48 使命と覚悟
夜のエリアの方が若干暴風が弱まる為、ヌビラナの深夜に当たる時間帯を狙って星間移動船は基地に無事着陸をした。
移動船の発着地点は、シールド内の中央部に位置する基地本体の建物の端に付随していて、ミアハ一行はそこから探査機兼移動車でしばらく移動し、先発のセレス能力者達が活動ポイントに選んだ地点近くの中継基地を兼ねた星間移動船の子機が2つ並ぶ中間点で降ろされ、ヨハとヒカ及び警備員1名の計3名が片方の子機へ、そして、残りの警備員がもう片方の子機へと別れ…ヒカの自立試験を兼ねた任務開始となる10時間後に訪れるヌビラナの夜明けまで、見張りの警備員を子機の外に数名残し、しばしの休息を兼ねた待機時間となった。
「こっちの機内はもう全箇所一通り盗聴器や妙な仕掛け等はタニアと自分でチェック済みだから、僕1人でも警備は大丈夫とは思うけど…一応女性の警備の人がいてもらった方がヒカが安心すると思うので、よろしくお願いします。」
というヨハの要望で、最初はジウナがヨハ側の機内で警備を担当する事になった。
外には4名…それぞれの機の下に1名ずつ立ち、周辺の見回りは2名で組み…それを4時間毎にローテーションして行き、機内は最低1名が司令室で常時警備員の安全確認や情報収集をして、残りは待機時間を休息に当てて行く体制で、夜明けまでやり過ごす事にした。
現段階のタニアとノシュカの情報の擦り合わせだと、今回はそれらしい動きを匂わせながらも、こちらを襲撃して来る事はまずないだろうと…
ただ裏をかいて手柄欲しさに単独行動をして来る奴が絶対に出ないとも限らないとのノシュカの見解もあり、警備は終始緊張感を持ってやって行かねばならない…
今回の派遣において、唯一の懸念が…ジウナ。
「…という事で、私は明け方に交代後は今回の警備から抜ける事になりますので、女性はタニアさんだけになってしまいますが…申し訳ございません。」
なんか…
以前、いきなり早朝に文句を言われた時より随分とまた…雰囲気が変わったなぁ…
ジウナの説明を聞きながら、ヨハはしみじみと彼女を見てしまう…
「うん、その点はカシルからも聞いているし、ヒカも任務を終えれば緊張感もだいぶ和らぐと思うから…こちらは心配しないで。って言うか…今はむしろ君の方を心配している仲間も多いと思うよ。…よく引き受けたね…」
ここでもなんだかジウナの反応は柔らかく…ニコッと笑顔すら見せた。
「…私の事務所の能力者は、以前からアイラ様にはマナーの良い大国のお客様をご紹介頂いておりまして、そのアイラ様たってのお願いであれば引き受けない訳には参りません。それにブレム様は立派な方ですから…なんとしても長く今の体調を維持して頂きたいのです。ですから、私は今回の任務を引き受けた事に後悔は微塵もありません。」
…確かに…そう言ってのけたジウナの目には迷いはないようにヨハは感じた。
…だが…ジウナが快く今回のアイラの要請を引き受けた理由はそれだけではないらしい事も…タニアからチラッと聞いているヨハとしては…
「…ジウナ…今回のミアハの民の共通の使命は、全員が無事に帰還する事と長老から言われているからね。状況に飲まれて君の師匠やケイレさん達を心配させるような事は…」
「…分かっていますよ、ヨハさん…ありがとうございます。」
ジウナは顔色一つ変える事なく、笑顔でそう言って…
そして、ヨハに向かって片膝を付きその膝の上に腕を置いて頭を下げた。
「私はとうとう今日まで、貴方様に無礼な口を聞いた旨を直接謝罪出来ずにおりました事をどうかお許し下さい…。その節は、貴方様も大変な時期だったにも関わらず…一方的な事を申し上げてしまいました。申し訳ございませんでした…」
「いや…あの時は僕も未熟な面を皆に晒して…不快な思いをさせたんだなって…気持ちに余裕がなかったからだけれども…ハンサさんからも注意されたし、あれから色々反省したよ。あの件は…君がクリアになっているなら僕としては忘れて欲しい…かな…」
ヨハは、いきなり丁寧に謝罪を始めたジウナになんとも居た堪れない気持ちになり、
「とにかく立ってよ。弟子であるヒカにあの時の大人気なかった自分の事は知られたくないし…なんなら僕が跪いて謝るよ。」
と、膝を突こうとしたヨハを見てジウナはここで一気に立ち上がり、
「いや、お止め下さい。では私ももうこのお話は止めますから…」
と、ヨハを慌てて止めた。
「でもヨハ様…貴方様と長老セダル様とのやり取りは、姉弟子のケイレは何やらとても気に入っておられるようでしたから…親しい人達の前でなら止める必要はないのかも知れません。何より…確かにあの時、セダル様は楽しそうだったと…冷静になって思い返せば感じます。私共にとって大恩人のセダル様を…どうかこれからもしっかり支えて差し上げて下さいますよう…私ごときが貴方様に思う事は、ただそれだけでございます。」
ああやっぱり…ジウナは目つきが本当に優しくなった…
今は彼女なりに色々思うところがあるのだろうな…
「あのさ…僕に様なんて付けなくていいよ。…この任務が全て完了するまでは黙っていて欲しいんだけど…僕は…長老はおろか長の候補からも外れているんだ。僕にはこれから1年以内に命がけの任務が待っているらしくて…それを無事で乗り越えられるかは五分五分みたいなんだ。だから…目上扱いしなくていいんだ。」
ジウナからここで笑顔が消える…が、すぐにそれは彼女の顔に戻り、
「貴方様は素晴らしいです…私は心から思います。なぜなら…ヨハ様の今のお言葉の中には、ミアハの為に命をかける事に躊躇は微塵も感じられませんでした。貴方様は日頃からミアハをしっかり背負って生きておられるからだと私は思います。」
と言いながら彼女は、真っ直ぐにヨハを見て手を握って来たのだった。
「…そんな大層な気概でもないよ。ただ僕はミアハの…特に自分とかカシルやヒカやタニア…ケイレさんとか君も…何か強烈なモノを持っている人はさ…何かしら意味があって長老の元に集められているようにしか見えなくなって来ている。それは我々の守り神であるエルオの女神の采配なのかも知れないんだけど…僕の持つ特殊な力なんかも何か意味があるんだろうと感じるんだ。それに…今まで出会った人全てから、何かしら得たモノがあるように僕は感じるし…一時は僕に絶望を与えた人でさえ…まあ乗り越えられたからだろうけど、結果的に前向きな何かを受け取っているような気がするんだよね…だから、僕のこの能力がミアハ皆んなの為に使えるなら…それで自分がもしどうにかなってもいいかなみたいな感覚があるのかな…。」
「ヨハ様、私は特殊能力者ではありませんが、勘みたいなモノが少し人より鋭いようで…心からの言葉かどうか…言い換えると、人の言葉の真意を敏感に感じてしまうのです。貴方様はそう仰いますが…既にヨハ様は最悪の事も覚悟されておられると私は思います。そんな貴方様に対し、私はタメ口などでは話せません。ヨハ様の使命がどんな状況で遂行されるかは、今の私ごときが分かる術もございませんが…どうか生き急ぐ事のなき様…お願い致します。」
そう言って、ジウナはやっとヨハの手を離したのだった…
「ありがとう…ジウナ。こんな所で君とこんな深い話が出来るとは思ってなかったよ。君も今回…警備員としての訓練まで受けてヌビラナ行きを志願したのは、何かしら思うところがあるんだろうけど…ジウナにも、今君が言っていた言葉をそのまま返すよ。くれぐれも生き急ぐ事のない様にね。」
そう言って、今度はヨハがジウナの腕をポンと軽く触れた…
「…ありがとうございます。勿論です。私はまだ師匠や先輩弟子達にちゃんと恩返しが出来ていませんから…ここでは死ねません。」
「そう、なら良かった。」
「……」
ヨハの勧めで先にシャワーを済ませた事を彼に報告しようとした所で、ヨハとジウナの会話を通路で聞くとはなしに聞いていたヒカは…2人の今の雰囲気の中に割って入る勇気がなく…結局そのまま…用意された自室へと戻ってしまったのだった。
今回の任務を終えたら、ル・ダと繋がるモノは…実質何もなくなる…
何もかも別々が当たり前になり…それに連れて自分と関係ない事で女性と親しそうに長く話し込むヨハの姿は、この先は様々な場面で当たり前のように見かけるようになるのだ。
今のような場面も、きっとその中の1つに過ぎない…
こんな事で動揺してどうする…
立派な能力者になった証を…ル・ダに見てもらうんでしょう?…今はそれだけ考えなきゃ…
そう…
もう自分はそれしかなくて…ここに来たのは彼との繋がりを断ち、一歩を踏み出す為…
ああ…なんで私は…自立をこんなにも急いでしまったのだろう…?
自室のドアを閉めると…よく分からない涙が止めどなく流れ出て…手に持っていたタオルで咄嗟に目を押さえ、グズグズとそのまま泣き崩れるヒカだった…
「君だから頼める事だけど、もう少ししたら世が明ける…任務の前後はなるべく僕等から距離を取って欲しいんだ。」
警備をジウナと入れ替わった直後、タニアはそうヨハに要望され…
「分かったわ…外にいる人達にもあなた達が外に出たらなるべく視野に入らないよう伝えて置くわ。まあ大丈夫だとは思うけど…緊急の時は許してね。」
「うん、勿論。…無理を聞き入れてくれてありがとう。」
「…私的には実質死角はないから…問題ないわ。じゃあ頑張って…」
そう告げるとタニアは、機内に用意された待機用の部屋へと下がった…
そして…約1時間後、
船内司令室の連絡用機器の接続をヒカの部屋だけに設定し、ヨハは告げた…
「世が明けた。支度しなさい。」
初めまして、貴古由です。
一応、ここまでが前編となります。
後編は前編ほどのボリュームとはならない予定ですが、GW以降に後半を始めさせて行く予定でおります。
拙い文章にも関わらずここまで読み進めて下さり、本当にありがとうございました。
もう宜しければ、後半もお付き合い頂ければ嬉しいです。
貴古由




