。それとなく現地の探りは入れてみる。その際に君の警告も一緒にブレム達に託せるか…やるだけやってみるよ。」
とにかく、ヨルアの今の精神状態をなんとか安定させる事が先決と、アイラは出来るだけの事はやると彼女に伝えると…
「…ありがとうございます。」
ヨルアの表情は完全には晴れないが…やっと少し微笑んでくれた。
…だが3日後…
外見も身体の機能もほぼ元に戻ったヨルアを後部座席に乗せて、アイラの部下の運転する車でシンカラムに向かう途中…
「ああっ!え?…パパ?…いやよ…パパぁ〜!」
突然にヨルアは叫び出し、パパと連呼し始めた。
「なんだ?ヨルア…どうしたんだ?」
後部座席でかなり取り乱している様子のヨルアを、アイラは助手席から振り返りながら尋ねる。
「パパの心臓の音が聞こえないの…聞こえないの〜〜!」
かなり興奮していて半狂乱気味のヨルアの髪は薄っすらピンク色に変わり始めていて…アイラは思わず息を飲む…
「…ヨルア、とりあえず落ち着きなさい。今、事務所と…ケントの方に何か情報が入っていないか確認してみるから待って…」
とにかくヨルアを落ち着かせながら事実確認をしようとしたアイラの耳に着信音が…
「…ケントか…どうした………」
ケントからのなにやら緊急のような連絡を聞いている途中で…アイラは言葉を失う…
…それは…
ヌビラナは数時間前から通信が全て途絶え…
何か大きな問題が起こっているようだが…
その後もずっと予備の通信機器へも連絡を試みているが、現状は応答なし…との…
絶望的な事を想像させる情報だった。




