42 とある儀式、そして家族の触れ合い
「そんなに緊張するな……っつってもまあ無理か…親子としての対面は初めてじゃな…」
運転席からカシルはヨハをチラッと見て苦笑する…
「緊張なんてしてないよ…君がそう見えるのは今の僕を面白がりたいからじゃない?」
「ったく…相変わらず可愛げがねぇな…。ああ…むしろ緊張の対象はタニアの方か…?何せガチ対決してるもんな…」
カシルは今度はヨハを見ずにニヤッと笑う…
「ほらやっぱり…」
「だけど実際あん時のタニアは本当に怪物みたいだった。タニアであって中身は違うって感覚はああいうのを言うんだって思ったよ…」
「……」
ヨハの言葉を遮り呟くカシルの言葉に、ヨハもあの夜の映像が甦って来てしまい…暫し言葉が出て来なくなってしまった…
が、ん?とある事に気付き、
「ちょっと待った。なんでその時の様子をカシルが知っている?…やっぱりあの時、背後にいたカリナらしい人物を追いかけたのは君だったのか…なんとなくそんな気はしていたけれど…」
「…まあバレるよな…当時はこれでもかっていう程お前に付き纏っていたし…側に居てくれたら気付かれずに警護出来るって思ってな。でも誤解ないように言っておくが…そう言うやり方に頼ったのは、お前と色々もっと話したいって思ったからだからな。」
「最後の最後までかなりしつこかったから、何かあるのかなって…思ってはいた…」
「違う、あれは…まあいいや。結局あの時は誰かさんにいいように使われたしな…セレスから表立って正式に派遣された警護も外にいたのに、あの時はわざわざ俺を足に使いやがって…」
「だってさ…日々替わる警備の人よりカシルの方が車中は変に深刻にならないでいいかなって思ったんだ。それに多分、カシルは来てくれるって思ったから…」
カシルはここで少し照れたような表情になり…
「…っとに…お前は…そんなこと言われたら文句も言い辛くなるだろうが…」
「…あの時は…ヒカの容態がよく分からない状況だったから不安に押し潰されそうだったんだ。あの殴り書きのようなメモもどれほど有り難かったか…今でもあの時は君に頼んで良かったって思ってる…」
「……」
今まで軽快なヨハ弄りモードだったカシルが、急に神妙な顔になって黙り込む…
「…ヨハ…、俺が見ている限り、タニアはもう大丈夫だよ。あいつをずっと側で見守って来たタヨハさんやエンデの最近の表情がそれを物語っている気がする…。今じゃ自分を支えて来たタヨハさんやエンデやマリュさんの為に、村の人達に受け入れられようと必死に頑張る…快活で健気な普通の娘だ。そんなタニアと俺は、もうちょっとしたらお前達と一緒にヌビラナに行く…エンデやトウが言うには、これから諸々の危機を乗り越える為にはお前達は絶対に死んではダメだそうだぞ。俺達はヌビラナに赴くミアハの皆が無事で帰還出来るよう…とにかく全力を尽くす…」
「……ありがとう……あのさ、あまり考えたくはないんだけど…もしも不測の事態には、僕はヒカだけは…なんとか全力で守れるつもりでいる。だから僕達の為に命は賭けないで。君達に無駄死にはして欲しくない…これだけは忘れないで欲しいんだ。」
「…それは…お前の特殊能力の事を言ってる訳だな…?」
「まぁ…こんな言い方したらそう思うよね…」
ヨハは不敵に笑み…覚悟を決めたような瞳で前を見る。
「…微妙に違う。俺はさ…まあいつかお前には話すべきとは思っていた事だけど、カリナは幼馴染みなんだよ。で、あいつやタニアみたいな強力な能力者が近くにいたせいか…ただ事ではないレベルの強い能力者はなんとなく肌で分かるんだ。然もお前の力は異質で…尋常ではないモノという事は…なんとなく分かる。」
「…そうなんだ…なら分かってくれるよね…君とタニア達はまずヌビラナにいる他のミアハの民の安全を優先して欲しい。ヒカは…常に狙われている前提で、僕はあの子の師でありSPのつもりで行く。多分、君とタニアの存在はカリナには結構なプレッシャーを与えると思う。…それでいいんだ…それだけで……痛っ!何するんだよ。」
カシルはややムッとしてヨハの頭を軽く叩く…
「…ったく…何がそれでいいだ。そういう所が可愛くないんだよ。まあ、お前のその能力が言わしめてしまうんだろうけど…なんでも1人で抱え込んで自己完結しようとするな。お前の思考には連携という要素が欠落していると俺は思うぞ。…長老はなぜ、今日は俺をお前の足にしたと思う?お前とタニアと俺を…更にエンデを交えて警備に関して具体的な話し合いをさせる狙いがあったと俺は思うぜ。俺はテイホの警察や保安部にちょっとコネがあってな、ヌビラナの基地や向こうでお前らセレスの能力者達が活動している場所をチェックした地図を手に入れてあるんだ。」
カシルがちょっと得意気に言うと、
「それは有り難い…カシルって無駄に海外をウロチョロしてないんだよね。前回のヌビラナ先発隊として君と同行した時にはあの星の様子や空間認識は脳にある程度取り込めたけど、基地全体の詳細が分かればもっといいとは思っていたんだ。だから今日は時間があったらエンデさんになんとか探ってもらえないかな…って少し期待していたんだけど、君のその建造物内部やセレスの活動詳細が分かる地図があるとないとでは大分違う…君って抜けてるようで実は抜かり無い…ホント凄いよ。」
ヨハは感心しながらカシルを見る。
「なんか…どさくさで引っかかる言い方は色々してやがったが…おうよ、俺の人脈を舐めんなよ。」
珍しくヨハに褒められ素直に喜ぶ一方で小馬鹿にされたようなモヤモヤの残るカシルだった。
「でもさ…実際、行ってみて分かったけど、あちら…テイホ政府はヒカ以外のセレスの能力者達に関しては、ほとんど感心はないよ。セレスの男は全て同じように見えるんだろうね…」
「…だが、テイホの諜報員は舐めるな。向こうには一応カリナもいる。まああいつは今は現地にいる親父さんを守る事しか頭にないと思うから、政府側の諜報員には上っ面だけしか協力はしないだろうけど…だがカリナほどの力はないが、あっちにも特殊能力者が結構な人数で待機している事を前提に動かないと…油断していい相手じゃない。」
「…分かってる。エンデさんが言うには…向こうではセレスの民はある約定の影響でヌビラナの女神に守られているみたいだから…今、テイホで活動している能力者の力は心配するほどのレベルではだろうって。でも君の言う通り、僕等の動向が間接的でもカリナのお父さんの障害になれば、彼女は躊躇なくミアハの民を害する覚悟を持っているから気を付けてとも言われたから…勝手な真似は緊急事態以外はしないと誓うよ。」
「……」
カシルは顔をしかめ、皺を寄せた眉間に指を当てる…
「いいかヨハ…今回ヒカちゃんを守る事は最優先事項だけど…守らなければならない命は彼女だけじゃない。大事なく、全員が無事である事が基本であり理想だ。その為に俺達は連携が必要だし、今日はお前の特殊任務だけでなく、俺と…腕は確かだが特殊能力を持たない普通の警備員とで色々情報を擦り合わせて、お前達能力者と警備計画の詳細を話し合う為にも行くのだと思ってくれ…あ、」
そこまで言い終え、カシルはフッと大事な事を思い出し微笑む。
「そうだった…もう1つ大事な用事があったな…。家族との対面だ。お互い家族と認識して会うのは初めてだもんな…」
「…そうだね…本音は…結構緊張してるんだ。」
それを聞くと…カシルは破顔し、
「お前は…危険な星に行く事より、まずそっちが緊張するのか…ホントそういうの好きだなぁ…」
と言いながら、片手をハンドルから離してヨハの髪をぐしゃぐしゃにするように乱暴に撫でる。
「ちょっ…止めろ…」
ヨハはカシルの手から逃れるように身体を窓際に寄せる…
「まあ…冗談抜きで…お前のそういう無機質な顔をしてるくせに人間臭い所な俺は好きなんだよな…」
かろうじて届くヨハの肩に手を置いてニンマリするカシルに、ヨハは困惑気味に…
「カシル…いくら恋人がいないからって…僕は…」
と呟く…
するとカシルはスッと真顔になり、肩に置いていた手を更に伸ばしてヨハの首を掴み…
「…冗談でも気色悪い事を言うな。俺のタイプはレノの可愛子ちゃんだ!」
と言って、掴んでいるヨハの首を左右に揺さぶるのだった。
「止めろ、僕はそういう趣味はない〜」
「まだ言うかコイツ…」
と戯れ合っているウチに、2人が乗った車はポウフ村へと到着してしまうのだった。
その人は神殿の前に立ち…ヨハ達の到着を今か今かと待っていてくれたようだった…
無事に車が神殿で止まり、ヨハが車を降りるとほぼ同時に彼は走り出し…そして…
思い切りヨハを抱きしめた。
「よく来てくれたね!ああヨハ…君がここを訪れてくれる日を…ずっと待っていたよ。」
タヨハの声は興奮気味で…それでいて少し震えていた…
「あ、あの…タ……えっと…」
タヨハにキツく抱きしめられたままのヨハはどうしていいか分からず…今まで通り名前で呼ぶべきなのか…とにかく混乱の中にいた。
「今まで通り名前で呼んでくれていいよ…ただタニアと私達家族だけの空間ではどうかパパと…呼んで欲しいんだ。」
と、
タヨハの背後からエンデが…
「…タヨハさん…感動の場面に申し訳ないのですが…今、タニアちゃんが例の場所の人払いをしてくれています。ヨハ君の負担を考えて、早めにご案内しましょう…」
「あ、ああそうだね…」
と、タヨハはやっとヨハを抱擁から解放する。
そう…今回、ヨハが長老より受けた密命は、今ここにいる4人とタニアとマリュ…そしてハンサしか知らない…
おそらく、いずれ村人や外部の人間にも知れる事となるだろうが…その工作をヨハが施したという事は、なるべく知られたくはないのだ。
「…村人はまだ君の顔は誰も知らない…けど念の為、ここから倉庫までの通路はマリュさんとタニアがさりげなく人を遠ざけてる。ではエンデ君、案内をよろしくね。…じゃあヨハ…また後でね。」
と言ってタヨハはヨハをエンデに託し、自身は神殿に戻って行く…
「…じゃあ、行きましょう。」
と、エンデはヨハの背後に控えていたカシルに何やら目配せをして、ヨハを倉庫へと連れて行く…
「あ…こんにちは…ど、どうも…」
倉庫の正面入り口にはタニアが箒を持って掃き掃除をしていたが、ヨハを見るとぎこちなく挨拶をして来た。
「あ、こ、こんにちは。」
タニアに釣られる用にヨハの挨拶もまたぎこちないモノとなった…
「ここら辺はしばらくエンデと私が作業をする傍らで人が近寄らないよう注意して見張っているから…念の為、入ったらドアの鍵を中からかけてね。」
「…例の措置の最中に、万が一でも生き物が中にいたら失神してしまうと思うので…中の人払いは完璧ですよね…?」
ヨハは真剣な表情でタニアに確認する。
「ええ…大丈夫よ。私の能力でネズミも追い払ったから…ただそれより小さい生き物は…分からない。」
タニアが苦笑すると、
「ネズミが気付けるなら、微生物以外は大体逃げてると思う…ありがとう。多分、作業は1時間ちょっとで終わるから…そしたら僕がここのドアをノックするから…タヨハさんにすぐ知らせて欲しい。では、よろしくお願いします。」
ヨハはそう言ってタニアに笑いかけ…
そして、中に入って行った。
「…ねぇ…エンデ、こんな事って初めてよ。中の様子がまるで分からない…あの子は無事かしら…?」
倉庫の正面入り口から少し離れた場所の草をむしりながら、タニアは不安そうにエンデに尋ねる。
「僕も君と似たような感覚だけど…かろうじて彼の意識が保たれているのは分かるよ…多分、無事だ。ああ…間もなく出て来ると思う。」
「ええ、そうなの?じゃあ急いでパパを呼んで……って、大丈夫みたい…既にこっちに向かっているわ。凄いわね、やっぱり意識が繋がるとエネルギーも繋がるのね…パパも今、ヨハと似たエネルギーを纏っているわ…」
「…そうだね…それにしても…ヨハ君てやっぱり凄い。ヌビラナの女神が彼を欲している気持ちがなんだか分かる気がして来た…」
「欲してる?…女神はヨハを求めているというの?」
エンデの呟きに不安そうに尋ねるタニア…
「正確にはエネルギーをね…多分だけど、ヒカちゃんと彼…両方のエネルギーが欲しいんだと思う。…やっぱり…彼等が揃ってあの星に行く事に大きな意味があるんだろうね。…でもなんだろな…ただ行くだけではダメみたいだよ。だがそれがどういう事なのかは…それ以上は見るなとばかりに虹色の突風みたいなモノが吹いて来るんだ。」
「その感覚は私も分かる…それにしてもあの子は…昔はヨハは全て恵まれているように見えてしまって嫉妬もしたけれど…あの子は命にも関わるような…とんでもないモノを背負って生まれて来たんだなって…伝わって来るエネルギーの凄まじさから分かるわ…」
タニアは近くで一緒に草を抜くエンデの手を徐にグッと握り…
ねぇエンデ…あなたにはヨハの未来はどう見えている?私はこんなに…あなたと同等か…時にはそれ以上に見えるようになったのに…ヌビラナに行ってからのあの2人の未来がなんにも見えないの。虹色の嵐が常に吹き荒れていて、姿が全く見えない…これはどういう事なのかしら?…私はそれが怖い…とても怖いのよ。」
タニアの怯えや不安は言葉だけでなく、握られた手からも痛い程にエンデに伝わって来ていた。
こんな話は…今は間違ってもタヨハには言えないだろう…
せっかく…親子としての対面が出来てあんなに喜んでいたタヨハには…
だが…
「タニアちゃん、落ち着いて。残念ながら彼等の未来はヌビラナに行った辺りから僕にも何にも見えないよ。だけど、本当にどうなるか分からないという事で…生死が見えた訳じゃない。さっき君が言ってたじゃないか…見せてもらえてないんだよ。今の段階で悲観するのは違うと思う。僕達は彼等のヌビラナプロジェクトの参加を全力で支えて行くしかない。僕にとって救いは…ヌビラナ派遣後にカリナに対峙する君とカシルの姿が薄っすらと見える事だ。とにかく、僕等はやれる事を全力で頑張るしかない。大丈夫、きっと大丈夫って自分に言い聞かせて頑張るしかないんだよ。」
エンデが必死でタニアを励ましている中…2人のすぐ後ろの倉庫のドアの辺りから微かにノックの音が響き…扉がゆっくりと開いた…
「予定の措置は滞りなく…終わりました…タヨハさんに連絡を…」
ドアノブに体重を少し預けるようにして立っていたヨハはそう2人に告げると…グズグズと膝から力が抜けた様に座り込んだ…
「ヨハっ…」
タニアは慌ててヨハの所に駆けつけ、このまま倒れ込んで頭を打たないよう彼の背後を支える。
その時、
「大丈夫かぁ〜!」
と、こちらに向かっていたタヨハにも座り込むヨハの姿が見えたようで、叫びながら駆け込んで来た。
「立っていられるエネルギーもないんだろう…私がおぶって運ぼう。ヨハ、私の背中に身体を預けなさい。」
と言いながら、ヨハに背中を見せてタヨハは膝を折る。
「タヨハさん、俺が運びますよ。あなたも今の作業で彼にエネルギーを多少引っ張られているでしょう。」
と、カシルがタヨハの隣でしゃがみ込むと、
「いや、大丈夫だ。ここは僕に運ばせてくれ…」
と、懇願に近い視線をタヨハはカシルに送る…
「…分かりました。では、俺も後ろを支えていますから…村の人がこの事態に気付かない内にヨハを早く神殿に運びましょう。」
と、ヨハを背負うタヨハの両サイド斜め後ろから、エンデとカシルが2人を支えるように寄り添って歩き出し…
「じゃあ私はヨハの休めるベッドを整えて来るわ。」
と、皆のやり取りを見ていたタニアは立ち上がり、ダッシュして彼等よりいち早く神殿を目指すのだった。
2時間後…
「なんだ…ヨハはまだ目覚めないのか…」
なんとか時間のやり繰りをハンサが頑張り、明るい内に長老をポウフ村に送り届けたのだが…
肝心のヨハは眠っていて、長老もハンサもガッカリした様子だった。
「ベッドに寝かせようとしても、とにかく一度椅子に座るって聞かないので、エンデと2人で支えて椅子に座らせたら…グラグラ頭が寄揺れて座位も保てない状態だったんです。それでもヨハは皆んなと話さなきゃって…うるさいから栄養剤に少しだけ睡眠導入剤を入れて点滴して寝かせてやったんです。」
と、すまなそうに頭を掻きながらカシルは言った。
「…寝かせてやったって…カシル…」
と、困ったような顔で長老がカシルを見て呟くと…
「…確か長老も以前、ヨハ君に同じ手を使って寝かせてましたよね…?」
ハンサが背後からサラッとバラす…
「いや、あれはお前…このままじゃ過労で死ぬってケイレに脅されたのに、夜もヒカの側に付いて居ようとするからだな…」
気マズそうに長老が言い訳すると…
「どっちもどっちかな…」
と言ってタニアがクスッと笑う…
「…でも皆んなに心配されて…ヨハは幸せだとも思う…」
とも付け足し…タニアは少しヨハの眠る部屋の方を見て細めた…
そんなタニアにタヨハとエンデが思わず声をかけようとすると…
直前にタニアは、何かを思いついたようにクルッと長老の方を向いて、
「ねぇ長老様、明日の午前中…ヨハにお休みを頂けないでしょうか?せっかくだからヨハはこのままここに泊まってもらって、明日の朝は皆んなでここで瞑想をして…その前後でいつも子供達が神殿に来るのですが、マリュさんとエンデと皆んなで歌を唄ってからそれぞれの一日を始めるんです。皆んなでそこまでやって、ヨハやカシルさんとヌビラナでの事の打ち合わせをここで改めてするのはどうでしょう?きっとその打ち合わせは、より前向きなモノになると思うんです。」
良い事を思い付いたという感じでタニアは、満面の笑みを長老に向けて提案…というか、懇願をする。
「…確か…大事を取って明日のヨハ君のスケジュールは白紙になっているけど…しかしタニアちゃん…ヨハ君がここにいる事が、子供達を通して情報が漏れないかな?」
「いや、ハンサさん…それは大丈夫だと思います。時々国外を回っている能力者の方が立ち寄られて、タヨハさんと早朝に神殿で瞑想をご一緒する事もあるんです。子供達はヨハ君がどういう人かも知らないし、いつものたまたま立ち寄った能力者の人としか見ないと思う。あの子達は基本、ローブを被ったセレスの能力者はあんまり見分けが付いていないようなので。それにマリュさんも今日はヨハ君が来る事を把握していますから、明日の朝、ヨハ君を見かけたらここにはあまり子供達を長居はさせないと思います。」
エンデは彼独特の目を通してだけでなく、様々な要素から、朝からヨハが神殿にいても問題ない事を説明し…
「…俺も…明日は診療所に出る日ですが、なんとかなりますよ。まだ入院とかの受け入れはやっていなから…外来診療は交代でティリの病院から来てくれている医師と看護師にとりあえず任せて、気になっている容態の人の往診は俺が午後に回れば、明日の半日くらいはなんとかなります。…まあ…今の診療所の段階では可能という話ですが…」
と、カシルもほぼOKの説明を早速してくれた。
「…エンデはどうなんだ?明日は大丈夫なのか?打ち合わせを進めて行く為には君も大事なブレーンだろう?」
長老自らがエンデに打ち合わせ参加を促してくれるという事は…長老としては、明日もヨハやカシルがここにいても問題ないスタンスなのだろう…
「あ、はい…大丈夫です。僕もメクスムのボスに呼ばれていなければ、他の用事は大体なんとかなります。」
「…良かった…皆さんありがとうございます。」
皆がサクッとタニアの提案に乗ってくれた事に感激しながら、タニアは皆に向かって深く頭を下げた。
「いや、むしろタニアちゃんが提案してくれた事で打ち合わせの時間が改めて取れて、返って良かったんじゃない?出発の3日前には研究所で長老や長達も交えて警備計画の報告をする予定だけど、ここにカシル君がいる事でそれまでにこの特殊能力チームの視点での作戦の組み立てがガッチリ出来ると思う。ミアハの今後にも大きく影響して行く問題だから…皆んなでしっかり連携して乗り越えて行かないとね。僕は明日の午後から少し身体が空きそうだから、僕がヨハ君を迎えに行くね。…ただ唯一…スケジュール的に長老は明日の打ち合わせに立ち会えないのは残念ですが…準備としてはまあまあいい流れの様に思いますが…長老、如何でしょうか?」
明日の午前中の予定がなんとなくまとまった所で、ハンサが長老に話を振ると…
「…そうだな…明日の元老院の会議はヌビラナ関係の問題の質疑応答があるから、それには私が直接対応しないと色々とマズいからな…仕方あるまい。ヨハも…今ここで無理に連れ帰るよりいいと思うしな…タヨハ、あの子をよろしく頼むよ。」
タニアの提案は父タヨハの気持ちを汲んでもいたのだろうと薄々気付きながら了承し、長老はタヨハにヨハを託す…
「言われなくともです。」
父親ですから当然ですとばかりに、タヨハは右手を胸に当てキッパリと長老に答えた。
…どうもヨハに関して2人は…特にタヨハは未だライバルのような意識らしい…
こうしてここで皆は一旦、解散となり…
「ル・ダ…今までありがとうございました…」
ヒカは一瞬、辛そうな表情を見せながらも…ニッコリ笑ってお辞儀をし…ヨハに背を向けて去って行く…
「待ってヒカ…僕の話を…」
ヨハは必死でヒカを追いかけるが…何故だか足がもつれて上手く走れない…
そうしている内にヒカはどんどん遠くに行ってしまい…その背中は小さくなって行く…
そして……遥か先で…彼女は倒れた…
「ヒカぁ〜っ!」
「…ヨハ……?」
自分の名を呼ぶ優しい声と、手と頭部に何か…誰かが触れたような感触と共に温もりを感じて、ヨハはハッとして目を開ける…
「…うなされていたね…何か悪い夢でも見たかい…?」
「……」
鏡…?…いや、…なんだか自分と良く似た顔をしてる目の前の男性は…口元には薄いほうれい線があり…何より…自分には絶対に出来そうにないとてもとても優しい目をして自分を見て…手を握り…額に手を置いて…愛おしそうに自分に笑いかけていた。
それに…弱い間接照明によってぼんやり写し出される彼の背後に広がる景色は…どう考えても、いつもの自分の部屋ではないようだった…
「…タ…ヨハ…さん…?…僕は…」
彼は相変わらず優しく笑いかけ…
「…大丈夫…ここは僕の暮らす神殿の中の客室だよ。何も心配しなくていい…君はちゃんと任務を終えたんだ。今は安心して眠りなさい。」
ゆっくりとヨハの頭を撫でながら、タヨハは語りかける。
「…そうだ…僕…任務…」
なんとか意識をはっきりさせ、身体を起こそうと身体を動かすヨハを優しく宥めるようにタヨハは…
「そう、君は任務を立派に完了した。もう心配しなくていいんだ…まだ朝ではないから、安心して眠りなさい…君が眠るまでパパはここに居よう…」
…ああ…なんて優しい声…手が…温かい……パパ…?
「…僕…行かな…と……パパ?…」
「もう任務は終わったんだよ。大丈夫…パパがいるから大丈夫……眠っていていいんだよ…ヨハ…おやすみ…」
…ああ…心地良い声と温もり…ダメだ…こんな事…してられ……のに……眠い……パ…パ……?
「…パ……パ…」
ゆっくりと…再び意識を手放して行くヨハを見つめながら…タヨハの瞳が潤んで行く…
「…そうだよ……僕は君のパパだ…やっと呼んでくれたね…ありがとう…」
タヨハは握っていたヨハの手をもう一度、両手でやんわり握り直し…堪らず顔を伏せる…
「…しばらく見ない間にすっかり立派になって…君の使命感は大したモノだよ。なのに私は……こんな事しかしてやれない…許してくれ…」
そのまま…
やっと眠る事の出来た息子の手を握りながら、タヨハは声を殺して泣き続けるのだった…
そして明け方…
「もう…パパ…ベッドで寝なきゃダメよ…」
トイレに起きて、なんとなくタヨハの寝室をタニアが覗くと…心配していた通りもぬけの殻で、ヨハの眠っている客室に音を立てないよう近付きドアを開けると…眠るヨハの手を握ったまま船を漕いでいるタヨハの姿が見えた。
「…ん?…ああ大丈夫だよ…もう少し様子を見たら部屋に戻るよ…タニアは1番早起きなんだから…余計な心配しないで寝なさい。」
「…もう少しってどのくらいよ…ほっといたらこのまま朝になるわ。この子が心配なら隣のベッドに寝ながらでも見守れるから…パパも昨日の件でエネルギーを奪われているってエンデが言ってたわ。私が代わりに付いているから、パパは横になって。」
タヨハとヒソヒソ内緒話をしながらタニアは、同じ部屋にあるベッドに父を追い立てようとする…
「…タニア…分かったから。もう少しだけ…この子の側に居させてくれ。ヨハの寝顔を見られる機会が今後いつある事か…可愛い息子の寝顔は格別だよ…あ、君の次くらいだよ。」
自分に抱きついて来る子供達にも時にはヤキモチを妬くタニアの顔色を気にして、タヨハは最後の言葉を慌てて付け足す…
「まあ…弟だし…今日ぐらいはパパを譲ってあげる。でもパパ…本当に少し横になってね…パパが心配で私は眠れないわ。」
苦笑しながらタニアは答える。
「…分かったよ。本当にあと少しだけだ…隣からなら寝顔は見えるから…君の言う通りこの部屋で寝ることにするよ。私は大丈夫だから…もう寝なさい。」
「…そうね……おやすみ…」
そしてタニアは、やや後ろ髪を引かれるように部屋を出て行く…
「……」
結局……
少しして、もう一度タニアが覗きに行くと…タヨハはヨハの眠るベッドの端にもたれ掛かるようにして眠ってしまっていた…
「…分かったわ…今はどうしてもヨハの側に居たいのね…」
と、困ったように微笑んで、持っていた毛布をタヨハの肩にそっと掛けてあげるタニアなのだった…
そして朝…
その朝はエンデやカシルやマリュ達は示し合わせたように神殿への来訪が遅く、神殿の3人は初めての親子水入らずの朝食の時間をゆっくり過ごしたのだった。
それは歯痒いほどのぎこちないやり取りの時間ではあったが…終始とても嬉しそうなタヨハの様子が、タニアとヨハの心をほんのり温めた時間でもあった…
「…なんだか…不思議な空気感です。ティリやレノの人々は毎日家族と食事をしているんですよね…」
ヨハが呟くと、タヨハがすぐ反応し…
「…たまにはこんな時間も悪くないだろう?皆んな…どこか似てる顔つきや声や仕草で…僕はそんな君達の顔をずっと見ていたいんだ…」
終始ニコニコと…ご機嫌な様子で話すタヨハを見ていると…ヨハは不思議となんでも彼に同調してしまいたくなって来るのだった…
「…そうですね…居心地はなんだか…とても良いです。」
実際、そうなのだ…タヨハの…自分の存在を全て無条件に受け入れてくれようとするこの空気感が…ヨハにとってなんとも温かく心地良いのだ。
「そうか…また来たくなったらいつでもおいで…」
ヨハの薄い反応にも常に満面の笑顔で反応してくれるタヨハが…ヨハもなんだか嬉しくて…会話する毎にタヨハが好きになって行く感覚を、戸惑いながらもヨハ自身は感じていたのだった…
…そもそもヨハにとってタヨハは、学びの棟でたまに瞑想の指導に来てくれる能力者の1人でしかなく、なんとなく自分に話しかけて来る事が多い人という印象ぐらいしかなかったのだが…
ある日突然に、ヒカがヨハに関する全ての記憶の喪失が起き…タニアが関与を疑われた時点で唐突に知らされた自分の血縁関係の事実によって、ヨハの中で急に存在感が増した2人だった。
そして皮肉にも、国外逃亡を図ろうとしたタニアを自分が拘束し、そのどさくさの中で行方不明になったヨハとヒカ専用に使用して来たイヤーフォーンの片割れからある夜、突然に着信があり、かなり迷った末にヨハが出ると…通話の相手は目の前で笑いかけているタヨハだったのだ…
その時の彼は「タニアは今、記憶と特殊能力…全て失った状態で国外の自分の元にいる。そして、彼女はきっと立ち直らせるから…時期が来たらヒカちゃんに謝罪に行かせる」と誓って、その時の彼は父である事は名乗らずに通話を終えたのだった…
「……」
一方、この不思議な空間を一緒に過ごしているタニアは、タヨハとヨハのやり取りに時々相槌を打ったり微笑んだりはするが、彼女は朝起きて挨拶を交わした以外は殆ど言葉を発せず…今は黙々と食事を摂っている…
[タニアは…あいつはもう大丈夫だ…]
そう言っていた昨日のカシルの言葉が、タニアと再会してから幾度となくヨハの脳裏を駆け巡るが…
今の彼女は確かに…当時のティリの病院での通話の中で感じた妙な雰囲気は全く感じない…
まして、ティリの借家の前で対峙した時の、恐怖すら感じた凄まじい憎悪のエネルギーも…
今のタニアを見ていると、本当に別人と思う。
まさにあれが噂に聞くカリナの傀儡だったのだろう…
…それに今の彼女は記憶も能力も戻っている気配を感じる…
「……」
[今はタヨハさんとエンデ君は色々あって中々神殿を離れられないんだ…]
少し前までハンサさんはよくそんな説明をしていた。
彼女をこの状態に戻すまで…きっとここでは色々な苦労はあったのだろう…
「…そうなの。私はパパとエンデがいなかったらきっと廃人になるか…テイホでカリナさんの為と信じスパイになった果てに、どこかでしくじって殺されていたでしょうね。だから私は…これからの人生はパパとエンデの為に生きるの。」
「!!」
思考をがっつり読まれてた…
唐突に喋り出したタニアに驚き、動揺するヨハ…
「…ビックリさせてごめん。なんとなく聞こえて来ちゃったから…ここで記憶を取り戻してから何度もヒカちゃんの押し込んでしまった記憶を引っ張り出せないかやってみたんだけど…多分、当時は私とカリナさんの力が複雑に絡み合ってたみたいで…私だけの力ではどうにも出来ないの。…だからヌビラナから帰ったら、記憶は戻せないかも知れないけど…違う形でヒカちゃんに償うつもりでいるから…本当にごめんね。」
ヨハが見つめる先のタニアは…笑ってはいるが、どこか泣き笑いのような…切ない笑顔だった…
「…いや…その件はもう…いいです。でもヒカにだけは謝って欲しい気持ちは少なからずあるんですが、あの子には記憶がない事の自覚すらない訳ですから…今となってはあの時の贖罪にエネルギーをすり減らすより、本来のあなたを取り戻してくれたタヨハさんやエンデさん…他にもマリュさんやハンサさんとか…今のこの環境を作って来られた人達の為に力を注いで頂けたらと思います。それに…」
「…それに?…何?」
言い淀むヨハは、タニアに促されて重い口を開く…
「…あなたはこれから危険な場所へあえて志願し、赴こうとしている。僕とヒカを守る為と認識しています。…とても心強いと思うけれど…タヨハさんやエンデさんの事を思うと…複雑な心境です。返って申し訳ないと思ってしまうんです。」
ヨハが躊躇しながら心境を吐露すると、ここでタニアの表情が少し険しくなる…
「…ヨルア…朝食は心穏やかに食べるものだよ。」
少し雰囲気が変わったタニアを心配し、タヨハはやんわり釘を刺す。
「…少しガッカリしたの。…ねえヨハ、せっかく皆んなが私達の為に作ってくれた時間なのよ。ずっと敬語で話しているし…せめてパパって呼んであげてくれないかな。それに…私がヌビラナ行きを志願したのは贖罪の為じゃない。ヌビラナ派遣があなたやあの子じゃなかったら、長老様やハンサさんから依頼がない限り私は行かない。パパを凄く心配させてしまうから…でもあなたは弟だから…あなたが心から大切に思うあの子…ヒカちゃんの為…パパが大事に思う人達に何かあって悲しませたくないって思ったからなのよ。分かってる…私は…あなたの姉である前に……でも…ヒカちゃんへの贖罪の事は私は考えているから…パパの思いはしっかり受け止めて欲しいのよ…」
既に潤んでいたタニアの瞳からは涙がポロポロと落ちて行く…
「…ごめん……そうだね…僕はこういう話し方が普通になっていて…大人と話す時は中々敬語を外せないんだ。カシルと話す時も敬語が出てしまう事が未だにあるし…確かに今は皆んなが作ってくれた時間だよね…パパも…ごめん。無意識に敬語が出てしまうけど…距離を置きたい訳じゃないんだ…」
「…分かっているよ…君にとってここが居心地の良い場所だったらそれでいいんだよ。タニア、君とヨハでは僕と過ごした時間の長さが違う。今は私やヨハの為と頑張るより、寄り添う存在でいてくれたら尚嬉しいかな…君の頑張っている姿を見て僕は心を奮い立たせる事が出来る…いつも感謝しているんだ。でも今は…いや、私達は家族なんだから…もっと力を抜いて…気負わなくてもいいんだよ。僕は2人とはなるべく自然体でいて居心地の良い関係を築いて行きたい…君とヨハはこれから危険な場所で大変な時間を過ごす事になる。だからせめて今は…君達と穏やかで優しい時間を過ごしたい…」
「…そうね…私…バカね…確かに少し気負い過ぎてたかも。ごめんね、ヨハ…」
「いや、タニアさんは悪くない。…僕は…大分後で知らされたんですが、幼児期は育児棟ではなく殆ど研究所か長老の寝室で過ごしていたようです。余程の問題児だったのでしょう…それもある程度隔離されたエリアで長老とナランさんと数人の研究員が世話をする体制で4.5年過ごし、育児棟でも隔離された中で他の子と徐々に合流したようで…でも学びの棟へ行ってもあまり過ごす間もなく、海外へ留学したりして…大人達に囲まれて人生の半分以上を過ごして来たから社交辞令も割と早い段階で理解し、浅く広くはそつなくは対応出来ますが、人と一定の距離感を詰める段階になると…敬語が抜けないまま話している事は結構あるんだ。だから友達が少ないんでしょうね…」
ヨハは自虐的に幼少期の事を語って苦笑する…
…違う…あなたは…
タニアはここでヨハが昔の記憶を手繰り寄せようとした事で、彼の幼少期の様子が一気に見えて来てしまったのだった…
「…私も同じようなモノ…いや、大事な友達が亡くなってからはずっと引きこもり気味だった私よりヨハはマシよ…って、何これ…まるで自虐自慢だわ…。ところでヨハ、お姉さんと呼んで貰おうとまでは思わないけど…私はずっとあなたに対してさん付けを飛ばしているのだから、あなたも呼び捨てでお願い…」
「いや…でも…いくらなんでも呼び捨ては…」
尚も戸惑っているヨハに、
「パパはパパなのに…私だけさん付けは…嫌なの。」
…少し照れたように…ムキになるタニアがなんだか可愛く見えて…
「…分かった…そうだね。こういう事をズケズケと急かして来る人は、僕の周りには他に1人しかいないんだけど…実際にそうされると案外嫌じゃないモノだね…タニア。」
「そ、そうよ…それでいいの。」
「……」
結構すぐに呼び捨てにするヨハに、思わずタニアが赤面し視線を逸らせた事は…まだカシルの様には気軽に突っ込めないヨハではあったが…会話する度に印象が良い意味で変わるタニアが、じわじわ好きになって行く自分に戸惑いながらも…なんだか嬉しかった…
[皆んな嫌い…大嫌いよぉ〜]
…あの夜…タニアを捕縛した時…彼女はそう叫んで泣いていた…
今、目の前で可愛らしくはにかんだ笑顔を見せている女性とは別人の様な表情や振る舞いではあったが…ヨハの耳には心が締め付けられるような叫びに聞こえた。
あれはタニアの叫びだったのか?それともカリナ…?
「…多分、両方よ…私とカリナさんは…持っている能力のタイプも、当時の精神状態も似ていたんだと思う。…だから、あの時に私がやらかした事は全てあの人のせいと…罪は被せられない…のよ。」
タニアは笑顔から一転、少し厳しい表情となって涙を拭く。
「…2人とも…せっかく初めての家族だけの朝食なんだから…過去の辛かった話はもうその辺にしないかい?…タニアがここに来たばかりの頃は、正直私はカリナという女性を憎んだりしたけれど…今こうして生き生きと日々を送っているタニアの様子を見ていると、その娘も幸せになって欲しいと思うようになった。どこかでそのきっかけを上手く掴んで欲しいモノだね…」
「そうね…」
迷いなく相槌を打つタニアだったが…その表情はどこか厳しさもあった。
「タヨハさま〜」
「シンカンさまぁ〜」
「おねえさぁん〜」
神殿内の空気が少ししんみりしかけた時、遠くの方から良いタイミングでガヤガヤという騒めきと共に、タヨハやタニアを呼ぶ声が聞こえて来た。
「あ、来たな…。パパ、ヨハ、間もなく賑やかな嵐がやって来るわ。早く食べちゃいましょ。」
と、タニアはスプーンで最後の一口を放り込むと慌ただしく立ち上がり、空いた食器を下げ始める。
「私が出迎えるから、パパは最後まで残さず食べないとダメよ。子供達はとにかくパパと遊びたがるんだから、体力が持たないわよ。あ、でも今日はカシルさんが相手をしてくれるだろうから少し猶予はあるかな…ヨハもよ、食事を後回しにしがちな所は親子して似てるんだから…全部食べてよ。」
周囲の椅子やテーブルをテキパキ脇に寄せながら、タニアは2人に声をかける…
…なるほど、だからタニアは終始食事のペースを落とす事なく食べていたのか…
「ヨハ、悪いけどパパが食べ終わるまで見届けてくれる?いつもは子供達との瞑想が先だから、こういう日のパパは食事を適当に終わらせてしまうのよ。あと2口くらいだから…よろしくね。」
と、ヨハに指示を出しながら神殿の全てのカーテンを開け放つ…
「…ちゃんと食べ切らないとタニアは怒るんだ。最近じゃ彼女は娘であり助手であり…僕専門のアムナみたいな存在になっているんだ。」
困ったような顔をしながらも、タヨハはどこか嬉しそうにヒソヒソ話をヨハにする。
「ああカシル先生だぁ〜おはようございまぁす。」
「おう、おはよう。お前らはいつも元気だなぁ…」
そうこうしているうちに、カシルが子供達と楽しそうに会話している声が神殿のすぐ近くから聞こえて来る…
「ああやっぱりだわ…カシルさんが相手をしてくれている間に、パパは食べ終わった食事を片付けて。ヨハは椅子とテーブルを脇に移動してくれる?…いい?…じゃあドアを開けるわよ…」
…そして、
ヨハにとっては久しぶりにちょっと賑やかで…ヌビラナでの皆の命運を決めるような大事な一日が始まるのだった…




