表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/91

19 ヨハの願い


「…そうか……ああ……それはもう依頼済みで、早急に車の手配を始めてもらっている…」


…コンコン…


自室での通話中に、カシルはドアをノックする音に気付く…


「ああ悪い、今ちょっと…またかけ直すよ。じゃあまた後でな…」


と言ってカシルがイヤーフォーンを切る…と同時に部屋のドアが開いた。


「…誰と話してたの?…最近は外泊多いみたいだし、なんだかコソコソ動いてるわよね?」


勢いよく入って来たミリが探るような目でカシルに問う。


「ノックの返事をする前に部屋に入って来るのはマナー違反と…誰かさんはいつも言ってなかったか?逆の立場ならその誰かさんは今の状況にさぞや怒るだろうな。プライベートな事をイチイチお前に答える義務はない…俺だって色々あるんだよ。」


ジロリとミリを見やり、いつになく冷ややかに答えるカシルの様子に、何か直感めいたモノを感じた。


「…どこまでプライベートだか…もしかして…今ヨハ君と話してたんじゃない?あの女の子に何かあったんでしょう?…違う?」


ミリはカシルに詰め寄る。


ミリの問い掛けに一瞬顔色を変えたカシルだが…


「えらく勘がいいじゃないか…」


カシルは小さくため息をついて話し出した。


「…どこで何を嗅ぎつけて来たか知らないが、今、あの2人に関する事は暗黙の内に箝口令が敷かれている。ある問題が起きてその件で長老から直々にウチの病院長に要請があった。その件は現在は俺とヨハがセレスとウチの病院の窓口になっている。それしか言えない…極秘の件なんだ。大国の報道陣のような安易な好奇心でこの件に関わろうとするな。お前の下心で余計な事をすれば、俺達のいる病院がセレスや長老の信頼を失いかねないんだ。…もうこの話はこれで終わりだ。」


「…あの女の子…ヒカちゃんの具合が悪いの…?」


ミリの更なる質問にカシルの表情は一気に険しくなる。


「この話は終わりと言ったよな。…ミリには良識があると信じてここまでは話したんだ。この部屋を出た時点でここでの会話は忘れろ。お前はいつも卒なくなんでもこなし賢い…親父自慢の娘だ。親父や病院の立場を危うくしたくないなら出来るよな…?俺は忙しいんだ。もう出てってくれ。」


「……」


今まで…


父親に進路や彼女との結婚を反対され大ゲンカした時も…未だかつてカシルが妹のミリにこんな怖い顔は見せた事はない…


ここ最近あまり家に寄り付かず…戻って来たと思ったら自室に閉じこもり、常に誰かと通話してる様子で…いつになくピリピリとした雰囲気をまとっている兄をミリは心配していた。


…おそらく…あの女の子の容態は深刻なのであろう…


そして今カシルから感じるピリピリ感は、この先ミアハを揺るがすような影響が出る可能性を、ミアハ上層部の人間達は恐れているという事の現れか…?


「な、何よ、部外者扱いして…分かったわよ。もう出て行くわ。」


と、ミリは踵を返して部屋を出た。


「……」


そのまま自室に戻り…

閉めたドアにゆっくりもたれかかる。


…セレスの病院の詰め所で聞いた噂は本当だったという事?…もしもあの子がいなくなったなら君は…私の事をもっとちゃんと見てくれるのかしら…?


「……フフッ…」


どこかで今の状況を喜んでしまっている自分を少し惨めに感じ…ミリは自嘲気味に笑った。


「これは確かに…兄貴の言うように、触れてはイケナイ恋心なのかな…?」


…始めは本当に、極小さな好奇心からの興味だった…


会話をしてみたら、噂通りに優しく聡明だった年下の少年の事がいつからか頭から離れなくなっていた。


自分の周囲にはおよそ存在した事のない非現実的な容姿と雰囲気を持つ少年…


彼は…勉強に明け暮れ置き去りにされて来たミリの少女の様な淡い恋心を刺激してしまった…


理性では恋愛対象としては難しい相手と分かっていても…


淡い恋心を持て余し途方に暮れるミリ…


そのままズズッと崩れるようにドアの前に座り込んで膝を抱える。


ふと顔を上げた先の窓には、少し歳を経た庭の木の枝が見えた。


その枝には小鳥が2羽…


翼を休めるかのように、じっと動かず止まっていた。


と、


後から小鳥がもう一羽…


寄り添うように佇む2羽から少し離れて、同じ枝に止まった。


そのまま…

3羽の小鳥の距離は変わる事なくずっと…ミリの見つめる先にいた。


彼女はその様子をじっとしばらく見つめていた…






引っ越したばかりのヒカの自室の隣の部屋…


そこはヒカの来たるべき危機を見越して作られた病室になっていた。


今、その部屋に置かれた医療用ベッドには、意識を失い血の気のない顔色のヒカが横たわっていた。側に設置されたモニターには、ヒカの容体の深刻さを表す色々な数値が入れ替わり立ち替わりに映し出され、腕には輸血が施されていた。


ベッドの傍らではヨハがずっと付き添い…片手でヒカの手を握り、もう片方の手は下腹部に置かれて、ティリの能力での治療を施し続けていた。


そして時々、様子を見ながら意識のないヒカの耳元でヨハは囁く…


「ヒカ…いつもの瞑想を思い出してごらん…今は身体のエネルギーをお腹に留めるんだよ。僕の声が聞こえたらやってみて…」


反応はないが、何度も…何度も…その囁きをヨハは繰り返していた。


…もうすぐ夜が明ける…


昨夜はマリュやリシワやナランが、深夜には大国との会合から戻った長老とハンサが、それぞれ様子を見に来ていたが、今はヨハが1人…


今のところ、投薬の効果はあまり出ていない。


初潮による出血は多量とは言えない量なのに…とにかく顔色が良くない。


輸血しても尚、貧血状態で…血液を作る力が極端に弱くなって来ている。


幾度となく不安に押しつぶされそうになるが…その度に白詰草の花畑で元気いっぱいに跳ねていたヒカの笑顔を思い出し、ヒカから貰い手帳に挟んでいた四つ葉のクローバーを見る。


ヒカは今、一生懸命に生きようと闘っている…


絶対に、またあの頃のような元気なヒカに戻すんだ!


ヨハはクローバーを見つめながら、折れそうになる自分の心を鼓舞する。


かつて長老が「ヒカは過去の変異の子達とは何か違う気がする」と言った言葉もなんとかヨハを支えていた…


そして…夜が明けて朝になれば…大きな希望がやって来る。


ヨハは、ヒカの手を握っている自身の手に少しだけ力を込める。


「ヒカ…頑張るんだよ。きっとまた元気になれる。元気になって、僕に笑顔を見せて。………お願いだから…」


ヨハの声は涙声になる…


すると…


握っていたヒカの手がピクリと動いて…ヨハの手を握り返して来た。


「ヒカ…?」


ヒカは首を少し動かして辛そうな表情になる。


「……ちゃん……お兄ちゃん…お腹が痛い…お兄ちゃん…どこ?……」


ヨハはヒカのお腹を少し摩る…


「ヒカ、お兄ちゃんはここにいるよ。ヒカから離れたりしない。ずっと…ずっと僕は君の側にいるから。お腹の痛みは今、楽になるから…頑張るんだよ。必ず…元気にしてあげるから…」


タニアに襲われそうになった時は少し手荒な事をしてしまったが、ヨハは人の神経系の働きを一時的にコントロール出来るティリ系の特殊能力を持っている。


ヒカの痛む部分を探して、痛覚の神経の働きを鈍くする…


「あ……痛くない…ありがとう…お兄ちゃん…」


目を閉じたまま…ヒカは笑った。


「ヒカ、いつもの瞑想を思い出して…今はエネルギーを足に流す呼吸とお腹に留める呼吸を交互にやってごらん…もっと楽になるよ。僕を信じて…」


言葉に反応するように、ヒカは再びヨハの手を握り返した。


「……やっ……み…る…」


「……」


しばらく様子を見ていたが、それきりヒカは言葉を発しなくなった…


気が付くと、いつの間にかカーテンの隙間から見える空は白んでいた。


ふと視線をヒカに戻すと、ほんの少し…ヒカの顔に赤みが差して来たような気がした。


そして…


微かに小鳥のさえずりが聞こえて来た頃…


…コンコン…


小さくノックする音が聞こえ…ナランが入って来た。


「…ヒカちゃんはどう…?」


「おはようございます。ほんの僅かですが、顔色が…少し赤みがさして来ました。深夜までやっていた輸血の効果が出て来たかも知れません。ただ…ヒカの血を作る機能は思うように上がって来ません。先程少し…ほんの少しだけ会話しましたが…目は開けませんでした。今は反応なしです。」


「…そう……あ、でもそうね。顔色が夕べよりちょっと良くなっているかも…」


ヒカの顔を注視しながらナランはヨハの側まで来て、紙袋を渡す。


「ヨハ君、昨日から食堂の食事に手を付けてないって、下で聞いたわ。どうせそんな事だろうと思って、特製サンドイッチを多めに作って来たの。ポットに私特製のカフェオレも入ってるわ。隣の仮眠用のベッドに座って今のうちに食べちゃいなさい。なんなら少し寝なさい。」


と言いながら、ナランは部屋の隅に置いてあったローラー付きテーブルを引っ張って隣の仮眠用ベッドの側まで移動させる。


「ありがとうございます…でも僕…今あまり食欲が…」


「ヨハ君、それでも君は食べなくちゃ。」


テーブルを上手くベッドに合わせ終えると、再びヨハの側まで来て肩の上に手を置く。


「私はずっと君達を見て来たからね。今の君の辛さは私なりに分かってるつもり。君の事だから、一晩中治療をしていたんでしょう?今回のヒカちゃんの闘いはどのくらい続くか分からないんだから…こんな調子では君まで倒れてしまうよ。君が倒れたら…ヒカちゃんの支えが無くなるという事。そうなったらヒカちゃんはかなり危ないと思わない?君はヒカちゃんの為にも倒れる訳にはいかないのよ。それは君が全部背負い込むという事じゃない。私達をもっと頼って。君は可能な限り万全の状態でヒカちゃんに寄り添って治療しなくちゃいけない。その為に君は食べて寝る事を疎かにしちゃいけないの。ほら立って。私がヒカちゃんを見ててあげるから…」


と、ナランはヨハを隣の仮眠用ベッドの方に追い立てようとする。


渋々ヨハは立ち上がろうとするも……


「⁈……」


ヨハはヒカを見ながら苦笑いする…


ヒカがヨハの手をしっかり握っていて、離そうとすると力を入れて来る。目が覚めているのかとヒカの顔を見るも…瞼は微動だに動かず、起きてる風でもない…


「…ナランさん…手が離れないので…すみませんがテーブルをこちらまで持って来て頂いてもいいですか?」


ナランも状況が分かり、ヨハの横まで来てヒカの手を離そうとしてみる。


「……」


確かにヒカの手がヨハの手を強く掴んでる様子に…


「まったくあんた達は…いくつになっても…。誰かに記憶をいじられたって…意識が無くたって…相変わらずなのね。」


ナランも思わず笑ってしまった。


「この子もこれだけ強く掴む力があるなら大丈夫よ、きっと…。ね、ヒカちゃん!頑張るのよ!」


と、ヒカの耳元で声を掛ける。


そしてナランはテーブルをヨハの所まで運んで、自身はヨハの反対側のベッドサイドに陣取って座った。


「多分、今日は…君がゆっくり出来るのは今だけよ。慌てずにいっぱい食べて…」


「…ありがとうございます…いただきます。」


と、ヨハはナラン特製の大きめのサンドイッチを頬張った…





「セダル様っ」


早朝、研究所に入ろうとしたところで聞き覚えのある声に長老セダルは呼び止められる。


振り向くと…


「あ、君か…」


サラリとシルバーブルーの長い髪を後ろで束ねた長身の男性が立っていた。細身で柔和な顔立ちで儚げな雰囲気をまとっているので、一瞬は女性と見紛うが、初老の男性で…彼はセレスの長でもある。


「イレン、予定では君はしばらくテイホに滞在するはずではなかったかな?」


長老は既にイレンが何の為に自分を呼び止めたかの理由をなんとなく察して、冷ややかに尋ねる。


「テイホのエインシャの神事は、毎年悪天候の影響を受けやすいのです。嵐の発生する気配を感じましたので…小規模のモノのようですが神事は嵐の通過後が望ましいと判断し、一旦中止と致しました。長老のお耳に入れたい事もあり急遽セレスに戻りました。少しで構いません。お話を聞いて頂きたい。」


現在、セレス内で色々な難題を抱えている為、長老はセレスの研究所や育児棟や学びの棟にいる時間が長くなっている代わりに、長のイレンがミアハ内だけでなくコロニー外の神事自体を監督する為に世界中を回っていて、セレスの研究所で見かける事は珍しい…


セレス内の色々な事情以前に、イレンという人間自体が従来のセレスの能力者にありがちなタイプで、能力によって地と繋がる事を何より好む為、世界の神事を巡る事は全く厭わないので、ここ10年ぐらいセレスの能力者達の関わる神事に関しては殆ど彼に任せてあり、こんな風に長老の前に姿を現わす時は何処かしらでセレスや長老に関する苦言を多く拾った時なのである。


「…これから大事な客人達が来るし、今日はとにかく忙しい…10分だ。話を聞こう。」


と、セダルはイレンに付いて来いと手招きしながら近くの個室に入り…イレンも従い後を追う。


2人が入室し、イレンがドアを閉める音が聞こえたとほぼ同時に、長老セダルから口火を切る。


「ヒカの状況に関する箝口令の事だね…」


「…そうです。テイホから此処に戻る途中、他のセレスの能力者、ティリの長の補佐…彼からは口伝てでレノの補佐の話も…なぜ長老は変異の娘の不調に手厚く対応し箝口令まで敷いているのか?と…尋ねられました。そして、その娘をずっとヨハ君の側に置いておられますよね?…長老は後継ぎ候補のヨハ君とその娘を将来は結婚でもさせるつもりなのか?とも、複数の者から尋ねられました。」


長老はイレンに背を向けたまま話を聞いていたが…


「で、君はどう思うんだ?君もセレスの長として、この先私の後を引き継ぐ覚悟は持っているというなら、私も覚悟を持って君の意見を聞こう。」


と言いながら、ゆっくりイレンの方へ向いた。


「…相変わらず手厳しいですね。…私に長老が務まらない事くらい貴方様ならとうにお分りでしょう。ヨハ君はともかく、ヒカという娘はそもそもレノの人間です。その中途半端な娘を長老は普通のセレスの人間よりも手厚く対応してるように見えてしまっているのが問題なのではないですか?」


長老はフッと笑う…


「まったく…仮にも君はセレスの長だというのに…今セレスが抱えてる問題にはまるで他人事だな。君や、1年の半分以上セレスを離れて儀式に従事している能力者達は皆、昔の古いセレスの姿に固執しているが、その古い感覚のまま何も手を打たなければ、この先半世紀も待たずにセレス能力者は皆無となり、大国との外交やミアハ内におけるセレスの優位性は消滅する。大国の金持ちはティリの能力を重宝するだろうが、政府はレノの能力者を欲している。そのレノの能力はセレスの能力者と組んで活動する方が成長や収穫効率が断然に違って来る事を向こうも理解しているが…もう、10年以上前から純粋なセレスの能力者は生まれていないのだからね。ヨハの世代から下はほぼセレスとティリの人工授精・人工母胎により生まれた子だ。かろうじて何人か純粋なセレスの子供も存在するが健康面では突然死のリスクを負っているし、君達のような仕事の出来るレベルの能力のある子は存在しない。セレスには私がいるからと、5年以上も元老院の会議を逃げ回っている君には目新しい情報が多いかも知れないがね…これが今のセレスの現実なんだよ。」


「……」


イレンは今のセレスの極めて厳しい現状を苦々しく語る長老のやり切れない表情を目の当たりにして、言葉を失う…


「ヨハは…取っ付き難い部分はあるが、誠実で優しく才能溢れる子だ。小さい頃は周囲から将来の長老候補と言われるのをとても嫌がっていたから…いずれミアハの外に出て行ってしまいそうな感じだったんだが…当時病気がちで目の離せない状態だったヒカの世話をさせてから…変わって行ったんだよ。取っ付き難さが和らいで…目つきも優しくなって、何よりセレスの将来を背負おうという覚悟が見えて来た。だけど、あの子が背負おうとしているのは、ヒカが幸せに暮らせるセレスから始まるんだよ。ヨハは今、セレスの中で一番の能力者であると同時にティリの能力も優秀だ。君が中途半端な存在と言ったヒカは、11歳にして既にヨハと同等くらいの力を持つ。数年後には間違いなくヨハを超えるだろう…。半端な存在のヒカは未だかつてないほどのセレスの力を持つ能力者となるだろう。そのヒカがね…重篤な状態なんだ。今…ヒカに何かあったら、ヨハも今後どうなるか分からない。私は厳しい状況を誇張して話しているつもりは全くないよ。セレスがどれほどの危機に差し掛かっているか…君に分かるかい?」


「…長老は…ヨハ君達を将来結婚させるおつもりなんですか…?」


長老は呆れたような視線でイレンを見る。


「私は今、ヒカが重体と言ったよな。ヒカがこの危機を乗り越えてくれない事には将来の事なんて話にならん。まぁ私は次世代の長老に独身を強いるつもりはないが…結婚は本人以外の者が決める事ではないし、2人が今後どのような距離感で関わって行くかはエルオの女神のみぞ知ることだよ。ただ…現在のヨハの切なる願いはヒカが生きて幸せである事は間違いない。ヨハが順調に長老を目指してもらう為には、ヒカがまず生き延びるという事が重要という事だ…」


そこまで言って長老は時計を見る。


「あぁ10分くらいの予定がだいぶオーバーだ。君の質問の答えになったか分からないが、セレスの将来にはあの子達の存在は不可欠と私は捉えている。ヒカにはなんとしても生き延びて元気になってもらわないと……じゃあ私は行くよ。」


と言って、長老はイレンをすり抜けてドアに向かう…


そして、ドアを開けたところで「あ、」と思いつき、振り向く…


「今の話でセレスの将来に興味を持ってくれたなら、2週間後の元老院の会議に出てくれてもいいんだぞ。是非、待っているよ。」


と、ちょっと意地悪く笑って、長老は慌ただしく出て行った。


「……」


1人残されたイレンはしばし沈黙の後…


「……だから私は嫌だと言ったんだ。あのティリの補佐の男に乗せられて……あぁここに来るんじゃなかった。」


イレンは悔しそうに頭を抱えた。


…だがまぁ…


これからヨハ君が頑張ってくれるなら、元老院の会議もしばらく出なくてもいいだろう…


と…

相変わらずなイレンなのであった。






「…そうか……」


夜更けの神殿の片隅で、タヨハは沈痛な面持ちでイヤーフォーンを通してハンサからの知らせを聞いていた。


「私も行って…何か力になってあげたいんだけどね…今はまだちょっと…色々…厳しいかな……あっ…」


タヨハが話している間に、タニアが自分を呼ぶ声を、通話してる反対側の耳が何度か捉える…


「…こ?……ねえパパ……あっいた!」


「わざわざ知らせてくれてありがとう…じゃあまた…あの子には少しして私からも連絡してみるよ。それじゃ…」


自分を見つけ近付いて来るタニアを気にしながら、タヨハは早々にハンサとの話を切り上げた。


「もう、さっきから呼んでいたのに…誰と話していたの?」


「ヒカちゃんの具合がかなり良くないって…ハンサ君が知らせてくれたんだよ…」


「…そう…大変ね…」


…時々…ぼーっとして目が虚になってしまうが、だいぶ普通に会話が出来るようになり、タヨハの手伝いをしようとするまでになったタニアだが…ヒカの名前には特に何の反応も示さず…複雑な心境ながらもタヨハは僅かにホッとする。


と、タニアはタヨハの腕にしがみついて来る…


「…パパがいてくれないとタニア眠れないのに…見えない所に行かないで。」


「…そうだね…もうそんな時間か…じゃあ寝る準備をしよう。」


と、そっとタニアを抱きしめて安心させ、背中をポンポンと叩く…


…少し前まで夜中に悪夢で暴れていた哀れで愛おしい我が娘…タニア…


一番信頼できるタヨハが眠りにつくまで手を握って側にいて上げるようになると、悪夢は激減し夜中に暴れる事はほぼ無くなった。


「歯を磨いておいで…」


タニアは父の抱擁に安心して、


「うん…」


と言って神殿を出て行く…


「……まだ精神年齢は10歳前後というところか…」


と、


神殿脇の勝手口の扉が開いてエンデが入って来た。


「食事の後片付け終わりました。」


「ありがとう。君は夜も灯り無しで行動出来るから…ついつい面倒な仕事を頼んでしまって申し訳ない…今夜は5人だっけ?」


勝手口の施錠を慎重に行いながら、


「ええ、新人さん達と話してる中で色々新たな情報を入手出来るから、これは僕には適役と思っているので…それに間も無くここにも地下通路が繋がりますし…気にしないで下さい。」


エンデはニッコリ笑った。


「おい、まさか…許可なしで情報を見てるのかい?」


エンデはタヨハの側まで来てペロッと舌を出す。


「君の中で決めているルールはどこに行ってしまったんだ…?守ってくれる人なのに…失礼では?」


「今まで一緒に暮らし作業していた子達なら気心知れていて安心です。ソフィアさんとハンサさんの調査は勿論、信頼してはいますが…深く信頼したいからこその最終チェックと思っています。でも一応、会話は慎重に選んでいますよ。今の大国の様子や彼らの好きな食べ物の話とか…意識して新人さん達のプライベートな話題は避けています。必要ない映像はいちいち見たくないですし…目的の第1は内通者対策ですから…これは見逃してください…」


…エンデのこういう抜かりの無い視点にはタヨハは本当に頭が下がる。


「そうか…私は本当にそういう所が抜かりだらけで…頼りなくてすまない。私もタニアも君にどれだけ助けられているか…」


またか…


と苦笑しながらエンデは頭を掻く…


「そういうの…もう止めましょうよ。僕はとにかくあなた達と居て楽しいし、役に立っているのが嬉しいんですから。今はとにかく、ミアハとタニアちゃんを守る為に、僕に頼って下さい………っと…指摘されたそばからすみません…あの変異の少女が…危篤?…」


「……」


タヨハは苦笑する。


「今さっき…ヨハの弟子になっている子が重篤な状態に陥っていると…ハンサ君から連絡があったんだ。まだあの子は…タニアは目の離せる状態ではないし、かと言って連れ歩くリスクも計り知れない。ヨハはろくに食事も摂らないでヒカちゃんに寄り添っているそうだ。…私はまたしてもあの子に何もしてやれないのか…とね…少し滅入る知らせだ…」


「……」


タヨハの様子を聞きながら、じっとあらぬ方を見つめて黙り込むエンデだったが…


「…確かに…今のヒカちゃんの状態はかなり…う〜ん…でも…治療の為の重要な人物が来る…その人達に希望を感じます。」


エンデの言葉に、タヨハは思わず彼の両腕を掴む。


「ヒカちゃんは治るのか?」


タヨハにガクガク揺すぶられながらエンデは…


「……明日…いや、明後日ぐらいに1度ハンサさんに連絡してみては?…多分だけど彼らが来れば…多分だけど…う〜ん…あの女の子の身体は…長老やヨハ君同様に青いベールというか…靄みたいなモノがかかっててよく…う〜ん…今見えるのはここまでです。」


…いつかここで話した緑の目のご夫婦も…今は辛いだろうな…


タヨハのエンデの腕を掴む力もここでスッと抜ける…


「そうか…希望の人…?」


「あ、それからヨハ君は大丈夫。彼をサポートしようとする周囲の力が凄い…1人や2人ではないから…あの方の存在も大きいでしょう。彼もキツそうだけど…今のところ、あなたはタニアさんの事に集中した方が無難でしょう…」


「…私は…タニアの側にいるべき…という事かな…?」


タヨハが寂しそうに笑う様子を見て、励ますつもりが肝心な部分は見えず…返って落ち込ませてしまったかな…?


と、心配していると…


「パパ…タニア待ちくたびれた…」


絶妙なタイミングで、タヨハを迎えにパジャマ姿のタニアが神殿に入って来た。


「ごめんごめん…今夜も何か本を読もうか?」


あくびをしながら、


「う〜ん…同じ本でしょう?…タニアはパパがいてくれれば眠れる…」


「…そうか…じゃあ行こうか…」


と、タニアの背にそっと手を置いて、彼は出て行った。


「……」


ヨハ君の事も心配でしょうが…今はあなたを一番必要としているタニアちゃんの為に踏ん張って下さい…


彼女が自我を取り戻し、あなたの愛を受けて地にしっかりと足を付け歩み出すタニアちゃんの笑顔はきっと…あなたに力をくれ、今よりもっともっと幸せをもたらしてくれますから…


実は今、エンデが一番気掛かりで…無意識に恐れている事…


それは…タヨハ自身が持つトラウマにより、この先彼自身の心がバランスを失いタニアを守り切れなくなってしまうかも知れない…という、大きな不安…


まだしばらくは父のトラウマを理解する段階には至らないであろうタニア…


エンデはその懸念を彼には絶対に伝えられない…


タヨハの恐れをイタズラに強めてしまうだけだから…


それは彼ら親子にとっては絶望的な未来を引き寄せてしまう可能性もある深刻な事だから…


まぁ…だからエンデは、今は彼らから迂闊に離れられないのだ。


なんとかしてあげたい…


エンデにとってタヨハは、生きる目標を持たせ希望を繋いでくれた人…


「…僕が居ますからね…2人の絶望する姿なんて、絶対に見たくない…」


エンデは1人残された神殿の片隅で決意を新たにする…






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ