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53 りんごの木の下で…


「もう…付いて来るなよ〜」


「だって…お兄ちゃんにりんごの採り方を教わりなさいってママが…」


「教わるって…こんなに背の低いりんごの木の実を採るのに教える事なんか…」


「……」


サハは、今日は母と妹のユユの3人でポウフ村に来ているのだが…


同じく母と妹を伴って来たセジカとエンデの3人でりんごの実を採りに行こうと話していたら、サハの母がユユも連れて行きなさいと…


なんだかセジカの母とゆっくり話したい母にユユを押し付けられた気がして…


ユユは別に嫌いではないが…サハは久しぶりの3人の状況を邪魔されて不機嫌なのだった…


「…ユユ…お兄ちゃんといたらダメ…?」


サハに付いて来た妹のユユは、大好きなサハに冷たくあしらわれて悲しそうな顔になる…


「いいじゃないか。ユユちゃんはサハと一緒にりんごを採りたいんだよね?お手伝いしてくれるのは嬉しいよ。」


涙ぐみ出すユユを、セジカは慌てて慰める。


「別に…ダメじゃないけどさ、りんご採りって…5個しかなってないのに5人で来る必要ある?」


「サハはいちいちうるさい。細かい事言うな!」


「お前もユユと同じじゃないか。偉そうに言うな。」


同じくセジカにベッタリのアヨカに突っ込まれ、サハはすかさず反撃する。


「チッサイ男だ。お前もウチのお兄ちゃんのストーカーのクセに。アタシのお兄ちゃんと違ってサハは優しくないから…ユユちゃんにごめんねしろ。」


「う、うるさい…」


「アヨカちゃん、お兄ちゃんは誰もいないと凄く優しいの。いつもご本を読んでくれるしユユと遊んでくれるの。」


大好きな兄を庇う為に必死になるユユ…


「そうか、サハはツンデレなのか…」


ニヤニヤしながらサハを見るアヨカにセジカは小さく溜め息を吐き…


「アヨカ、言葉遣い…女の子なんだから…母さんにいつも言われてるだろう?そう言うアヨカもサハとはよく話してるね…そういうのもツンデレなんじゃないか?」


セジカに男の子のような言葉遣いを嗜められ、更にサハとの関係を指摘されたアヨカは、


「違うよ!」


アヨカがムキになって反論すると、声が重なって聞こえ…


ハッと見ると、サハも同時に反論していたのだった。


「ほら…仲良しじゃないか。喧嘩するほど仲が良いとも言うんだよ。」


「違うよ…」


確かに、お互いセジカを巡ってはライバルでもあるのだが…気が付くと一番喋っている相手とも気付き…変に意識して黙ってしまう2人…


「まあ…なんでもいいから、早くりんごを摘んで持って行こうよ。マリュさんの作ったお菓子は美味しいと評判だから楽しみだ。ね、エンデさ……」


「……」


赤く艶やかに実ったモノとは別の…これから大きくなるであろう青い実がまだ他に3個あり、その内の一番小さい実をジッと見つめているエンデ…


あの日…テウルが拾って来た焼け落ちた丸焦げのりんごと、燃え盛る炎の中でエンデがかろうじて持ち出せた籠の中のりんごの、食べ終えた芯達をテウルがここに埋めてくれていて…


その際に幾つか芽が出たので、一時期はエンデも熱心に水をやっていたが…


メクスムに連れて行かれてからは、この木の事を彼自身はすっかり忘れてしまっていたのだが…


セジカ達はその後もずっと…ミアハのそれぞれの家族の所に戻ってからも、村に遊びに来る度に水をやっていてくれたらしく…


去年、その中で唯一生き残った1本の木が初めて実を付けて…結局3個しか収穫出来なかったのだが、マリュさんがその3個のりんごでアップルパイを焼いてくれたのだ。


そして、プレハブの住人の子供達と警護の人達とタヨハさん達…ポウフ村の皆んなでという訳にはいかなかったが、分けられる限界の大きさまで切ってマリュがそのアップルパイを配ってくれたのだが、それが大好評で…


去年は食べられなかったセジカ達が、今年は満を持して赤く熟れたりんごを採り、それでマリュにまたアップルパイを作ってもらう約束になっていたのだった。


タニアがいなくなってからエンデがなんとなく元気がないと…風の噂で聞いてからセジカ達はどうにも気になって、このりんご採りも彼等がなんとか両方の親を説得して連れて来てもらい、エンデの縁のあるこのりんごの木の下まで彼を無理矢理引っ張って来たのだが…


エンデはさっきからずっと青い実を見つめたまま…セジカ達の会話には加わろうとはしていなかった。


「…エンデさん…」


「……」


…この実が赤くなる頃には…タニアちゃんはきっと…きっと無事に戻って来る。


その時自分は…?


本当にここに留まるべきなのだろうか…?


「……」


…今なら分かる。


目の見えない僕が心配で、ママはいつも畑仕事にも僕を背負って連れて行っていた。


冷たい風の吹き荒ぶ日も、燃えるように暑い日も…


早くに親を亡くしたママは誰にも頼れず…目の見えない僕を置いて行けず、街へ働きにも出られなかったんだ…


先の見えない貧乏…僕の将来…


…どんなにか…不安で辛かった事だろう…


なんだか日を追う毎にママとタニアちゃんの姿が重なって…


まだ間に合う…んじゃないかな…


僕は…


「エンデさん。」


眉間に皺を寄せて青いりんごを見つめているエンデの前に、セジカは無理矢理に割り込んで…


レイカムで編まれた腕輪のはめられた彼の左手首を不意に掴む。


ハッとして、やっとセジカの存在を認識したように驚くエンデ…


「最近のエンデさんはなんだか心あらずで…放って置くと消えてしまうんじゃないかって、村長さんが冗談混じりに言ってましたが…僕も今、同じ感想を抱いてしまいましたよ…」


セジカが心配そうにエンデの顔を覗き込むと、


「ああごめん…色々と考え事をしてしまっていた…僕は大丈夫だよ。皆を変に心配させてるのかな?参ったな……これからは気を付けるよ。で、もうりんごは採れたのかな?」


気まずそうな表情で、また何か言い合っているサハ達の方へ行こうとするエンデの左手首をセジカはギュッと更に力を入れて掴んで、阻止する…


「エンデさん…、僕達はあなたがいたから今ここに生きています。とても幸せです。だから…僕達はあなたも幸せでなければいけないと思っています。エンデさんの力になりたいんです。なんでも言って下さいね…」


「…セジカ…」


…少し痛いほどに強く握られている左手首とセジカの真剣な眼差しは…エンデの心をじんわり温かくしていた。


「…ありがとう。」


まだ悲しみの揺らぐ眼差しではあったが、今日会ってから初めてエンデがちゃんと自分を見てくれたような気がして…セジカはちょっと安心したのだった。


「エンデさん、今僕が言った僕達というのはタニアさんも含まれていると思って下さいね。この前…タニアさんにライカムの腕輪をプレゼントしたら、あなたをよろしくって…とても心配しているようでしたので…タニアさんもきっと、エンデさんに感謝とか色々と思う所があるんです。…きっと村長さん達もタヨハさんも…エンデさんには幸せでいて欲しいと思ってます。…それを忘れないで…」


最初は少しはにかんでいたセジカだったが、話している内に少し目が潤んで来て…


彼らしい…優しさと健気な心が直に伝わって来て、エンデは思わずセジカを抱きしめていた。


「ありがとう。セジカの気持ちは伝わったから…」


エンデはセジカの背中を優しく宥めるようにポンポンと軽く触れた…


「ごめんなさい…僕…励ますつもりだったのに…」


「いや、充分励まされたよ。」


この先の自分の目の事も深い悩みだが…


いずれあの方の事は…セジカだけでなく、ミアハの民全てをどん底に突き落とす…


今はまだ落ち込んでる場合ではないのだ。


やれる事、やらなければならない事はたくさんあるじゃないか…


…なんだろな…


確かメクスムに行く前にも似たような場面が…


セジカは大事な事の前に僕を奮い立たせてくれる役目なのかな…?


とにかく、今、彼の言葉で気持ちは少し切り替えられた。


エンデはセジカから身体を離して彼の肩に手を置き…


「これから少しの間…ミアハもここも色々とゴタゴタするけれど、お互い頑張ろうな。」


と、今の彼の精一杯の気持ちを肩に置いた手に込めたのだった。


「あーッ、また2人でコソコソ話していてズルいよ。僕も混ぜてよ〜」


いつものパターンで、サハが話し込んでる2人に混ざって来る…


「サハ逃げるな〜話はまだ終わってないぞ。」


ただ…


荒屋で暮らしていた頃と違うのは、アヨカもそこに加わり…


「待って、ユユも行く〜」


続いてユユも…


当然のように彼等の家族が混ざって、楽しく戯れている事…


「アヨカ…言葉遣い。」


「分かってる…お兄ちゃんの前だけだから…」


「嘘つけ、俺の前でもそうじゃねぇか。」


「うるさい。」


「…まったく…」


いつまでも終わらないサハとアヨカの言い合いに呆れ顔のセジカ…


…そんな彼等の賑やかな戯れも、エンデの苦悩を束の間癒すのだった。


そして、その後は希望の棟にてマリュ手作りのアップルパイとエンデの得意な木苺クッキーで、アムナと子供達とタヨハと警備員達と診療所の職員…それからセジカの家族とサハの家族と…更には村長家族も招いた、ささやか…でもないティーパーティーが催されたのだった。


「いやぁ…頂いた手作りのお菓子は皆美味しかった。特にマリュさんのアップルパイは格別だ。私は以前、レブントの街のケーキ屋さんで初めてアップルパイを買って食べた事があるが、マリュさんの方が全然美味いですよ。今度は私がなんとかそれなりの量のりんごを集めて来るから、是非、次回は村全体のティーパーティーをやりましょう。」


と、村長もかなり喜んで…


次回はかなり大掛かりな催しになる事を予感させる言葉を村長は残して、ティーパーティーは一応…ムードメーカーのカシルがいない事をアムナや子供達は残念がってはいたが、まあまあ成功して御開きとなったのだった。





「エンデ君…」


今頃タニア達はまだメクスムにいると分かっていても…盗聴を警戒し、彼等はプライベートな連絡は出来ないから…


寝る前にはつい外に出て空を見上げ、ヌビラナを探してしまうエンデに、珍しくタヨハが声をかける。


「あ、タヨハさん…」


彼が淋しがる姿は見たくなくて、タニアがいなくなってから食事はいつも希望の棟で子供達やアムナ達と一緒に取ってもらっているが…神官が神殿を留守には出来ないと、夜は必ず神殿に戻って眠るタヨハに付き合って、ここに来たばかりの頃のように毎晩神殿で眠るようになったエンデ…


そんなエンデが毎晩ヌビラナを探す姿を遠巻きに見ていたタヨハだが…


「…いよいよあの子達は明日…あそこにまた行くんだね。今度は1ヶ月ちょっとだからね…これからは毎晩寝る前にヌビラナの女神に祈ろうと思って…」


そう…


いよいよ明日はヨハ達が任務の為に再度ヌビラナへ向かう日で…今度はやや長期任務となるので、彼等に付いて行くタニア達の事が今からもう…2人は心配でいてもたってもいられないのだ。


タヨハさんからしたら、我が子が2人共あの星に赴くのだ。


しかも危険を承知で…


彼等が無事に戻るまでは生きた心地はしないだろう…


それはどこにいても、何をしていても…


「…そう言えば以前、深夜にタニアちゃんと3人で月を見ながら唄いましたね…」


「あぁそうだね…あれからどのくらい経つのかなぁ…」


今夜は低めの位置に大きい月の方が半月で出ているだけだが…そのお陰で星々は割とよく見えている。


ヌビラナも…今夜はまあまあ見えている方かな…


「…せっかくだから、またあの月の歌を唄いませんか?」


なんとなく思い付き、エンデはタヨハに提案する…


「……そうだね…彼等の無事を祈って唄おうか。」


と言って、あの時のようにまたタヨハが先に唄い出す…


そしてエンデも続き…


…お互い、気が紛れる事ならなんでも良かった…


「……」


あの時と同じで、気が付けばまた同じ曲を3度繰り返していて…


3度目を唄い終えると、なんとなく2人は黙り込んでしまう…


タニアちゃんの声が足りない事は、とても淋しくはあるけれど…


……きっと皆んな大丈夫と…


唄い終えて少し楽観的になれた2人だった。


「彼等はきっと無事に戻って来ます。決定の未来ではありませんが…でも、それでも前より帰還するタニアちゃんの様子は、少しだけクリアに見えるんです。けど問題は…」


「エンデ君、今はとにかく彼等の無事の帰還を願うだけとしよう…そして……」


タヨハは空を見上げたまま…美しくどこか切ない笑みを浮かべ…


「早く僕に孫を見せてくれ…」


と言った。


「は?…」


かなり唐突な…何をどう突っ込んでいいやらというタヨハのお願いに、エンデは一瞬思考停止状態となった。


「…何の話を…?」


「何のって…私は君の話をしているよ。」


「…えっと……」


僕の話?…僕と誰の…?


いや、気持ちをちゃんと言葉にしていないが…キスしちゃったし…僕は既にタニアちゃんと付き合っている状態なのかな…?


いや…それ以前に…彼は今、孫と言った。


それはやはり僕とタニアちゃんの…という事?


え?ちょっと待て、そもそもタヨハさんは、僕とタニアちゃんの事をどこまで…?


「……」


「エンデ君…君はこんなに表情が豊かだったんだね…それに…」


ここでタヨハはまじまじとエンデの顔を見つめ…耐え切れずという感じでクククッと笑いながら、


「顔が真っ赤になっているよ…」


「……」


その後もタヨハは、言葉を発する事が出来ないエンデをチラチラ見ながら忍び笑いをし続けて…


「私は君とタニアの将来に関わる話をしているんだよ。…何か君なりに思う所が色々とありそうだが…君の思う子は諦めが悪く…一途で逞しい。これも運命と思って観念してくれ…」


そう言いながら、タヨハは徐々に真顔になって行く…


「しかし僕の目は…」


エンデはあまりに動揺し、つい口を滑らせてハッとなる。


「…なるほどね…なんとなく状況は分かった。だがあの子はもう決めている気がするから…諦めないと思う。…多分だけど君の不安はね…君が今まで努力して来た事が、これからは君を色々助けてくれる気がするよ。…きっとなんとかなる。僕も君ならいいと思ってる。」


「…いや…まだそんな…前のめり過ぎな話です。それに僕の目の問題は結構大きいと…」


彼女のいない間にタヨハがどんどん話を進めて行く事に、よく分からない焦りを感じたエンデは、やはり自分の目の事をちゃんとタヨハに告げようと思い始めていた時、


「エンデ君、僕はね…あの子達と早く一緒に暮らしたくて…結構無理をして来た能力者なんだ。そんな僕の時間がそれほど残ってない事は、先人を色々と見て来ているから分かっているつもりだよ。」


タヨハはあえてエンデを見ずに彼の肩にポンと手を置いて言った。


「…そういう事だから、早く可愛い孫を頼むね。」


ダメ押しのように置かれた手で更にポンポンとエンデの肩を叩くとタヨハは…


「じゃ、そういう事でよろしくね。おやすみ…」


と言って、


本人達の意思と段取りを勝手にすっ飛ばし…


もはや決定事項のように新婦の父の如くエンデに語り…彼はスタスタと神殿に戻って行ってしまったのだった…


「……」


呆気に取られるエンデの意思は完全にスルーされたまま…


孫が早く見たいと…


「…タ……」


タヨハさん〜〜〜っ!


いくら娘が可愛いからって…


早く孫が見たいからって…


僕の意思確認は?


「まったく…あの人もこうと決めたら中々押しが強いんだから…さすが親子だな。」


…まあでも…


一応、僕は…あの人に認められたという事か…?


不思議な事に、タヨハの言葉はもう…自分は後戻り出来ないと決められてしまったような心境にさせ、目の事ではタニアとの絆は切れないのだと…


あの2人に心理的に詰め寄られている状況にいるような錯覚を、エンデに起こさせていた。


確かに、


タヨハさんの時間はそれほど長く残されてはいないようにも見えるのだが…


これから少し先の未来はタヨハさんに限らず…全てが静止してるようなブレまくっているような…


なんだか空間が歪んでるような、見た事のない映像になっていて…


これが見え始めたのはタニアちゃんがいなくなって間もなくで…


タニアちゃん達が無事に戻る姿の背後からそれらの映像は始まって…日増しに変な画像になっている感じに見えているのだ。


だから皆んな…不確定な未来という風に見えるんだろう。


今は理由が見えないから不安だが、何か大きい変化の予感もあって…エンデの心を騒つかせていた。


タニアちゃん…


君にはミアハの未来はどう見えているの…?


…君に凄く会いたいよ……


…もう…僕は逃げる事は考えないから…


ここで…君達と楽しく暮らして行ける方法を、あの日のママの気持ちになって考えるからさ…


君に気持ちを伝えられる日を…ここで待ってるからさ…


どうか無事に帰って来てくれ…






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