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47 空港にて…


「あの…お嬢さんすみません…ちょっと迷ってしまって…」


テイホの都市部から少し離れたシンカラムという町の中心部から少し離れた乾燥地帯の、だだっ広い平地にぽつんと建設された星間移動船の空港は、全ての移動船の格納兼修理施設も付随している為かなり巨大で…


その巨大な建造物の内部に初めて案内され、様々な肌質や髪や瞳も違う人達が行き交う様子を、ヨハが係員に説明を受け手続きを済ませている間に、ミアハの警備員に囲まれながら1人待機させられているヒカは、少し離れた場所でヨハの様子をジッと見つめながら…緊張と心細さがピークに達していた。


そんな精神状態の時に、背後から急に声をかけられ、


「え…私?…」


こんな場所で私に聞かれても…と戸惑いながら振り返ると、


「こんにちは。ああ…顔色もこの間より良くなったわね。」


そこにはニッコリ笑ったエイメがいた。


「え…?…なんでここに?」


と、ヒカは驚くが…そのエイメの背後の人達を見て更に驚いてしまう…


「皆んなで君を見送りに来たんだよ。」


リュシも笑顔で声を掛けて来る。


「あ……」


一気に不安な気持ちが解れ…ヒカの瞳から理由のよく分からない涙が溢れて来る…


「あら…ごめんね…驚かせちゃったかな…」


ヒカの泣き顔を見て慌てて肩を抱くエイメ…


「いえ…私の為にわざわざここまで…嬉しくて…ありがとうございます。」


ヒカは涙を拭きながらエイメ達にお礼を言って、改めて前を見ると…夫妻の後ろでリュシと同じように笑いかけてくれているトウの隣りに…見かけない女の子がいた。


その子は自分と似ているが、雰囲気は少し大人びていて…ほぼ無表情でヒカを見ていたが、少女はヒカと目が合うとすぐに目を逸らしてしまった。


その様子に気付いたエイメが、


「あ、ヒカちゃんは初めてよね。娘のセランなの。今は樹医の国際的な資格を取る為にメクスムに留学しているから、しばらくミアハを離れていたのだけど…今日はこの施設の見学がてらヒカちゃんをお見送りする為に帰って来てくれたの。」


「そうだったんですね。初めまして、ヒカです。皆さんから時々お話しは伺っていました。目標をしっかり持っていて成績も優秀だって…今日はお勉強で大変な時に…どうもありがとう。」


「……」


初対面のセランにヒカが笑顔で挨拶するも…セレンの方はニコリともせず、


「…こんにちは。…母さんが熱心に誘うから…お礼を言われる事ではないです。」


と素っ気なく言い…再び目を逸らしてしまうのだった。


「セラン…」


ガッカリしたような…そして同時に責めるような口調で、隣りにいたトウがセランの名を呼ぶ…


「ごめんね…ヒカちゃん。たまにはこんな場所を家族で見てみるのも楽しいかなって…私が無理に誘ってしまったから…。来月その資格試験があるから、私の提案がこの子にちょっと負担をかけてしまったかもなの。」


「……」


なんとも居心地悪そうに下を俯いてしまうセラン…


「…あ…そうだったんですね。実は私も…今回のヌビラナでの任務はセレス能力者としての自立試験の意味も兼ねているのです。試験て人生を賭けたチャレンジとも思うので…セランさんのお気持ちはなんとなく分かります。」


「まあ、そうだったの?やっぱり…この段階でいよいよヨハさんから離れて活動して行くのね…」


エイメは驚きつつ…なんとも残念な表情を浮かべた。


「母さん…。じ、じゃあヒカちゃんはいよいよ能力者として独り立ちするんだね?そしたらさ…また家に遊びにおいでよ。お祝いにこの間言っていた美味しい実のなる木へ行って採って置いてあげる。あれは是非ヒカちゃんに食べて欲しいんだ。」


トウがやや気不味くなった雰囲気を変えようと、合格祝いの話を振って来る。


「ああ、そうだね。試験に合格したらウチでお祝いをしよう。」


リュシもその話題に乗っかってお祝いの話を盛り上げると、


「い、いえそんなお祝いなんて…なんだか返って気を遣わせてしまい…」


ヒカは思いがけない話の展開に申し訳なさそうにすると、


「いや、こんなタイミングに居合わせたのも何かの縁よ。お祝いしましょう。そしたら、ヒカちゃんお気に入りのブルーベリーのお菓子を色々と作るわよ。あなたの人生の大きな節目じゃない…その時は是非、お祝いをさせて。ね…」


エイメはヒカの両肩に手を置き、切実な目でヒカを見つめる…


…命懸けの任務になるかも知れないという、重苦しい雰囲気の見送りだけはしないと…


ここに来るまでの間に、この家族の人達はしっかり決めていた。


だがどうしても…危険を承知で未知の場所に赴く若い彼等の事を思うと、見つめる目に切なさが滲み出て来るのは…エイメは抑えきれなかった。


「……」


そしてヒカも…


驚きながらも、色々気付いてしまう…


…いや…居合わせたも何も今日は多分…ただ私の為に…この人達はわざわざ来てくれたのだろう…


そう……わざわざセランまで呼び寄せ、今日の為に家族揃って…


そう思い至ると、ヒカも胸が詰まり…


つい…


「ありがとう…ございます。お母さん…」


目の前のエイメの思いに何か応えたくて…ヒカは思わずそう呼んでいた。


「あ………」


思いがけずそう呼ばれ…


エイメはもう…言葉を返せず…


やがてボトボトっと滝の様に溢れた涙も拭おうともせずに、ヒカを思い切り抱きしめた。


「…そう…あなたはウチの大切な娘よ…ありがとう…」


ヒカもエイメに抱きつき…無言で泣き続けた…


「もう、エイメはズルいなあ…」


「…そうだよ…」


ふと、ヒカが声のする方を見ると…リュシやトウも泣いていた…


「……」


この場の空気に取り残された気分のセランは…


堪らずその場を離れた。


「セラン…?」


セランの様子に素早く気付いたトウは、思わず名前を呼ぶ。


「ちょっと…トイレに行って来る…」


と言いながら…セランは走り出していた。


後を追おうとしたトウの腕はすぐリュシに捕まれ、


「…トイレはここからも見えるから…今は少し様子を見よう。」


と耳元で小さく囁かれた。


そんな2人のやり取りの中で、エイメはやっとヒカをキツい抱擁から解放する。


「…本当は…試験に受かったら、ル・ダや長老からちゃんと能力者のお墨付きが頂けたなら…そう呼びたいって思っていました。…合格したら…また遊びに行ってもいいですか?…」


「勿論だよ。ヒカちゃん。」


エイメが答える前に、トウがいつの間にかヒカの横に来て、肩に手を置きながら答えた。


「もう…2人共ズルいぞ。」


セランを気にしているウチにトウにも先を越され、リュシは不満気にそう言って近付いて来る…


「…大変な任務と…長老から聞いています。女神様の古い約束みたいなモノを果たす為に、2人はヌビラナに行かなければならないって。他の誰にも代われない…使命みたいなモノだって…。あなたは女神様に命を助けられているから…文句なんて言えないけれど…でも何度説明されても、親としては心配なモノは心配なの。絶対に、無事で帰って来るのよ。」


そう言って、エイメはもう一度ヒカを抱きしめる…


「もう…またエイメは…。でも、そうだよ。合格よりも何よりも…私達はヒカちゃんが無事で帰って来る事を一番に願っている…それは忘れないで欲しいな…」


エイメを不満そうに見ながら、セランの方を気にしつつリュシも2人を抱きしめる。


「…そうだよ。リンナも大丈夫って言っていたから…とにかく、無理はしないでね。」


そう言いながらトウもその固まりに貼り付く…


「……」


そんな4人のやり取りを優しく見守りながら、手続きを終えたヨハが近付いて来た…


「エイメさん達が見送りに来てくれたんだね…良かったね、ヒカ。」


ヨハの声にヒカの両親は、ヨハに向かって一礼をする。


一方で、トウはどうにもセランが心配になって来て、トイレに向かおうとするが、


「待て、トウはまだ2人に用事があるだろう?僕が行って来よう。」


リュシはまたもやトウを引き留め、彼に耳打ちしながら自らセランの様子を見る為にエイメ達からそっと離れて行く…


「あ…うん…僕も用事を済ませたらすぐ行くね。ありがとう。」


トウはリュシに小声でお礼を言いながら、バッグから何やら取り出し、エイメに挨拶をしているヨハに近付いて行く…




「ウッ……」


当のセランはトイレの個室の中で…どうにも整理出来ない感情を持て余し…涙も止まらずで…困っていた。


…やっぱり来るんじゃなかった…


知らない間にあの人は…私よりも家族してる…


ヒカ…初めて見たあの人は憎たらしいくらい可愛くて、良い人そうだった…


私も命を賭けて危ない場所に行ったら…あんな風に心配してもらえるだろうか…?


セランはなんとも惨めな気持ちは消えず…


「…な訳ないか…」


その証拠に、今…誰も私を気にかけてない。


フッとセランは自虐的に笑み…


もういい…このまま知らない所に行ってしまおう…


なんとなく思い付き、とりあえずトイレを出る事にしたセラン…


彼女は素早く手を洗い、丁度同じタイミングでトイレを出て行く女性の陰に紛れて建物の出口方面へ行こうとした。


「……」


…待って…この人凄く美人…いや、そこじゃなく…この人はセレスの人じゃ…


自身が盾にしようとした女性がミアハの人間と気付いた時にはもう…トイレの外に出てしまっていた。


「…おい、遅せぇぞ。メクスムのウェスラー農水大臣が到着したみたいだから、その隙にヨハ達の所へ…って……あれ?お前…」


「…そんな長居してません!女性のトイレの時間に文句つける男性はセクハラ扱いされますよ…って…え?」


いつの間にか自分の後ろにいた女の子がレノの人間らしいと気付き、タニアは少し驚くが…


それよりも、カシルがその子を見て驚いている…?


…待って…この子…


「……」


あっそういう…


お互いに驚いて見つめ合っている2人を見てタニアはニヤッと笑う。


「…知り合いみたいですね。じゃあ私、先に行っていますね。」


タニアは他人事ながらちょっとワクワクしながらその場を離れた。


「あ、おい……たく…人を待たせた挙句になんなんだよ。」


カシルはなんだか気マズそうにセランを見て、タニアの後を追おうとすると…


「ちょっと待って、おじさん。」


その少女…セランは逃がすまいと必死で目の前の男…カシルの腕を掴み、引き留めようとする。


「おじ…って…これでも僕は26歳なんだよ。さすがにそれは傷付くから、お兄さんと呼びなさい…って違う。俺は仕事中で急いでるんだ。じゃあな、嬢ちゃん。」


カシルが少女の手を振り払って行こうとすると、


「ダメよ、行かせない。あなたをずっと探していたの。診療代も薬代も払ってないのだから…お礼はきっちりさせてもらうの。行っちゃダメ。」


カシルは、よりによってこんな所で面倒臭い事に出会したなぁと、諦めて立ち止まる。


「もう…俺は医者だからさ、たまたま体調崩していた君に出会したから気まぐれで治療しただけなんだ。お礼なんていいよ。…つうか、君がいたあの地域での外国人の医療活動は手続きが必要だから、無許可で診療した事がバレると面倒臭い事になるんだ。だからもう…君の気持ちは分かったから、俺の事は気にせず元気で頑張ってくれ。じゃあな。」


と言ってカシルはかなり力を込めてセランの手を振り解こうとするも…セランも必死で中々にしぶとい。


「じゃ、じゃあせめてお金は受け取って下さい。それからあなたの名前を…」


「だ〜から、そういうのはいいって言ってるだろう。」


「いえ、ここでせめて代金だけでも受け取って頂かないと絶対に後悔する…あ、お父さん、早くこっち来て〜」


カシルとセランが丁度揉み合っているタイミングでリュシが2人に気付き、慌てて走って来た。


「セラン、どうしたぁ〜!」


「ああもう…どんどん面倒な展開に…って…あれ?リュシさんですか?」


カシルはリュシを確認してすぐに抵抗を止め…


「あれ、なんだカシルさんか…」


リュシもまたカシルを見て表情が通常モードになり、てくてくと普通の歩行速度に戻っていた。


「こんにちは。これからヒカがお世話になります。…ところでセランが何かしましたか?」


「え?この人もヌビラナへ…?って、そうじゃなくて…お父さん、この人がエンゲラの寮で私を助けてくれたの。」


父がこの男と知り合いだった事も驚きだが…ヒカ達に帯同してヌビラナへ行くメンバーだったなんて…


ここでもヒカの存在がチラつき、セランは内心また少し不快になる…


「あ…そうだったんですか…あなたがセランの恩人だったとは…その節は本当にありがとうございました。…親としては情けない事ですが、当時はこの子にはかなり心細い思いをさせてしまって…」


「え?あ……」


[家族は私より姉が可愛いの…私なんて…]


あの時…本当は寮から帰省するはずだったセランは高熱で1人で寝込んでいて…朦朧とした意識の中でそんな事を呟いていた事をカシルは思い出す…


「いえあの時は…僕にとってあの場所はちょっと思い出があり、仕事で近くまで来たついでに当時お世話になった寮母さんに挨拶して行こうと立ち寄った際、偶然セランさんの件を知りまして…高熱と少し脱水症状が出ていたようなので、解熱剤と経口補水液を飲ませて…1時間程様子を見ていたらお腹が空いたとミルクを飲み果物も食べて症状の改善が見られたので、また高熱がぶり返すようなら救急車を呼んでと寮母の方に伝えて寮を後にしました。ちょうどあの時はエンゲラは年に1度の女神の休息という時期で、寮生は皆帰省していたようで…寮内は寮母さんとセランさんの2人だけのようだったので、僕なんかでお役に立てて本当に良かったです。」


…そうだったのか…あの時は意識が朦朧としていてあまり覚えていないが、この人の励ますような言葉が…当時はかなり嬉しかった事だけは覚えている…


でも…寮母さんは彼の事は知らなかったし、彼も名乗らず行ってしまったのでずっと探し出せなかったのに、こんな所で会えるなんて…


「そうだったんですね…本来レノの成長期の若い子は高熱を出す事は滅多にありません。この子は頑張り屋なので、慣れない環境の中でかなり無理をしていたのでしょう…。あの後、私は慌ててエンゲラに迎えに行ったのですがセランは…かなり快復はしていたのですが拗ねてしまって…当時はトウもちょっと色々ありまして…自宅で動けない状態になってしまい…我が家は本当に大変な時期でした。」


リュシは当時を思い返し苦笑していた…


「無理もありません…あの時は長老すら慌ただしく動いていましたから…ご家族の方々もヒカちゃんの件では大変だったと思います。でも、セランさんもヒカさんも元気になって、本当に良かったですね…」


「そうですね…まあでも…私達としては…」


リュシはなんとも複雑な表情をしてヒカの方を見る…


「今はとにかく、あの子が無事に帰って来てくれる事を祈るばかりです…」


ああ…結局ここでも話題の主役はあの人になるのか…


セランも複雑な思いでヒカを見る。


因果な星の下に生まれた彼女を気の毒に思う一方で…物心ついた頃から自分をすり抜けて姉を見ているような家族の目が…セランは寂しく辛かった…


…だから…褒められたくて…もっとセランという存在にも注目して欲しくて…ずっと勉強を頑張って来たのに…


「あの時君は、熱にうなされながら色々と将来の夢を語っていたな。レノの能力者が海外でもっと仕事がしやすくなるように…家族に誇らしく思ってもらう為にまず自分は樹医の視点を勉強するんだって…この若さで…まずエンゲラの樹医養成機関の入学試験をクリアしているんだから、大したもんだ。」


そう真顔でカシルは褒めて、セランの頭を撫でた。


…そうか…だから私はこの人にずっとお礼を言いたかったんだ…


「あの…治療費を払いたいの…」


セランはカシルに、以前に寮母さんが予想してくれた治療と薬の代金に少し上乗せした額のお金を差し出す。


「あ〜気持ちはありがたいが…さっきも言ったがお金を受け取ってしまうと色々と面倒なんだよ。それに…俺としては君を通して昔交流のあった人が抱いていた夢を思い出して…とても懐かしかったよ。お礼なんていいから、立派な樹医になれ…」


と言って、カシルはまたセランの頭を撫で…そして再びリュシの方を見た。


「…必ずあの2人を守り抜き、皆んな無事で帰って来ます。じゃあ…」


丁度その時、


「カシルさ〜ん、出発しますよ〜急いで下さぁい。」


というタニアの呼ぶ声が聞こえて来た。


カシルはリュシ達にお辞儀をし、タニア達の集団に向かって走って行った。





「…ったく…どういう事だ?彼等が今日来る事なんて、私は聞いてないぞ!」


貴賓室で恰幅の良い男が背の高い軍服姿の男に不満を露わにして声を荒げる。


「早朝にウェスラー氏本人から直接こちらに問い合わせがあったそうです。あくまで個人の興味の範囲での視察という事で、移動船には乗りませんし…今回は彼の部下は2人しか同行していない様です。それに…確かに先日はここから近いアルウェンで、こちらの農務省トップとの会談があったようで、こちらの農務省の人間も案内役で同行しているなら、格納庫の見学を含め20分も満たない予定の来訪を断るのも角が立ちますので…」


「…農務省の奴らは上手く使われたな…っとに間抜け過ぎて腹が立って来る。ミアハとの交流が活発と噂されているメクスムの有力議員だぞ。今日を狙って牽制の目的で来たに決まっているじゃないか。」


「…恐れながら、グエン様。」


部屋の隅に控えていた秘書の若い男が2人の会話に割って入って来る。


「…なんだ?」


珍しく秘書に話を遮られ、グエンはかなり面倒臭そうに視線を向ける。


「メクスム国はヌビラナ・プロジェクトに関しての資金援助は他国と比較し群を抜いております。この空港も、メクスムとは共同開発・運営の扱いになっておりますし…彼は同盟国の次期政権トップの最有力候補と呼ばれている人物です。何より、ごく最近はミアハの民と共同開発した酵素をこちらに無償で多量に提供しております。こちらの機関による調査結果ですと、その酵素は既にミアハやメクスムの一部の地では農作物の発芽や成長に有効的な結果が見られつつあります。現在、多方面で影響力を増しつつある彼を手厚くもてなす事は、長期政権を狙う立場のあなた様においても、やりようによっては利用価値のある人物です。」


「…ノシュカ…お前も言うようになったな…」


…そんな事は百も承知だ。


だが…


「…我が国とメクスムはかつては1つの国だったんだ。だが色々あって分裂し…それでもテイホ国の方が人口も国力も上で…我々はメクスムは属国に近い認識で長いこと見ていたのに…今はどうだ?メクスムは好戦的な国でこそないが、現状軍事力は同等…一部情報筋では逆転しているとも言われ、近年は経済的にも押され気味だ。我が国テイホとメクスムのバランスが崩れる時、歴史的にはロクな事が起きていない。今が大事な時なんだ。あの変異の娘を手中に納め、我々は何がなんでもメクスムの上にいなければならないんだ。それが安定の秩序だ。」


「しかし…」


「あ〜うるさい。秘書ごときが私に意見するな。一応、出迎えて向こうの顔は立ててやる。すぐ準備しろ。」


「…御意…直ちに。」


と、感情の見えない表情で秘書のノシュカは深く一礼し、退室しようとする…


と、


「ノシュカ。」


不意に呼ばれて振り向くノシュカに男は、


「確かお前の父親はブレム議員と懇意だったな…くれぐれも奴等に妙な肩入れはするなよ。行動次第ではお前の家族が危機に陥るかも知れん。それは心して忘れん方がいいぞ…」


「……」


ノシュカはやはりここでも感情を表に出す事なく、ゆっくりと片膝を付き胸の辺りで両手の甲を合わせて頭を下げ…テイホ国西部に古くから伝わる服従のポーズをして見せ、


「出過ぎた事を申し上げてしまいました私を、どうかお許し下さい…」


と、自身の仕えるテイホ国首脳グエンに伝える。


そして素早く立ち上がり、 


「彼等をもてなす準備が整い次第、お迎えに参りますので…では。」


そう言ってノシュカはもう一度軽く一礼をして退室する…


遠ざかる彼の足音をグエンが確認すると、


「…アイラめ…上手くネズミを潜り込ませたつもりだろうが…まだ泳がせているだけだ。守備良くあの娘を捉えたら、奴等売国奴には目にものを見せてくれるわ。…ノシュカの監視はくれぐれも怠るなよ。いいな!」


「はっ。抜かりなく。」


苦々しい表情のまま振り向いた彼に、命ぜられた軍服の男は慌てて敬礼をし、とりあえずの反応をするのだった…



…ふふ…お前みたいな…水面下で退陣への包囲網が築かれつつある事にも気付けないマヌケな裸の王様に、俺が捕まるものか…


ネズミは俺だけと思ってくれていた方がこちらも動きやすい…目に見えない能力を軽視しているクセに、能力者達を消耗品の如く使い捨てて来た報いはこれから…嫌というほど味わわせてやる。


長い通路を1人歩きながらほくそ笑むノシュカ…


と、


進行方向からミアハの警備員らしい女性が1人で歩いて来るのが見えた。


綺麗な女性…多分あの人は…


女性はノシュカの近くまで来ると軽く会釈をし、すれ違いざま…


[[アイラという方から伝言です。くれぐれも無理して深入りはするな。次回出航の前に接触希望。ウェスラー氏秘書と握手の際にメモを受け取れ。だそうです。]]


その女の声がノシュカの脳内にスッと入って来る…


[[…了解です。]]


カシュカも無言で会釈を返し…


2人は一瞬のやり取りで情報交換を終え、何事もなかったかのようにすれ違って行く…


身体が触れるほどの距離ならテレパシーでの情報交換は極微量の出力で行え、他の能力者に気付かれる恐れはない事を、かつてタニアはカリナから教わっていた。


ノシュカも、アイラの元で訓練した能力者ではあるが、彼はテレパス系能力者で人の心の声を拾う事が得意で…諜報活動においてはその能力を巧みに使って活躍して来たスパイであった…


「……」


それにしても今の人…なんて強いパワー…


今のカリナはヌビラナにおいては、奴ら肝入りの監視役能力者が数名…常に付かず離れずで彼女をピッタリマークしているので、あの豚男の指示でもない限り中々カリナには近付けない…もしそんな指示が出た時はおそらく罠だし…今後は今の女性との接触が大事になるのであろう事をノシュカは予感しながら、更に続く長い廊下を通り抜け…我が真のボスの盟友ウェスラー氏の元へと彼は急ぐのだった。




いよいよ出発直前、簡単な健康チェックやメンタルチェックを済ませて消毒室を通り抜けたミアハ一行は船内の所定の席へ案内され、ヨハの隣には弟子のヒカ…2人を挟むようにミアハの警備員が座る。


ヨハ側にはカシル、ヒカ側にはなんとジウナが座った…


実は彼女はブレムの治療担当で既にヌビラナへは数回渡航経験があり…少し前に警備員としても志願し、訓練も任務の合間に積極的に参加していたのだった…


今回はブレムの専属治療師としてではなく、ヒカやミアハや同行者の治療担当としても参加していた。


そして、ヨハ達の背後にはタニアが…


タニアの姿を見てヒカが怖がらないよう…念の為、彼女の前では色付きのメガネをかけて同行しているが…タニア的には彼女が自分を見て変な反応はしない事は見えてはいるが…一応、今回はヒカへの直接的な接触は禁じられている。


「ヒカ…出発して30分前後でワープするから、その時に備えてエネルギーを上から下に何度か流してごらん…」


「……」


彼等2人はセレスの強い能力を有するゆえにワープ時に彼等の力がどう干渉するか未知数な為、ミアハの集団12名の内ヨハとヒカだけが唯一ローブを纏った状態で乗車している。


外部へのエネルギーの流れは遮断されるが、ローブの中だけでチャクラ調整は可能なので、不安で身体を小刻みに振るわせ始めたヒカに、ヨハがチャクラ調整をアドバイスするも…ヒカは緊張で上の空の様子で…少し顔色も良くなかった。


「ヒカ?…」


ヨハがヒカの手を軽く触れると、彼女の身体はビクンと跳ね上がる。


「は、はい?」


ヨハはそんなヒカを見てクスッと笑う。


「緊張し過ぎているね。ほらヒカ…僕の目を見て…」


ヒカは恐る恐るヨハを見る…


…ああ…ヒカとこんな近くでちゃんと目が合うのはいつ以来だろうか…


「……」


ああ…やはりね…


ヨハはヒカの瞳の奥に彼女のモノとは違う人間のエネルギーを感じた…


それは…とても弱いけれど…おそらくエルオの広場での瞑想の度にその力は解除され、その後も再度力を加えられを繰り返して来た形跡を感じる暗示のエネルギー…


…この程度の暗示ならば僕でもなんとかなる…


ヨハはヒカの目を見つめながら自身の瞳孔を少し開き、ヒカの思考に介入しているエネルギーの膜をそっと破壊し、同時に、今後同じようなエネルギーのアクセスが出来ないよう、軽く防御の細工を施してあげた。


どんな選択でも、それはヒカ自身が考えて自分の意志で決めなければならない。


例えそれが僕にとって辛い結果になろうとも…


「ヒカ…ワープは一瞬だから心配しないで。まずは深呼吸だよ…そう…その調子…」


ヨハは呼吸でヒカを落ち着かせると、


「…もう大丈夫そうだね。そこから…そう、今の感じでエネルギーを頭から下に下ろして…そうそう…。おへその辺りを少し意識しながら、それを繰り返していてごらん…それをやっていればワープなんてすぐだから…」


「……」


その様子を見るとはなしにしばらく見ていたカシルは、少しつまらなそうに明後日の方に視線を移し、


「ったく…こいつらは相変わらずだなぁ…。だがまぁ、何よりだ。」


と、小さく呟き…微笑む。


「……」


そんな前の席の人達のやり取りをタニアはそれとなく把握しながら、内心でクスッと笑い…


…でもまぁ良かった…ヨハもこの後はヒカちゃんとしっかりした意見交換が叶うでしょう…


そしてカシルさん、…少し紆余曲折はありそうだけど…あなたの春も…


…そう…だから皆んな…絶対に無事で帰るの。


タヨハとエンデの顔を思い浮かべながら、タニアはワープに備えて目を閉じた。




「間も無く着陸体制に入ります。多少の揺れにご注意下さい。」


機械的な音声が船内に流れ、と同時にワープ時に閉じられたカーテンの様な物が一気に開き、壁一面に外の世界が映し出される…


と…船内は歓声の声が上がり…


「凄げえ〜っ、ここから見ても虹色に光ってる…ヌビラナはまるで魔法の玉だな…」


カシルでさえ少年の様にヌビラナの独特の煌めきに興奮していた。


「…だけど残念ながら僕達の上陸する場所は夜だから…すぐに煌めきが見えない位置に突入してしまうよ。もうすぐ揺れ出すから、カシルはもう座った方がいい…」


「…なんだよもう…相変わらずつまらない男だなぁ。この景色は誰でも見られるモノじゃないんだぞ。ヨハももう少し少年らしい心を表に出してみろ。」


はしゃいだ所を嗜められ面白くないカシルは、自分のノリになんとかヨハを引き込もうとするが…


「カシルはいつもそういう部分を露出しっ放しだよね…よく病院では注意されなかったね。」


「露出しっ放しって…人を変質者みたいに言うな。言っとくが俺のファンは多かったんだぞ。」


「ああ…子供には懐かれてたよね。きっと少年丸出しの君の心に共鳴して集まって来ていたのかも…確かにファン多かったよね。」


「…お前な…」


どこまでもヨハにあしらわれるカシルは腹が立って、首を絞めようとヨハの首に手を伸ばした所で…ガクンと機体が大きく揺れ、立っていたカシルはよろけてヨハに覆い被さる体制になってしまった。


「…カシル…だから僕はそういう趣味はないって前も言ったろう?早く座って。」


「な…また言うかコイツ…」


カシルが再びヨハの首を絞めようとすると、


「カシルさん、向かうで待機しているアテンドの女性達に笑われてますよ。早く座って下さい。」


後ろからタニアにも嗜められ…


「え?…」


カシルはハッと我に返り、周囲を見渡すと…アテンドの人達だけでなく、そのフロアにいる皆んなが自分に注目し、クスクス笑っていたのだった…なんと、あのジウナまで…


「……」


「でもカシルさんて本当に面白いですね…見ていて楽しくなります。」


だがヒカにクスクス笑いながらそう言われると、恥ずかしさより嬉しさがじわじわ勝って来て、


「ヒカちゃん…君はよく分かっているね。ヌビラナに着いたら二人でお散歩し…」


「ほら、揺れるから座ってって。」


ヒカに近付こうとするカシルをヨハは本気の力で阻止し、カシルを座らせてしまう…


「ちょっ…俺とヒカちゃんの無邪気な触れ合いを邪魔するな。」


文句を言うカシルの袖が不意に背後から引っ張られる…


「カシルさん…私はおじ…いえ、ハンサさんからカシルさんがハメを外し過ぎないよう見ていてと言われています。私の話は帰還してすぐにハンサさんから長老の耳に届くと思いますから…そのつもりで行動して下さい。」


というタニアの背後からのヒソヒソ話に、


「え…?マジか…」


と、カシルは表情が若干固まる…


そしてタニアは更に、


「ヨハもよ。あなたがカシルさんをイジるから掛け合い漫才みたいになっているのだから…加減してね。」


「…分かってるよ…でも半分は皆の緊張を解す為にカシルは意識的にやってると思うよ。」


「そう…ね…まあ程々にね…」


確かにそうなのだ。


だが…ヨハ的にはヒカの緊張を解す為に意識的にカシルに道化をやらせている側面もタニアは感じていた。


まあ…確かに良いコンビだわ…


タニアはなんとも温かい気持ちになり、この人達の為にここにいる自分の選択は間違いなかったと…しみじみ思うのだった。





「…とうとう…あの子達がやって来る…」


基地を守るシールドの一部が解除された事を知らせるように、外部の猛烈な風の音で目覚めたヨルアは思わず起き上がり、窓辺へ駆け寄る…


「…ヨルア…くどいようだが…ここでは絶対にあの子達には干渉するなよ。それに…」


間仕切りを隔てたもう一方のスペースの角に置かれたベッドからやっと身体を起こしたブレムは、更に続ける…


「…君は3日後の帰還の便に乗りなさい。」


「⁈…何を言って…」


驚いて振り向くヨルアだったが、ブレムは極めて冷静で…


「…ここから…仕切りの隙間からでも僅かに見えている…。なぜ君は…昨夜から保湿カバー用の手袋をずっと外さないでいる?」


「……」


ヨルアは気まずそうに…思わず手をブレムの死角に隠した…








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