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49 一時帰還


「では…ジウナさん…こんな時に申し訳ないですが…少し休みますので、父をお願いします。」


じわじわと身体の力が抜けて行く感覚が…今はハッキリ自覚出来るようになっていたヨルアは、ジウナにそう告げるとヨロヨロと退室し、自室へと戻って行った。


「…ジウナさん、君には無理を色々と言って…本当にすまないね。アイラさんや君の師匠のにも感謝しかないよ。」


カリナのこの状況は、ミアハを出発した辺りでタニアが既に予見した事で…それを聞いたカシルがアイラとティリのジウナの師匠に連絡し、急遽ブレム担当の治療師ジウナを呼び寄せたのだ。


ジウナは今回、ブレムの治療だけでなく、2人の身の回りの世話とSPの役も密かに兼ねて派遣されている。


だが彼等のプライベートエリアには常にどこかしら盗聴器や監視カメラが度々仕掛けられ…


ブレムの長年の経験とヨルアの能力で、盗聴機は気付けばその都度除去しているのだが、2人が作業現場に出てる度にいつの間にやらあちこちに付けられるし…監視カメラは非常事態の危機管理の為と言われてしまうと、下手に抗議も出来ずで…


ずっとこのイタチごっこを繰り返している為、ジウナは其れ等を常に警戒しながら会話しなければならない…


迂闊な言葉を盗聴器が拾えば、彼等の監視はどんどん露骨になって行くらしい…


まだ監視だけで済んでいる内は良いのだが…


「…今回の警備責任者になっているカシル様の迅速な手配も本当に素晴らしいと思います。彼はムードメーカーでもあり、我々も今回の慣れない地においての任務では本当に助かっています。」


表面的にはこんな当たり障りのない話を…だが手元ではすぐ消せるインクのペンで書いたをボード渡し合い、全く違う会話をしていて…


そして、ブレムは唐突に


「いざという時は、とにかく私の事は構わず娘を…どうかあの子だけは保護して頂きたく、よろしくお願いします。」


と書き込んでいた。




「……」


あ…ダメだ……このままだと明日には私は完全に意識を失ってしまうだろう…


…なんでこんな時に…


神様は意地悪だ。


タニアはベッドにやっと横になり、こんな奇妙な体質になった自分を忌々しく思いながら…


同時に、肝心な時に父を守れない自分が悔しくて…涙が止まらなくなる…


…ああ…アイラさんが慌ただしく手配をしている…このまま私は明後日には…ミアハの一行と共に帰還させられてしまう…


…この状態はそろそろ来る予感はしていたが…


ヨルアは自分の両手にはめられている、保湿ケア用のリアルな皮膚柄の特注の布手袋の一方だけを外す…


そこには…老婆の様なしわくちゃな手があった。


今夜には顔も何もかも…私はお婆ちゃんになっているのね…


せめてあと1カ月…待って欲しかったかな…


近年のこのヨルアの老化現象は、大体年に1度ぐらいの周期で訪れていて…元の状態に回復するまでは10日前後の時間を要していた。


おそらく…ヌビラナで何か大きな動きがある日は遠くない…


これから1カ月以内は…確実ではないが、要注意の期間となる。


あのジウナという治療師は、任務にはとても忠実だし、かなり腕も立つ。


ある種特別な感情を抱いている父の事は全力で守ろうとするだろう。


でも…でも…だからといって…


…パパ…


肝心な時に守ってあげられなくて…本当にごめん…




数時間後…


ヒカを横抱きにして戻って来たヨハを見た警備員達は慌てて駆け寄り…タニアも子機の下で彼等を待ち構えていた…




「まあ…俺の見立てだけでなく、お前とタニアが揃って大丈夫だって言うのだから…そうなんだろう。でも正直、青ざめたヒカちゃんを見た時はかなり焦ったよ。」


ヒカを寝室まで運び、意識のない彼女に数種類の薬の入った注射を打って小1時間ほどティリの治療を彼女に施したヨハと…今回の警備と医療責任者のカシル…そしてタニアの3人は、子機の司令室内で軽いミーティングを行っていた。


「こんな特殊な場所で…ヒカにとっては自立の為の大事な試験でもあったし、緊張の糸が任務完了と同時に切れた感じなのかな…プレッシャーが原因だろうと思う胃けいれんも治ったし、目覚めたら体調はほぼ回復していると思う。」


「…倒れた原因はそれだけじゃないと思うけど…あの子が自力で乗り越えるべき問題もあるし、命を狙われているというプレッシャー自体は次回の方が厳しくなりそうよ。ヨハ、あなたとあの子との意思疎通は今回以上に大事になって来ると思う。」


「本当に命まで狙っているのか?今のテイホ政府が欲しがっているのはあの子の細胞の情報とその取り込みだろ?培養に必要な部分だけを採取すればいい話とも思うがな…」


カシルは、命は言い過ぎだろ?と言いたげにタニアの発言の一部にやや抵抗感を示す…


「…そう思いたいけど…一昔前は攫ったミアハの子供は全身切り刻まれた子も少なくないわ。それに今の彼等はかなり焦っているように見える。この星の掘削作業の中止は時間の問題のように見えるし…長い時間をかけて地下深くで掘削した硬い岩から、お目当てのモノを取り出す作業は繊細でかなり手間取る工程で…それらを水に浸して抽出する方が遥かに簡単みたいだけど、湖ほど多量の水が必要になるようね。水をここまで運び入れるか、その抽出に必要な水と同じくらいの多量の岩盤を何百往復してアリオルムに持ち帰るか…どちらも新たにそれ用の巨大な運搬船製作も現状は資金もかなり厳しく…何より時間がかかり過ぎてしまう。50年近くは実現不可能に近いみたいだから…だからね、あの子だけが持つ…葉緑体を人間の細胞への同化を可能にさせるレアな変異細胞を人間の幹細胞や受精卵に取り込ませて、レノの民のように光合成で栄養を自ら作れるような…少量の食事でタフに活動し感染症にも強い人種に置き換わらせて、これから深刻化する食糧危機を乗り越えようとするプロジェクトを細々進めていた一派の案と、ブレム氏がこれまで進めていたプロジェクトは、目的達成までの時間は結局…さほど変わらないのでは?という意見が力を持ち出しているみたい。彼等はもう…とにかくあの子の身体中の細胞を取り出し、目的に使えるモノを見つける為には手段は選ばないと思う。過去にヒカちゃんの血液とか髪の毛のサンプルがなんらかの形で彼等の手に渡り…小動物の実験ではチラホラ成果が出てるみたい。まあでもそれらの実験動物は若干光合成をしているみたいだけど…結局それほどはエネルギー転換の効率は改善はされておらず…寿命はさほど変化はない。実際に人間で成功させるにはかなりの命の犠牲と時間が必要だから…結局それも1世紀近くは実現不可能でしょうね…それに、それまでヒカちゃんの細胞組織を生かせる事が可能かという問題もあるし…おそらくテイホ国単独の研究では徒労に終わると思う。」


タニアの話を聞いて行くうちにカシルは、座っている椅子から思わず身体を乗り出し気味になり、


「それな、俺の情報網の中でも何度か耳にした話題だけどさ…世界的な植物の発育不良の長いスパンでの対策として、今の段階で一番順調に効果が出ているのはメクスムのウェスラー農務大臣発信の対策だけだろ?まあミアハとの共同研究の賜物を彼は上手く活用してくれている訳だけど…俺からしたらテイホも同盟国なら協力していけばいいだけの話と思うけどな…」


「元々一つの国で…部分的に別れた農業主体の国が、まさかこんなに対等な力を付けて来るとは思わなかったんだろう?我々から見ればテイホ政府のつまらないプライドとは思うけど…。覇権を取りたい大国が、もっと広い視野で今の危機を見る事が出来ないと、いずれ各地で不毛な小競り合いが広がりそうだよね…?」


ヨハはモニターに映し出されているヒカの眠る様子に時々目をやりながら、極彩色の空が見える窓の手摺りに腰を置き、腕組みをしてタニアに問いかける…


「…水面下では既に、小さな衝突ならチラホラ始まっているみたい…。今のテイホ政府の動きは色々な意味でこれからも要注意よ。その中で、女神達の約束がなんなのか私は分からないし…見えないではなく、見せてもらえない状況は未だ変わらず…よ。」


タニアは2人にお手上げのポーズをして、残念そうに笑むしかなかった…


「……とりあえず今は…なるべく早くヒカを帰還させて、プレッシャーから遠ざけてあげたい…」


モニターの画面の中で、やや顔をしかめながらに寝返りをうつヒカの様子を見つめながらヨハが呟くと…


「…そうね…」


と、タニアも脳裏に愛しい人達を思い浮かべながら、それに同意した。





「じゃあジウナ…お前のケンカの強さは男でもそう叶う奴はいないって、師匠は自慢気に言ってたけどな…くれぐれも気を付けてな。1週間後に元気な姿でまた会おう。」


カシルは面会の最後にそうジウナに言葉をかけて、ブレム達のプライベートルームを退室する…


「はい、私は私のやるべき事を全うするまでです。」


そう笑顔で答えたジウナは、帰還に向けて基地本部の隣の空港に向けて出発したミアハ一行を乗せた移動車に向かって、いつまでもいつまでも手を振っていた…


「残るのは自分1人で大丈夫」というジウナの強い希望で、当初の目的を終えたミアハ一行はジウナを心配しつつヌビラナを立ち、無事にアリオルムに帰還したのだった。


…特殊なカプセルに入れられ、外部からはその姿が見えない状態にされたヨルアを連れて…




空港で一行は、向かう時より念入りに1日かけて除菌と共にメンタル・フィジカル両方のチェックをされ…


カプセルに入れられたヨルアは空港で待ち構えていたアイラ達に引き渡された。


「あの人は一体どうしちゃったんだ?生きているの?」


ヨハがカシルに尋ねるも…彼は悲しげに笑って、


「多分…大丈夫だ。強い力を持った故の反動なんだとさ。あいつは…それこそ物心ついた頃からずっと、その力に翻弄され続けている。そんなあいつの拠り所はずっとブレムさんで…」


カシルは途中で言葉を詰まらせる…


「……」


近い未来に彼女が直面する最大の悲しみはおよそ誰もが予想できる為、近くにいたヨハもタニアも思わず無言になる…


「……あの人は…自分が孤独ではない事にもっと意識を向けるべきなの。彼女を心配している人はカシルさんだけじゃない。力になろうとしている人は結構たくさんいる。それに気付いてもらう為に…私に出来得る事を…とにかく準備して行くわ。」


そう決意を秘めた目で呟くタニアを見てカシルは…


「タニア…お前は傀儡の被害者なのに…誰かに似て可愛げがない所はあるが、いい奴だな。だが思い詰めるなよ。」


カシルらしくないしんみりした表情を浮かべながらも…気持ちを無理に切り替えようと、いつもの調子で彼女の腕をポンと叩く…


「…誰かって誰だろね…?あ、そう言えば…ウチの兄は仕事を離れた夜は可愛げがあり過ぎて若い女性を困らせるかも知れないから、注意して見ていてあげて欲しいって…ティリの病院でお世話になったスタッフの人達から頂いた応援メッセージ中にそんなお願いをして来る女性がいたなぁ…」


…ミリめ…


とヨハの仕返しの嫌味にカシルは内心で歯ぎしりしながらも…


「…へぇ…誰だろな…」


と惚けた。


「ふふ…ヨハ、多分その人はもうすぐ春がやって来るから…そしたらそんなおイタもなくなるわ。」


「…タニア…余計な事は言わんでいい。」


「へぇ…そのお兄さんはカシルだったのかぁ…へぇ〜」


わざとらしく驚くフリをするヨハ…


「ヨハ、テメェ…白々しいんだよ。この…」


カシルは思わずヨハの首に手をかける…


するとヨハの隣にいたヒカが、2人の様子を見て…


「いいなぁ…カシルさんには何か良い事が起こるんですね。羨ましいです。」


タニアの言う春の意味がイマイチ分かっていないヒカは、盛り上がっている3人を見て楽しそうに笑いながら、カシルを羨むのだった。


「ヒカちゃん…君が望めば春はすぐ…」


カシルがヨハを通り越してヒカに近付こうとすると、お約束の様にヨハがそれを阻止する…


「ヨハ君…人の恋路を邪魔するのは止めたまえ…」


「…何が恋路だ。おイタ男。」


「おま…おイタって…この堅物!言っとくけど、ヒカちゃんはお前の所有物じゃないぞ!」


「そんな事は分かってるよ。僕はヒカの防虫剤みたいなモノって前にも言ったろう?悪い虫は遠ざけてあげないとね。」


「な、誰が悪い虫だ!」


「僕は君が悪い虫だなんて一言も言ってないよ。」


どこまでも冷静に対応するヨハと、彼の挑発にどんどん熱くなるカシル…


「ちょっと2人とも、面白いからずっと見ていたいけど…あなた達、また注目の的よ。」


タニアもヒカも割と見慣れた風景で楽しそうに見ているが…遠巻きに見ている人達の中には、ケンカしているのかと心配そうに見ている人もまあまあいて…


「まったく、テイホの空港でもあい変わらずですか…ほら、行きますよ。」


呆れたようにそう言いながら、人混みを掻き分ける様に近付いて来たのはハンサだった…





「…緊張を解す為に戯れ合う事が悪いとは言いません。ですが、あなた方はミアハを代表して派遣されている人達である事は忘れないで下さいね。」


「…はい…」


帰り道、ハンサの苦言に対しては反論する事もなく…しおらしくなるカシルとヨハだった…


本来の予定は空港からメクスムへ移動し、ウェスラーが用意した宿泊施設でまた新たな情報の擦り合わせや連携の為の打ち合わせを行ったりして過ごし、そこから再び1週間後にテイホの空港へ向かうハズであったが…


ヒカが現地で倒れた事で多少動揺した者もいるという事で…タニアの提案で一度ミアハに戻ってエルオの丘でしっかり瞑想を行い、長老にも途中段階の報告をしがてらセレスの研究所に一泊し、そこから改めてメクスムに向かうという事になり…ハンサが彼等一行を迎えに来てくれたのだが…


空港ロビーでカシルとヨハの言い合いがあまりに目立っていた為…ミアハへと戻る途中で彼等は軽くお説教を食らってしまったのだった。


「…でもハンサさん…最近は長老と別行動されている事が増えた印象がありますね。この前もヨハを村まで迎えに来ていたのはハンサさんだったし…」


カシルの何気ない質問に、タニアが少し心配そうにハンサを見る。


だがハンサはいつも通り飄々と…


「最近のあの方は外交活動や視察は控え、学びの棟や研究所や…エルオの丘の資料室等で過ごされる事を優先されています。ヌビラナでの任務であなた達が何もない事を祈られながら、一方でもしもの時に遅れを取らないよう…気力や体力を温存されているようにも見えます。私に対しては、ヌビラナへ派遣されてる人達のフォローになるべくあたって欲しいとの指示も出ていますしね…」


「へぇ…一時は毎日のようにあちこち飛び回っておられたもんなぁ…。まあ長老もかなり高齢だし、ミアハの民の拠り所だから無理はしないで欲しいとは思うから…そういう時ももっとあっていいですよね。」


何も知らないカシルの純粋な反応だが…一瞬ハンサが辛そうな表情を見せた事を、助手席のタニアは見逃さなかった。


「あ…ポウフ村の様子はどう?皆んな変わりないかな…?」


タニアの咄嗟の質問に、ハンサはフッと苦笑いをする。


「変わりないですよ…約2名以外は。そんな彼等もまあまあ元気です。あ、そう言えば、最近ナランさんが手伝いに行ってますよ。希望の棟は人手は増えたけど、マリュさんの新人教育は子供達を見ながらだから大変みたいで…今後はナランさんだけでなくリシワさんや引退したアムナも手伝いに行くみたいですよ。ゆくゆくはティリやレノの教育者達もそのプロジェクトに加わって行くみたいです。そういえばタヨハさんも希望の棟へはちょこちょこ手伝いに行っているみたいだな…子供達がタヨハさんの所へ行っちゃうから、タヨハさんの方が向こうへ行く時間を決めた方がアムナが子供を探しに行く手間も減るみたいだね。まあ彼も今はその方が気も紛れるのだろう…」


ハンサの話にタニアは複雑そうな表情を浮かべながらも…少しホッとして…


「…そうですか…安心しました。私が帰る頃は賑やかになっていそうで…楽しみです。」


と、意識して笑顔を作りハンサを見ると…


「そうだね…村人もじわじわとタニアちゃんのいない理由に気付き始めているようだから…ミアハもポウフ村も…皆んなが君達の無事の帰還を待っているからね。」


ハンサも優しく笑った。


「……」


実はハンサは、他の警備員の中にはタニアの過去を咎めたり恐れてしまう者も出て来るのでは?という懸念があり、今回のお迎えも長老のスケジュールを一部調整し、急遽自分からお迎え運転手を志願して出向いていたのだった。


だがカシルやヨハが積極的に彼女と関わっている様子や、彼女の特殊能力が皆を安心させる場面も多くあるのだろう…何より、彼女がある意味カリナの傀儡の被害者である事も、ミアハ国内でもゆっくりと伝わって来ている事も大きいと思うが…彼等の中に普通に溶け込んでいるタニアの様子を見て、ハンサは内心ではホッと胸を撫で下ろしているのだった…





ご無沙汰をしております。


後半はややゆっくりペースでお話を進めて行きたいと思います。


よろしければ、どうか最後までお付き合い下さいませ…



貴古由



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