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25 愛しい君へ


予定より少し遅れで、カシル達の車はセレスの研究所裏の駐車場に無事到着した。


すると、タイミングよく駐車場からよく見えるエルオの丘の出入り口から長老が出て来て、彼らに気付くと軽く手を振って来た。


その様子を見て、テイスが慌てて車を降りて長老の方へ走って行くので、カシルとエンデもそれに続いた。


「やぁ、エンデ君久しぶり…テイス君はよく来てくれたね。カシルは朝早くから運転お疲れさん。」


その場で長老の軽い挨拶から少し立ち話が始まったが、間もなく彼らの元に来たハンサの誘導で研究所内へと移動する事になったのだが…


「あ、あの長老…[対話の紙]というモノはこちらにありますか?もしありましたら…少しだけ頂けないでしょうか?」


不意にエンデがそう言いながらカシルの服の裾を軽く引っ張って立ち止まった。


長老はその声に反応して振り返り…


「……」


2人を見て何かを察したように、


「あるよ。ちょっと待っていて。」


と言い残し、エルオの丘の入り口へと消えて行く…


そして程なくして長老は戻り、手には少し表面が毛羽立っているような古めかしい…大きめな便箋くらいのサイズの紙を持っていた。


「これがそうだよ。」


と言って…特に何も尋ねずにエンデに手渡す。


「僕ちょっとカシルさんにお伝えしたい事があるので少し遅れて行きますが、よろしいですか?」


「…分かったよ。カシルは今日はこのまま上がっていいぞ。朝早くからありがとう。あ、…君は…エンデ君は案内が無くても1人で研究所に来られるよな…?じゃあ、また後ほど…」


長老はそう言って片手を軽く上げ、その後すぐに研究所の方へハンサ達と共に歩き出す…


「……」


エンデの謎多き言動にカシルは戸惑いながらも、とりあえず流れに任せて彼に従う。


「一旦、車まで戻りましょう。」


長老達が建物に入ると、エンデは車へとカシルを引っ張っるように歩いて行く…


「ちょ…何も説明無しかよ、オイ…」


半ば強引に車に戻され少々不機嫌なカシルに、エンデはまたもや妙な指示をする。


「カシルさん…これからこの紙を持って、エルオの丘の瞑想の間に行って下さい。」


「なんで?」


意味不明な指示をされ続け、不貞腐れた少年みたいになっているカシルがなんだか可愛く見えつい笑ってしまいそうになるエンデだが、ここは大事な場面と気を引き締めて説明をする。


「…僕があなたの車に乗って間もなくの頃に、いきなり驚いたのを覚えていますか?」


「…あぁ…そんな事あったな…」


「カシルさん…大丈夫かなコイツって顔されてましたよね。実はあの時、僕は内心は結構パニクってました。初めての経験だったんです。あの時、僕には青く光るローブを纏った美しい女性が右上の方に突然現れたのが見えたのですが…カシルさんには見えて無かったんですよね?」


「…そんなトリッキーな美女なんて是非見たかったけど、あいにく見えなかったな…で、それがなんなの?」


カシルは捉えどころのない話を次々して来るエンデにウンザリし始めていた。


「そうですね…普段から望まずとも色々入ってくる情報を整理する作業だけでも大変なので、幽霊さんとかは出来るだけチャンネルを合わせないようにしていまが…僕があの時見た女性は…幽霊とは違う存在に見えました。自らをエルオの女神と名乗っておられました。」


「?!…マジか…」


コイツの話は自分の想像のどこまで上を行くんだ?と半ば呆れながら…


「女神という証拠は?…あんたを信じたいけど…内容がぶっ飛び過ぎてるからな…」


「…証拠は何も…僕もとにかく初めての遭遇でしたが、あえてアンテナを閉ざしているのに強引に存在を示して来る力強さと…あの圧倒的な神々しさと存在感に偽りの気配は感じませんでした。それに…」


エンディは少しの間、少し考えるような仕草で黙り込む。


「……」


「それに…なんだよ。」


カシルは怪訝そうに、やや俯き加減になったエンデの顔を覗き込みながら尋ねる。


「…あ…いえ…、その女神がなぜ僕の前に現れたかというと…僕を通してあなたに伝えたい事があったようです。まず1つは、リラさんは既に私…女神の元にいるという事。2つ目は、今僕があなたに渡したこの[対話の紙]を持って、瞑想の間でしばらく瞑想をするようにあなたに伝えよ。との伝言を託したかったようでした。その要件だけ話すと女神はすぐ消えてしまいましたが…」


「……」


終始捉え所のない話をして来るエンデに、正直食傷気味になっていたカシルではあったが…


彼からリラという言葉が出た瞬間、一気に彼の表情は強張って行った。


「…今日はもう瞑想の間には誰も来ないと思います。多分…今日中に行く方がいいのかも知れません。」


「……分かったよ。」


みるみる表情に余裕の無くなって行くカシルが少し心配になった一方で、もう彼から離れた方が良いような気がするエンデは、


「伝言は伝えたので…じゃあ僕…もう行きますね。」


と言い残し、研究所へと早足で去って行った…


「……」


そしてカシルは…


しばらく車内に留まり…ハンドルを握ったままそこに顔を伏せ、時々足を落ち着きなく動かしたり貧乏揺すりしたりする動作を繰り返していたが…


意を決したように車を出て、その紙一枚を胸に押し抱きながらエルオの洞窟の中の方へ走って向かった。





「ふぅ…」


カシルは入り口の前で止まり、呼吸を整えながら入場許可証を警備員に見せ…


ゆっくりと歩を進める。


幼少期に既にエルオの丘の基本知識を得ているミアハの民からしたら、こんな許可証なんて無くともというところだが…


許可証の存在は、邪な意図を持つ外部の者にとっては多少なりとも侵入意欲を削ぐ力となり、この聖地エルオの丘周辺においての無駄なトラブル発生を押さえる策の一つともなっている。


見慣れた景色とはいえ、能力者ではないカシルがこのエルオの丘の内部に入るのは2年振りぐらい…


「前回は親父と連日喧嘩して、頭を冷やす為に来たんだったな…」


今回は、なんだかよく分からない展開でここに来る事になり、かなり緊張している為か…カシルは目的の場に着くまで何度か足がもつれそうになったが…


目的の場である瞑想の間は入り口からほど近い為、ぎこちない足取りのカシルでもすぐに辿り着けた。


そこは通路の狭さからは想像も出来ない広々としたスペースで…


日中は照明がなくとも、遥か高い天井やそこら中に散在している壁面の小さな明かり取り用の水晶の窓から日光が入り込んでいて、瞑想するには心地よい明るさの空間が広がっていた。


「あぁ……そうだったな…」


瞑想の間に一歩踏み入った瞬間、8年前にリラと共に2人の婚約をエルオの女神に報告する為にここを訪れた事をカシルは思い出した…


この瞑想の間は、能力者の力の充電の為だけでなく…一般の民も様々な人生の節目の報告や、2年前のカシルのように心情を女神打ち明けて内面を整理したい時なども…ミアハの民ならいつでもここを訪れて瞑想する事が出来る場所であり…ミアハの人々の日々の暮らしに密接に寄り添った聖地となっている。


「今日は本当に誰もいないんだな…」


長老や長達でない限り、日没後の入場は出来ないが…日中は不思議と混み合う事もない代わりに、こんな風に貸し切り状態のように誰もいない事も珍しい…


あの日…


発覚した病気に治療法がない事が分かり…カシルはリラにプロポーズして、半ば強引にここに連れて来た。


いつも笑顔で…病気が分かっても平静さを装った気丈なリラが…プロポーズした時もただ困惑気味だった彼女が、ここでは何度も…カシルには見えないようにハンカチで涙を拭っていた姿が脳裏に蘇って来る。


込み上げて来る様々な思いを押さえて、カシルはその広い空間の中央部に陣取って胡座をかく。


そして…


例の紙を…とりあえず手のひらに乗せて、ゆっくりと深呼吸を繰り返しながら目を閉じた。


「……」


大抵の場合、瞑想を始めて少しの間は身体の感覚や感情も研ぎ澄まされて来る為…


カシルもその例に漏れず、リラの事がひたすらに思い出されて涙が郁筋か溢れ出た。


やがてその落下した涙の一粒が例の紙に落ちると…


『カシル……』


「?!」


耳ではなく、まるで脳に直接囁きかけるような…優しい女性の声が響いた気がしてカシルはハッとする。


だが、ここで瞑想を中断して目を開けて良いかカシルは迷った。


結局、迷いながらもそのまましばらく瞑想を続けていると、今度は手のひらに置いた紙がなんだか温かく熱を帯びて来たように感じる…


が…これも気のせいかも知れないと、そのままやり過ごす…


だが…


『…カシルよ、目を開けなさい……』


という声が再び脳に響くとほぼ同時に、手のひらの上の紙が強い熱を放ち…堪らずカシルは目を開けた。


「…?」


辺りには誰もいない…


が、カシルの手の平にあったはずのメモ紙には驚くべき変化が起きていた。


「…なんだ?…これ…」


なんとそれはカシルの視界のやや斜め上辺りに浮いて、レモン色の光を帯びていた。


更に…


「…文字か…?」


その宙に浮いたまま薄っすら光る紙に、焦茶色の文字らしきシミが複雑な動きをしてゆっくりと広がって行く…


カシルは目を凝らし、その茶色の文字を辿りながら…文章となり始めるそれを読み始める…


「…?!」


その最初の一行を読めた瞬間、


カシルは目を見張る。


そこには…


[[ 愛しいカーロへ ]]


とあった…


カーロとは…かつて2人きりになった時だけ、リラがカシルを揶揄う意味で呼んでいた彼女独特の呼び方だった。


ミアハにおいて、親とか祖父母が男児を呼ぶ際に名前の後半に「〜ロ」と付けて呼ぶのは「〜坊や」という意味合いになり、最近は一部の年配の人達しか使わなくなった呼称だが、リラはすぐムキになるカシルに皮肉も込めふざけて呼ぶ事があった。


当時のカシルは最初の方こそむくれて返事もしなかったが、2人の仲が深まるにつれ、リラがカシルを甘やかしたい時に使うようになっていた呼び方だった…


「リラ…なのか?…」


みるみる涙で視界が滲み始めるが、次々浮かび上がっては消えて行く文字の行方を追おうと…カシルは何度も何度も涙を拭う。



[[ 毎日ずっと、可愛らしい花々をありがとう。


毎朝、君が私との色々な思い出を話してくれたから…もう1度楽しい時間を繰り返し過ごしているような…幸せな気持ちになれたわ。


本当に嬉しかった…


でももういいの。


私はもう苦しくも痛くもない…

私の命の時間は終わっている。


終わった時間と睨めっこして、いつまでも拗ねていてはダメよ。


君の人生のこれからをもっともっと大事にして欲しい…


私は君と出会えて最高に幸福だった…それだけ覚えていてくれたら十分だから…


両親にはこのまま私の事で気掛かりを残して欲しくないから、私の身体はどうか彼らの元に返してお墓に埋めて下さい。


愛しいカーロ…


私の為に色々悩んだり、家族と喧嘩までさせてしまって、本当にごめんなさい。


次はきっと…病気になんか罹らない丈夫な身体に生まれて、絶対に君を探すから…その時はお嫁さん候補になれるよう頑張るね。


またいつか会おうね。


今まで本当にありがとう。


幸福を祈ってる。



           リラ ]]



浮かんでは徐々に消えて行く焦茶の文字は、そこで動きを止めた。


何度も何度も涙を拭いながら、悲しいのか嬉しいのか分からない表情で、宙に浮かぶメモ紙を凝視し続けるカシル…


やがて…


「…ふっ……ふふ……あぁお前らしいな…」


涙でぐしゃぐしゃになった顔で苦笑いしてしまうカシル…


それは…


いかにもリラらしい…色気もクソもなく…年上ぶった…切ない痩せ我慢の言葉に見えた。


「お姉さんぶって…なんでもズケズケ言ってるようで…俺を追い詰めるかも知れない部分には絶対に触れず…それでいて、自分が辛い時はいつも笑って誤魔化してたよな。ガキな俺は、それがリラなりの愛情だって気付くまで少し時間がかかったけど…そういう年上ぶった可愛げないとこも含めて愛してた…いや、ず〜っと…愛してるんだ。…なんで…手紙だけなんだ?最後くらい…姿を見せて話をしてくれよ…リラ…会いたいんだ。会いたいんだよぉ…」


「リラ…リラぁ……リラぁぁ〜〜」


…カシルは…


雄叫びにも似た大声でリラの名をを呼び…人目も憚らず号泣した。


7年もの間…きちんと向き合えなかった最愛の人の喪失の悲しみを…声の限り、その名を呼ぶ事で放出し続けるカシル…


………


……ピチョン…


「?」


微かに水の滴る様な音がした気がして、ふと見上げると…


宙に浮いたままの紙が…


いつの間にか発光が止まり、グッショリ濡れて水滴が落ちかかっている事に気付いた。


「………」


ひとしきり泣き喚いて、悲しみの核心を徐々に手放していたカシルは…


もしかしたら…今ここでリラも泣いていて、死別の悲しみを一緒に解放しているのではないかと…思えて来ていた。


「…リラも泣いてるのか…?……自分ばっかり悲しいと思うな……ってか…?」


と…


対話の紙は再び…先程より強く輝き出し…


[[ カーロの…おバカさん… ]]


という焦茶の文字が浮かび上がった。


「…は……、そ…だな…俺は大馬鹿だ。もう何も…どうすることも出来ないお前が一番悲しいよな…ホント…俺はガキだ。」


再び…涙が滝の様にとめどなく流れ落ちた。


「……」


そして…


…なにか憑き物が落ちたように、これから自分はどうすべきかが…カシルにはクリアに見えて来た。


「俺…頑張るよ…。今、ミアハも色々大変だしさ…俺なりにこれからの人生を一生懸命頑張る。リラ…時々でいいから…俺の活躍を見ててくれよ。…そしてさ…絶対に…」


カシルにメモに向かって笑いかける。


「生まれ変わったら、また会おうな。」


すると…


紙は強く強く輝き、そして急激にメラメラと燃え上がって…消えてしまった。


と同時に、


「うん、またね。」


今度は耳に、ハッキリとリラの声が囁いた。


カシルは待ち望んだその声に驚き、瞳からはまたも滝のように涙が溢れたが…


声がした方に向かって、目一杯の笑顔で、


「ああ、またな!」


と答えた。




その後カシルはしばらくリラとのやり取りの余韻に浸り…時々また涙を零しながら…


瞑想を1時間程した辺りで、周囲がだいぶ薄暗くなって来た事に気付いた。


「やばい…そろそろ警備の人に追い出されるな…」


急ぎ気味の足取りで瞑想の間を後にし、洞窟から出たところで…


こちらに向かって2人…誰かが歩いて来るのが黄昏時の薄暗い中に見えた。


長老と…あれは…


どんどん歩き進むうち、もう1人が誰かカシルにも分かった所で、


「あぁカシルか…久しぶりの瞑想は有意義な時間となったかい?」


…中での様子を知ってか知らずか…長老は言葉をかけて来た。


「…そうですね…まぁ…」


カシルが曖昧に答え、2人とすれ違う手前に来た時…


「…そうか…良かったな…」


薄暗かったが…長老の顔はいつになく…優しく微笑んでいるようにカシルには見えた。


「……」


すれ違って少し歩いた所でカシルは立ち止まった。


「あ、あの、長老…、ちょっといいですか?」


「ん?…なんだい…」


立ち止まって振り向く長老に慌てて駆け寄ると、


長老は隣のエンデに、


「先に行って瞑想の間で待っててくれ。」


と促していた。


「え?」


長老の言葉にカシルはちょっと固まる。


「あ、はい。分かりました。」


と、エンデは目が合ったカシルにニコッと軽く会釈をし、瞑想の間の場所を尋ねるでもなくスタスタ歩き出した。


そしてやや困惑している警備員の人達にも軽く会釈し、戸惑う事なくスッと中に入って行ってしまった。


「ええ〜!」


驚くカシル…


「まぁそういう事だから…よろしく頼むな。明日、あの子も交えて話がしたいから、朝イチで瞑想の間の奥にある資料室に来てくれ。…で?用はなんだ?」


カシル的にはツッコミ所満載の状況の中で、長老はスラスラといつもの口調で指示を出しながらカシルに問いかけた。


「え…あ、と…ですね…」


今の光景に、自分が何で呼び止めたか忘れそうになるカシルだったが…


長老の正面に素早く回り、右膝を折って左腕をその上に乗せた。


「色々と…ご心配をかけて申し訳ございませんでした。これからリラの家族と連絡を取り、近日中に彼女の身体を荼毘に伏す事を決めました。この決心に至るまでの、長老の数々の温情あるご配慮に感謝致します。」


「…そうか……。君が長きに渡って深く悩み苦しんでいた事は…私なりに把握していた。愛情深いゆえの君らしい葛藤だ。だが愛情は深くなれば執着ともなり、時にはお互いの枷ともなり得る。もしかしたら君もどこかで気付いたかも知れないが…ご家族も悩み苦しむ君を側で見てずっと心を痛めていたんだよ。タトス君はいつか君が…リラさんの後を追って自身の身体を凍結してしまうのではと…ずっと恐れていたようだった。君の優しさが、君をいつも大事に思っている人達にもっと向けられて行くように願う。身を切るような決断だったと思うが…私はよく頑張って決めたと評価したい。」


長老は彼の腕を軽く掴んでを立たせ…優しく抱きしめた。


「これからは彼女の分までしっかり生きて欲しい…期待しているよ。」


「……」


長老が抱擁を解くと…


カシルの涙腺はまたもや崩壊していた…


「ヨハには言うなよ。これはセクハラじゃないからな。」


長老はそういうと、カシルの肩をポンと叩きながらウィンクをし、背を向けてエルオの入り口に向かって歩き出した。


「そんな事を言うアホはヨハぐらいです。…ありがとうございます。頑張ります。」


日がすっかり沈んでやっと見える程になってしまった長老の後ろ姿に向かって、カシルはもう一度お礼を言った。





「あ、いた。……もうっ…カシル君、起きろ。…カ〜シ〜ル〜君。長老達が待ってますよ。遅刻だよ!」


ハンサに揺り起こされながら、カシルは渋々目を開ける…


「ん?……ハン…サ…さん…?…」


「もう…イヤーフォーンも出ないし…こんな所で寝てるなんて思わないから…心配で皆んな探してたんだよ。」


…?…こんな所…?


と、カシルはハンサのやや怒った顔から視線をズラすと…


「…あ、そうか…」


研究室の奥の資料室兼倉庫の、沢山の資料らしきモノの詰まった本棚と色々得体の知れない物を入れた複数の大きな冷凍冷蔵庫の隙間に、上手くハマって置かれているリラの身体の入った例の機器…


に寄りかかる様に寝袋を纏って横たわっている自分がいた。


昨夜…リラと最後の夜を過ごそうと寝袋を持ち込んで…


ずっと…


今までのような思い出話ではなく、これからカシルが進もうとしている未来の話をたくさんリラに聞いてもらいながら…


寝坊した。


「え?もう朝?…あ、長老に朝イチって言われてた…ヤバっ」


カシルは慌てて寝袋を脱ぎ捨てて立ち上がる。


「焦ると危ないですよ…」


歩き出そうとしてよろけたカシルを支えるハンサ…


「すみません…」


再び見たハンサの目は…もう怒ってはいなくて…なんだかいつもより優しく、そして少し切なそうにも見えた。


「…本当に…若すぎましたね。でもここまで寄り添ってくれたカシル君に出会えたリラさんは、幸せな形で最後の時を過ごせたと僕は思うよ。」


「…朝から俺を泣かす気ですか?…ヨハだけにはそういうトコ見られたくないんで……もういいですか?…」


…ヨハどころか…出来る限り泣き顔なんて誰にも見せたくないカシルは、ハンサから視線をそらし焦って倉庫を出て行く…


「形だけでも急いで行って下さいね。…長老も今日だけは遅刻を許してくれると思いますから…」


「……」


小走りで急ぐカシルの背中にハンサの声が届くと、その足はピタッと止まる。


そして、


彼は再び倉庫へ戻ってドアを開けると、脱いだままになっていた寝袋を畳んでくれているハンサに深く一礼をし…


「色々ご心配かけてすみませんでした。ご配慮ありがとうございます。」


と言って、今度は猛ダッシュで長老の待つエルオの丘へ向かうカシルなのであった。








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