32 思い合う心
「…そう…あの方は長くても2年も持たないの…」
タヨハ達がが農作業で出払っている神殿の女神の像の前のテーブルを挟んで、エンデは少し奇妙な気配を漂わせる身重の女性のガッカリした表情を見ながら、色々と入り込んで来る映像を必死に整理して行く…
ああ…でもなんだっていうんだ…この女性が神殿に入って来た途端…しつこいくらいに同じ言葉がエンデの脳にダイレクトに響いて来る。
…この女性から流れて来る情報はかなり興味深く…整理して行くのにかなりエンデは苦労していた。
「…このままでは半年後は動ける状態ではなくなっています。あなたが質問されたティリの能力者の治療を受けてやっと2年もつという状態です。…プロジェクトの行く末をブレムさんご自身の目で確認したいなら…能力者の治療は是非受けて頂きたいところです。」
「あの方の…ブレム様の完全治癒は絶望的という事かしらぁ…?」
何かしら希望を見出したい目力で女性は探るようにエンデを見つめる…
「……そうですね…う〜ん…この方はとにかく高い能力を持つ治療師をすぐに探して頂きたい。おそらく、ウェスラーさんのご友人のアイラさんなら…その気になれば直ぐに見つけられると思います。ブレムさんのプロジェクトはこの先…半年前後の間に何か大きな動きがある気配があるように思うのですが…それが何なのか…僕には見えないのです。今の時点で僕が言える事は、ブレム氏がプロジェクトの行く末をしっかりご自身の目で見届けたいなら…ティリの能力者の治療は必ず受けるべきという事です。」
何より、エンデが今ヌビラナに関して見えている未来は…必ず起こる未来という訳でははないのだ。
若干、確率は高くなって来てはいるが…ミアハの長老のように、ヌビラナの半年後の様子をしっかり見ようとすればするほどに…虹色の風がこちらに吹き付けて来るような感覚に襲われる…
おそらくそれは…「見るな」というヌビラナの女神の意思だ。
ここまで聞いて、妊婦の女性の表情は少し緩んだ。
「…僅かでも希望はあると、受け取ってもいいのかしらねぇ…」
「…あくまでブレム氏の未来は確定されていないという視点からの見方で申し上げているので…期待しない方がいいかも知れません。あ、それと…これは必ずアイラさんとブレムさんに伝えて下さい。今の僕の立場から言ったら信じられないかも知れない話ですが、例の超強力なセレスの能力者の2人は絶対に殺してはいけない…これだけは断言出来ます。セレスのあの2人の存在なくしては、ブレムさんの望む成果は潰えてしまう未来の方がクリアに見えるので…これだけは必ずお伝え下さい。」
「……必ず…なのねぇ…」
「フェリア…こいつの力は本物だ。俺やボスは色々と過去に目の当たりにしてるからな…今までの話もこいつは全部嘘は言ってないぞ。オレが保証する。」
「…そうですか…でもお義父さんはぁ…すみませんが今はちょっと黙っていて下さぁい。この人に聞いておきたい事が多すぎて…質問が頭の中で渋滞してるんですぅ〜。」
「ああ、悪い悪い…お前はまだ疑ってるのかなって…ついな…」
2人のやり取りを少し離れた入り口の近くで聞いていた男は、謝りながら苦笑する。
「私にとっては敵地みたいな所ですがぁ…必ず行けってアイラさんが指示してくるくらいだからぁ…この人が只者じゃない事くらい分かりますぅ〜」
「……」
メクスム政権の次期トップの最有力候補と言われている男の1番信頼する護衛の一人息子の嫁が、なんとテイホ政府の諜報活動も受注する機関のベテランに近いスパイとは…なんとも奇妙な相関図がエンデの目の前に展開されていた。
「…それで…あの子は…ヨルアはぁ…どうしたら救われると思う…?…まだそちらのお嬢さんに執着してるみたいだしぃ…今の私の言葉は…あの子には届かないのよぅ…」
「……」
ヨルアという名に無意識に反応し握りしめた拳に…更に力が入ってしまうエンデ…
「その人の件は…僕は個人的に感情が入ってしまい…今は上手く説明出来ない気がします。それにその人は今…生きる気力を失っていて…少し心配な状態ですね。おそらく快復まで少しかかってしまうかも…。この人もティリの治療師の力を借りる必要があるかも知れません。…犬…?…彼女はなんだか犬の心配をしているのですが…可能ならばその犬を彼女の側に…」
「犬?」
フェリアと、入り口に立つトバルが一瞬、顔を見合わせる。
「初めて聞く話よぅ…後でアイラさんに確認してみるわ。それで…ヨルアはどうしたらいいのぉ?」
「あの人の元凶は親子関係…だけどそれは彼等にとってそれは救いであり呪いでもあるから色々難しい…今はどうにも…葛藤を抱えながら現状維持で行くしかないのでしょう…」
フェリアはあからさまにガッカリした表情になる…
「…なんだ…深淵の瞳を持つと言われるあなたでも…解決策は見つからないのぅ…?」
「ブレムさんは…かつて命を救ってくれた恩人のご夫妻への贖罪みたいな気持ちを忘れずにいて、その件から自分自身に一方的に課した縛りは死ぬまで外さないつもりでしょう。例の人はまた厄介な事にブレムさんから微妙なタイミングで突き放されるから…関係は色々すれ違い、微妙に拗らせてしまっています。僕としても複雑ですが…彼女に変な死に方をされてもタニアちゃんは深く傷付くと思うし、これ以上タニアちゃんを弄んで欲しくないので、僕も一度冷静になって、彼等のこんがらがってしまっている関係を…色々考えてみます。」
ジッとエンデの深淵の瞳を見つめて聞いていたフェリアは…
「…あなたの瞳…見れば見るほど綺麗ねぇ……あなたの為にも是非、この迷宮の出口を見つけて頂きたいわぁ…」
あなたの為…?
「ふふ…大切な人の為…かな?」
…まあ…気付くか…色々と鋭い人だしな…
特殊な能力はないようだが…迂闊な事は言えない…伊達にアイラ氏の懐刀はやっていない…という所か…
と…
徐にフェリアは立ち上がり、エンデの方へ回り込んで彼の手を握りしめる。
「私…あの子の想いが報われ、ブレム様が助かる為だったらなんでも協力しますからぁ…よろしくお願いしますぅ。」
頼んでいる間も、フェリアはエンデの手をぎゅうっと握り…どんどん力を込めて行く…
「あの子…小さい頃にぃ…ブレム様がいなくてぎゃん泣きしてた時に私が歌ったら凄く喜んでぇ…ご機嫌になってくれたのよぅ…。あの頃みたいに単純だったら、いくらでも歌ってあげるのになぁ…」
フェリアはエンデの手を握ったまま…しみじみと昔話をし出す…
「フェリア…もうその辺で手を離してやれ…息子にいいつけるぞ。」
フェリアはハッとして、慌てて握っていた手を離す。
「いやだぁ…つい夢中になっちゃって…私、今はあの2人の事しか頭になかったんですからぁ…誤解は悲しいですよぉ。ライアンだって若い女の子の脈くらいとるでしょお…?これぐらいはセーフにして下さいな…」
トバルは困ったように笑い…エンデを見る…
「この通り…ちょっと変な嫁なんだ。だけど性根は真っ直ぐで優しい奴ってやっと分かって来てな…今じゃ娘みたいなもんだ。コイツが自分の命を顧みず息子を救出してくれなかったら…今頃アイツは山奥の小屋に閉じ込められたままミイラになっていたかも知れない…。今じゃ色々頼りになる自慢の嫁だ。孫が産まれてからは休んでるが、彼女はメクスムでは知る人ぞ知る実力派の歌手なんだよ。」
トバルは…言葉通りにこの一風変わった嫁が可愛くてしょうがないらしい…
『歌いなさい!』
「……」
声が…どんどん大きくなって来る…
『お前なら歌えるはずだ。歌うんだよ…』
エンデは思わず両耳を押さえる。
最初は女性の声だった…
たが今は違う、これは…
『彼女と一緒に歌ってごらん…』
「もう、少し黙ってくれ!!」
エンデは顔を伏せ叫んでいた…
「エンデ…さん?」
ハッとして頭を上げると、2人は…エンデを見つめて唖然としていた。
「もう…お義父さんが変なヨメ自慢なんてするからぁ…」
「あ…いや…つい調子に乗ってしまったか…すま…」
「あ、違うんです。…変な事言って不快にさせてすみません。物心つく前に亡くなった父親が…さっきからなぜかしつこく歌え歌えって言って来るので鬱陶しくて…。父は若い頃…母に出会うまでは人に歌を聞かせてお金をもらって生計を立てていたそうで…その父は僕がまだ赤ん坊の頃に亡くなったのですが…その後、親代わりになって面倒を見てくれた人が亡くなってから、寂しくて泣いていた時は父がよく歌を聞かせてくれました。とても綺麗な歌声だったけど…僕はどんなに練習しても…」
エンデは口を噤んでしまう…
「亡くなったお父様がそんなに言うなら、きっと何か意味があるんじゃないのぉ?…じゃあ試しに一緒に歌ってみようよぉ。」
フェリアはエンデを見つめ、有無を言わせず笑いかけていた。
「あ…いやジョ…じゃなかった、フェリア…俺もコイツが歌う練習していた所を見た事があるが…お世辞にも上手いとは…」
トバルがやや困惑気味でフェリアを止めようとする…
「…私はヨルアを思って歌うからぁ…アンタも誰か…大事な人を思って歌ってみてぇ…人と一緒に歌うって結構楽しいよ。下手だっていいじゃなぁい?じゃあ…メクスムの古い童謡なんてどうかなぁ…とりあえず私に付いて来てぇ…」
と、躊躇なくいきなり歌い出す…
「……」
確かに…さすがプロと思うほどにフェリアの歌声は心に沁みて来る。
大事な人…エンデは先日の仲睦まじかった2人の幸せを思い…歌ってみた…
「……」
「…あら、なかなか良いじゃなぁい?もっとお腹から声を出して、楽しんで歌おう。」
…不思議と…フェリアの歌声に合わせて歌っていると、なんだか自分も歌が上手くなっているような…妙な自信が湧いて来る…
「へぇ…驚いた、あれからずっと練習してたのか?なんか凄く良い感じだぞ。フェリアの声と相性がいいのかな…心に沁みて来る……うん、いいぞ…」
トバルも…今日のエンデの歌声にはかなり驚いているようだった。
「あ、あの…」
何度か童謡を繰り返し歌い終えたタイミングで、エンデはあるお願いをする。
「僕…小説を読むのが好きで…最近はあまり読めていないのですが、少し前に[あの丘で]という小説が映画化されましたよね…?その映画の主題歌が…割と好きな歌なので…もし良かったら唄って頂けませんか?」
フェリアは少し意外そうな顔をしたが…ニコッと笑って、
「…そう…あれは良い歌よねぇ…喜んで…」
と言ってすぐさま歌い出す…
「……」
想像通り…フェリアがメロディに載せて紡ぎ出す歌詞は、今のエンデの心情を代弁しているようで…
素晴らしいが…彼は胸に込み上げて来るモノを抑え込む事にとても苦心した。
「…少しは知っているなら歌える所は一緒に歌おうよぉ…なんかさ…アンタ…なんていうかぁ…新しいモノに目覚め始めてる感じに見えるわよぅ…。ね、歌ってみてよぉ…じゃあ、また最初から歌うねぇ…」
と言って、フェリアはまた歌い出す…
3度4度と繰り返し歌うフェリアの声に引き寄せられるように…エンデも所々参加して行くうちに…
「もうすっかり覚えたねぇ…はい、これ…よかったら使ってぇ。私はまだ今日は何も拭いてないからぁ…汚くないわよぅ。」
フェリアはエンデに向かってポンとハンカチを投げる…
え?…まさか…と、エンデが咄嗟に頬を触ると…びしょびしょに濡れていた…
うわ…恥ずかしい…
「あ、…すみません…」
泣き顔…見られた…
叶うなら、この場からすぐ去りたい衝動を必死に堪え…エンデはハンカチを受け取る。
「…あなたは既に把握済みでしょうけど、私は過去に本当に色々あったの。皆んな人生色々あるのよぅ…。歌いながら思いが溢れたって恥ずかしい事じゃないわ。…あなたもさ…後悔しない選択をねぇ。」
「……」
また溢れそうになる涙をエンデはハンカチで必死に押さえる…
「今日はぁ…思わず歌まで歌えて…楽しかったぁ。どうもありがとうねぇ…」
と言ってフェリアは立ち上がる。
エンデは慌てて、
「あ…こちらこそ…あの、お茶の用意がしてありますから…良かったら…」
と、出て行こうとする2人を呼び止めるが…
「あ、お気遣いなくぅ…子どもをね…お義父さんのボスのお嬢さんに見ててもらってるからぁ…のんびりも出来ないのよぅ…それじゃあ…」
「まあ…そういう事なんだ…久しぶりにお前と話せて俺は嬉しかったぞ…。たまにはボスにも顔を見せてやってくれ。…じゃあな…」
2人は入って来た時よりも明るい笑顔で颯爽と出て行った。
「……」
と思ったら、フェリアだけ慌てて戻って来た。
「ああごめんなさい…大事な事を忘れて帰るとこだったわぁ…。ハイこれぇ…」
息を切らし気味にフェリアは、エンデに小さな白い紙袋を手渡す。
「私の…ひょんな事から友人になった女がねぇ…」
…友人を女って…やっぱり変わってるなぁ…この人…
エンデは内心で苦笑する…
「薬の開発部にいてぇ…結構いい薬を作ってるみたいなのぉ、でね…どなたかぁ…悪夢に悩まされているんでしょう?これぇ…悪夢を見なくする薬なんですってぇ…。ただ新薬だし、合う人合わない人と出るみたいだからぁ…でも…開発したてだから本当は高額な薬なのぉ。お試しくらいの感覚で飲んで頂けたならぁ…どう?合いそう?」
「……」
合わないってなったら…この人はためらいもなく持って帰りそうだな…
「…そうですね…まあまあ効くように見えます。早速試させて頂きますね。ありがとうございます。」
まあ…ホントに…これで少しの間は凌げるかも…
「僕こそ…無料であなたに何度も歌わせてしまって…ありがとうございました。なんだかとても…予想外に充実した時間でしたよ。」
「あら、お役に立てたなら何よりよぉ。じゃあねぇ〜」
と、フェリアことジョアナは、右手をエンデに向けて軽く手を振りながら…
今度はゆっくりと神殿を出て行った…
3日後…
エンデはこの日、プレハブの子ども達の夜の世話をマリュに託し、しばらく神殿に泊まる事にした。
1週間前からマリュはこれからの事を視野に入れ、徐々に子供達との接点を増やして行っていた。
マリュ自身はもう子供達の接し方は慣れたモノで、子供達も特に抵抗無く彼女に馴染んで行ったので…今夜から思い切ってエンデは就寝場所をマリュとチェンジしたのだった。
昼間は多少のトラブルや喧嘩も起きる事はままあるが、ここ最近は夜泣きやオネショする子はほぼいないので、マリュには今までの不足気味の睡眠をしっかり摂ってもらう事もチェンジの理由の1つだった。
理由のもう1つは…
「今ノックしてみたけど返事はなかったから…パパは寝たみたい…」
深夜…そっと寝室を出てエンデの待つ神殿に来たタニアは神妙な顔をしていた。
「夜遅くにごめんね…」
タニアがやって来るのをジッと待っていたエンデは謝る…
今夜はタヨハのドアの近くに警備員もいない…
2人だけの作戦会議が始まろうとしていた。
「ううん…謝ったりしないで。私のパパの事なんだから…私こそ…エンデは毎日子供達の世話と農作業とか諸々の仕事で疲れているのに…こんな事にも付き合ってもらって…ごめんね…」
「……」
既に色々察しているタニアの悲しげな目を見て…エンデは少し言葉に詰まるが…
「…じゃあ…もうお互いに謝り合うのは止めて、今後の対策をしっかり話し合って行こう…」
「うん。…だけどパパは…私達の話し声で起きてしまわないかしら…?」
タニアはタヨハの寝ている部屋の方をチラチラ見ながら不安そうに尋ねる。
「一応今夜は、ある人に貰った悪夢を抑える新薬と弱い睡眠導入剤をタヨハさんには飲んでもらっているから…この時間帯なら起きて来る事はまずないと思う。それに、君も僕もタヨハさんが目覚めそうな気配は分かると思うから…そうなった時点で話は止めよう。」
「…分かった…」
タニアはコクリと頷く…
「…ねぇ…あなたはもう…全て見えているのでしょう?パパが…どうして毎晩のように、あんなにうなされているのかを…」
…やはりか…そういう質問から入るという事は…
「…タニアちゃんも…見えてしまったんだね…?」
「……」
タニアは俯き…黙ってしまった…
「……」
「…いいよ。無理にあえて言葉にしな…」
「血の繋がった親子よ…。いつも側にいたら…毎日どんな思いでパパが自分のトラウマをなんとかしようと1人喘いでいるかなんて見たくなくても…でもね、私がパパのあの過去が見えるようになっている事は…この先も出来る限りパパには知られたくはないわ…」
エンデの言葉を遮って顔を上げたタニアは…既に泣いていた。
「ついでに言っちゃうと、昔ママがパパに何をしたのかも…ね…」
タニアは袖で雑に涙を拭うと、エンデに向かって前のめりになって尋ねる…
「…ねぇエンデ…私は何をすればいい?…自分が結構ママ似っていう事も分かってる。私はこれからずっとパパの側でパパを支えて行きたい。パパも側に居ていいとは言ってくれるけど…」
エンデを見つめるタニアの目からボロボロと滝のように涙が落ちて行き…
「私は…本当にパパの側に居てもいいの…かな…?」
と、縋るような目でエンデに問いかけて来る…
「タニアちゃん…」
エンデは堪らず…タニアの手にそっと触れる…
「…落ち着いて、タニアちゃん…。今タヨハさんに起きてる問題に関して、僕がどう見えているかをこれから話してもいい?」
タニアはエンデの目をしっかりと見つめながらコクリと頷く。
「まず1つは…タヨハさんをトラウマから救うには君が側に居てもらわないと困るんだ。あの人は君と暮らせる環境を作る為にずっとひたすらに頑張って来たんだよ。赤ちゃんの君を愛おしそうに抱っこしてるタヨハさんの昔の姿を僕は何度も見たし、いつも忘れた頃に会いに来るあの人が信じられず、君がキツい言葉を浴びせても…タヨハさんは迷う事なく、君と暮らせる日を目標にずっと頑張って来たんだ。それは絶対に…君は忘れないであげて欲しい。」
「…っ……」
次々に涙が溢れるも、嗚咽が漏れないよう必死に口を塞ぎながらエンデの話に耳を傾けるタニア…
「実際、君のママがタヨハさんを思うあまりに暴走した夜の事は、彼の中では記憶はほぼないし…若干、感覚的な記憶は残っているみたいだけど、その時の嫌悪感は無いように感じる。ニアさんに関して、彼の心に今もあるのは後悔だ。」
必死に声を殺し、しゃくり上げながらも…タニアはエンデを終始ジッと見つめながら話を聞いている…
「ニアさんは自分のした事を両親に勘付かれ、お腹の子の中絶を迫られて追い詰められ…夜の山の中を必死に逃げたんだ。毒蛇に噛まれたらしい記録があるようだけど、灯りも持たず彷徨った山中で足の何ヶ所も毒虫に刺されて…虫の毒と、その部分から入った雑菌によって足がぱんぱんに腫れ上がっていく様子が僕には見える。どうしても君を産んで育てたくて…丸2日間をほとんど飲まず食わずで逃げ回り…結果、毒虫の毒が身体に回り、その傷口からの感染症の悪化もあって命を落とした。そんな中でタヨハさんはせめて君の命は助けたくて、まだ子供の拳の大きさにも満たない状態で頑張って命を落とさずにいた胎児の君を長老に頼み込んでセレスの人工子宮に入れてもらったんだ。君はタヨハさんに望まれて生まれて来た…それだけは忘れてはいけない。」
「……」
タニアは堪らず顔を伏せ、声がタヨハまで届かないよう両手で口を押さえながら号泣してしまう…
「タヨハさんは…どうすればニアさんを追い詰めずに済んだか…それをずっと考え悔やんでいた時期があった。だけど君の事で色々と心配事が起きたり任務先で現地のトラブルに巻き込まれたり…考えてもニアさんが生き返る訳ではないと、もうその後悔は意識して考えないようにしてるみたいだけどね。僕が君に伝えたい事はね…今、彼を苦しめている元凶はニアさんの件ではないという事。それでね…これからの事なんだけど…」
ガタッ
「…?!」
タヨハの部屋から聞こえて来た物音に、2人は一瞬固まり…お互いを見る。
「……」
…暗黙のうちにタヨハの覚醒ではない事を2人は察知し…
エンデは続ける…
「…色々と辛い話をしてごめんね。でもタヨハさんはさ…君と暮らす為に色々大変な思いをしてここに辿り着き…カリナに翻弄されて記憶も自我も失いかけた君をしっかり受け止め、ずっと側で見守り続けて来たんだ。今度は君がタヨハさんに寄り添って頑張る番だと思うよ。」
「…分かっているつもりよ。な、なんでもやるわ。パパを救う為なら…」
タニアはもう一度涙を拭い、顔を上げてエンデを真っ直ぐ見る。
「…タニアちゃんに覚悟がしっかり出来ているようで安心したよ。これからは今まで以上に僕達の連携が大事なポイントになって来る。もしかしたら、しばらく寝不足に悩まされるかも知れないけど…頑張れそう?」
と、エンデは改めてタニアに確認をする。
「勿論よ。私は体力だけは自信があるの。任せて。」
タニアの心強い返事にエンデはニッコリ笑い、2人は固く握手を交わした。
雨のシトシト降るある夜…
メクスムの…都市部から少し離れたある町の医療施設の呼び鈴を押す人物がいた。
「…少々お待ちください…」
対応する男性が事務的に対応し、姿を消すと…
入れ替わるように出て来た恰幅の良い老人が、やや不機嫌な表情で出迎える。
「…よくここが分かったな…またケントを頼ったか…?」
「…夜分に申し訳ないです。…あの子に合わせて頂きたい。顔だけ見たらすぐに帰りますので…」
そう言って、車椅子の男は屋内に進もうとする。
「ちょっと待て、この人は私が連れて行く。すまないが、君はここで待機していてもらえないか?」
ブレムの背後に立ち、車椅子を押していた妙齢の女性に待ったをかけたアイラは、待合室のスペースに設置されている長椅子を指差す。
「…悪いが…ここで少し待っていてくれますか…あの子の顔を見たら直ぐに帰るので…」
戸惑う女性にブレムも指示する…
「…承知しました。」
返事をする女性を通り過ぎ、アイラはイヤーフォーンで何やらボソボソと話しながらブレムの車椅子を押して、エレベーターの前で止まりボタンを押す。
程なくして扉が開き、2人は乗り込んだ。
「美しい女性だね。ここにああいう女性を伴ってやって来る君の神経に驚愕しているよ。瀕死の娘にそこまでして絶望を味あわせたいのか?」
エレベーターの密室の中で満を持したかの様にアイラが口を開く…
「取るものも取り敢えず来たので…ここまで来て、車椅子の移動の補助してくれる人物が彼女しかいなかったのです。」
「私は君のプライベートに口を出すつもりもない。ただ、まだあの子の父親という自負が少しでもあるなら、最低限の配慮はしろと言いたいだけだよ。…まあ、意識はずっと朦朧としてる状態だから、私が心配するほど今のあの子に状況を把握するエネルギーがあればの話だけどな。」
ブレムに対するアイラの態度はいつになく辛辣だった。
「…ヨルアの今の容態は…?」
「倒れた翌日は…割と会話出来ていたんだ。でも2日後くらいからじわじわ悪化して行った。今は予断を許さない状態だ。」
「…肺炎ですか?」
「…まあそうだ…かなり落ち込んでいたようだから、食事もしばらくまともに摂れていなかったようでな…貧血と栄養失調もあった。私も早くに体調面の問題に気付いてあげられなかった事が悔やまれるよ。」
エレベーターの扉が開き、アイラはブレムの車椅子を押して一旦出るも…明かりの付いていない真っ暗な個室にずんずん入って行く…
「あの…?そちらは真っ暗な部屋のようですが…?」
パチンというスイッチを押す音と共に周囲の様子が見えたが、やはりそこは誰もいない個室だった。
「君も妙なタイミングに来たもんだ。あの子は今、ミアハの治療師から治療を受けている。名実共に備わっている人気の治療師でな…昨日無理言ってやっと予約が取れたんだよ。あと30分くらいは部屋に入れないから…ここで少し君と話したいと思ってな…」
アイラはブレムと向かい合う形で無人のベッドに腰掛ける。
「……」
「ミアハの変異の娘をヌビラナまで連れて行くという…テイホ政府が私経由で依頼して来たあの子の任務は、ミアハ国の元老院の間では大体決定事項となり、任務自体は形として失敗はしていないが…あの子の動向は全てミアハ側に読まれていたようで、行く先々であの国で独特の能力を持った人物に待ち伏せされていたそうだ。カシルが見逃してくれなかったら、あの子はミアハで身柄を拘束されていたかも知れない…かなり危ない状況だったそうだ。ミアハは本当に特殊だから、私としてはこちらの動向が向こうにある程度把握されてしまうのは仕方ないと考えるが…あの子はタニアの件もあり、もうミアハへは余程の覚悟がないと踏み込めないと捉えていて…諜報活動自体の自信も失いかけている様子だった。加えて、あの子のヌビラナにおける仕事は…君は全て白紙にしてしまったようだな…?」
アイラはジロリとブレムを睨む。
「いつどうなるか分からない自分に付いてヌビラナに来ても、今はあの子を現地で見守るまでの余裕は…私は既に無くなっていますので…」
「…それでもあの子は…君の役に立ちたいんだよ。ミアハの特殊な民を相手ならあの子も苦慮するかも知れないが、あの子は大抵の問題に対処出来る特殊能力とそれなりの経験は持っているぞ。君があの子を側にいさせて上げていれば…タニアの事件は避けられたと私は思っている。あの子は…ヨルアは…君の脳波から受け取れる情報は少なくても、君の気持ちは彼女なりに推測れているはずだ。それでも、ただただ君を側で支えて行きたかっただけなのに…なぜあの子の居場所を奪うような事をする…?」
アイラの声は震えていた…
「…至らぬ事ばかりで…本当に申し訳ないです。」
「……」
分かっている…
この男はもう…
自分の命のタイムリミットが見えかけていて…今はとにかく、ヨルアに後を追われる事を恐れているのだ。
そしてそんな心の反面、出来る事ならヨルアの父として命を終わりたいのだ。
だったらなぜ…
「メクスムのある友人からの伝言でね…君にどうしても伝えてくれと頼まれている事がある。君は独特な…深い青色の瞳を持つ少年の事を知っているか?」
「千里眼の瞳を持つ少年ですね…噂には…」
「時間の流れの中で様々な情報を得る力は、ヨルアより凄いらしい…。その彼がね…ヌビラナのプロジェクトはこの先半年前後で大きな動きがあるかも知れないと言っているそうだよ。…おそらくだがそれは、プロジェクト成功の可能性を孕む大きな事らしい。だが、その頃のお前さんの容態は起き上がる事も出来ないくらいの深刻な状態になっているらしい…プロジェクトの行く末を見届けたいなら、今すぐにミアハのティリの能力者の治療を受けるべきだと…それによって2年の延命は可能だと少年は言っていたらしい…」
コンコン…
「失礼致します。こちらにアイラさんはいらっしゃいますか?」
ノックの音と共になんとも安心感のある響きの女性の声がした。
「ああ私だ。ケイレかい?」
「はい…治療が終了致しましたので、ご報告に参りました。」
「…そうか…お疲れ様。今夜は無理を聞いてくれて感謝するよ。入って来てもらっていいかな?」
「…では失礼致します。」
ドアを開け、入って来た人物は女性にしてはやや大柄で…だが声だけでなく、容姿もなんとも温かいオーラを醸し出している女性だった。
「あ、ケイレ、こちらはテイホの議員で、今、世界中が注目しているヌビラナプロジェクトの総責任者でもあるブレム君だ。」
「あ…初めまして…噂は存じ上げております。この星の将来の為に身を粉にして奮闘されていると…」
ケイレは笑顔だったが…どこか少しぎこちない笑顔にブレムは見えた。
「初めまして…そんな風に紹介されてしまうと、なんだか気恥ずかしい限りです。ケイレさんの噂は先程アイラさんから…名実共に素晴らしい治療師と伺っておりました。…娘は…ヨルアは大丈夫でしょうか?」
ブレムの質問にケイレはやや驚き、厳しい表情になった。
「…ヨルアさんのお父様でしたか…。多分…明日には高熱は引いて来ると思いますが…彼女は気力がかなり落ちているようですので…それが今後の食欲や回復力に影響して来そうで…完治まで1か月近く掛かってしまうかも知れません。これから少しの間は色々注意が必要です。咳や痰の対応に…出来れば1週間前後はどなたかが付き添って頂いた方が…」
「…そうですか…」
「ケイレ、ブレムの状態は…君にはどう見える?」
唐突に、アイラが2人の会話に際どい質問で割り込んで来る。
案の定…ケイレの表情は…かなり強張った…
「ブレムさんは…あの…」
口籠るケイレにブレムは…
「ケイレさん、今後のスケジュールを組む為にも知っておきたい。見たままを…仰って下さい。頼みます。」
これは予定外ですよと言わんばかりに…ケイレは一瞬チラッとアイラの方を見て…覚悟を決めたように口を開く…
「…では申し上げます。ブレムさんは…お仕事が出来るコンディションでいられるのは4.5ヶ月…と言ったところでしょうか…くれぐれも無理は禁物です。無理を続けてしまったら…半年を待たずあなたの命は…」
…やはりそうなのか…といった表情でブレムは肩を落とす。
「もし…君達の治療を受け続けたら…どうだ?」
アイラは続けて質問する。
「そうですね…。少なくとも、1年半前後はお仕事が続けられそうなコンディションは維持出来るかと…ただタイムリミットは…2年といったところでしょうか…」
ケイレは…努めて淡々と告げた。
「…ブレムさん…あなたはここ最近、背中の強い痛みに悩まされていますね?私達治療師は治療に関してのガイドラインが少々あり…私は今日はこれ以上の治療行為はもう出来ないのですが、もしよろしければ今回同行している私の妹弟子による治療のトライアル体験してみませんか?治療師としてはまだ自立して間もない子ですが、その力は私の尊敬する兄弟子が絶賛するくらいの優れた治療師ですので…もしブレム様にお時間があれば…是非、治療の体験を…今の痛みがかなり改善すると思います。」
ケイレはブレムに治療を積極的に勧めて来た。
「え?私…?…えっと…」
ブレムは思いがけない展開に困惑し、返事を濁していると…
「…こういう巡り合わせはきっと、ヨルアが導いた運命の分岐点かも知れないぞ…。やってもらえ。ちなみにさっきの深淵の瞳の青年の話を聞かせてくれたのはジョアナだ。アイツも君の身体の事はかなり心配している。彼女だけじゃないぞ。私もケントも…君の指揮下で働くヌビラナの部下達も…志し半ばで逝く君を見たくはないんだよ。ましてやあの子は……どうか…生き延びる為のあらゆる努力をしてくれ。」
アイラは立ち上がり、ブレムの両手を掴み…
「…頼むよ…」
と、頭を下げながら懇願する…
「…どうか…頭を上げて下さい。治療は受けますから…」
ブレムの返答に、アイラだけでなくケイレも安堵の表情を見せる…
「ただその前に、あの子の様子を見ておきたい…。それと…下で待つクレアに連絡…」
「ああ、あの人なら大丈夫だよ。きっとヨルアの顔を見たら君は帰れなくなるだろうと思って、すぐ帰ってもらうよう下でそっと職員に指示したんだ。遅い時間だから近くのホテルでも案内させようとしたら、彼女はこの町の出身らしいな。なのでそれには及ばないと言って病院を出て行ったそうだよ。」
食い気味で、アイラが自身の耳元のイヤーフォーンを指差しながら説明した。
ブレムは苦笑しながら、
「…相変わらず根回しの早い事で…。そうなんです。彼女は明日から休暇で、車椅子の方向転換が上手く出来ないでいた私を見兼ねて、どうせ帰り道だからと、ここまで送ってくれたんです。」
それを聞いてアイラは…意味深な視線をブレムに向け、
「…まあ…見た感じ、あの女性は大丈夫そうだったけど…タダほど高くつく事はないと警戒するくらいが君は丁度良いと思うぞ。前列があるしな…」
「…もう、やめてくださいよ…直接は聞けませんでしたが彼女は決まった相手はいる人のようですから…今夜はたまたま途方に暮れていた私を見兼ねて送ってくれただけです。」
「…あまりムキになって説明するな。ますます疑いたくなるぞ。」
アイラはやや意地悪な目つきでブレムを見る。
「あ、あの、私は少し部屋を出てましょうか?」
と、ケイレは微妙な話題に戸惑い、退室しようとする。
「ああ待て、それには及ばないよ。これはヨルアに代わって少しだけ意地悪してみただけだから…君に免じてもう止めにする事にしよう。」
「意地悪って…ケイレさんが何か変な誤解をするでしょう?」
「…冗談はともかく…ヨルアが君の居ないマンションで1人どんな気持ちで過ごしているか…君にはもう少し深刻に考えて欲しいと思ってな…」
アイラは一瞬、エレベーターにいたの時の様な冷ややかな視線を再びブレムに送り…
「まあ、この話はこれで終わり。ヨルアの部屋に行くとしよう。」
一転、アイラは笑顔になり、ブレムの背後に回って車椅子を押し出す…
「…今は妹弟子が付いていますが…多分、彼女は眠っていると思います。」
と言いながら、ケイレもそれに続いた…
熱い…
身体中が…燃えているよう…
背中が痛い…息苦しい…
…なんだか…色々な人の声が…
…うるさいな…
え?…
パパの声…?
目を開けたいのに…ヨルアの意識は再び深く沈んで行く…
夢…きっと夢…
なら…もっとパパの夢を見せて…よ…
夢…なら…きっとパパは…逃げない…
「…?」
ヨルアがふと目を開けると…辺りは薄明るくなっていて…
周囲を見渡すと…誰もいなかった。
…色々な人の声はしていたのに…
やはりあれは夢か…
…パパなんて来るわけないか…
そう思ったら…涙がじわっと込み上げて来た。
カチャッ
「……」
ドアが開き、誰かが部屋に入って来る気配がした。
ベッドの周囲はカーテンが引かれていて、誰が入って来たか分からず…ヨルアはその気配に意識を集中した。
と、カーテンが揺らぎ…
顔を見せたのは…
「カリナさん…おはよう…」
なんと…カイルだった。
「あんた…こんな時間に…どうやってここまで来たの?」
ヨルアは驚いて、思わず身体を起こす…
「?…え…」
思いのほか身体が楽になっていて、ヨルアは驚いた。
「カリナさん…僕はカイルだよ。まだ寝てなきゃダメだよ…」
「……」
こんな状況でもコイツは…
誰のせいで起き上がったと…
と、
カイルの下半身の横から何が顔を覗かせ…それの正体が分かった瞬間…ヨルアは唖然とする。
「え?…なんで…?」
「トインが一緒に来たそうだったから、連れて来たんだよ。」
カイルはトインを撫でながらニコッと笑う。
「来たそうだったって…あんた達はどうやってここまで…」
「…僕はカイルだってば…トインは顔を見れたからもう帰るって、じゃあね…」
「じゃあねって…ちょっと…」
ヨルアは慌ててベッドから降りようとするも…クラクラして身動きが取れなくなってしまった…
「まだ起き上がったらダメだよぅ…トインの事は心配しないでね。またね、カリナさん…」
カーテン越しに聞こえている声がどんどん遠くなって行く…
ヨルアは必死に再び起きあがろうともがきながら、
「ねぇ…ちょっと…待って…」
と声を掛ける…
「ねぇってば…」
あ…また眠くなる…何なのよ…
ヨルアは再び意識を手放した…
「……」
「……ア…」
また…声…?
「?…」
手が…なんだか温かい…
誰か…側にいる…?
また…カイルの…悪戯…?
「…よ…トイ……ちゃ…」
…そう…こは多分…病院だ…ら…犬は…連れ…ちゃダメって…言わなく…
「…ちゃ…」
手の温もりの主は…?
捕まえなきゃ…
今度こそカイルにお説教するぞと、握られている手でその手を握り返し、ヨルアはやっと目を開ける…
「ヨルア…目覚めたか…おはよう。」
「……」
心から安堵したように、その人物はヨルアの手を今度は両手で握って…笑いかけた。
「…パパ…?」
「…夕べ遅くに来た時、君の手はとても熱かったけど…大分熱が下がったようだね…良かった…」
「夕べ…?パパ…無理したらダメよ。私は大丈夫だから…」
自分の看病なんかで寿命を縮めて欲しくなくて、ヨルアは内心嬉しくても、少し焦っていた…
「…違うんだ…夕べは君の無事を確かめたくてここに来たんだけど…色々とあって…僕もここに1週間ほど入院して治療を受けることになったんだ。僕も君と同じ入院患者だよ。あ…部屋は違うけどね。お互い頑張ろうな…」
気がつくと、ブレムの背後にアイラが立っていて、ニコニコしながら2回頷いた。
…そういえば…朦朧とした意識の中で「治療師の人が来てくれたぞ」というアイラの声が記憶に残っていた…
という事は…アイラの頷きは、ブレムもその人達の治療を受ける事になったという事?…
と…
ヨルアは若い女性がブレムに治療している映像が脳裏に見え…理解した。
「そう…。うん、一緒に頑張ろうね。」
そう言って、ヨルアは堪え切れずフフッと笑った。
「…?…なんでそこで笑うんだ?」
ブレムが怪訝そうな顔で尋ねると…
「…久しぶりに…パパがヨルアって呼んだから嬉しくて…それに喋り方も…以前に戻ったみたい。いつも私が死にそうになる時は側に居てくれるんだなって…。でもきっとパパは私より先に退院すると思うから…久しぶりにパパといられるこの時間を大事になきゃって…今思ったの。」
そう言ってヨルアは嬉しそうにブレムを見た。
…もしかしたら…こんな風にブレムがヨルアに接してくれるのは…最後かも知れない…
だからこそ…
「…すまない…ヨルア…。そうだな…お互い…久しぶりにゆっくり過ごして…元気になろう。」
ブレムも…胸に込み上げて来るモノをグッと堪えて、ヨルアの手を再びギュッと握った。
「……」
ヨルアがふとブレムの背後を見ると…
アイラはいつの間にか居なくなっていた。




