26 後継者
「…という事で、皆よろしく頼むな。」
最近、ミアハの隣国となったメクスムの…かつてはユントーグという国の一部だったポウフ村の、タヨハが譲り受けた神殿と周辺の土地には、様々な事情から辛い立場に置かれていたミアハの血を引く者…特に子供達を、これから大国の様々な街を調べて避難させ、彼らの育成と自立の為のセレスの学びの棟のような施設の建設と運営維持…他には荒れ地の農地開拓や診療所の設立等に関しての様々な協力を、ミアハの人達に仰ぎたい…
という…タヨハとエンデの要望の下、長老がヨハやカシルに加え発起人のエンデを、ここ…エルオの丘の長老専用の資料室に呼んで話をしているのは分かる。
既にカシルはタヨハ&エンデの元で様々な準備作業に従事してるらしいので…エンデがここに呼ばれた理由も理解は出来る…
確かにそうなのだが、長老は肝心な事…ヨハやカシルがそもそも抱いているシンプルな疑問には、今のところ全く触れる様子がない。
「あの…」
たまりかねて、ヨハがおずおず挙手し疑問の解消を試みようと長老に話しかけると…
「おや、2人同時の質問か?…じゃあカシルから聞こう。」
「え…?」
ヨハとカシルはお互いの顔を見合わせる…
「あ、いや…ヨハ君の方が緊急の質問のように見えるので、彼からで…」
疑問の元の張本人を前にして聞きづらい質問ではあるので、カシルはまずヨハに譲り、あわよくばその質問を押し付けようとする…
「いえ、長老が指名したのはカシル君なので僕はそれに従います。」
ヨハはヨハで、カシルもおそらく自分と同じ疑問を抱いて手を挙げた事を素早く察して彼に譲ろうとすると、
「いやヨハ君、順番で言うなら君は長老の弟子なんだから、君の質問を優先すべきだよ。どうぞ…」
「いや、医師の立場なら僕は君の後輩だから、優先云々は相殺される話でしょ?今は君が長老に指されたんだよ。」
明らかに聞き辛い質問を押し付けようとしてるカシルの意図を確信し、ヨハもムキになる。
「何を言ってるんだヨハ君、僕は…」
「え〜いうるさい!私はカシルを指したんだ。質問があるなら早くしろ。」
2人のやり取りを見守っていた長老が半ば呆れながら声を荒らげる。
だが長老もどこかでこの状況を面白がっている気配を、カシルもヨハもなんとなく感じてはいた…
「…はい…あの…ですね。」
意を決してカシルは現状の大きな疑問を口にした。
「…ああ彼はね…厳密に言うとミアハの民ではないけれど、私達と元は同族なんだよ。私達の祖先がこの星に降り立つ以前に既にこの星の民と共に暮らしていた種族らしい…その中でも彼は…」
長老の話によると、彼等の民の事はこの資料室の奥の長老のみに受け継がれる書物の中に記されているそうで…
「…だから…ミアハの血を受け継ぐ民以外は見えない力で弾き出されてしまうエルオの洞窟をなんら問題なく入れてしまった訳か…」
カシルとヨハのモヤモヤはここでほぼ解消された。
かつて彼らは、イークナの民と呼ばれ淡い金髪でやや濃いめの青い瞳と独特の声を持ち、その声で歌う事でこの星の民の心を癒したのだそう…
ただ今は…
長老は理由を語らなかったが、今のアリオルムにはもう…おそらくエンデ以外のイークナの民は存在していないそうで…
イークナの民の中には稀に宇宙のように深い藍色の瞳を持つ子が生まれ、その瞳が星の危機を知らせ、生きとし生けるものの思考や時間の流れを見抜く力を持って、民の窮地を見通し警告するのだそう…
「…僕の生まれ育った場所はあまり豊かではない農村で、都市部の反乱分子の暴動の巻き添えを喰らい、ある夜に村の広範囲に付け火をされてしまいました。その際に生まれた時から目の見えなかった僕は…迫り来る炎の熱さと煙の息苦しさの中で急に色々なモノが見え始めて…無我夢中で逃げたんです。」
その後のテウルとの出会いや別れ…そしてセジカや連れ去られ捨てられたミアハの子供達を引き取り共に生活し、そしてメクスムの政治家に連れて行かれたりタヨハに出会い彼等親子と暮らすようになったまでの経緯をざっと説明し、タヨハに出会った事でポウフ村でのある計画を思い付き、ミアハにその計画の協力を仰ぐ為に長老に会いに来た旨の部分は意識してエンデは丁寧に皆に説明をした。
「僕は命の恩人のじいちゃんと暮らしていた頃から…地面が徐々に枯れ、世の中が乱れて行く未来の様を目の奥に現れる映像で時々見てました。ある時はアバウの女神らしき存在に戦争?っぽい映像を見せられる感じで…その際に『急ぎなさい』みたいな声も聞こえたんです。怖くて嫌な映像だった事は今でも覚えています。けど…タヨハさんに出会う前後から…そこから先の未来に地が蘇る様子が見え出したのです。…このミアハの民に解決の糸口があるのだと…僕は理解しました。」
「少し見方を変えれば、同族に出会って本来の使命に目覚めたのかも知れないしな…」
髭を弄り始めた長老は、ニコニコしながらエンデに話しかける。
「…そう…なのでしょうか…?」
長老の言葉に、エンデは珍しく少年のようにはにかんで反応する。
2人のそんなほんわかしたやり取りの直後でも、空気を読まずヨハがエンデに質問をする。
「…あの、少し話を戻したいのですが、イークナの民は現在はエンデさんのみと伺いましたが…亡くなったご両親の兄弟とかおられる可能性もあるのではないですか?」
「お前…本当に空気読まないな…」
デリカシーの問題をカシルに指摘されるという…ちょっと珍しい現象が起きていた。
「あ…まあカシルに空気読まないとか指摘されるのはかなり心外な事ですが、確かに不用意な質問でした。すみません…」
ポーカーフェイスでさりげなくカシルに反撃しているヨハに失笑しながらエンデは答える。
「…目の奥に色々と見えるようになってから分かって来た事は、父の方がその血筋を細々継いでいた家系のようでしたが、現在生存している他の一族の姿は今のこの地上には見当たりませんでした。父は若い頃に歌を唄って見返りを貰うような旅芸人の様な生活をしていてポウフ村で母に出会い、母が僕を身籠った事で定住を決め、母の所有していた農地を耕し細々暮らしていたみたいですが、慣れない作業の上…苦しい家計の為にまた都市部に赴いて歌で稼ごうとし先で…過労からくる病に罹り、帰郷も叶わず急死してしまったようです。その後の母は僕を育てながら作物を作ってなんとか食い繋いでいましたが、例の火事が起こり…逃げ遅れた母は命を落としました。それは幼心にもとてもショッキングで悲しい体験で、最初は助けてくれたじいちゃんも僕の親戚を探してくれていたみたいでしたが、両親が出会う少し前に村で流行った疫病で母の親戚は殆ど亡くなり、生き残った数名も程なくして村を離れて行ったと聞きました。父の方の親族に至っては全く消息が分からなかったそうです。僕が今まで目の奥に見た様々な映像から考察すると…おそらくですが、かつてイークナの民の国は何か外交上の行き違いで大国から攻撃を受けた事で当時の長はこの星を離れる決断をし…その際に僕の先祖はこの星の行く末を見届ける使命を負って残った唯一の生き残りのようです。時間の経過と共に、エルオの女神のようなイークナの守護神の存在の加護も失い、血も力も薄まり…過酷な環境の中で細々と系譜を繋いだ末裔は僕ただ1人で…アリオルムにおいては、イークナの民の最後の1人です。」
「最後じゃない…皆で危機を乗り越えて行けば、君が系譜を繋げるし再び広げて行ける。君が事態を的確に予想し対処してくれるからとても助かっていると…タヨハから度々報告を受けているんだ。彼が人質に取られた際も君が早く対応してくれたから彼は助かったようなモノで…私は君に感謝してもし切れない。タヨハと君の巡り合わせにしても、今こうしてここで才能豊かなミアハの若者と世界のこれからを話し合う事も、私は女神の大いなる采配と思っている。これからも…どうかよろしく頼むね。」
長老はエンディに優しく語りかけた。
そして長老は直後、柱の掛け時計に目をやり急にソワソワし出した…
「…予定だとそろそろだと思うんだが…」
「何がそろそろなんですか?」
ヨハは長老が何を待っているのか見当も付かず尋ねる。
と、
「長老…よろしいですか?」
小さなノックの音と共に、ハンサの声がドアの向こうから聞こえて来た。
「ああ待っていたよ。」
長老の返答から少ししてドアが開き、ハンサと…
もう1人は緑の瞳と髪のレノの少年が…慣れない場所に躊躇しながらゆっくり入って来た。
「……?」
…この子、誰かに……
あ…
どことなく見覚えのある少年の顔を、引き込まれるようにヨハは凝視してしまっていたが…それが誰だか分かったと同時に長老が口を開く…
「こんにちはトウ…よく来たね。」
見慣れない人や初めて踏み込んだ未知の場所に戸惑いながら、恐る恐るハンサの後ろから顔を出したトウは、
「は、始めまして…こ、こんにちは…」
と、恥ずかしそうに挨拶をした。
「…そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。こちらへおいで。」
長老が手招きするも…トウは固まったまま動けなくなっていた。
「……」
「トウ…皆んな優しい人達だからすぐ慣れるよ。ほら、長老が隣においでと仰っている…行きなさい…」
固まって動こうとしないトウの両肩に手を置いて、ハンサはやんわりと前へ押し出す。
「は、はい…」
ぎこちない足取りでなんとか自分の横まで来たトウに、長老は隣の席に着くようジェスチャーしながら、
「君達も多少噂は耳にしていると思うが、彼はミアハの大きな節目の前に現れるとされる[妖精に選ばれし者]だよ。彼を守る妖精は気まぐれだがその力は素晴らしいモノで…この子もシャイだが責任感は強く、とても読書好きで年齢の割に博識だ。彼は今、レノで進められているあるプロジェクトのキーパーソンと言っても過言ではない存在でね…今後もこのような会合に参加する事も増えて行くと思うので、宜しく頼む。」
と紹介し、長老は彼の頭部に手を置いて頭を下げさせながら、自らも軽く頭を下げた。
「…そうか…セジカと仲良くしてくれてありがとう。君には毎日色々と教えて貰っていて楽しいと、彼からの手紙に書いてあったし…君のお陰でセジカはすぐ学校に馴染めた様子が見えていたよ。本当にありがとう…」
エンデが少し感激した様子でトウに話しかけ、彼に握手を求めた。
「い、いえ僕こそセジカには色々知らない事を教えて貰ってます。メクスムの街の様子や星の事…あ、あと籠の編み方とか…彼は色々知ってるしとても優しいから…友達になれて本当に良かったです。」
エンデと握手しながら夢中になってセジカの事を話すトウに、ここでやっと笑顔が見られた。
「…なるほどね…誰かに似てると思ったら…あの変異の子のお兄ちゃんか…」
「ヒカちゃんですよ。ちゃんと名前で呼んであげて。」
いつの間にか退室していたハンサが、鉢に収まった小さな紫色の実を沢山つけた小ぶりな木を重そうに抱えて入って来て、カシルを嗜めた。
「…これ…ブルーベリーですか?」
ハンサを手伝い、2人でなんとかテーブルの上に置いた鉢を眺めながらヨハが呟く…
「そう…彼を気に入っている妖精はブルーベリーの木の精霊らしいんだ。エルオの丘にこのメンツが集まったなら…何かが起きるかも知れないって期待してね…頑張って持って来たんだよ。会合の後のおやつにもいいでしょ?」
ハンサにしては珍しい…茶目っ気ある笑顔にヨハも嬉しそうに反応し、
「いいですね。ヒカもブルーベリーは好きだから、後で少し持って行ってもいいですか?」
とハンサに尋ねると、
「いいよ。これはレノの長のサラグさんからセレスの皆さんにと沢山頂いたモノの1つだから、なんならこれはこの後研究所の受け付けの所に置いておこう。入り口から受け付けの辺りは最近のあの子のお掃除担当場所だからね。」
「そんな事したら…このブルーベリーの実はみんなヒカのお腹の中に入ってしまいますよ。」
ヨハが困ったような笑顔で返すと、
「ハハ…そうだね。食べ過ぎてお腹を壊さない程度にねとは注意しておくよ。病院と研究所の前の花壇にもブルーベリーのコーナーを作る予定だから、受診する子供達のお楽しみにもして上げたいし…」
「あ、いいですね。子供達は皆んな病院は怖がるから…ブルーベリーが診察や治療を頑張ったご褒美になればいいですね。」
「…へぇ…あの子…そこまで元気になったんだな…」
ここで、和やかなハンサとヨハの会話に、カシルが悪巧みするような表情で割り込んで来る…
「俺もこの後ヒカちゃんのお見舞いに行ってみるか…」
「あ、大丈夫だ。ヒカはもう病室にはいないし…カシルのその気持ちだけで十分だよ。」
カシルの呟きにヨハは喰い気味で反応する。
「ほぅ…なら偶然に出会って話しかけるなら別にいいわけだよな?」
「…何が偶然だよ。カシルがやろうとしてるのは待ち伏せだろう?ヒカに余計なチョッカイを出すのは本当に止めてくれ。」
先日の長老の小芝居的な挑発の場面が甦り、ヨハはだんだんと感情的になって行く…
「チョッカイって…俺はただヒカちゃんとお話しがしたいだけだよ。ヨハ君…一体、君はヒカちゃんの何なんだ?」
そんなヨハを完全に面白がっているカシル…
「…僕はヒカのル・ダだ。本能に忠実な困った害虫から守る虫除けの役割もあるからね。」
「が、害虫って…お前…仮にもル・ダなら、お世話になった医師の先輩に対して言葉を選べよな…」
「…お節介も多かったですけど、それは感謝しています。」
「おせ……」
「2人共その辺で……って、え…?」
また始まった…と苦笑しながら2人のやり取りを止めようとしたハンサだが…
「トウ君…どうしたの…?」
「……」
ハンサの言葉で皆の視線がトウに集中すると…トウは俯き…無言で目を押さえていた。
「戯れ合いも程々にしろ。お前達がヒカの事で下らないやり取りをしてるから…トウ、大丈夫か?」
一気にシーンとなった資料室内で、長老はトウの背中を軽く触れながらヨハとカシルを一瞥した。
「ごめん…トウ君…そんなつもりじゃ…」
すかさずヨハが立ち上がってトウの側へ行こうとすると、
「ち、違うんです。すみません…僕のせいで皆さんの和やかな空気を壊してしまって…」
トウが慌てて顔を上げ、涙を拭いながらヨハに向かってストップのポーズをする。
「僕、嬉しくて…嬉し過ぎて…」
と、また溢れ出て来る涙を拭うトウ…
「ヒカはこんなにも…皆さんの中に受け入れられ愛されているんだなって思ったら…胸がジーンとしてしまって…」
「いや、俺はまだ…可愛がりたくても…邪魔する奴がいるんでね…」
「カシル…君は少し黙っていろ。」
また変な舌戦に変わって行きそうな流れを、長老がカシルに釘を刺す事で押し留めた。
でもトウはそんな2人のやり取りを嬉しそうに眺め…
「…ヨハさんを始め…ここでヒカの話をしている時の表情は皆さん明るい…つまり、ヒカに関しての危機は本当に去ったという事ですよね。ヒカの事で緊急の連絡を受けていた時の母の表情が僕は忘れられないので…本当に嬉しいんです。」
トウはまた涙を拭い…
「昔…ヒカがセレスに行って間もない頃…面会に行く度に母は決まってブルーベリーのお菓子を作っていた記憶が微かにあって…後で聞いたら、ヒカは熱を出していてもブルーベリーのお菓子だけは美味しそうに食べてくれたと言ってました。今もこうしてブルーベリーがヒカとウチの家族を繋げてくれているような気がして来て…」
トウは泣き笑いの顔になる。
「…両親は先日の治療から帰宅した際…[ヒカはもうセレスの子になっちゃった…]って、かなりどんよりしていました。でも最近また母はブルーベリーのお菓子作りを頑張っていて、[ブルーベリーのお菓子差し入れ作戦でヒカと仲良しになってやる]って奮闘しています。でもこれも…ヒカが元気になったから頑張れる事です。変異の子が倒れて一時的でも元気になったケースはおそらく初めてだろうって、レノの長からは聞いています。ヒカがこのままずっと元気でいられるよう…これから来ると言われている大変な時代を変えるべく、僕も出来る事はなんでも一生懸命頑張りますので、どうかよろしくお願い致します。」
トウはまた涙を拭いて、頭を深く下げた。
席を立ったまま…トウの話をなんとも神妙な表情で聞いていたヨハは…
「…トウ君、多分だけどヒカは…先日治療に駆けつけて下さったリュシさんとエイメさんの事を自分の両親だと気付いているように思う。ただ今は…あの子なりにセレスにいる自分の意味を、家族との関わりをどうするかという事以上に真剣に考えている様子に見えるんだ。これも多分だけど、自分の身体がいつどうなるか分からない不安があるからこそ、自分の能力をミアハの為に使うべきと思い詰めているようにも見える。…今はとりあえず危機が去ったから言える事なんだけど、僕はあの子をご両親にも立派と思われる能力者に…なるべく早くしてあげたいと思っています。その時はきっと…あの子から君達に何かアクションがあるんじゃないかと思う。それまではエイメさん達をヤキモキさせてしまうかも知れないけれど、ブルーベリーのお菓子を通しての交流はきっとヒカを元気付けると思うから…僕は一歩引いた形で、君達とヒカの交流を応援しているね。」
と言いながらトウに近付き…ヨハは彼に笑顔で握手を求めた。
「ヨハさん!」
トウは涙を拭おうともせずヨハに抱きついた。
「母は…ヨハさんの事を、ヒカの母も父も兄弟の役も全部一人でこなしているみたいな人だったと…。あと、ヒカはセレスの人達に親として落ち込むほど大事にされていたと…悲しそうに言ってました。そんな母には少し申し訳ないけど、僕は感謝しかありません。いつか、ヒカにお兄ちゃんと呼ばれる日を…僕も焦らず待ってます。どうか、どうかヒカをよろしくお願いします。」
ヨハもトウをしっかり抱きしめながら、
「エイメさんからそう見えたのだとしたら、僕がそう出来るように支えてくれた人達が周りに沢山いたからだよ。お互い…これから先は全て上手く行くと信じて頑張ろう。それにしても…君は14歳とは思えないくらい冷静に家族の事や自分の立場を捉えながら…愛を持って彼等を見ているんだね…」
ヨハは抱擁を解き、トウの大人びた考えに感心しながら元の席に戻ろうとすると、
「本当に…ヨハとトウは同い年くらいに見えるな…」
カシルがまた一言余計な感想を呟く…
「……」
と、ヨハの動きがカシルの背後でピタッと止まり…
「何か仰いましたか?カシル先輩…」
と尋ねながら、ヨハがカシルの首に技をかけるようなスタイルで腕を回す。
「また2人共………カシル君…?」
「…なによりだよ。元気になってこそ…悩んだり…喜ぶ事もできる未来だ…」
…ハンサが2人の懲りないやり取りがまた始まるのかと見ると、カシルは…思いがけず、切なそうに涙を浮かべていた…
「…未来があるんだ。その未来が続く限り…頑張ろうぜ…」
「……」
背後から腕を回しているヨハを見上げて弱々しく笑うカシルの目は…見た事もない程に悲しそうに見えて…そのままヨハは固まってしまった。
「……カシル先輩、そんな僕にすぐ絡んで来るあなたもそう大差ない精神年齢じゃないですか?…そんな僕がよくセレスの目上の人達に言われている事を今日、カシル先輩に言うよ。[決して1人で抱え込むな]…だよ。前にヒカが肺炎で入院した時に僕は、君に似たような事を言われた記憶がある。どうにもならない不安や悲しみも、人に話すだけで紛れる事もあるから…どうか1人で抱え込まないで。」
ヨハはそこまでカシルに伝えると、ゆっくり腕を離して席に着いた。
「…んとに…生意気だな…らしくない事…言いやがって…」
カシルは…溢れそうになる涙を見られたくなくて、下を向く…
「…らしくないかな?…そうかも知れないけど…でも僕は言いたかったから伝えた。だって君はどう思っているか知らないけど…僕はカシルの事を、ティリでの生活で出来た大事な友達と思ってるから。」
「………ちょっ……と…顔を洗って来ます。」
カシルは急に立ち上がり、顔を隠すように部屋を出て言った…
「…え?…えっ…?」
残された人達の中で、1人だけ状況が全く理解出来ないトウは、訳が分からないまま皆んなの顔をそれぞれ確認しながら…
「…ぼ、僕…なんかマズイ事を言って…」
と言いかけるが…
「いや、君が気にする事ではないんだ。昨日…ちょっとね…」
ハンサが慌ててトウにごく一部分を説明する。
と、ここまで無言で他の人達のやり取りを見守っていたエンデが、
「…カシル君は約5分後には何事も無かったように戻って来ますよ。皆さんも何事も無かったように受け入れて頂ければ、全く問題無しです。…トウ君はだいぶ後でこの日の事を思い出す話を小耳に挟むと思いますから…申し訳ないけど、今はこのままやり過ごして下さいね。」
とスラスラ話し出しすと、徐に部屋をゆっくり見渡し…その視線は長老の所で止まる。
「長老…今ここでの我々のやり取りを、エルオの女神がしっかり見守っておられます。」
唐突なエンデの言葉に皆も思わず室内をキョロキョロ見てしまう…
「…そうか…光栄な事だ。だが皆…平常心でな。女神は常にミアハの民全てを見守っておられるのだ。…そういえばカシルはこの後レノに行く用事があるんだったな。今日は皆んなの顔合わせだけで終わりそうだなぁ…」
長老はエンデの言葉に少し嬉しそうだったが…直後に柱の時計を確認し少しガッカリした表情になってしまう…
「…いや……そうでもないかも知れませんよ…」
エンデがブルーベリーの木を見つめながら呟いたと同時に、資料室のドアが開いた。
と…
入って来たカシルを待っていたかのように、沢山のブルーベリーの実の1つが輝き出した。
「カシルさん、その輝く実を摘んで!」
「え?…あ、ああ…」
エンデの叫ぶような声にカシルは咄嗟に反応し、その実を手に取った。
エンデはカシルがそれを確認すると、
「それはカシルさんのモノのようです。その実を食べて下さい。」
と再び大きめの声でカシルに指図する。
「え?…俺が食べていいの?…じゃあ遠慮なく…」
カシルはエンデに言われるがまま、その実をポイっと口に入れてしまった。
「…なんだこれ…ジャムみたいに異様に甘い…」
あんまり噛まずにその実を飲み込んだカシルは、少し驚きながら呟いた。
「エンデ…あの実は一体…?」
長老は好奇心に満ちた目でエンディに尋ねる。
「…秘密みたいです。…でもカシルさんにプレゼントですって、女神が…」
と、今度はトウが…
「あ、木全体が光って来た。アレはリンナが姿を現す前触れです。」
トウが興奮気味に説明した直後、光がブルーベリーの木全体を覆うと、その中から小さなシルバーグリーンの長い髪の妖精が現れ…トウの頭上をぐるぐると何度か飛び回った後、彼の頭頂部辺りに降り立ち、そのまま座って寛ぎ始めた…
「……」
あまりにファンタジックな光景に皆言葉を失う…
「…リンナって…あの妖精の事かい?」
かろうじて長老がトウに尋ねる…
「そうです。最初は普通の蝶々の姿だったけれど、もう一度サナギになって羽化したら…あの姿になりました。そして…時々お喋りをするようになって、名前を教えてもらったんです。」
長老に一生懸命に説明するトウの姿を頭の上から眺めながら、妖精のリンナはニコニコしながらうんうんと頷いていた。
すると、リンナは再びフワッと飛び上がり…今度はトウの耳元に来て何やら話し始める…
皆、妖精の声が聞きたくて耳を澄ますが…不思議な事に周囲には全く声は聞こえて来ない…どうやらトウだけに聞こえるモノらしかった。
「…分かった…伝えるね。」
そうトウが答えると、リンナは再びトウの頭に座り込む…
「…あの木は特別で1年中実をつけるんだけど、その実はなるべくヒカに…その…月経の周期が近付いて来たら2.3粒食べさせてって…。皆んなが食べてもいいけど、必ず少しだけ残すようにしてって言ってます。」
「…つまり、ヒカちゃん用の木と思っていれば間違いない訳だね…」
確認するハンサにリンナはトウの頭の上からうんうんと頷く…
「…何か…妖精の身体が透けて来てないか…?」
いつの間にかトウの隣の席に戻っていたカシルが、ジッとトウの頭の上を凝視している…
「え?…あ、またやっちゃった…」
カシルの言葉にハッとし、しまったという感じで悔しそうな表情を浮かべるトウ…
「…うん、確かに透けて見える…」
トウの斜め向かいにいたヨハからもそれははっきりと分かる透け具合になって来ていた。
「長老、皆さん、今日はせっかくお招き頂いたのに…僕はもう退場しなければならないようです…」
トウはとても残念そうに部屋にいた皆を見渡した…
「…おい、トウ…お前も透けて来てるぞ…」
カシルが唖然と…トウの姿を上から下まで往復して見つめながら呟く…
「リンナが消える時に僕の身体のどこかが接触していると…こうなってしまうんです。僕の行き先は多分…このブルーベリーの親の木の側…つまり僕の家の庭…だから、僕がこのまま消えても心配しな…」
「トウっ!」
トウが消えてほぼ同時に叫ぶカシルとヨハ…
「…お前達は叫ぶタイミングも一緒で仲良いな…」
と、長老が感心しながら言うと、
「長老、そういう気持ち悪い言い方はやめて下さい。」
と不機嫌そうにヨハが反応する。
「照れなくてもいいだろう?君はさっき俺を親友と言ってくれたじゃないか…」
ヨハを揶揄うように長老の指摘に便乗するカシルは…もういつものカシルだった…
「親友なんて言ってない。友達って言ったんだけど…今凄く後悔してる。もう友達じゃないかも。」
明らかに悪ノリしてるカシルに憮然となるヨハ…
「…悪かった。…まぁ………さっきはありがとな…」
珍しく、急に真顔で自分に謝って来るカシルにヨハは面食らっていた。
「…なんか…そういうのはズルいよ…」
照れ隠しのように視線を逸らすヨハと…
「…俺はズルいんだよ。友達ならよく覚えとけ。」
そんなヨハをどうイジろうか、またニヤニヤしているカシル…
長老はそんな2人のやり取りを…またいつものように自慢の髭を撫でながら、なんとも微笑ましそうに見て…
「ああ本当に見ていて飽きないな…。ここに…ミアハの重苦しい未来に立ち向かおうとする若者達が女神に吹き寄せられ出会い、これからしっかり絆を紡いで行けたなら…こんな素晴らしい事はない。私は女神の大いなる加護が君達にあらん事をまず願わずにはいられない…」
誰に向けて発するでもなく…彼は呟いた。
そんなご機嫌な長老の側に、美しさの中に微かな悲しみの影を宿した藍色の瞳を持つ青年が…いつの間にかやって来て、ボソッと耳打ちをして離れて行く…
そのタイミングで長老の表情はやや硬くなる。
「…確かに…カシルはそろそろじゃないのか?」
と、午後からの予定を思い出させるように声をかけた。
すると、カシルは少し名残惜しそうに…
「あ…もうか……ブルーベリー…もう少し食べたかったな…」
と、ブルーベリーの木をチラチラ見る。
「子供かお前は。…さっさと摘んで持って行け。」
長老は苦笑しながらカシルに向かって退室を促すよう手でさっと払うような仕草をしながら、ブルーベリーを摘む許可を出す。
「え〜っ、カシルはさっき光ってるの食べたじゃないか。」
「あ〜うるさい。君は仮にもル・ダなんだから…ヒカのお手本を心掛けてくれよ。」
「…ヒカの分がちゃんと残るか…心配しているんです。」
長老の注意に不満気な顔をしながら、ブルーベリーを摘むカシルをあからさまにジロジロ見て、ヨハは言葉を返す。
「カシル君、さっきの妖精がヒカちゃんの為の木だって言ってたんだから、くれぐれも取り過ぎないで下さいね。」
「ハンサさんまで…心外だなぁ…。子供じゃないんだから…あ、そういえばエンデ君、あの光ってた実は何だったわけ?俺に食べてって言ったのはなんで?」
カシルは皆の視線を自分から逸らしたくてエンデに話題を振った。
「…その実はカシルさんの未来をより良くする効果があるらしいです。…女神は詳しい理由を教えてくれませんでした。リンナもあの実の事は何も言ってないように感じたし…」
「ふ〜ん…より良い未来ね…ま、いいや。じゃ…この実を移動中のおやつにして行って来ます。」
左手にブルーベリーの小さな小山を作り終えると、カシルは右手で敬礼のような形を作り…ようやく出て行った。
「…さて…ハンサ、済まないが彼を手伝ってやってくれないか?例の機器の搬出は1人では大変だと思うし…彼がまた迷う事なく、なるべく速やかにご両親の元にリラを運ばせてあげたいからね…」
長老は複雑な表情でカシルを見送りながら、ハンサに指示を出した。
「…かしこまりました。」
ハンサは膝を折り、簡易的にいつものポーズをして出て行った。
「…長老…僕もトウ君と同じく、ほとんど何も把握していないのですが?」
ヨハは満を持して、長老に説明を請う。
「…カシルには婚約者がいたんだよ。…後は直接本人に聞きなさい。少し落ち着いて来れば、彼も君に聞いて欲しくなる時が来るだろう…」
長老はゆっくり立ち上がり、ヨハの方を見ず窓の方を見上げながら質問に答える。
「ええきっと。彼はヨハさんに意地悪な事をしても、何だかんだで詰まる所、あなたにかなり心を許していますからね…」
この話はもう終わりと言いたげに、エンデもヨハに笑いかける…
「ヨハ…君もそろそろじゃないか?…今日の会合はこれでお開きとしよう。」
「…なんだか……そうですね。瞑想の間にヒカはもう来ているかも知れない…では失礼します。」
…何についてか分からないけれど、多分、彼等はこれから何か深刻な話をしようとしている…
なんとなくそう感じたヨハは、モヤモヤしたモノは残るものの…余計な事は追求せず退室した。
そして、資料室に残されたのは長老とエンデの2人…
「……」
エンデに尋ねたい事は沢山あるはずなのに、長老は立ったまま…無言で窓の方を見ていた。
エンデもなんとなく彼に合わせて席を立つ…
エンデとしては、あまり興味もない情報がとめどなく入って来てしまう人も困るのだが、セレスの…特にこの長老は、情報を読もうと踏み込むと、青い霧のようなベールが覆い被さって来るような感覚が強くあり、思考も過去も未来も殆ど見えなくて…対峙していると居た堪れないような感覚になって…どうも苦手だ。
「…エンデ…」
重苦しい沈黙を破り、長老は彼の名を呼ぶ。
「はい…」
エンデが返事をしても、彼は窓に視線を向けたまま…
「彼を…今のカシルを君はどう思うね…?」
今、伝えたい情報は山ほどあるが…長老はどの部分の情報を求めているのか…?
「…夕べ…彼が瞑想の間を出た後からという意味でよろしいですか?」
「…ああ、それでも構わないよ。」
「……う〜ん……やっとリラさんの死を受け入れ、彼女のいない未来を生きる決意を持とうとされていて…安心出来る状態になりつつはあるのですが…」
エンディは少し躊躇してしまう…
「…君が今、見えているモノをそのまま伝えて欲しい…頼む。」
長老は振り返り、やっと直接エンデを見る。
「…分かりました。これから彼には人生のパートナーとなり得る女性との良い出逢いはあります。ただ…彼の中でのリラさんの存在はあまりに大きくて…相手の方とトラブると思い出の中のリラさんに逃げてしまい…縁はまとまらないまま生涯独身で過ごす可能性が…でもそれも結果的に彼の望む人生なら周りがとやかく言う事ではないかも知れない。…ですが問題は…本気になれる女性と破局したら彼は…自らを危険な状況に追いやる傾向が強まって…かなり短命な人生となる確率が高いです。」
「……」
長老は殆ど顔色を変えなかった。
「…だから君はあの実を?」
「彼がドアを開ける直前、急に女神が[光る実を彼に]と僕に言い、僕はそのまま彼に勧めました。直後、[理由は告げないで]とも言われました。」
「…やはり、あの実の持つ効力を君は把握していたんだね。」
「…厳密に言うと少し違いますが…あの実は女神がリンナに頼んだモノという事はなんとなく分かりましたが、実の力に関しては食べた後の彼の未来に変化が見え始めたので…僕なりに理解したという感じです。ちなみに、それから後のブルーベリーの木全体の変化は、トウ君の願いが反映されているようです。女神の願いを叶えたリンナに、今度は女神がお礼として力を与え、リンナの意思でトウの願いが叶えられたという感じです。」
「…なるほどね。で、その後のカシルの未来はどう変わって行くんだい?」
「…リラさんに関する思い出の変化という感じですかね。リラさんの記憶は彼の中にしっかりあって無くなったりはしないのですが…重さを持つというか…時間の経過と共に意識の海の深い部分に沈んで行き、浮上し難くなって行くようで…それによってカシルさんは未来に集中する時間が長くなって行き、これから出会う彼女とも絆が作られて…家族になって…楽しそうにしている場面が増えて行って…という未来の可能性が強くなっています。…多分…そうあって欲しいと貴方様が願う、彼らしい未来へと…」
「そうか…」
ここでやっと、長老はホッとしたように表情を緩めた。
「彼は若干ヤンチャで奔放だが、魅力的で憎めないキャラという感じで…沢山の人に好かれている。そんな広い人脈を築けて責任感もある彼に私が与えた仕事は…やりようによっては命も投げ出せるモノだ。割り切った異性関係を持ちやすい反面、本気になった女性にはとことん一途になる彼の危うさを見てしまってからは…この仕事は彼に任せるべきではなかったような気もして…私の中で強い葛藤があったんだ。確定となった未来ではないだろうが、まぁひとまず良かった。彼に関しては、久方ぶりに安心したよ。」
「…彼に対する女神の期待度もそれだけ大きいのでしょう。あの実はカシルさんに対しての行き掛けの駄賃的な意味もあるように感じます。彼は子供好きですから…結婚したらきっと良いお父さんにもなりそうです。」
「…そうか、だが……」
長老は元の席に戻り、再び笑顔が消えて厳しい表情になった。
「君の、今一番伝えたい事は…カシルの件では無さそうに思うが…?」
君も座ってというように、長老はエンデを見つめながら彼の元いた席に手を差し向けて…話題の本丸に入ろうとしていた。
「……」
エンデは…一度大きく深呼吸した。
「あの…僕はまだヒカちゃんの姿を実際には1度もお目に掛かった事がなく…貴方とヨハ君とヒカちゃんはいつも青いベールのようなモノがあって良く見えないのです。最終確認の意味で、瞑想の間の2人を少し見て来てよろしいですか?勿論、声を発したりして彼等の邪魔はしません。」
「…ああどうぞ。ただ君も気付いたと思うが、この部屋に繋がる階段は若干足音が響くからなるべく静かにな。君の容姿はこの中ではかなり目立つし…とにかくそっとな…」
「分かりました。…ではちょっと失礼します。」
…出て行ったエンデの足音は驚くほどに静かで…
程なくして彼は戻り、元の席に座った。
「噂通りの可愛らしい独特の雰囲気の子ですね。ヨハ君はあの子が可愛くて仕方がない雰囲気は遠目からでも伝わって来ました。彼はどの程度把握しているか…学びの棟の中にも数人…彼女の隠れナイトはいたようで…容姿に関しての周囲の子供達の多少の意地悪も、過去に彼等のさりげないガードで事なきを得て来た場面は割とあったみたいです。まぁ…あの子も良い意味で割り切っていて、あんまり気にしない感じが良かったのかも知れません。…ヒカちゃんは結構芯の強い子です。」
長老は彼の話を聞きながらフッと笑顔になった…
「そうなんだよ…」
「で…確認をしに行った君の本当の目的は?」
長老は直後、少し厳しい視線に変わり、エンデに尋ねる。
「…残念ですが、あの子は既にカリナにマーキングをされています。視線を合わせられ身体の接触もしっかりされているようです。例の作戦をカリナの傀儡の能力で有利に進める為でしょうね。いくら命を狙われているとはいえ、あの子自ら向こうの懐に赴けば…こちらから打つ手はかなり限られて来ますから…」
「それは…彼の…ブレム君の指示なのか?」
眉間に皺を寄せ、テーブルの上で組んだ手に力込め…長老は尋ねる。
「いえ…テイホ政府が手を回していて…ブレム氏と交流のある財団の創始者が政府と彼の間に入っています。ブレム氏も与党議員の立場上、強くは反論出来ず、不本意ながらOKを出したのでしょう。基本、カリナはブレム氏の指示以外の仕事はかなり腰が重いですから。ただ…」
「ただ?」
「…いえ…今日僕が長老に敢えてお話ししたかった件は、今後の様々な準備の件です。悔しい事に肝心な部分はまだ僕は見る事が許されていないようなのですが…ミアハの女神とヌビラナの星の意識…言い換えればヌビラナの女神との間には、大昔にある約束が交わされていたようなのですが、それが果たされないまま…当時繁栄していた知的生命の文明は滅びました。女神達はその潰えた約束をやり直したいらしく…その為にヒカちゃんとヨハ君がヌビラナに行かねばなりません。他のミアハの民ではダメなんです。彼等2人でなければ…」
「…代々長老のみに伝わる古文書にも、あの2人の事と思わせる章がチラホラあるが…その件は…私が現時点で確認出来る書物にはあまり…」
「…その内容を僕が見ることは…?」
長老は一瞬躊躇はしたが…
「無理だろうな。まず前例がない。君には何かメッセージが来ているのかい?」
「いえ…ただ昨夜、就寝直前に女神から、この場で長老に直接お伝えするよう言われたメッセージがありまして…」
「……」
エンディがずっと何かを躊躇している事に、長老が少しイラついている様子が強くなって来ているのを感じ、彼はついに決意する。
「…では…お伝えします。1つは…貴方様への軽い注意みたいな事でしょうか…新たな文言が所々追加されている書物を開いていない…と、こちらで最近特別な儀式のようなモノが執り行われましたか?」
「あ、ああそうだね。詳細は言えんが…あったよ。」
極秘の儀式ゆえに、長老は言葉を慎重に選んで答える…
「それはセレスだけでなく、ミアハの皆さんにとっても影響の大きい儀式だったので、長老はそれが上手くいった事で大きく安堵し、それ以降その特別な書物室のような場所へは入られていないと…その儀式によって女神達の約定は成就に向かって大きく動く出した…ゆえに、貴方様に新たに下された言葉があるのだそうです。」
「そうか…この後にすぐ確認してみよう…」
…今まではそういう場合、長老の周辺で様々な兆し的な出来事が起きたりしていたが…今後はこのように女神はエンデを使う事も増えて来るかも知れないという事か…
そんな事が頭の中をふと過った長老に、エンデは更に、
「おそらく、その書物には既に記述されていそうですが…女神は様々な準備を少し急いで欲しいそうで…その準備の1つが…その…長老と長の後継者のようです…」
「?…まぁヒカの問題もなんとか山を越えたようだし、私も急いでいるつもりではいる。でもヨハはまだ10代だから…少なくとも2年くらいは待って役職はそれなりに段階を…」
「いえ…ヨハ君は大事な使命を背負って生まれていますが……その…この後にすぐ書物を確認された方がよろしいかと思いますが…ヨハ君は…多分…後継者候補からは…」
「…どういう事だ…?現状、彼以外には…」
エンデの言葉を遮った長老の目は未だかつてない程に見開かれ…心は混乱のただ中に突き落とされた。
「…ヨハ君とヒカちゃんは…今後ヌビラナへ行かねばならない様々な働きかけにより、その動きは加速して行きます。この動きと後継者の話がどう影響しあっているのかはまだ僕はよく分からないのですが…」
長老のあからさまな動揺を目の当たりにし、エンデも困惑の只中で…現時点で自分が見えている事をとにかく慎重に言葉を選んで彼に伝える…
「ヒカとヨハのヌビラナのプロジェクト参入は…もう女神の中では折り込み済みなんだな…」
長老は力なく笑う…
「彼等がヌビラナへ行かない事には約束は果たせないようですからね…ただそれはまた、テイホ国によるヒカちゃん搾取計画の始まりでもありますから…ヨハ君は何がなんでも彼女から離れないように頑張らなければなりません。」
「…なぜに…ヨハは長老の役を負いきれないのだろうね…」
仕方ないとはいえ…彼の消沈する姿は、自分の伝えた言葉が原因だけにエンデは心が痛んだ。
そして長老の問いの答えが、なんとなく身体的問題か寿命のような気がしたエンデだったが…
それを口にする勇気は…毛頭なかった。




