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43 もう1つの家族とヒカの決意


「イレン様、おはようございます。今日はよろしく…あ…やっぱり、ヒカちゃんが来てくれたのね。」


「こらエイメ、長に挨拶の途中だろう。失礼しました。イレン様…今日はどうぞ宜しくお願い致します。」


中途半端な挨拶になってしまったエイメを軽く窘め、リュシはエイメの手を引っ張り彼女を跪かせ、共に膝を付いてイレンに丁寧に挨拶をした。


「ああ…過分な気遣いは無用だよ。もう噂は広まっていると思うが、私は間もなく長の座を退く身だ。おそらくレノでの任務は最後になると思うから…こちらこそ、よろしく頼むね…」


イレンの言葉を受けて夫妻は膝をついたまま、


「いえ…こちらこそ、長の大事な節目となるような任務にご一緒出来て、私達は光栄でございます。」


イレンは照れたように…それでいてどこか寂しそうな…複雑な表情を浮かべて苦笑する。


「ありがとう…でも、私は本当に堅苦しい挨拶は苦手なのでね…ここまでにしよう。ヒカ君も…今日はよろしく。」


ヒカも慌てて膝をついて挨拶をする。


「ご、ご無沙汰をしております。その節はお世話になりました。き、今日はよろしくお願い致します。」


「ああ…師匠のヨハ君と離れて初めての任務らしいから…緊張しているね。挨拶はもういいよ。…君とはやっと能力者としてご一緒出来るね。色々と悲観視されているセレスの世代交代だが、君やヨハ君やゼリスと…君達を見ているとまだまだセレスにも明るい未来はあると思える事が嬉しいよ。君はゼリスとも交流があるようだから、どうか今後も仲良くしてやってくれ…」


「あ、いえ…仲良くというか…先輩として色々とアドバイスを頂けるので、本当に有り難いです。」


「…いや…あの子は私にとって最後の弟子となるからね…能力はあるのはいいが色々と目立つ存在だから…あまり畏まらずに接して貰えらると有り難いんだ…」


「あ…はい…」


…畏まらずにといっても…


ゼリスはそもそも少し年は離れているし、現在は長の補佐役として元老院の会合にも出る事もあるらしいから…イレンは中々難しいお願いをしてくるな…とヒカは戸惑いながらも…


それよりも今日のイレンはなんだか…元気がないような感じがなんとも気になるヒカだった。


…やはり間もなく長の立場を離れる事が影響しているのだろうか…?


そんな2人のやり取りを見守りながらエイメが…


「そろそろ木の側へ移動しませんか…?ヒカちゃんは事前にチャクラ調整をしておいた方が安心でしょう?」


…良くご存知で…


とヒカは内心で感心しながら、


「そ、そうですね…私は時々チャクラ調整に手間取るので、少し早めに座らせて頂けると助かります…お気遣い頂きすみません…」


と、皆に頭を下げる。


…そう…ヒカは大分手短かにチャクラ調整が可能にはなったが、生理前やプレッシャーや緊張が酷いと時間がかかってしまう事が最近の悩みではあった。


特に今日は…一日中ヨハが側にいない初めての任務…


彼はヒカのメンタルの変化には敏感で、いつも先回りして対応してくれていた…


「……」


…そうだよ…もうこれからはコレが普通になるんだ…しっかりしなきゃ…


と思った瞬間、ヒカの世界が急にグラッと揺らいだ。


「ちょ…ヒカちゃん大丈夫?」


身体がグラついた時、咄嗟に隣を歩いていたエイメの腕を掴んでしまった為、彼女は慌ててヒカの身体を支え声をかけた。


「大丈夫か?…」


ヒカの異変に気付いたリュシも、駆け寄って背後からヒカを支える…


「ヨハ君から離れて初めての任務と聞いているから、緊張もあるだろう…まだ時間はあるから近くのベンチで少し休もう。」


3人の様子を見てイレンが提案する。


「す…すみませ…」


やっと声を出して詫びるヒカに、


「大丈夫よ。能力者のコンディションの問題は時々起きるから珍しい事ではないわ。ヨハさんの代わりになるか分からないけど、今日は私がフォローするからね。大丈夫だから…」


エイメはすかさず声をかけ…更に、


「…ヒカちゃん…もしかして…あの日なの?」


と、ヒカの耳元で小声で尋ねる…


「…いえ…でもそろそろではあるんです…」


…この人は…おそらくヨハかハンサあたりから、自分の情報収集をこまめにしているのかも知れない…


「…私もたまにあるわ。そういう時は変に無理したり心配し過ぎない事よ。今日は多分…トウあたりが呼びに来ると思うから、それまでは自由時間よ。大きくゆったりとした呼吸をして…少し休みなさい。私がいるから大丈夫、大丈夫…」


「…はい…」


エイメはヒカの背中に手を当てて優しく語りかける…


そんな彼女の配慮がヒカの不安をやんわりと解きほぐして行く…


…それはまるで…ル・ダが側にいる時のよう…


何もかも委ねていいような…優しい声だった。


やがてエイメの予想通りにトウがやって来る頃にはなんとか不調は治まり…


レノに於いての3つの聖地のうちの1つである大きなカリンの木…かつてミアハの大きな節目が訪れる前に現れ、ミアハの民の危機を乗り越える為に力を貸した妖精が依代とした木に、年に一度だけ感謝を捧げる儀式の為に今回選ばれた4名の能力者達はトウに誘導され…レノの長サラグと共に無事滞りなく、儀式を終える事が出来たのだった。




「今日はありがとうございました。…その…本当に助かりました。」


夕方、セレスからのお迎えの車を一緒に待っていてくれている両親とトウに向かって、ヒカは深々と頭を下げる…


「そんなこと…いいのよ。ヨハさんのいない場所での初めての任務はさぞ不安だったでしょう…立派だったわ。」


エイメは思わずヒカの肩を抱き寄せる…


「来週後半はもっと大きな任務があなたを待っているのよね…くれぐれも身体に気をつけてね。」


「……」


「きっと無事に戻れる…落ち着いて頑張るんだよ。」


「…ヨハさんと一緒ならきっと大丈夫。彼や警備の人達を信じてって…リンナが言ってたよ。また会おうね。」


3人の温かい励ましに勇気づけられ…


感極まってヒカを抱きしめて来たエイメに続き、リュシとトウも次々抱きついて来て…ヒカは胸がいっぱいになる…


けど…今は泣けない…


でもきっと、任務を終えたら…まず最初にこの人達に帰還を伝えたい。


「あ、ありがとうございます。絶対に、元気で帰って来ます…」


涙を必死に堪えながら、ヒカはそう答えるのがやっとだった…




「結局、こんなにお世話になってしまい、申し訳ありません…」


「いいのよ。私達こそ…ヒカちゃんの大変な任務の前に、こんなに長い時間を過ごせて嬉しかったわ。…こんな家でよかったら、いつでも遊びに来てね。」


ヒカはあの後もなんとなく身体がフラつき…エイメの予感は当たってヒカに生理が来ていた為、リュシが急遽ハンサに連絡を入れ、その日は彼等の自宅で休ませる事にしたのだった。


少しベッドに横になってもらい、朝セレスを出る前に摘んで常備していた例のブルーベリーを食べると、ヒカはウトウト眠り…


夕食時には体調は大分落ち着いた。


エイメ達の有り余る厚意に躊躇しながらも、結局ヒカはそのまま彼等と楽しい時間を過ごしたのだった…


「じゃあヒカちゃん、またね…ヌビラナでの任務はきっと上手く行くってリンナは言っていたし…僕もそう思う。レノには昨日のカリンの木以外にも、過去にリンナのような妖精が現れた果実の木があるんだよ。その木々が実らせる果実は本当に美味しいんだ。それらをいつかヒカちゃんも食べて欲しい…また…絶対にここにも遊びに来てね。その時はきっとセランも帰って来るから…」


そう言って名残惜しそうに手を握るトウとも別れ、ヒカは帰路につく…


「エイメさんのお料理…本当にとても美味しかったです。私が倒れて動けなくなってた時に持って来て頂いたお菓子の差し入れも美味しくて大好きでした。この前ル・ダが倒れ…あ、いえ……私もお菓子は大好きなので、エイメさんにブルーベリーや木苺を使ったお菓子の作り方を教えて頂きたいです…って…私…ご厚意で泊めて頂いたばかりなのに…楽しくてつい…厚かましい事ばかり言ってますね…すみません…」


リュシの厚意でセレスまで車でヒカを送っている途中…体調面が心配だからと付き添ってくれたエイメとの会話が盛り上がる中で、勢いでついおねだりをしてしまっていた…


「あら、いいのよ…料理の腕を認めてくれて私は光栄よ。変な遠慮なんてしないでまたいつでも遊びに来てね…ヒカちゃんだったらなんでも教えてちゃうわよ。我が家の男達は私の作った料理は殆ど誉めてくれたりしないから…ヒカちゃんみたいに言ってくれる子には本当に作り甲斐があるわ。」


後部座席に並んで座っているヒカの肩を抱き寄せながら、エイメは嬉しそうに笑って答える。


「わぁよかった…ありがとうございます。楽しみにして任務を頑張って来ます。」


色々な葛藤で苦しかったり不安だったりで鬱鬱としがちだったヒカだが、エイメ達と過ごせた事で気持ちは大分和んでいた。


「…ねえヒカちゃん…さっきヨハさんの話をしようとして…どうして止めてしまったの?」


「……」


エイメに不意にヨハの話を振られて…ヒカは急に表情が固くなり、俯いてしまった…


「…師弟関係を解消して独立するって聞いたけど…何もこれから大きな任務に行くという前に…そんなに決断を急がなくても良かったんじゃない…?」


「…よさないかエイメ。ヒカちゃんが困っているじゃないか…話したくない事情もあるんだろう…無理に聞き出すモノじゃないよ。」


エイメの…ヨハに関する複数の質問にすっかり様子が変わってしまったヒカを見かねて、リュシが窘める。


「…そうね…余計な事を聞いてごめんね…」


「いえ、大丈夫です…変な気を遣わせてすみません…」


…ヒカの取り繕うような笑顔がなんだかエイメには切なく見えて…


「でもね…私…あなたが倒れた時、なんとか助けようと必死になっていた彼の姿が忘れられないの。あなたも朦朧とした意識の中で彼の思いに応えようと頑張っていたし…あの時に見たあなた達は誰も入り込む隙間がないくらいだっだ。それなのに…早めに彼と離れる決断をしたという事は、それなりの覚悟があるのよね?…」


「エイメ…」


「分かったわ…もう止める。お互いが既に決めた事…私がとやかく言う事じゃないって……ヒカちゃん?…」


俯いた顔を上げ、エイメを見た時のヒカの目は……


「……」


エイメは思わずヒカを再び抱き寄せてしまっていた。


「なんて目をしているの…。そんな切ない目で見られたら、こっちまで胸が締め付けられるわ。」


エイメは…涙をポロポロと溢すヒカの頭を優しくそっと撫でる…


「…あなたもいつの間にか…そんな目をするような年頃になったのね…」


そして、次第にエイメの視界も少しずつ歪んで行く…


「ヒカちゃん…どんな事があっても私達はあなたの味方だし、あなたの決めた事を尊重する…それだけは忘れないでね。でも…人生の中では大事な事ほど…いっぱい悩んでもいいけど、焦って答えを求めない事がいい時もあるかも知れないわ。後悔しない恋をしてね…」


「…えっ…?」


エイメの恋という言葉に、ヒカは驚いたように反応する


…恋…?…この人は何を言って……


いや………そうなのだ。


ああ…ずっと認めてはいけない言葉のはずだった…


「うっ……くっ…」


込み上げて来るモノはもう抑えきれず…涙は止めどなく流れ落ちて行った…


「…いいよ…大丈夫。私達の前でなら泣きたいだけ泣いていいの…泣いていいのよ…」


一緒に涙を溢しながら…


セレスの研究所に着くまで…愛しい娘の緑がかったシルバーブルーの髪を優しく何度も何度も撫で続けるエイメだった…


…もう長老は了承し独立は決まってしまったんだもの…


どんな辛くても悲しくても時間は進み…間もなく大きく過酷な任務はやって来る。


師との別れは身を切られるような…辛い事だけれども…もう前へ進むしかないのだ。


そう…それでも私はセレスの能力者として前へ進む…


それが私の存在価値…


そしてそれはせめてもの師への恩返しと信じて…


ヒカは窓の外に見えて来たエルオの丘の頂上部分を見つめながら…決意を新たにした。








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