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50 見えてしまった未来


「みんなお帰り。一時帰国だが、とにかく皆の無事な顔を見れて何よりだ。お疲れ様…」


一行はセレスに到着し、まず皆で長老の元へ向かった。


そしてカシルが中心となって簡易的な挨拶と報告を行い、そのまま長老と共にエルオの丘へ…


「……」


途中…


皆がなんとなく…暗黙のうちに注視していたのがタニアで…


「この時間帯には珍しく、私達以外は誰もいないね…これも女神の配慮と受け取ろう。じゃあ今日は皆で横並びになって女神に全員無事の帰還の感謝を伝えようか…」


だが、彼女がすんなり瞑想の間に辿り着いた事で、それまでタニアに向けられでいた好奇心に近い意識はすぐにそれぞれ逸れて行き…


長老の呼びかけによって、それは徐々に女神との個々の対話となって行った。


そして…


密かに好奇の目を向けられていた当のタニア自身は、ここで何かが女神に許されたような心境となり…瞑想の間はしばらく涙が止まらなかったが…


「……」


幸い…瞑想中という状態が、彼女の大きな節目となる懺悔と感謝の涙を隠してくれたのだった。


「…グスッ……」


それでも時々誰かの鼻を啜り上げる音が…


それはおそらくタニアのモノであろうと、皆気付いてはいだが…


いつもより長めの瞑想が終わっても、誰一人それに触れる者はいなかった。


その後、ヨハとヒカを残した一行はハンサによって研究所に案内される。


彼等の一時帰還は極秘だった為、セレス内にも一応来賓や研修生や一時的な業務の応援で訪れた人達の為に作られた宿泊施設はあるのだが、あえてそちらは利用せず…


今回選りすぐりで集められた警備員達は、過去にヒカが倒れる前に整備された…ケイレやエイメやティリからの医療関係者達が、ヒカの件で一時的に使用した事もある、研究所員用の宿泊施設の部屋をそれぞれ当てがわれて一夜を過ごすことになったのだった。


彼等はそれぞれの部屋で一息ついた頃に食堂に集められ、一旦自室に戻ったヨハとヒカと…少し遅れて合流して来た長老の3人と共に昼食を取り、その後は会議室へと移動した。


「…という訳でな…あちらさんはこれから再び君達がヌビラナへ到着してから、遅くとも1週間以内に何かしら動くらしい…」


この情報はカシルがケントから一部漏らされた情報と、ミアハの民の帰り際に挨拶に来たノシュカがタニアに向けて意図して意識の表面に浮かばせた情報を彼女が素早く受け取ったモノでもあった。


「それで…カシル達と相談して決定した事なんだが…」


と、長老は作戦の変更事項を話し出す…


「でもそれは……畏れながら、返って警護にスキが生まれるのでは?危険過ぎると思います。」


カシル推薦で選ばれたティリの若い男が納得出来ない表情を露わにして意見する。


「まあそうだな…君がそう考えるのも無理はない話だ。だが、こちらも決して意味もなくそういう状況を作る訳ではない。どうもその時のヌビラナは何か…他に大きなアクシデントも起きるらしくてね。基地全体が大混乱になるようなんだよ。今回は守るべき能力者はヨハとヒカの2人だけだから…それゆえに可能な作戦でもあるんだ。タニアも…今は向こうの赤毛の能力者に近いレベルの能力を使えるみたいだしね…」


「しかし…」


「警護の皆さんを混乱させてしまっているかも知れないんだけれど…不測の事態の混乱で命の取りこぼしがあってはならないように…私が提案した事なの。」


「ちょっとタニア、そうやって1人で背負ってしまわないでよ。これは僕が希望した事でもあるんだ。今は詳しくは言えないけれど、僕はある特殊能力者で…力の使い方によっては…あくまで例えですが、その時にもしも僕の近くに把握し切れないでいる誰かが近くにいた場合、仮に巻き込まれたその人の命に関わる事が起こる可能性は高いので…その事態は出来るだけ避けたいんです。ですからこの責任は全て僕が…」


「あ〜、お前等は勝手に責任論を持ち込むな、これはミアハの命運にも関わる問題なんだ。私を差し置いて無闇に責任論を語るんじゃない。これは私が決定した事だ。もしもの時には私が全責任を負うし…必要があれば私自身がテイホだけでなくヌビラナにも行こう。という事で、もうこの話は終わりだ。」


長老はタニアとヨハの発言に苛立ち気味に割り込み、この議論を強制終了させた。


そして、


「守るべき立場の者だからと言って、自らの命のやり取りを安易に語るな。…という事で、これは私の意志での決定事項だ。急な変更ですまないが、みんなよろしく頼む。」


長老は一転、その口調は穏やかとなり…


皆に向かって深く頭を下げたので…


「……」


もう誰も…


この変更に関して、口を挟める者はいなくなったのだったのだった。


「……」


この一連のやり取りを唖然と見ていたヒカだったが…


昨日まで師だったヨハの決意の欠片を垣間見て…


密かにある決心をこの時に固めたのだった。




微妙な空気の中、会議室から出て来た者達は…言葉少なに各々の部屋へと戻ったのだが…


「なあ…」


と、カシルに背後から軽く腕を掴まれ呼び止められたタニアは、


「何…?」


既に彼が何を伝えたいのかを知っていた彼女は、やや不機嫌そうに振り向いた。


「…ここでお前に直接何か言えるのは俺ぐらいしかいないと思うから、あえて言うな。少し…気負い過ぎてるようにも見えるぞ。もうさ…少なくとも、今回同行している奴らは皆んな純粋にミアハの為に集まった仲間だからさ、負える荷物はなるべくなら皆んなで背負って……」


「……」


違う…


カシルさんが心配している部分はよく分かっているし、とても嬉しいの…


…だけど…


「あっ…と…らしくない余計な事を言ったな。少なくとも、お前は俺が見えない先の事が見えているんだよな…悪い。今の話は忘れてくれ。」


カシルは何か納得していないようなタニアの反応を見て、それこそ彼らしくない弱々しいアドバイスの後に、彼女の肩に軽く手を置き通り過ぎようとしていた。


「待って、余計な事じゃない…その…わざわざありがとう…」


タニアは慌ててカシルの後ろ姿に声をかける…


カシルはタニアの声に少し反応したが、振り返る事はなく…


「…まあ…任務はまだ前半だ…これからもよろしくな。」


と、右手を上げ少し振るような仕草をして、彼は遠ざかって行った…


「……」


彼の気がかりはよく分かっているつもりだし…わざわざ助言してくれた事も嬉しいのだ。


彼だって今回の任務に関しては並々ならぬ覚悟で臨んでいるようだし…家族に迷惑をかけている経緯があって選んだ道だから、ミアハの為にもう前に進むのみと…心を決めている。


だけど、それでもタニアは…そんな彼にも今の自分の本当の心配事は言えない…


ヨハ達の為にも…


中途半端に皆が知ってしまったら、そんな心理はどこかで行動に滲み出てしまう場面はある。


今回の警備に選ばれた人達は…そもそも純粋にミアハを思う気持ちはとても強い。


その純粋な使命感は行き過ぎた配慮や自己犠牲を引き寄せ、返って思いも寄らない命の犠牲を招いてしまう可能性も孕むのだ。


どちらにせよ、女神達の古き約束が成就してもしなくても…


近い未来にヌビラナでは、逃れようのないトラブルに巻き込まれるのだが…


タニアは先程のエルオの丘での瞑想時…初めて見えてしまったのだ。


あの地で起こり得る壮絶な光景を…


おそらく長老も…


タニアは彼に関してはほぼ何も見えないのに、長老は何かを把握した気がしてならないのだ。


「……」


女神様…


多分、私は見えたのではなく、見せられたのですよね…?


ならば私は…


あなたに許された私は…


命をあなたに委ねます。


タニアは改めてそう誓い歩き出すも…


部屋に戻ろうとして大事な件を思い出す。


「そうだった…あの用事を済ませておかないと。」


踵を返し、研修所の出口へと向かう…


と、


『タニア…気負わずにね…』


なんとも美しい声がタニアの心にダイレクトに響いて来て…


立ち止まり、その優しい波動に思わず泣きそうになる。


はい…御心のままに…


そしてタニアはエルオの女神に気持ちを馳せながら、再び歩き出すのだった。




 

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