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44 すれ違う心とマーキング


「ヒカは研究所にはいないよ。事情で任務からの帰還が遅れていてね…」


今日の元老院の会議はヌビラナ関連の極秘事項だらけという事もあって、情報の確認や質疑応答も長引き…予定より少し遅れて終了した。


長老がエルオの丘から研究所に戻って昼食を取り一息ついた所で、窓の外にちょうど研究所に入って来るゼリスが見えたので、これは良い機会と彼女の姿を追ったのだった。


「あ、そうなんですか…って…え…?」


ゼリスは、研究所に入ったところで意外な人物に背後から声をかけられていた…


「食堂でお茶でもしながら彼女を待つつもりだったかい?…なんだか顔色がすぐれないようだね。今日の会議は数日前に君から辞退の連絡を受けたと聞いていたけれど…あの子には会いに来るんだね…」


そう…あえて会議を通してミアハにおける事態の深刻さを理解し、彼女の思い違いを知ってもらう目的もあり、セレスの代表としての立場でゼリスに会議の参加を命じたのは長老だったのだが…彼女は出席を辞退していた。


というか…ここ最近のゼリスは、研究所では見かけるがエルオの丘自体へも行っている様子はないようだった。


「あ、あの…」


唐突に呼び止められた長老の意図が分かるような分からないようなで、しどろもどろに答えるゼリスに、


「来たばかりのところで申し訳ないんだが…折り入って君に話があるんだ。少しだけいいかい?」


「……はい…」


長老の目は笑ってこそいたが…何か深刻な気配も纏っていて…彼女にとってあまり楽しい話ではない予感はしながらも、長老の要請は拒否出来ず…彼の背中を追って歩き出すしかないゼリスだった。


「実はね、ミアハは現在ちょっと…いや、結構困った状況に陥っているかも知れない。君も何の話か薄々気付いているとは思うが…あの子達…ヨハとヒカの件だよ。」


と、長老はテーブルの上に両肘を立てて手を組んだ状態で口火を切った…


「ほんの1カ月…いや、2週間ちょっと前かな…ヒカは急にヨハとの師弟解消を唐突に…私に直接申し出て来たんだよ。理由を聞いても辛そうな顔をして黙ってしまうので…2人の間で何かトラブルがあったのかと思って、周辺のスタッフに聞いたがそれらしい様子は誰も見ていないと…。で、確認がてらヨハに師弟解消の件の話をすると、彼は何も聞いていなかったようでね…かなりショックを受けていた。その後、彼があの子に直接理由を聞いても、ル・ダの足手まといになりたくないから…と言うだけで黙ってしまい…まともな話し合いにならないんだそうだ。以来、なんとも言えない空気があの2人の間に流れている。あの子達は今回、かなり危ない星へ重大な任務の為に赴かねばならないが…これは大げさな話でも何でもなく、本当に危険な任務なんだよ。だいぶ前からヒカはテイホ国から命を狙われている件は、今日の会議で警備報告でも上がって来ていたが…もしもヌビラナで何かあったらきっと…いや、必ずヨハは命をかけて彼女を守ろうとするだろう。ヌビラナは名前の通り、星自体が敵意を持っているかのような場所で、昔は1度足を踏み入れたら生きては帰れず…その存在や星の実態も把握が遅かった。もし何かあったからと言って、彼等の意思だけで自由に帰ってこれるような場所ではない。あの子たちにはかなり不利な状況で…もしその中でヨハがヒカを守ろうすれば…おそらくあいつは高い確率で命をかけなければならない状況に陥るだろう。これは本当に一部の人間しか知らない事の1つだが…彼はね、強力な特殊能力者なんだ。そしてヨハがもしその能力をフルに使ったら…その力の代償として、彼は死ぬかもしれないんだよ…しかもその確率は…結構高いんだ。」


「え?…」


…それはあまりにも衝撃的な話で…長老が何を話しているのか…ゼリスは少しの間、内容を咀嚼し切れないでいた。


「エルオの丘の資料室の奥のね…最近見つかったばかりの女神の予言書によると、ヨハは近い未来にその能力を使わなければならない状況になり、命を落とすかも知れないと…だからヨハはこの先の長や長老の後継者に当てはめてはならないとも書かれていたんだ。」


「あ、あの…だとしたらなぜそんな場所に彼等は行かねばならないのです?断ってしまえば…」


彼等のヌビラナ行きを長老が了承したのは…何か苦渋の決断だった事はほぼ間違いないと分かっているのに…ヨハの死の予感をこんなにあっさり語る長老が信じられなくて…


ゼリスはつい安易な質問をしてしまっていた…


「断れたならどんなに良いだろうね。テイホ首脳のタダならぬ威圧的な申し出は…もし断ればそちらの国の安全が脅かされるぞと言わんばかりの雰囲気だった。不測の事態でも、我々は決して屈せずに対応するが…ミアハの民には苦しい決断を迫る事になるのだよ。そんな事態は極力避けねばならないし…何より、厄介な事に我々ミアハの民の守護神エルオは…太古の昔にヌビラナの女神と何やら約定を交わしていたらしく…今回、その約定を完結させる為にあの子達はどうしても…あの星に行かねばならないのだ。」


「……」


「…この話は全てヨハには伝えてある。ヒカには…ヨハが伝えようとしているのだが、なんだか彼女は何かフィルターみたいなモノがかかってしまっていて…ヨハの言葉がストレートに伝わらないようなんだ。これから2人は命をかけなければいけない任務に赴こうとしているのに…だ。意思疎通が難しいままでヌビラナに赴く状況を考えれば、かなりマズい状況なのだが…それに数日前…更に輪をかけて困った情報が…」


「……」


[しばらくは辛いかも知れないけど、今後少しの間ははヨハ君と話す機会も減らすようにした方が後々楽かも知れないわよ…]


つい3日前…ヨハとの師弟関係の解消を申し出た話を泣きながら報告に来たヒカに、ゼリスがそうアドバイスした場面が脳裏を過ぎる…


今の2人の状況に心当たりがあり過ぎて…ゼリスは長老の顔を直視が出来ずに俯いてしまう…


「…ヒカはとても特殊な体質を持って生まれて来た子で…少し前に命の危機があった事は君も把握していると思うが、コレも本当に極々一部の者しか知らない事だが…あの子には私の一存である儀式を受けさせたんだ。女神がこちらの願いを受け入れてくれるかは、実際のところ一か八かの賭けみたいな儀式ではあったが…女神は願いを受け入れて下さり、あの子は元通りの健康を取り戻していたのだが…ヒカの治療にあたってくれたティリの能力者と…今はちょっと名は伏せるがある特殊能力者から、ヒカの命の危機が再び訪れる可能性をつい最近聞かされたんだ。少し前までは2人ともそんな話は全くしていなかったのに…だ。」


「……」


話の流れだと、ヒカの体調の件までゼリスのせいと言いたげな長老の話し振りに抗議したい気持ちが彼女の中で湧き上がるが…強く握り締めた自分の拳を俯き見つめながら…とにかく、話は全て聞いて反論しようと思うゼリスであったが…


「私が少し前にヒカに施した儀式は、ヒカの考えや進む方向が女神の願いに沿うモノである限り、変異によって起こる健康障害は全て解消される筈だったんだ。それがごく最近…その健康障害がじわじわ振り返している兆候があるらしい…。一体、最近の彼女に何が変化があったのか…?私が考えられるのは、ヨハとの関係しかないんだ。」


「……」


「これからヌビラナという危険な星に行かねばならない2人に更なる試練が降り掛かろうとしている……これはね、もしヌビラナとの約定が果たされなかった場合は…それはミアハの危機にも直結する問題で…引いてはこの星の危機も更に加速化させてしまうのだよ。」


なんで…


なんでよ…


私はただ…先輩として…同じ女性能力者としてヒカちゃんのこれからを心配しただけなのに…


なのに…こんな…


心配な事態は全て私のせいだと…この男は言いたいの…?


イレン様を長の座から追いやる事では飽き足らず…私まで貶めようと…?


ゼリスは無性に悔しくなって来て…でもその悔しい気持ちとは裏腹に、この男の前では絶対に見せたくなかった涙が止めどなく流れ出て…だがかろうじて彼女はハンカチを目に押し当てる事で、涙は覆い隠せた…まあ泣いているのはモロバレだけれど…


「…長老は…その全ての原因が私と仰りたいのですね…?」


ゼリスの震える声を聞き…


「……」


長老セダルは少しして、大きな溜め息を一つ吐いた…


「…君はまず1度…この人に会って話を聞いた方がいい…」


そう言って長老は、1枚の紙をゼリスの前に置いた。


「まずそこからだと感じる。間接的な情報というのは得てして無責任に誇張されたり歪められたりする…。君は今、そういった情報に翻弄され過ぎているように感じるよ。感情的に反応する前にまずヤヘナさんに会う事を強くお勧めする。君の…血縁的には祖母にあたる人だよ。彼女の話はその…君の微弱ではあるが母方の血筋から受け継いだ特殊能力も証明となるだろう。」


「!!…」


長老は、ギョッとするゼリスを真っ直ぐに見つめる…


「君が研究所の若い所員から出生の情報の一部を引き出させた事と、君の特殊能力の未報告、更にヒカに軽い暗示の能力を使った事は不問に処すから…まずはヤヘナさんに会いに行きなさい。その後でまた話そう…。一応それまでは…悪いがヒカと接触は禁じさせてもらうよ。イレンは多分…君がヒカに干渉している件は今の時点では何も知らないと思う。彼とも…引退の件に関してはちゃんと彼自身から話を聞いた方が良いように思うが…とにかく、今はヤヘナさんに会う方が先のように思う。彼女はまだご健在と聞くが…御高齢な事もあるから、会うのは急いだ方がいいだろう。君の中で疑問が渦巻いている部分はとにかく1度スッキリさせてあげたい…イレンや君の今後の為にも…」


「……」


目の前の…全て見通してるかのごとく話す老人の今の感情は何も見えず…ただただ…訳の分からない涙が込み上げては溢れるゼリスは、テーブルに置かれたメモをガッと鷲掴みすると、何も言う事なく部屋を出て行ってしまった。


資料室で1人残された長老は、目の前に組まれた自身の手に頭を擦り付けるようにして、苦悩の表情を浮かべる…


頼むゼリス…


君はまだ若い…噂に振り回されず…情報を理性で整理し、またここに戻って来てくれ…


彼の切なる願いは暫し…その組まれた両手にひたすらに擦り込まれた。


ハンサ…すまん。この件は君にまだ知らせていない部分もあって…君が知ればエンデやタニアに伝わり、いずれ…


それはあの夫婦と遠い過去に交わした密約だった。


そして、この秘密を知ったゼリスがどんな行動に出るかは、1つの賭けではあったが…


長老セダルはそこはゼリス本来の人間性を信じてあげたいのだった…


[長老様、ゼリスも向こうのターゲットだったみたいなの。長には近づけないけど弟子だった彼女は…何年か前にテイホでの任務で数回マーキングされています。微かにあの人の気配を感じるのです。けど今は放置に近い状態でもあるから、あの子は私に任せて下さい。マーキングは弱い上に私と近いエネルギーを持っている子だから、私でもなんとかなりそうです。まあカリナさんにはちょっとだけ…ケンカを売ってしまうかもですが。」


昨日の帰り際、タニアはセダルの袖を軽く引っ張ってそっと耳打ちした…


ヒカに近付いてから後の彼女はおそらく…エルオの丘から距離を置いたのではなく、入れなかったのだろう…


女神から拒絶された疎外感で、更に暴走する可能性をセダルは恐れていた。


タニアはああ言っていたが、2人をすぐに引き合わせる事は…現状は中々厳しい…


ならば…


頼むゼリス…とにかく、ヤヘナさんに会ってくれ…


事が起こる前に…


まだ…私が動けるうちに…




「ねえヨハ…」


警備の打ち合わせを終え、ハンサの車が到着したので立ち上がると…ヨハは急にタニアに腕を強く引かれ、台所の方へ引っ張られて行く…


「な、何?…」


ヨハは何事かと、タニアを見る。


タニアは少し躊躇しながらも…意を決したように、


「皆の前では言い辛かったから…でも今、伝えて置かないとと思ったの。あのね、ヒカちゃんとのすれ違いはきっとなんとかなるから…変に遠慮して諦めちゃダメよ。彼女の目をしっかり見て話してあげて。ヨハの気持ちを丁寧に伝えてあげればきっと伝わるから…とにかく、しっかりあの子の目を見るのよ…それは忘れないで。あと…分かっていると思うけど、あの子の体調には気をつけてあげてね。それは治療しろという意味じゃないわよ。あんたがヒカちゃんを理解して側にいてあげれば…体調面に大きな問題は起こらないと思う。今言った事は、絶対に忘れないでね。」


タニアは真剣な表情でそこまで言うと、掴んでいたヨハの腕をパッと離した…


「…分かった。わざわざありがとう。」


ヨハは…タニアがヒカとの最近の関係を気にかけてくれていた事を改めて知り…笑顔が込み上げた。


「じゃあ…」


「あ、待って、あと1つ…」


台所を出て行こうとするヨハのシャツの裾を、タニアは咄嗟にまた引っ張った。


「あのね…」


タニアの3番目の用件は、ヨハへの忠告というよりも…彼女の切なる願いだった。






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