表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/90

39 旅立つ者達


「あれ…?あんた…?」


ヨルアはヌビラナに着いた早々に、ブレムと共に作業現場に向かったのだが…


彼女を見た1人の作業員が、ブレムが他の作業員に何かを確認してる最中にジロジロ見ながら近付いて来る…


「あ、ご無沙汰してます。カリナです。」


ブレムの娘というより警護官として居てもらった方が、男ばかりの現場で変に揶揄われたりする機会は減るだろうという父ブレムの考えで、得体の知れない謎の女を演出した前回の日々容姿の変わるカメレオンスタイルは止めて、いざという時に能力を使う前兆がバレない赤毛の鬘に赤茶のカラコン装着に軍服姿…今回はそのスタイルで統一して行く事に決めて、あのミアハの最強能力コンビの到着にも備えるヨルアだったが…


「…やっぱり…カメレオン姉ちゃんだよな。今回は随分と勇ましい格好してんだな…でも強そうでいいじゃん。あんたみたいな人が側に居た方が絶対にいいよ。あんたがここに来なくなってからのあの人は車椅子の移動もやっとやっとという感じで辛そうだったからさ…ひとまず安心したよ。皆んなボスを心配してる。あの人以外にここを指揮出来る人はまずいないだろうって皆んな思ってるんだ。と言っても今はこの有り様で…仲間も随分帰されちまった。だがその内にきっと戻って来る…ボスがあんたを連れて来た事で皆んな作業は本格的に再開するって活気付いてるんだ。だから本当…あの人には元気でいてもらわないとな…まあボスをよろしく頼むよ。」


「そう…ですか…私は作業の詳細は聞かされていないのですが…きっとそうなる事を信じて私も全力で頑張ります。」


前回は挨拶を交わす程度の接触しかなかった人…だが掘削作業の合間合間にブレムとよく会話している姿を見かけ、今回カメレオンスタイルから変化した自分の存在に彼はすぐに気付いた。


多分、この人が作業員のリーダー的存在なのだろう。


彼は直後、ブレムから何やら指示を受けてすぐに遠くへ行ってしまった…


シールド内の除去しきれなかったガラス状の色とりどりの粉塵対策として、防塵マスクをしている屋外の方が音や口の動きを察知され難い為か…


「…掘削事態は今はほぼ止まっているんだ…あまりに人が少なくて驚いたろう?だが最近セレスの能力者達が既に何度かここに来ていて…例のあの強い力の2人がやって来る辺りから、作業員も少し戻って来るようだよ。そのセレスの師弟の2人が来る時に、テイホ政府のお偉いさんも数人…視察目当ての同行はあるらしいが、初回は特に大きな動きはないと見ている。問題はそれ以降の例の2人の来訪時だ。君はアイラさんとの連携を密にして、政府の作戦の捨て駒にされないよう…くれぐれも慎重に対応しなさい。」


ブレムは割と大胆な話題を口にする。


実際、ヨルアがこの地に立って見えて来る情報は予想以上だった…


ブレムの見立てはかなり鋭く…例のあの子の2回目の再訪時に何かが大きく動き出すようにヨルアにも見えていた。


そしてどうやら…その2人を守る為に…憎むほどに欲したあの子もやって来るようだ…


「…身体が冷えますから…一度基地に戻って休みましょう。」


「ん?…ああそうだな…無理を言ってすまない…一旦戻るか…」


ヨルアはここで車椅子の手摺りを握りしめて方向転換をする。


…ミアハの奴らの動向なんて、今はどうでもいい…


「…やっぱり君が側にいると思考がスムーズに纏まって行くようだ。こんな危険な地にはなるべく連れて行きたくないとあれほど願っていた筈なのに…身勝手な私をどうか許してくれ…」


「もう…その話はやめて下さい。私の力をパパの為に使えないなら、能力は持ち腐れて行くか、政府の道具に成り果てて行くだけです。人々の為に命をかけてこの仕事に挑むパ…あなたの役に立てる事に何の迷いもないのです。」


「…ありがとう…だが言ったろう?ここでは上司と部下なんだよ。アリオルムに戻るまでは…」


「気持ちは切り替えられつつありますから…大丈夫です。」


「…それと…君の赤毛は事情を知っている政府の人間にとっては威嚇の意味を持ってしまう可能性がある。少し刺激が強いと思うから彼等の前ではなるべく帽子やスカーフを被って髪の露出を減らしなさい。無駄な諍いは避けるのみ…その素振りを見せたら直ぐに帰すからね。」


「…しません。カリナの名前で動いているんだもの…アイラさん達にも迷惑かけるような事は避けます。それに何より…私はここを政府のおもちゃにはされたくない…それだけは信じて。」


「分かっていてくれるならいい…私は信じているからな。ヨルア…」


「……」


…確かに、この赤毛は[お互い不用な内輪揉めは避けましょう]という意味で、ブレムにちょっかいを出しそうな政府側への軽い牽制の意味はある。


実際、本当にそれだけ。


私はパパを守り抜く…それだけ。


テイホ政府だけでなく、ミアハの動向がパパの障害になるなら躊躇なく私はそれを除去する…それだけ…


今はもう…政府の任務なんて知ったこっちゃない…


パパと、パパの命をかけたこのプロジェクトを守りたいだけ…


だって私はその為にここに来ているんだから…





一台の車が地下駐車場に入って来て、それはある人物の前でスッと止まった。


「本当に色々とお世話になりました。」


スーツに身を包んだその少年は、背後にいた小さな集団に向かって深く一礼をした。


「目指したからには実現出来るよう頑張れよ。君の事は期待しているんだからな…まあ…まずは身体に気をつけてな…」


少年を見送る集団の1番前に立ち葉巻きを手に持つ壮年の男性は、少年の背後で待機する車に乗り込む直前の、彼の肩を空いた手で軽く叩き、餞の言葉を送った。


「はい、そのつもりです。このご恩は必ずお返しします。」


と笑顔で返し、その男性のすぐ後ろにいた少女にもニッコリ笑いかけた。


「き、きっとラフェンなら大丈夫…が、頑張ってね…」


その笑いかけられた少女…イトリアは、なんともぎこちない笑顔で旅立つ彼に言葉を送った。


「ありがとう。イトリアには感謝しかないよ。報告がてら手紙を時々書くね。」


相変わらず屈託のない少年の笑顔と比べると、対応する少女の笑顔は終始ぎこちなかった…


そして、そのやり取りを複雑な表情で見つめるデュンレにも、ラフェンは軽く一礼をした。


「デュンレさんにも本当に感謝しています。あなたの教え方が良かったお陰で今日、僕は夢を目指し旅立つ事が出来ます。ありがとうございました。」


「…いや僕は…イトリアさんの勉強を見るついでみたいなモノだったから…お礼なんて言われたら僕の方が居た堪れないよ。とにかく無理はせず、地道に頑張れよ。」


「はい!」


元気な返事と共に、やはり屈託のない笑顔を向けるラフェンとは違い、デュンレの返す笑顔もどこか固い雰囲気があった。


「では、失礼します。」


と言ってラフェンは車に乗り込む…


「元気でな。」


「頑張れよ〜」


「たまには顔見せに来いよ。」


と、デュンレ達の更に後ろにいた男達が一斉に葉巻きを吸い、煙を吐きながら彼に声をかけて来る…


乗り込んで直ぐに窓を開けたラフェンは少しだけ煙い表情を浮かべながら、


「はい、皆さん、ありがとうございます。結果が出たら必ずいつか…寄らせて下さい。ではお元気で…」


ラフェンが手を振ると車はスーッと動き出し…見送る集団もそれぞれ手を振り始める…


少しして車がカーブを曲がると、窓から大きく出して振っていたラフェンの手も見えなくなり…


「…とうとう行ってしまった…さて戻るか…」


とウェスラーの呟くと、


彼の背後の男性陣はとりあえず葉巻きの火を一斉に消し、団体はゾロゾロと建物の入り口へ戻って行く…


皆に先を譲っている内に…最後にドアを閉める役目になったイトリアは、廊下の手前で待ち構えていたデュンレと狭いスペースで一時的に2人きりになるタイミングが出来てしまった…


「と…とにかく彼が望む道を目指せて何よりだわね。わ、私も一安心よ…デュンレも今まで色々とありがとう。」


と言って、相変わらずぎこちない空気の中でデュンレの前を通り過ぎようとしたイトリアだったが、


「イトリアさん…」


咄嗟に名前を呼ばれ軽く腕を掴まれたイトリアは、ビクンと身体を反応させて立ち止まる…


「な、何…?」


「…僕に気兼ねする必要はないんですよ。悩まれている様子に見えたので…一応、それだけお伝えして置いた方が良いかと思いましたので…では失礼します。」


デュンレはそれだけイトリアに伝えると、軽く掴んでいた彼女の腕を離し、彼女を追い越すように足早に通り過ぎて行った。


「…ちょっと待って!」


と、今度はイトリアがデュンレを追いかけて彼の前へ回り込む…


「あなたはやっぱり昨日のやり取りを聞いていたんでしょ?…まあそれはいいわ。でも今のあなたは言葉がちょっと…いえ、かなり引っかかったの。気兼ねせずって何?私がラフェンと今すぐ付き合うって言ったら、あなたは何もせずに見ているの?私が彼の恋人になってもいいの?」


言ってる間に口調がどんどん強くなり…まるでデュンレを問い詰めるような形になって行った時…


イトリアの背後を下の階の住人らしき人が通り過ぎ…その際に彼等は2人の様子をチラチラ怪訝そうに見て行ったのだった。


イトリアは少し俯き…


「…ごめんなさい…少し強い言い方をしてしまったわ。ねぇ…ちょっとだけでいいから…久しぶりにあなたとドライブに行きたいの。」


「え…ドライブ…ですか…?」


デュンレは戸惑いながら腕時計を見る…


「…少しでいいから……お願いよ…」


デュンレの両腕を掴んでいるイトリアの青く澄んだ瞳を見てしまったら…彼はもうその手を振り払う事は出来なかった…


「…本当に…少しだけですよ…」


そしてデュンレはすぐさま耳に手を当てて何やら操作し始め…そのままウェスラーに詫びを入れながら、この後のスケジュール調整を申し出るのだった。





「昨日…あなたがどの辺りまで聞いていたかよく分からないけど…ラフェンには、私には好きな人がいてそれがデュンレだという事も伝えたわ。いつかのお祖母ちゃまの家での事もかいつまんで伝えたの。まだ付き合ってはいないと言ったら彼は…なぜ?って…君の片想いなの?とも聞かれたから…」


…そう…昨日の夕方、イトリアの部屋に最後の挨拶に来たラフェンは、まるでついでのようにサラッとイトリアに告白して来たのだ。


少し前…ラフェン親子が借りていた家の家主と彼等親子との間に入る形でウェスラーが一時的に提供していた借家は、程なくしてラフェンの父親の急激な病状悪化で入院となった事をきっかけに引き払い…


そのタイミングでラフェンは、ウェスラーと今後の事をじっくり話し合う事となり…


結果、彼はある試験に挑戦することになり、その受験勉強の間はウェスラー達の住むフロアの一つ下の階に間借りしながら、バイトは全て辞め、昼間は父ダンの看病に通い、夜は勉強という生活を送る事となったのだった。


そんな彼は、イトリアと同じようにデュンレに勉強を教えてもらう事が徐々に増え…イトリアとセットでデュンレという優秀な家庭教師の講義を一緒に受けるのが日常の一部となって行ったのだった。


その中で勉強を通してイトリアはラフェンと様々な事を話す機会もどんどん増えて、彼は当面の経済的な心配が無くなった事もあってか、更にはこのフロアの人達とも相性が良かったのか…未来の希望に向かって歯車が上手く回り始めると…


彼の素の性格が、今までイトリアが見て来た彼とは別人のように生き生きと輝き出して行き…


彼との関係が、イトリアにとって同情からゆっくりと性別を越えた友情へと変化して行き…


更に彼の父ダンが…入院からおよそ2ヶ月後に亡くなった時、葬儀の後1週間くらいはどこか生気のない様子のラフェンではあったのだが…


葬儀から一日中ほぼ部屋から出て来ないラフェンを見かねたイトリアがある時、彼の部屋に夕食を運んで行った際、気が紛れるかと他愛もない話をしていた時に突然、彼はイトリアに抱きついて来て…


「あまり深く考えずに甘い話に飛び付いて…あいつは家族を路頭に迷わせた。とても恨んだんだ。でも…でもパパはさ…家族の為にいつも頑張ってもいたんだ…」


と…絞り出すように言って…


ラフェンはそれからイトリアにしがみつくようにして、しばらく泣き続けたのだった。


突然の事にイトリアは面食らっていたが、普段あまり考えないようにしていた祖母の死の悲しみが…彼の姿を通してじわじわと甦り…気付けば彼女もラフェンを抱きしめて泣いていた…


思えばその日を境に、イトリアの中でラフェンは「どこかほっとけない人」から「大事な親友」に変化して行ったのだった。


同級生の女友達とはまた違う…ラフェンとの交流はイトリアも驚くくらい気兼ねのない楽しいモノになって行った…


だから…ラフェンが旅立つ前の最後の夜…夕食後に彼が自室を訪ねて来た時は、お別れの挨拶だろうと深く考えずに彼を部屋に入れた。


確かに彼は挨拶に来たと言って、しばらくは勉強の事とか、新しい生活の不安と期待の心境をイトリアに吐露したりして、和やかないつも通りの会話だったのだが…


じゃあそろそろとラフェンが立ち上がり、イトリアも見送ろうと立ち上がった時…


「僕、イトリアの事が好きなんだ。」


と…


唐突に告白をして来たのだった。


最初は友達としてと捉えたイトリアは「私もよ」と軽く返したのだが…


ラフェンは急に怖い顔になり、


「それはどういう意味の好き?」


と妙な質問をして来たので、


「へ?」


という…状況がイマイチ飲み込めてないイトリアが変な声を出してしまうと、


「僕は君の恋人になりたいという意味で、告白したつもりなんだけど…」


と、ラフェンが言った時点で、


初めて彼女はラフェンの質問の意味は飲み込めたのだが…


「……」


イトリアは…しばしラフェンの顔を見つめたまま…思考停止してしまっていた。


「…ねぇ、今の僕の話を聞いてた?僕は君が…」


「き、聞いてた。何度も言わなくても分かるわ。わ、私はかなり驚いたのだけど…なんであんたはそんなに普通でいられるの?ラフェンがあんまり簡単に言うから…」


そう…イトリアは唐突な告白に驚いただけでなく、終始いつもと変わらない表情で愛の告白をして来たラフェンに…


何をどう受け止め伝えたら良いのか…色々訳が分からなくなっていたのだ。


自分がロワナの家でデュンレに告白した時は、当時の事をよく思い出せないくらい無我夢中の告白だったし…告白を受けたデュンレでさえいつもの調子を崩してアタフタしている印象だったのに…


「そんなに落ち着いて見えるんだ…結構ドキドキしていたよ。でも君は…僕の気持ちは全然気付いて無さそうだったからさ、僕はとにかく旅立つ前のダメ元の告白だったんだ。決して軽い告白じゃないよ。これからの生活はワクワクしているけど、君に会えなくなる事は結構辛いと思ってる…今は友達でいいんだ。これからはそういう風に意識してもらえるよう僕も頑張るから…それに僕の目標は君のパパだから…とにかく、しばらくはかつてのデュンレさんみたいな外交官を目指して見識を広げつつ…いつかウェスラーさんみたいな政治家になる夢を叶える。向こうでの学生生活が落ち着いて外交官の道が手に届きそうになってからでいいから…徐々にでいいから…僕の事をそういう風に見てもらえないかな…?」


「……」


デュンレとはまた違った意味で、マイペースで飄々としていて…表情に感情の起伏があまり出ないラフェンだが…今の彼はとても不安気にイトリア見つめる。


「えっ…と…いやあの…」


イトリアとしてはやはり今もずっと変わらずデュンレが好きで…


だがラフェンが同じ建物の中で暮らす事になって、日常的に彼との接点が増えて行く中で…


イトリアはより意識的に…彼の前ではデュンレへの好意を悟られないように気をつけて接していた事が、結果的にややこしい展開を招いてしまったのだろうか…?


イトリアにとってラフェンはこの先もずっと交流して行けそうな、大事な友達である事は間違いないと思う…


だけど…告白されて…正直ビックリはしているけど嫌な感情は湧かなかった。


嬉しい気持ちもある…かも?


だが彼に対して恋人という言葉は…どうもピンと来ない…


「…ラフェン、あの…ラフェンだから正直に言うね。私…好きな人がいるから…あなたの事は友達として好きだけど、そういう気持ちには応えられないよ。ごめんね。」


「やっぱりか……デュンレさんだろ?…君は気が付くといつの間にかデュンレさんを目で追っているような気はしていたんだ。で、あの人と付き合っているの?僕からはそんな感じには見えなかったけど…」


グッ…痛い所を突かれる…


ラフェンって結構ちゃんと色々見えてたりするんだな…


イトリアはラフェンの鋭さに内心やや動揺しながらも…


「うん…今はまだ付き合えてはいないの…」


「…君の片想いという事?あの人の所作は君ほど分かりやすくないから…う〜ん…今の君の状況がイマイチよく分からないよ。」


イトリアの返答にややガッカリした様子ではあるが、ラフェンは冷静に次々質問して来る。


「…前に少し話したと思うけど、私は昔…パパ達政治家を狙ったテロ事件に家族の私達も巻き込まれてね…ママと弟が死んじゃってから色々あって…ずっと半引きこもり状態だったの。私、意固地になっててパパとは上手く話せない時期が長くあって…いつの間かデュンレがその橋渡し役になってて…彼が私を外の世界に目を向けさせてくれた人と言っても過言ではないの。彼も家族と色々悲しい過去があってね…その中でも彼は傷は傷として、家族を思う気持ちをちゃんと持っていて、過去を乗り越えて前に進んでいる姿に私は惹かれたと思うのだけど…当時はまだ引きこもりの出口を出たばかりだったから…デュンレは私が色々な人と出会い交流する楽しさとか諸々をもっと知った頃に、改めて彼から交際を申し込むって…だからまだ恋人とは言えない状況という訳。」


イトリアなりに整理して現状を説明し終えると、ラフェンは腕組みして少しの間思案するような素振で黙り込む…


「一応、デュンレの提示した目安は20歳で、あと1年とちょっとだけど…私の気持ちは揺らぐ事はないと思う。ラフェンは大切な友達だから、このままずっと友達でいて欲しいとは思うけど…」


「ちょっと待ってよ。僕の気持ちに君が結論を出してしまわないで。2人が恋人として既にお付き合いをしているなら、相手は尊敬するデュンレさんだし諦めるしかないと思うけど…今はまだ僕が立候補してもいい段階だと思うんだ。だからまだ引き下がる気はないよ。友達としてでもいいから、イトリアには僕の事をもっと知って欲しい…。どのくらい先になるか分からないけど、1年以内になんとか時間を作るから、1度だけでいいから、候補として僕とデートしてよ。そしてその後に改めて君の気持ちを聞かせて。」


「ラフェン…私はデュンレが好きだって言ってるじゃない。この話をそこまで引っ張られても…困っちゃうだけよ…」


「君が……それだけ好きなんだよ。本気だって言ってるでしょ。初恋な訳じゃないけど、こんなに女の子を好きになったのは初めてなんだ。もう少しだけ…僕にチャンスが欲しいんだ…」


「ラフェン…」


粘るラフェンに少々呆れ気味のイトリアがなんでそこまで粘るのかを問おうとした時、真剣な表情をした彼に言葉を遮られる。


「君はさ、何か…君なりの思う所があって、関わっても何の得もない僕達親子にずっと寄り添ってくれたのは僕なりに分かっているよ。そこを妙な勘違いする様な事はしない。こんな…自立する為の素晴らしい環境も当てがってくれたし…ウェスラーさんや可愛がってくれたここの人達にいつか必ず恩は返したいけど、叶うならずっと君の側に寄り添って恩返しをして行きたいって…少しだけ欲をかきたいんだ。1年だけでいい…もう少しだけ僕に頑張れるチャンスをくれないか?」


「……」


この子…こんな切ない目をする事もあるんだ…


出来るなら何か応えてあげたいけど…中途半端な対応はここでは違うよね…


…それに今ならはっきり分かる。


私はラフェン達を救いたくて必死だったけど…


「私に恩返しなんて考えなくていいよ。実際パパがいなければ…私なんて殆ど何も出来なかったし。私はただあなたを通して…お祖母ちゃまの家で途方に暮れながら過ごしていた時の自分を見ていたんだと思う。私は…希望を抱いて旅立つラフェンを見て何かが救われたつもりになってるの。私に対してなら、あなたの今の姿が充分な恩返しよ。だけど…出来る事なら、私の思いにここまで付き合ってくれたパパやデュンレ達には…この先に何かあった時は気にかけてあげて欲しい…かな。」


「!」


急にヘテリに腕を引っ張られ…気が付けばイトリアはラフェンの腕の中にいた…


「…ごめん…君を困らせるつもりはないけど…デュンレさんは君が大人になり、しっかりした社会性を持てるまで、見守りながら待ってくれているように思う。なら…答えを決めつけずに僕にもう少しだけ…チャンスが欲しいんだ。…頼むよ……」


「……」


…なんだろう…?


友達として接して来た異性から唐突に愛を告げられて…自分に恋愛感情を持つ異性となたったラフェンに…


今、突然抱きしめられた戸惑いと混乱…


けれど不思議と嫌ではなく…


この状況をどう処理すれば良いか分からずイトリアを固まらせてしまう…


と、


ノックの音…


ハッとしてイトリアは反射的にラフェンの胸を押して身体を離す…


「イトリアさん、居られますか?」


デュンレの声だった。


「あ、はい、い、いるわ。ごめん、今着替え中だから開けないで…」


ラフェンと別れを惜しみつつ話していると…説明してドアを開けても全然不自然ではないはずなのに…


咄嗟に変な嘘を吐いてしまったイトリア…


「……ウェスラー様がお呼びです。お着替えが済んでからでいいので…早めにお部屋に伺って下さい。」


「…分かったわ、ありがとう。」


「…それでは。」


…なんだろう…?


デュンレの様子がなんだか…いつもより丁寧なのに…素っ気なく感じた。


まさか…


イトリアは部屋の四隅に設置してある監視カメラの存在を思い出す…


不審者の侵入等の不測の状況を見逃さないように、かつてエンデがいた時の室内の監視カメラをイトリア用に改良し、今は夜にイトリアの部屋に人が入ると同時に自動的にカメラが作動し、ウェスラーの部屋から室内の様子を確認する事が出来るのを、イトリアは今、思い出していた。


…まさか…パパの部屋に…デュンレもいたの…?


ラフェンに抱きしめられた直後にやって来た…なんだか微妙に丁寧なデュンレの対応…考えれば考えるほど…


「…デュンレさん…まるで見ていたようなタイミングで来たね。…偶然かな…?」


…まあ…あえてラフェンにカメラの事は言ってないけど…視界には入るだろうからから勘繰りたくもなるか…


って、もしかしてこいつ…分かった上であんな事を突然にした…?


「…い、今のは友達としてのハグと思うようにするわ。現に私達は友達だもの…今みたいな強引な事はもうしないでね。ねえラフェン…変な誤解はしないで聞いて欲しいのだけど…私にとってあなたはこの先もずっとずっと大切にして行きたい…ある意味特別な友達なの。だから尚の事、曖昧な接し方はしたくないわ。…いいわ。1度だけ…その線引きを確認する為のデートをしましょう。でもキスとかハグとかはしないでね。そういう事をしたら反則で、そこでデートは終わり。その条件を飲んでくれるなら1度だけそのデートに付き合うわよ。」


「本当?…ヤッタァ!ありがとうイトリア…手繋ぎくらいはしてもいい?」


…飛び上がって喜ぶラフェンを見て、この人は本当に自分の事が好きなんだと実感するイトリア…


「…その時の状況で考えるわ。あなたとは…その…もっと気兼ねなく付き合える友人と思ったから…今は本当に…どうしていいか分からないのよ。私の戸惑いも分かって接してくれたら…ありがたいかな…」


これは本当に…今のイトリアの率直な気持ちだった。


「…そうだね…好きっていう気持ちは思い通りにコントロールなんて出来ないものね。混乱させてごめん…欲張らずに2人で楽しい時間を過ごせるよう…色々僕なりに考えてみるよ。…ウェスラーさんに呼ばれてるんだろう?僕はこれで戻るから、じゃあ…おやすみ。」


ラフェンは少し名残惜しそうだったが…ニッコリ笑って部屋を出て行った…


彼が出て行くのを見届けたイトリアは1度大きく深呼吸をして、急いでウェスラーの部屋へ向かった。




「だから言ったろう?あの子も年頃の男の子だ。困窮している時に無条件で手を差し伸べて来た君に恋愛感情を抱いたりしてしまう事は十分あり得るパターンだったと思うよ。」


部屋に入るなり、ウェスラーは複雑な表情でイトリアに言った。


「……」


やはり…監視カメラから父は一部始終を見ていたらしい…


ラフェンの衝撃的な告白とハグ、そしてウェスラーの使いで絶妙なタイミングで声をかけて来たデュンレ…イトリアにとってこの目まぐるしい展開は…


父の言葉にどう返して良いか分からずにイトリア立ち尽くす…


「…まあ座りなさい。」


固まるイトリアとは対照的にソファで寛ぐウェスラーから座るよう促され…


「おいおい…珍しいな…」


「……」


ウェスラーの正面を通り越して回り込み…なんとも不安な表情でイトリアは、ウェスラーの隣りに座って彼の腕にしがみつく…


「だがまぁ…悪くない状況だ…」


最初こそ驚いたが…ウェスラーは嬉しそうに呟く。


けれどやはり、そんな父とは対照的に表情の強張りが取れないままのイトリア…


「…パパ…私はどうしたらいい?面白がっていないで教えて…」


「心外だな…面白がってはいないよ。…だから、彼の情熱に押し負けそうになっている君に、こうやって助け船を出したろう?」


イトリアはウェスラーの腕を更に強く掴み…


「…押し負けてなんていないわ。色々と突然過ぎて…彼は私の知っているラフェンではないような気がして来て…どう対処していいか分からなくなってしまったの…」


「さすがにパパも少しヒヤヒヤしたが…まあ君には良い経験になるとも思う。けど…あの子は今まで色々あり過ぎてしばらくいっぱいいっぱいだったと思うけど、恋愛対象として君を意識してもおかしくない年頃の男の子だし、君への気持ちはかなり本気のように見えたよ。まだ若いし、女の子の接し方はまだあまり慣れていないように見えたから…既に告白しているから尚の事、これから君の不用意な態度に過度に期待してしまうかも知れない。あまり神経質になる必要もないが、軽はずみな態度は誤解を生む事は頭の片隅に置いておいた方がいいかもな…デュンレもラフェンもタイプは違うが、彼等は頭は回るし自分をしっかり持っていると思う。どんな決断をしてもイリアの自由だが、誠実さを軽んじてはいけないよ。…パパから言えるのはそのくらいだ。」


「…パパ…パパはまるで…」


縋るような目でウェスラーの話をジッと聞いていたイトリアだったが…途中から段々と不満気な表情に変化して行った…


「私がデュンレとラフェンを二股かけていると思っているように見えるのだけど…私の気持ちはラフェンに告白されたからって、揺らいでいる訳じゃないわ。それは誤解して欲しくないポイントよ。」


イトリアはウェスラーの腕にしがみついたまま、抗議するような口調で追加説明をする。


「ふ〜ん……まあ…いいか。そうか、ではイリアは何を困って私に相談している?その気がないならしっかりその事を本人に君の言葉で伝えるしかないよ。それに君は…彼とのデートを了承していなかったかい?なぜそんなややこしい対応したのかな?」


「…だって……」


…確かに…ウェスラーに指摘された事は、その通りだと思う。予想外の告白だったとはいえ、誤解されたくないならしっかり自分の言葉で断るしかないのだ。


だが…


「デュンレが好きだとはっきり伝えているのに、とにかく粘られて…それにね…ラフェンとは空気みたいに気を使わなくていられるし、なんだか居心地は良いの。相性が良いのかも知れないけど…ときめいたりドキドキはした事はないから恋人としてはちょっと違うのだけど…自分にとってどんな存在かを確かめる為に、1度彼の誘いに乗って2人で過ごしてみたら分かるかなぁっていう部分もあって…」


「…なるほど…まあ…確かに彼はかなり粘って誘っていたね。じっくり接して考えてみるのも悪くないかも知れない。」


ここでイトリアは小さく溜め息を吐く…


「…デートに誘って欲しい人には誘われず…どこかで断る為の理由を探す意味でデートするとか…この状況ってなんだかな…とは思うけども…」


「…なら、思い切ってイリアから誘ってみたら?いくら堅物のデュンレでも、たまになら少し長めのドライブくらい付き合ってくれるだろう…あいつとも少しゆったりした状況で話をした方が良いようにパパは思うぞ。」


「う…ん…そうね。」


イトリアは俯いて…少し考え事をするように…暫し黙り込んだ。


そんな娘を生暖かい眼差しで見守るウェスラー…


やがてイトリアはパッと顔上げ、


「うん、そうしてみるわ。」


と、何かの結論が出せたかのように笑顔でウェスラーを見上げる。


「…そうか…まあ頑張れ…」


と…ウェスラーがそう応えた直後、入室を希望するランプがチカチカと赤く光った。


「誰だ。」


ウェスラーはそのランプに対応する。


「デュンレです。」


という本人の声が聞こえて来て、イトリアはドキッとする…


「…もう、大体話せたろう?入れていいか?」


と、イトリアに小声で尋ねるウェスラー…


「うん、私はこれで部屋に戻るわ。聞いてくれてありがとう。」


と、慌てて立ち上がるイトリアがドアに向かって歩きだすと…


ふと足を止めた。


「…ねえパパ、彼はさっきこの部屋にいた?」


と、振り向きながら小声でウェスラーに尋ねる。


ウェスラーはニヤッと笑い、


「さあ…どうだったかな…?」


と、とぼけた…


「もう…まあ大体分かったからいいわ。」


と少し頬を膨らませ、足早にドアへと歩くイトリア…


「あ…待たせてすまん。今、ちょうどイトリアとの話が終わったところだから、入ってくれ。」


という父の声が背後から聞こえた直後にドアが開き…目の前にデュンレがいた…


「あ…おやすみなさい…」


すれ違う直前にデュンレにかけた言葉はなんだかぎこちなくなってしまっていた。


「…おやすみなさい。」


「……」


いつも通りの淡々としたデュンレの挨拶だが…彼が自分の目も見ずに通り過ぎてしまった事に、なんだモヤモヤするイトリアなのだった…


…デュンレは…あの時にパパの部屋にいたのなら…私がヘテリとデートの約束をした事で、彼の私を見る目が変化してしまった…?


いや、そもそも私の事はもう…?


「もう彼の事は好きじゃなくなったの」と言って、BFと別れた話をサラッとしていたクラスの女の子をふと思い出すイトリア…


…色々とあったラフェンの旅立ちの前夜…イトリアは結局殆ど眠れずに朝を迎えたのだった…




「ねえデュンレ…」


ラフェンを見送ってから少しして…イトリアの懇願は叶って彼女は今、デュンレの運転する車の助手席にいた。


「…なんでしょう…?」


イトリアを見る事もなく前を見続けるデュンレの反応に、軽い胸の痛みを覚えながらも…


イトリアは質問を続ける…


「デュンレが昨夜の私の立場だったら…あなたはどうしてた?」


「……」


「ねえデュンレ…」


「……」


一度大きく息を吸ったが…そのまま何も言葉を発してくれないデュンレ…


そんな彼の様子にどんどん不安になって行くイトリアは、震える声で答えを促す…


「…デュンレってば…」


「…僕は……あなたではありませんから、あなたが納得の行く答えではないかも知れませんが…僕は現在、親族や地元の人々とはほぼ断絶状態ですし、学生時代はとにかく父の期待に応えようと勉強漬けで過ごしました。社会に出てもある経験から女性に対して…いや、恋愛対象になるような年代の女性に対しては苦手意識があるので、女性の友達が存在しません。だから恋愛感情が絡む女性との友情は…私は答えようがありませんが…想像の範囲で考えるとですが、気持ちが無ければ友人としての交流も難しいかも知れません。あまりハッキリ線引きするのが一般的な対応とは言えないかも知れないですが…」


「……」


…そう言えば…以前デュンレは似たような事を言っていた。


就職して間もなくの頃…父親は政治家やら大企業の重役やらの令嬢の縁談をちょこちょこ持ち掛けて来るようになり…


ウンザリしていたタイミングで、たまたまよく話す機会があった同僚の知り合いから食事に誘われて、その女性もどうせ外交官の妻狙いかとも思ったけど、父親の縁談を断る口実にとりあえず軽い気持ちで誘いに乗ったら…その女性の豹変した部分に驚いて、それ以来、女性が少し怖くなったと…デュンレは言っていた。


具体的に何が怖かったか知りたかったけど…イトリアが何度聞いても彼は絶対に教える事はなかった…


今だって知りたいけど…まあ話してはくれないよね…


「…イトリアさん…?」


少し黙り込んだイトリアを心配したのか…デュンレは名前を呼んで様子を伺って来る…


「あなたは前にもそんな話をしていたね…。私は…ラフェンと会う事は別に嫌ではないけど…具体的な目的の為に会うのではなく、デートと言われても実際どんな感じになるのか…せっかく時間を作って会うのだから、楽しい時間になればいいとは思うけど…」


「…今までお2人の様子を見ていた限りでは楽しそうだったし…あなたが会うと決めたのなら、実際に日常と離れた状況で彼と会ってみるのも悪くはないと、私は思います。」


…やっぱり…


私がラフェンと仲良くしても、デュンレはそれほど興味はないのかも…


「…なんとなく…あなたはそんな風に言うような気がしてた。そうね…せっかく会うのだから…まだ何も決まってはいないけど、その時は楽しく過ごせたらいいと思うわ。」


…結局、デュンレの私への思いはその程度か…


かなりガッカリしたイトリアは窓を少し開けて、風を感じながら流れる景色に視線を移す…


「イトリアさん…これは人に初めて話す事ですが…」


「え…?」


デュンレは少し気まずそうにチラッとイトリアを見て、思いがけない話をし始める…




「…という訳で、その女性のせいで僕は…2人きりになるとそんなに女性って豹変するのかと…恐ろしくなってしまったんです。」


イトリアはデュンレの衝撃的な体験談に一時唖然としてしまったが…あまりに極論過ぎる事を言うので、デュンレには悪いと思いながらも少し笑ってしまったのだった。


「…いや、その人が変なのよ。女性の殆どはそんな風にはならないと思うわ。…それにベッドのある部屋に男女で行ったら…多少なりともそういう事かと誤解する人はいるんじゃない?」


「笑わないで下さい。誓って僕は誘ってないです。気が付いたらそういう部屋にいたんです。豹の様に獲物を狙うような目つきで押し倒そうとして…怖かったですよ。会って2回目なのに…なんだこの展開はって、本当にビックリしました。それも何か…多分、薬を盛ったんじゃないかと…ただ食事をしてるだけで異常に眠くなって来たんですから…死にものぐるいで逃げましたが、あのまま眠ってしまったら僕の身体は彼女に好き放題おもちゃにされていたでしょうね。…あれはもう犯罪の域に入る行為ですよ。普段はとても控えめで清楚な女性に見えてましたから…女性不信にもなりかけるでしょう。」


女性不信か…


だからあなたは…もう一歩踏み出せないでいるの?


「…多分、その時のデュンレはよっぽど運が悪かったのだと思うわ。若い女性が皆んなそんな変なことをするって思われるのは…なんだか嫌。…次はきっと大丈夫よ。大抵の女性は普通はそんな事しない…と思うわ。」


「大抵の女性って…まるでご自身は第三者のような言い方をしてる…他人事ですね…」


…怒ってる…?


「私とラフェンの事をどこか遠い場所から見ているような言い方をしていたから…私もそういう風に見た方がデュンレは安心して会話してくれるのかなって…」


「……」


デュンレは…また黙ってしまった…


「……」


と、少し長い沈黙の後…


「イトリアさん…彼と会う事はあなたご自身が決めた事ですから…今の僕には見守る事しか出来ません。」


「なぜ?」


…今の僕って…


ここでイトリアの中で何かスイッチが入ってしまった。


「なぜ…見守る前に行くなと言ってくれないの?」


「…行きたくないなら、あなたご自身が強く意思を持って断ればいい話です。…ラフェンはまだ若いが、良識を持って行動出来る人間と思います。あなたも然り…です。そんな2人が望んだ事なら…僕はその自由意思に干渉するつもりはありません。以前お話ししている事ですが、あなたは今、様々な人と交流する術を学ぶにはちょうど良い年代なんです。そういう場に土足で踏み込むような事は…僕は出来ません。」


イトリアは苦笑する…


「あなたらしい理屈で…もっともな話ね…」


「でも…」


イトリアは窓を閉めて俯く…


「今はとてもあなたを遠く感じるわ…そうね、私がラフェンに抱きしめられてもあなたは干渉しなかったしね…」


デュンレは大きく溜め息を吐く…


「…してたじゃないですか…」


「…?」


イトリアは顔を上げてデュンレを見る。


彼はなんだかキョロキョロ辺りを見ていた…


「…あ、ちょうど…たまにはこういう場所で食事でもしますか?ちょっと運転に集中出来なくなって来たので…」


そう言うとデュンレは、近くにあった通り沿いのカフェレストランぽいお店の駐車場に入って行く…そして隅の方に車を停めた。


「…あの時、僕があなたを呼びに行ったのはたまたまではないです。気が付いたらウェスラー様の部屋から飛び出していました。…後ですぐお詫びしましたが…あの方はイトリア様を呼んではいなかったのです。彼にあなたから離れて欲しくて…呼び出しは咄嗟に僕がついた嘘だったんです。」


「…嘘……?」


デュンレの顔はみるみる赤くなって行った…


「…そうです。堪らず干渉してしまった奴が何を言っている…っていう話ですが…」


「……」


「さあ降りましょう。そろそろあなたもお腹が空いたでしょう?少し混んでるかも知れませんが…たまにはこういう所でランチもいいでしょう?」


なんとも嬉しそうに自分を見つめるイトリアの視線に耐え切れず、デュンレが車を降りようとすると、


「うんそうね…あ、ねえデュンレ、ここを見て?これ何かしら…傷?の様にも見えるわ。」


と、イトリアは自分から見える側のハンドルの側面を指差す…


「え?傷ですか…?」


と、座席に手を付いて屈み、イトリアの指差す方のハンドルへデュンレが移動して来ると、


「?!…なっ……」


イトリアはチャンスとばかりにデュンレの頬にキスをした。


「うふふっ」


「痛っ…」


慌てて身を引いたデュンレはルームミラーの角に頭をぶつける…


「え?デュンレ、大丈夫…?」


頭を痛そうに摩りながら車を降りて…更にその場に蹲るデュンレの元へ、イトリアも慌てて車を降りて回り込む…


と、デュンレは、


「なんてね…イタズラのお返しです。」


ニッコリ笑い舌を出す…


「もう…」


イトリアは怒る仕草を見せながらも…嬉しそうにデュンレの腕にしがみつく…


「ちょ…イトリアさ…」


「今は何も言わないで、今日はこれくらい許して…ね?」


ご機嫌なイトリアはデュンレに軽くウィンクする。


「…まあ…あなたの事は全て許してしまいたくなる自分も同罪か…」


…きっとデュンレも…


ジョアナ…いえフェリアさんのように、ずっと上手くやっていたように見えた両親の最後の様子を考えると、交際したその先に結婚を考える事が怖いのかも知れない…


…なら、私はそんなあなたにとことん付き合ってあげるわ…


と、イトリアは心の中でデュンレに語りかけ…絡めた腕に更にしっかりと…万が一も振り払われないよう力を入れて、愛しい人の顔を見上げるのだった。





「そうですか…もうそちらに着いたんですね。どうかよろしくお願いします。」


その日の夜、議会から戻った直後のウェスラーは、ラフェンを託した先の人物と通話の真っ最中で…


「…正直、私は今もそれがなんだかよく分からない体験でしたがあの男は…経験上の勘では将来性はなかなか有望と感じます。確かにあの子は一時劣悪な環境にいましたが…結果その経験が…そう、そうなんですよ。最近は私を目標にするなんて可愛い事を言ってくれたりしていたので、手離すのはかなり惜しい存在ではありますが…何かと物騒な噂の多いそちらでアイラさんやあなたのお役に立てるならば…致し方ありません。またそう遠くない未来にお会いする機会もあるでしょう。その際にはそちらのご報告を楽しみにしていますよ。……ええそうですね…あの男…エンデも…可能であるなら是非……え?…その子もまた…いや興味深いですね………ええ是非とも…」


時々、少年のように好奇心に目を輝かせながらウェスラーは、電話の相手としばらく話し続けるのだった…


そして…長い会話をやっと終え…通話を切った途端、


彼の片耳が新たに振動を受け止める。


「…ああ…君か、すまんすまん…ラフェンが今日発ってね…そう、その彼とラフェンの話題で盛り上がっていたんだ。で?…こんな夜遅くに珍しい…え?トバルはいない…今日は非番で………え?」


ご機嫌だったウェスラーの表情が、徐々に険しくなって行った…





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ