4 出会い
ミアハという種族は、長い時間の中で能力の特化が進んで大きく3つに別れた。
植物を癒す能力に長け、緑色の髪と瞳を持ち、皮膚も日の光を浴びると薄っすら若葉色が透けた様な色に見えて…体型はやや小柄だがタフに活動出来、手先が器用で美的センスが優れている民が多いレノと、
人体を癒す能力に長け、身体能力が素晴らしく頭脳明晰な人の多い、薄茶色の瞳に淡い金髪と黄金の肌が特徴のティリの人々は…
長い歴史の中で連合国や周辺国の人々と能力を通じて様々な形での交流を維持して来た為、それらの国の人々にやや影響を受けた生活様式で暮らしている。
対して、シルバーブルーの髪と青い瞳に透明感のある白い肌で、多少のバラつきはあるがヒョロッとした体型の人が多いセレスは、大地のエネルギーを整える能力を持ち、世界各地の神殿に関わる人との交流は古くから深いが、セレスのコロニー以外の人々との接触はやや限定的で、外部の人から見ると閉ざされた場所という印象が強い。
更に、現在のセレスは極端な出生率の低下と、それに伴って強い能力を引き継ぐ者の激減という…2つの深刻な問題を抱えている。
現状、ティリやレノの能力者がそれぞれ200人前後なのに対し、セレスの能力者はその半分にも満たない40人未満で…
特に最近は、年を経る毎にセレスの若者達は様々な要因から生殖本能の減退が加速化し…女性はなんとか妊娠は出来ても出産までの到達が難しいケースが殆どで、現状は生身の母胎による出産は稀な状態に陥っている。
現状セレスの種の存続の問題は、人工受精と人工母胎頼みになってしまっている悲しい現実があった。
更に人工母胎で無事に生まれても、セレスの能力が微弱であったり、成人まで成長しきれず亡くなる人の割合も高く…
ここ10年間では、1年に10人誕生すれば大成功という極めて悲惨な状況に陥っている。
そしてその苦肉の策はさらなる悪影響を招き、セレスの人々の中での恋愛事情も…感心は持っても具体的な…結婚どころか交際までに至らずというケースが年々増えていて…
特に30代を過ぎた頃からは、多くが友人や仲間は出来ても距離感を詰めない付き合いを望むようになり、恋人や家族の形成には意識が向かなくなってしまうようで…
中でも能力者はその傾向が強く、生涯独身のまま人生を終える事が普通とすら捉えている者は少なくない…
その問題が様々な面に影響し、セレスの社会ではもう20年以上前から家族という単位の関係が保てなくなり、苦肉の策で資格制度を作って集められた大人達が、生まれた子供達を一箇所に集めて育児や教育の役割りを分担し後継者の育成を行うという…他のコロニーでは見られない独特な社会形態を作り出している。
滅亡に向かってのカウントダウンのような、セレスにおける負の連鎖をなんとか打開しようと、現在の長老は様々な策を講じ始め、奔走してはいるが…
事態は思うように好転はしていない。
ある日の深夜…
セレスの育児棟の一室に子供の泣き声とともに明かりが灯り、その光は廊下にも小さく漏れていた…
「さっきから泣き声が気になっていたけど…また発熱なの?…大丈夫…?」
心配で様子を見に来た育児棟の主任のナランが、その明かりのついた部屋を覗き込むようにしてゆっくり入りながら小声で尋ねる。
「今夜はちょっと熱が高くて…今さっきドクターを呼んだので、間もなく到着すると思います…」
椅子にかけて、グズる女児を膝に座らせ抱っこする形であやしながら、若い担当女性のマリュが答えた。
「今月だけでもう3回目の発熱よね…。両親はもう余程の事態でない限りここへの入室は許可されないでしょうから、両親との別れをどこかで感じ取って不安なのかしらね。夜泣きも頻回だし…」
「少しウトウトし始めたんですけど…熱で身体が辛いのかまたグズり出して…何度も抱っこをせがむので、少しこのままで様子を見てみます。早く体調が落ち着いてくれるといいのですが…」
「…そうね…気の毒ではあるけど…とにかく今はセレスの子として慣れて貰うしかないのよね…。ね、ヒカちゃん、私達にいっぱい甘えていいのよ。だから早く元気になって一緒に遊ぼうね。」
発熱でグズる子を2人であやしながらそんな会話をしていると、医療スタッフらしい人達の足音が徐々に近づいて来ていた…
翌日…
「…どうして僕が?僕は医師でもないですし…」
昼下がり、セレスの図書館内にある資料室の椅子にちょこんと座ってミアハの様々な医療関係のデータを見ていた少年は、視線を資料から離さず、まだ若干あどけなさの残る11歳の少年の顔にはおよそ似つかわしくない事務的な口調で長老に答えた。
そんな少年の、テーブルを挟んで正面の席に長老セダルは陣取り、少し楽しんでるかの様に目を細めて彼を見つめている…
「つい昨日だか…君の医師免許試験の受験資格の通知が届いていたろう?セレスはおろかミアハの外の国のトップクラスの学術機関の修学課程まで最年少でクリアしている君なら、来月の受験の合格くらい簡単なんじゃないか?」
自慢の白髭を弄りながら、更に長老は続ける。
「それに君は…高い知能と強い好奇心だけでなく、珍しいケースだがセレスとティリの高い治癒能力まで兼ね備えている…。今のあの子には君の優れた能力と知識が必要なんだよ。何よりヒカは非常に希少例でもある変異の子で、セレスの力はアンバランスながら非常に強い。もうすぐ4歳になる幼児が、僅か11歳で前代未聞と言われるほどのセレスの力を持つ君に迫る数値だ。」
長老の話を聞きながらも、終始手元の資料に目を通す動作を止めなかった少年の手が少し反応し、顔を上げて初めて長老を見た。
「つまり、その子は僕が4歳の頃より能力が高いという事ですか?」
彼の反応に、長老は頭の片隅で「シメた!」と思いながら、
「まぁ見方によってはそうなるかな…だがセレスの力に関しては、バランスがとにかく悪い。…今の担当医師の見立てでは生後間もなく始まった体内のエネルギー変異に身体の機能がバランスを取り辛くなっているらしいとの事だ。ヒカは君のように色々な能力が安定して発現している訳ではない。セレスの力は強いが、父親から受け継いだであろうレノの能力はごく平均的な、年齢通りの数値だ。」
少年の動きは止まり、すっかり長老の話に集中している。
この依頼は多分成功するであろう事を予感しながら、長老は更に続ける。
「2年間、変化して行く容姿や様々な検査データからあの子の将来を見据えた上で、ヒカをセレスの子として育てる決断に至った経緯は、まだほんの一部の者しか知らないんだ。あの子は今もって常に不安なのだろう…とにかく体調が安定せず頻回に高熱を出すし、常に誰かが側に付いてないと泣き出す状態だ。育児担当の者も一日中ずっとあの子だけに付いている訳にいかない厳しい事情もあってな…淋しがり屋なのに友達も作れる健康状態ではないからねぇ。未だセレスの他の子供達と一緒に遊ばせられる段階に移行出来ないでいる。君も今は医師免許取得に集中したい事は承知しているが、あの子は君にとってかなり好奇心をそそる存在だと思うし、君の優秀なティリの能力も彼女には必要と思うんだ。例えまだ免許は無くとも、医学の知識も豊富な君があの子の側にいてくれたらとても心強い。」
「………」
気持ちはかなり傾いているが…決断し兼ねているヨハの様子を長老は見て取りながら、彼は少年の知識欲を更に揺さぶる。
「…ヒカは、とにかく過去のデータも少ない変異の子だ。今の不安定なあの子を直に観察出来て、更には君の優秀な知識と能力で安定した状態に改善出来れば、詳細はずっとこの資料室に残されるだろうし、そのデータを様々な研究機関もこぞって見たがるだろう。勿論、それまでの貴重な経験も君の今後の医療活動に大いに役立つと思うぞ。ヒカの体調が安定するまでで構わないから、どうかしばらくあの子の側にいてあげてくれないか?あの子が眠っていたりマリュが側にいられる時は、本を読もうが受験に備えた勉強をしようが構わないから…」
「……」
長老が目の前に吊り下げた餌は、少年にはかなり魅力的に映っているようだった…
幼子のお守りはほぼ未経験だし興味はないが…稀有な変異の幼児の体調と能力の安定化を、医師免許もない自分の能力と得た知識で試せる機会は今後はまずないだろう…。
今、少年の中では苦手意識よりも好奇心と挑戦意欲が勝ってしまっている。
長老の思惑通りに状況が進み始めている事に多少の抵抗感を感じながらも、依頼を受けるしか選択肢は無いように彼は感じた。
「…分かりました。本当に、健康状態が安定するまでですよ。もし仮に、その子に更なる体調の悪化が見られたら、僕1人では対応しかねますので、その際は速やかに対応可能な方や施設に依頼をして下さい。そういう条件でいいなら…」
長老は彼の承諾にニッコリ笑いながら握手を求める。
「ありがとう。約束するよ。でも君ならきっと結果を出してくれると信じている。途中で悩んだら、私に出来る事はなんでも協力するから言ってくれ。」
厄介な件を引き受けた事をちょっと後悔しながらも、少年は長老の差し出された手に応えた。
「ええ、勿論そうします。」
少年は握手を交わしながら素っ気なく返事を返すと、彼の視線は再び資料に戻された。
ある事情によりこの少年は、5歳までエルオの丘で長老と寝泊まりしていた事と、様々な優れた能力を持つが故に育児棟で暮らすようになって間もなく、周囲から常に浮いた存在となり…いつしか人と関わるよりも知的好奇心を満たす事に暴走し始めている。
レノの普通の家庭の親からいきなり離され、心も体調も能力も…全てがアンバランスな状態になってるが故に人の温もりを渇望しているヒカのような子との交流は、今の彼にはとても必要な様にセダルは感じていた。
交渉成立で、長老は満足して席を立ち…
「では明日からヒカをよろしく頼むね、ヨハ。」
と、通りすがりにさりげなく彼の肩に軽く手を置いて、彼は退室した。
内心では攻略成功をガッツポーズで喜びながら…
「……」
長老が去り、静まり返った資料室に1人残されたヨハは、
「しばらくはこんな風に資料も見れないんだろうな…」
と呟き…
騒しくなる自分の未来を想像し、小さく溜息をついた。
数日後…
ヨハは久々に育児棟に足を踏み入れた。
セレスのコロニーでは、乳児から6歳までの子供が生活する場所で、丸い形の広場を囲む様に建てられた2階建ての建物は、大まかに1階では2歳〜6歳の子供達が生活し、二階は乳児〜2歳未満の子達の生活エリアと育児を担当している人達の仮眠室と分けられている。
ヒカは現在、2階東側の部屋で主任と担当者が代わる代わる見ているとの事らしいが、ヒカの体調不良でその2名がつきっきりになってしまうと、他の子へのお世話に色々と支障が出てしまうらしい…
「あら、ヨハちゃん久しぶりね。大きくなったねぇ…」
ここで幼児期のヨハ自身もかなりお世話になった育児棟の主任のナランが、玄関でニコニコしながら出迎えて声をかけて来る。
スタッフ達の信頼も厚いナランはとても大らかで、セレスには珍しい見た目の恰幅の良さもスタッフや子供達に安心感を与えているようだった。
「こんにちは、ナランさん。ご無沙汰をしてます。今日からよろしくお願いします。」
と姿勢を正して挨拶すると、
「あ…いえ…こちらこそよ。長老から聞いているわ。ヨハちゃんは今受験勉強で忙しいのにごめんなさいね…」
ナランさんはちょっと申し訳なさそうに言った。
「じゃあ案内するわね。こっちよ…」
と、軽く手招きして玄関正面を上がり、廊下を挟んだ向こう側の階段を上って行ったので、ヨハもそれを追う…
下の階よりは比較的静かな二階の、緩いカーブの続く淡いグリーンの廊下を進み…日当たりの良さそうな部屋の前でナランは立ち止まる。
「ここなの。今お昼寝の時間帯だから、あの子は多分寝てる。静かにね…」
ヒソヒソ話になるナランにヨハは無言で頷き、2人はそ〜っと部屋に入って行く…
「……」
部屋は日の当たる側の窓に日除けのカーテンが引いてあって、やや薄暗くなっていた。
その窓際の真ん中あたりに置かれた子供用ベッドの中で、その子はスヤスヤ眠っていた。
そのベッド脇の椅子に掛け、毛布の上から女児の腹部辺りに軽く手を置いて様子を見守っていた若いアムナが2人に気付き、眠っているヒカを気にしながらもゆっくり立ち上がる。
「いらっしゃい…ヨハ君ね。私はマリュよ、よろしくね。…今やっと寝たの…」
シルバーブルーの髪を後ろで引っ詰めた気さくだけれどとても優しい雰囲気のマリュという女性は、ここまで案内してくれたナランと共にヒカを担当しているスタッフらしかった。
彼女は小声でヨハに軽く挨拶しながらそろりそろりと移動し、ヒカの眠るベッドの側に椅子を2つ用意して2人に座るように促す。
「どうぞ…なるべく音を立てないようお願いします。私達が部屋から出て行くのをとても不安がるから、音には敏感なの…」
マリュに促されナランは椅子に掛けるが…
ヨハはスッとベッドに近付き、眠るヒカの顔を覗き込む…
「……」
その幼児は、レノの女性の特徴である可愛いらしい顔立ちにセレス特有の透明感のある肌質が加わり、更に僅かに漏れて射し込む日の光に反応するシルバーがかった青緑の髪がキラキラ光って…
既に他国の人達との交流も経験しているヨハでも、初めて見る容姿…
まるでお伽話に登場する妖精を思わせるような…独特な雰囲気を纏った幼女だった。
ヨハが一目で興味を引くほどの…
「…………」
マリュの挨拶に反応出来ないまま立ち尽くすヨハ…
その彼の視線は…
目の前のベッドに眠るヒカに釘付けとなっていた…
「………」
「…ヨハ君…?」