1 敵意を記憶する虹
1 敵意を記憶する虹色の星
「夜が明ける。支度しなさい。」
師であるヨハの淡々とした声が、待機用に当てがわれた小型船内の連絡用スピーカーから少しこもった感じでヒカの個室に響く。
遡ること30時間前、絶え間ない砂嵐が一面に吹き荒ぶ惑星αXZ-2akq47t星の目標地点に、連合国有する星間移動型飛行船ヘウディマ号は、ある特殊能力を持つ種族ミアハの長老セダルの命により、ヨハとその弟子ヒカの2名と、他警備担当者10名を乗せて無事に基地に着陸した。
着陸後、彼等は基地周辺域をスッポリと包むシールド内に設置された基地内の任務予定地点近くの待機用に準備された小型船2機にそれぞれ分かれて待機し、夜明けを待った。
そして、
その一方の子機の一室で静かにその時を待っていた少女ヒカは、師であるヨハの声に淡い青緑色の瞳をパッと見開き、瞑想を中断する。
チャクラバランスの数値を確認しながらローブを手元に手繰り寄せて立ち上がり、青緑がかったシルバーの髪に軽く櫛を通す。髪質は真っ直ぐで短めのおかっぱ頭だから簡単にまとまる。
備え付けの鏡の前に立って、スッ、スッと櫛を通す毎に、ヒカの意識は徐々に船体の外へ出る為の準備へと切り替わって行く…
おそらく…今回の一連の任務は、ル・ダ(師)の元での最後の共同任務となる。
「……」
事前にかなり危険な星とは聞いていたけれど…近くに警備の人達はおられるし、何よりル・ダが側にいて下さる。
最後の任務は、ル・ダのお陰で成長出来た姿をしっかり見て頂こう…
そう…最後に。
これでいい。
それが、長老やル・ダ…引いてはお世話なった全ての人への恩返しの始まりとなるのだから…
ル・ダとは、弟子が師事している者に対して使用するミアハ固有の呼称であるが、ヒカにとってヨハは、セレス(地を癒す者)の能力者として教え導いてくれた師というだけでなく、一部の記憶はないが幼い頃から親のように兄のようにヒカを慈しんでくれた、かけがえのない存在でもある。
受けた恩など返しきれるモノではないが、育て甲斐のある弟子であったと、ヨハにはほんの少しでも思って貰いたい…
恩返しの為の大事な一歩を今から踏み出すのだ。
ミアハの力を大国に知らしめるべく、今回、このような形で貴重な機会を与えてくれた長老の期待にも、ヒカは応えなくてはならない。
「よし、頑張ろう!」
様々な思いで散漫になりそうな思考をなんとか整理し、ヒカは白銀色のローブを纏い操縦室へと続く細い廊下に出た。
「…夜が明けるな。」
強力なシールドに覆われた基地内の中央に位置する巨大な建造物上層部の中の広々とした指令室には、危険な星にはあまり似つかわしくない上品な生地で仕立てたスーツを身に纏った恰幅の良い年配の男と、その側に彼より少し老いた感じの長身の軍服姿の男の2人のみがいた。
「妙な時間帯に呼び出してすまないね。今夜帰還する前に、君とこの景色を見ておきたくてね…」
そう言って、スーツの男が手を横に伸ばし壁のある部分に触れると…
室内の壁一面が透けてしまった様に外の様子を映し出す。
外の漆黒の闇は薄くなりながら、徐々に微かな色を帯び始めていた。
「いや私こそ…貴方様とこの貴重なお時間を共有できる事は、とても光栄に存じます。」
軍服の男はスーツの男の少し後ろに控えながらも、彼に追従し天井を見上げる…
「100年…いや200年近くに及ぶか…我が国が水面下で進めていた研究が…あの奇跡のような細胞を持つ娘の出現により…やっと前に進もうとしている。」
「近年の世界各地の草木の発育不良問題は、この研究があの娘によって実用化に一歩踏み出せれば…今、世界で注目の的になりつつあるメクスムのあの男の鼻を明かす事になるでしょう…」
「そうだ。加えてあの…小国ごときの食えない老体も、この素晴らしい問題解決方法の結果を少しでも目の当たりにすれば、グダグダ文句も言って来なくなるだろう。加えて今回は、変異の娘と共に彼の後継候補と噂される男までこの地に引っ張り出せたんだ。いざとなれば彼を人質にする事も策の一つとして考えておけ。次世代の人間全てがあの能力を取り込めれば、それは我が国…いやアリオルムの全ての人々の為のプロジェクトと言っても過言ではない。残念ながらブレム議員が指揮を執っている一方のプロジェクトは…計画の無期延期はもう時間の問題だ。今まで様々な方面から非難や苦言を呈されて来た我々の密かに進める研究こそ…いつか必ず人々に感謝されるようになる。」
「ここに滞在を続ける掘削作業員達はブレムの指示にしか従わないですからね…この度の作戦の為に上陸させた軍部も、彼等は扱い難い事この上ないそうです。だがそのブレム議員ももう…医師の診断では1年も持たないと聞いていますから…あの掘削プロジェクトの方は一度全て振り出しに戻してやり直す事になるでしょうな…」
スーツの男はフッと嬉しそうに笑む。
「そう…あの男はもう風前の灯だ。一時は有能で人望もある奴と目をかけてやっていたが…とにかく理想に固執して融通の効かん使えない奴だ。その癖人望はある奴だからな…今の状況で自然消滅してもらえれば、こちらとしても有り難い。」
「彼の娘もあの強力な能力は少々厄介ではありますが…もし彼女がこの後に不穏な行動を示しても、ここなら始末もなんとかなるでしょう。それにミアハの老体も中々老獪との事ですから、自国の民の多少の犠牲を強いても我々に協力すれば、結果的に彼ら種族の未来にとってもプラスになると…分かる日が来るでしょう。」
「そうだな…だが理解出来なければ、ミアハごとき小国は潰すまでよ。」
日の出と共に壁一面に映し出されていく淡いが鮮やかな…ペールカラーに時々金属的な極彩色も混ざる事のある、独特な虹色の嵐の空を背に…振り向き様スーツの男は軍服の男を見てニヤリと笑う…
「経済も軍事もパッとしない極小国でありながら、かつてはどの国もミアハの攻略には失敗しているようだが…今は武器のレベルは昔の比ではない。我が国が本気になれば、半日もせず結果は出るだろうさ。」
そしてスーツの男は、幻想的な色彩を露わにし始めた空の様子を改めて見上げ…
「ここが正念場だ…よろしく頼むな。」
「御意。我が国の未来の為、必ずやご期待に添えるよう…この身を投じて参ります。」
徐々に輝きを増して行く日の光が2人を照らしだすと、室内には2つの長い影が現れ…それは次第にゆっくりと濃く短くなって行く…
そんな彼等の背後にピッタリと張り付く影はまるで…彼等の謀を象徴するように、どんどんと影の闇は深さを増して行くのだった…
「ヨルア…」
いよいよ歩行にフラつきが出始め、既に先に兆候が出ていた手を布手袋で必死に隠す一人娘の名を…車椅子のブレムはどこか悲しみを帯びた声で呼ぶ…
「……」
ある複数の能力が飛び抜けて強力な特殊能力者の彼女は、父であり上司でもあるブレムが何の為に自分を呼び止めたのかはもう分かっていて…返事も出来ずただ立ち止まった。
「間もなくジウナが来る…君は明後日にミアハの人達と共にアリオルムに戻りなさい。アイラさんの方から既に手配済みと連絡をもらっているから…当日は空港で彼本人が君を待っているそうだよ。」
「……」
これからここにやって来るミアハという特殊な癒しの力を持つ民の中の、ティリという人体を癒す事に長けた能力を持つ種族のジウナは、現在はブレム専属の治療師となっていて…今回彼女はブレムの治療と共にもう一つの隠れた役割を帯び…ここに約10日間とどまる予定になっている。
ブレムの指揮する掘削プロジェクトは、諸々の事情で継続は絶望的な状況となっており…
徹底した利益重視の現テイホ政府はそれを内心は歓迎していて…この掘削プロジェクトに関わる人達はもやは政府を殆ど信用しておらず、ブレム達の監視目的の滞在と思われるテイホの役人側とは、今は微妙に距離を置いている状態となっている。
この状況を利用し、もしヨルアの代わりとなる人間を政府がブレム側に送り込むなら、それは向こうの監視体制の思うツボで、最悪寝首を掻かれる恐れもあり…
だからと言って、申し入れをこちらが表立ってブレム側が断れば、それはそれで角が立ち…向こうに新たな嫌がらせの口実を与えてしまうのだが…
幸い、ブレムのこれまでに培って来た人脈が功を奏し、政府も真っ向からの対立は避ける程に世界的に影響力を持つアイラという人物が彼を強力に援護していて、今の掘削作業の資金提供等の様々な支援も去ることながら、今回ジウナをヨルアの代わりに治療師兼ブレムの介助者として素早くミアハを通じて彼女をこの星に手配し、テイホ政府の許可も抜かり無く取り付けて、彼女はミアハの一行と共に間もなく派遣されて来るのだ。
一応、表面的にはジウナはあくまで治療師と、車椅子生活のブレムの身の回りの介助者としての派遣となっているが、ヨルアがいなくなっている間のブレムは表面上は側に警備のいない状況となる為、ジウナはSPとしての訓練も一通り受けた上で、彼の身辺警護の任も密かに負っている。
元々ティリの民は体力があり、体格も女性であっても筋肉質の人は比較的多く、更にこのジウナは…過酷な生い立ちも影響し、過去に取っ組み合いとなった男性との争いは立ち回りがとても上手く、逃げたり引き分けこそはあれど負けた事がない。
彼女の両親は能力者であったが、ジウナが6歳の時に母が亡くなり…その後の数年間は父はやむなく一人娘のジウナを連れて任務をこなしていたが、任務先の大国からの帰国途中で不幸にも命を落とし…ジウナはたまたま通りかかった人に助けを求めたが、運悪くその男は人身売買に通じていた人物で…売り飛ばされる寸前に命からがら逃げ出すも、父の遺体も見失ってしまい…
それから独り大国に取り残され絶望の中で、繁華街の路地を彷徨っている所をミアハの長老に発見されるまでの3年間は、泥水を啜り時には人の食べ物を盗んで命をながらえるような…厳しく悲惨な日々を送っていた。
その時に暴漢と掴み合いになるような場面も幾度が経験していたジウナは、女だてらにケンカが強かった為に生き延びられた悲しい経緯もあって、今回の任務はブレムの窮状を知り自ら彼の護衛役を名乗り出たモノだった。
だが実は…政府側には他にアイラが送り込んだスパイも基地には複数いて…ジウナだけでなく、ブレムを心から慕う現場作業員達もさりげなく分担して常にブレムを見守ってくれていた。
水面下での攻防は色々と動きが活発になりつつあるが…
何より、今のテイホ政府はセレスの変異の少女の確保を喫緊の目標に定めている為、いずれ撤退するブレム達をあえて今すぐどうこうする動きはない事がヨルアにも見えていた。
けれども…
近い未来にここが大きな混乱に陥る様子もヨルアは同時に薄ぼんやりと見えている為、今の段階でこの星を離れなければならない事は…やむを得ないとはいえ、とても辛い決断だった。
「…分かっているわ。ここで動けなくなったら皆んなの足手纏いになってしまうものね。それだけは避けたいから…でも10日以内には必ず戻って来るから。」
「…無理しなくていい。こちらはいずれ消える身と思っているテイホ政府は既に私達に見切りを付けている様子だからね。撤退まで比較的平穏な状況は続くだろうから、復帰は元気になってからでいいんだ。また元気になった君を待っているから…無理だけはするな。」
…嘘つき…
今回アイツらは軍部の連中まで連れて来て…異様に不穏な気配はパパも十分感じているでしょう…?
いち早く、この星の地中に多量に存在する例の酵素をアリオルムの危機を救う大事な鍵と把握し、ブレムは掘削を提案し実現化に大きく貢献して来た…
その議員でもある彼が…実際にこんな危険な場所まで来て現場の指揮を取り続けるブレムという人間はテイホの国民なのだからと、テイホ政府が現在ここでやりたい放題の状況を作ってしまっている問題もあり、それもまとめてなんとかしようとする動きも水面下で活発になりつつあるが…現時点ではその動きはまだ弱い。
「うん、そうね…私は絶対に戻って来るから…」
…もしかしたら…私は間に合わない…?
絶望的な風景を心の中で必死に否定しながらヨルアは、ウラハラな言葉を言って思わずブレムに背後から抱きつく…
「パパこそ…無理はしないで…」
腕の力がどんどん弱くなっているヨルアにとって、抱きつくには車椅子はとても邪魔だけど…ブレムはもうこれ無しでは過ごせない…
そんなパパを置いて行かなくてはならないなんて…
ジウナの到着を知らせるチャイムが鳴るまで…ヨルアはそんなブレムの側から離れられないでいた…
「おはよう、ヒカ。」
待機中の小型船の操縦室正面の窓の前に立ち、外の様子を見つめていたヨハは、近付く靴音と気配にゆっくり振り返る。
「おはようございます。」
ヨハのやや斜め後ろまで来て、軽く一礼をしながらヒカも挨拶を返す。
肩まで伸びた緩い天然ウェーブの淡いシルバーブルーの髪を後ろで一つに束ね、青色の瞳にスッと通った鼻筋の美しい青年ヨハは、ヒカと同じ種族ミアハの次期首長候補と目されている才能豊かなヒカの師だ。
「ごらん。これが…近付くすべての者を魅了すると言われている、この星の貴重な現象だよ。ここに着いた頃は見えなかったからね…」
再び窓に向き直りながら、ヨハはそこに映し出された空を指差す。
今、二人の居る地点は、この星の約30時間に一度訪れる日照時間の始まりである夜明け。
母星アリオルムより少し弱い日差しの朝ではあるが、この地上で常に舞い上がる特殊な粒は微妙な波長を持つ陽の光を反射し、日の出から約15時間程は空全体が独特の色調で輝き続け、それはそれは幻想的な世界を作り出す。
今、二人の前にはシールド越しではあるが、その虹色の幻想的な世界が出現し始めているのだ。
「…凄い…想像以上です……」
ル・ダの言うように、到着した夜には見る事が出来なかった、夢のような色彩の空…
ヒカは、七色…いや淡かったり…時には金属的な色合いも微妙に混ざり合った独特な色の世界にただただ圧倒され、それ以上紡ぐ言葉を失う…
「…………」
「………」
空に魅力された二人の沈黙を破るように、師が呟く…
「…アリオルムの寒冷地で見られる光のカーテンのような現象とは違って、ここはまるで止むことのない虹色の吹雪が舞い狂っているような世界だね…」
ヨハはゆっくりとヒカの方に身体の向きを変え、言葉を続ける。
「だが事前の説明で君も知っている通り、ここは非常に危険な星なんだ。この星の実態を知っている者からしたらこの美しさは新たな犠牲者を呼び込む為のトラップのようなモノだからね…」
「……」
…船内には常にヒュォ〜という砂嵐の音が微かに紛れ込んでいた。
今、ヨハ達のいる小型飛行船の周辺も全てスッポリと強力なシールドが張ってあるにもかかわらず、激しい砂嵐の音が小さく船内に漏れて届く…
そう…ヨハの言う通り、このαXZ-2akq4i星:通称 ヌビラナ(敵意の虹)は悲しく危険な星…
ヌビラナがかつてどんなタイプの知的生命体が文明を築いていたのかは、最近やっと研究が始まったばかりだが…
高度な文明が発達するも、なんらかの理由で大規模な戦争が勃発し、長期に渡る激しい戦闘の末、破壊力の極めて強い武器の広範囲かつ断続的な使用により、地上の動植物のみならず大気も大きなダメージを受けて、現在のような薄い大気になってしまったらしいという所までは判明している。
星全体を巻き込む大規模な争いの末、大気の層は壊れ、兵器による熱で高温となった海水はどんどん干上って行き…知的生命体はもとより、星に住む大半の生命の滅亡に至ったらしい。
苛烈な戦闘行為によって星を痛め付けた張本人達が絶滅した後は、地表は最後の大きな爆発による高温と高圧の状態が何度か続き、その後長い時間をかけ地表が冷やされて行った事で星の地表面の広範囲にガラス質のモノが形成された。
更に時は流れ…
地表のガラス質の上に降り積もっていた灰は強力な風で徐々に吹き飛ばされて行き…
たまに起こる地殻変動と、止まない強風によって剥き出しになった地表のガラスは次第に削られ砕かれ飛ばされ…
細かなカケラとなったガラス達は高く広く舞い上げられ続け、遂には薄い大気の中を極彩色の細かなガラス片の吹雪がすっぽりと星全体を覆い尽くすようになっていた…
その様を恒星からの微妙な光が照らした時、今の幻想的な世界が誕生したのだ。
その煌めきは、近くを通る者達を魅了し…
煌めきに引き寄せられうっかり上陸してしまった者達は、ほぼ生きて帰れない運命を辿る事となる。
まずヌビラナに於いては大気が薄く、加えてガラス質の粒を多量に含む嵐が、舞い降りた訪問者に容赦なく吹き付ける為、シールド外は防護服かそれ相応の装備なしの生身ではとても歩けない。
更に、かつて滅びた文明が残した多種多様な兵器達が厚いガラス質の表面が砕かれた後に再び露出し、今も尚センサーや攻撃機能を有したまま星全域の至る所で極彩色のガラスの砂に隠れて残存し、機器のセンサーが来訪者の生命に反応する事でそれらが次々攻撃して来るのだ。
命令する者も攻撃の大義もなく、ただ武器だけが殺傷機能を失わずに残り、長い間、訪れる者の生命を狙い戦い続けている。
更には、もし訪問者が攻撃に驚いて反撃したりしようモノなら…
数発の爆発の衝撃は眠っていた連鎖反応機能を呼び覚まし、周辺地域からかなり遠方まで網羅されたトラップ兵器の残骸の一斉攻撃を受けてしまうのだ。
生命は死に絶えているのに、ただ敵意だけが取り残され、訪れる者の生命をことごとく奪おうとする悲しい星…
星から命辛々脱出できた人は僅かの為に未だこの星の実態はあまり知られておらず…数少ない生還者の情報をなんとか掻き集め続けたテイホ国とメクスム国による連合政府は、30年ほど前にこのヌビラナを富裕層の好奇心を満たす為の観光地化目的で、開拓プロジェクトを立ち上げたのだ。
だがその構想は…
アリオルム全体に及ぶほどの広範囲で起き始めたある深刻な現象の為に、問題解決にかなり有効とされるある物質を豊富に含む地中深くの岩盤地層の掘削プロジェクトへと、一気に切り替わったのだった。
連合国はまず地に埋まっているヌビラナの兵器の残骸を細心の注意を払いながらランダムに複数回収し、それらのエネルギー源とセンサーの遮断方法を突き止め、強力なシールドを少しずつ少しずつ張りながら活動拠点の為の安全地帯を作って行った。
アリオルムに於ける現代兵器でそれら砂の下の兵器を一気に破壊してしまう事も不可能ではないようだが、破壊のダメージがヌビラナの貴重な自然現象を変えてしまう恐れもあり、それによって起こり得る新たな自然現象の脅威を避け、いつか地下資源掘削作業終了のその先に再び虹色の嵐を観光資源として富裕層を呼び込む道を閉ざさないよう、現状の自然現象の維持を連合国は優先した。
活動拠点が少しずつ広げられて来ると、次の段階として彼等は星の地殻運動の安定化を図る為にミアハのセレス能力者のプロジェクト参加を要請し、彼等を伴ってあらゆる活断層のポイントを探って行きながら、地を癒す民として選りすぐりの者達の力を利用した。
更に今回は…別件の極秘プロジェクトの重大なキーパーソンであるヒカを、曲者の長老を説得し遂に…名指しで要望して来た。
勿論、ミアハの人間達にはそのもう一方の…陰謀に近い目的は伏せられたまま…
今回の初回任務は予定4時間程で…ヒカの自立の為の試験を兼ねた任務ではあるが、それを終え次第、ヨハとヒカを含むミアハ一行はまず一度帰還する予定になっている。
大事な秘蔵っ子である二人の派遣を渋々許可する代わりに、ミアハの長老が要求したギリギリの条件の1つだった。
それと…
テイホ国の本当の目的を知りながらも、大国とのギリギリの駆け引きを踏ん張り、若きヒカのヌビラナ行きを長老が許した理由の一つには…
ミアハの中では長老と数名の人間しか知らない極秘中の極秘事項であるが、ヨハは他のミアハの能力者達にはない独特で強力な特殊能力を有している為、万が一の緊急事態でも彼ならばなんとか対応してくれるであろうという…長老の一縷の願いも込めた、大国からの様々な圧力やしがらみの中での彼の苦渋の決断でもあった。
「マナイは…掛けているね、チャクラチェッカーは確認した?…ではワープエリアへ…」
ヒカに任務に必要な物の携帯を確認させながら、ヨハもローブを被りながらワープスイッチを手に機体外部へのワープエリアへ移動する。
「準備整いました。」
「よし、では行くよ。」
ワープが苦手なヒカは、ギュッと目を瞑る。
キンッ…という一瞬の耳鳴りのような音が途切れると…
船内よりやや大きく感じる風の音が、ヒカの耳にまず飛び込んで来た。
シールドに守られている基地内ではあるが、二人は小型機の外へ出た。
相変わらず虹色の世界は煌めいていて、窓から見るのとは別格のスケールの色彩の景色にヒカはついつい見惚れしまう…
「観光に来た訳ではないよ、ヒカ。かなり掃き払われているけれど、地面はガラス質の細かな破片だらけだからね。普段でも変な所で転ぶのだから、足元に注意してちゃん前を見て歩きなさい。」
「…はい。」
キョロキョロと上ばかり見て歩き出したヒカの浮き足立つ気配に、変わらず淡々とした口調でヨハが釘を刺す。
「この先に僕が前回の任務で他のセレス能力者の同行した時に付けた印がある。この辺りは念には念を入れて有害なモノは撤去し地面を消毒してあるから、特別に危険というモノはないと思うけど…常に注意深く歩きなさい。シールド内ではあるが、ここは判断の遅れが命の危機もたらす可能性のある場所ということを忘れてはいけないよ。」
「……」
「大変な任務だけど、ヒカにはこのような独特のプレッシャーのかかる地での任務は能力者として良い経験になると思う。」
「…はい…心します。」
ザリッザリッと、どうしても僅かに吹き込んでしまうガラスの粒の残る地を踏みしめて、歩調をやや早めるヨハの背中を、ヒカも早足で追う。
二人の足元もまた、時々キラキラと七色に輝いているが…ヨハから離れまいと必死でヨハの背中を追うヒカは、過酷な環境での師との最後の任務に集中していた。
「…見えた…あれだ。」
ヨハの視線の方向にヒカも目を凝らすと、小さな3つの黒い点が見えて来た。
近付くと、黒っぽい金属状の杭のような物が3つ打ち込まれていて、その両側には厚めの生地で出来たシートが敷かれていた。過酷な場での任務でよく使用されるメブというミアハの能力者の瞑想用シートだ。
ヨハはその黒いポイント横のメブの上を念入りに払って細かな欠片を落としてから腰を下ろし、セレス特製ローブの布を足に巻き込まないよう胡座をかいて座った。
「ここは活断層の始まりの地点だ。ヒカは隣のメブに座って。」
と、ヒカに促す。
「はい。」
ヒカもヨハと同じ様にして、臀部にローブの布を挟まないよう注意してメブの上で胡座をかく。
白銀色の特殊な素材で作られているセレス専用のローブは、セレスにとって好ましくないエネルギーから守るものであり、セレスのエネルギーを不用意に周囲に放出しない為の防護服のような役を為すモノでもある。
セレスの能力者にとってローブはコロニーの外を歩く際の必須アイテムであるが、能力を使う際は力を遮断しないよう地に接触する部分にローブを挟まないように注意する。
「では、目を閉じて…マナイを…」
ヨハが指示する。
「はい…」
ヒカは目を閉じて…
右手で首にかけられている紐の先の翼と三角の形が刻印されたマナイという美しい乳白色で半透明な結晶をそっとにぎり…呼吸を徐々にゆっくりにして行く…
ゆったりした呼吸を繰り返しながら徐々に意識を呼吸のリズムに委ねる…
しばらくすると、閉じた両目の間の少し上辺りに薄っすら光が見えてくる。
その光をゆっくりと喉の辺りまで降ろし、そのままミゾオチ…臍…尾骶骨へまで降ろして行き、更にその先の地面へと降ろす…
そのままずっと下へ…下へ…どこまでも深く降ろして行き…
その光の糸はやがて、ゆったりした呼吸に導かれ深淵へ…深く落ち込む…
しばらくすると、地の底に降りた光の糸の先がふんわりと青色に光り、その光は徐々に近辺深くの一面へと広がって、地の底が青色の光で一面に満たされる…
その状態から、広がった青色が白く変わるまでセレスの癒しの瞑想は続く…
その状態に至るまでに要する時間は、場所や行う能力者の力で様々だが、だいたい2時間から4時間…
ただヨハとヒカの場合は力がとても強く効果の及ぼす範囲も広い為、大体セレスの平均的な能力者の半分くらいの時間で地の癒しは完了する。
癒しの瞑想が正常に完了する目安はセレス自身は感覚で分かるが、一応客観的な目安として、セレスとその接している地が清浄の気で満たされ共鳴すると現れる波長があり、チャクラチェッカーはそれを感知してチリンチリンと小さなベルの音で知らせてくれる。
またこの機器は、瞑想を行う能力者のチャクラバランスが崩れている時もピコピコと可愛い警告音で知らせてくれ、チャクラチェッカーはミアハ種族にとって普段から必需品でもあった。
チャクラは身体を通るエネルギーの弁のような存在で、浄化と癒しを施す側のチャクラのバランスが崩れていては清浄の共鳴は起きないばかりか、場合によっては対象の地に悪影響を及ぼしてしまう場合もある為、ミアハの者が癒しの瞑想を行う際は身に付けておくべき必須アイテムでもある。
首に掛けているペンダントタイプのマナイという鉱物の結晶も、身体を流れるエネルギーの浄化や調整を促す事で癒しのエネルギー増幅の手助けにもなり、これもミアハの者が普段からに身につけている大切なアイテムである。
…チリンチリン…
瞑想を始めてから1時間を過ぎたあたりで2人のチャクラチェッカーがほぼ同時に鳴る。今2人が瞑想をしていた地帯の癒しと浄化が完了した知らせである。
セレスから見ると星は生きていて、人体にチャクラがあるように大地にも似たようなエネルギーの流れの弁のようなポイントがあり、それが活断層で、地下深くの活動を安定感させる為のツボとも言える場所なのである。
ヒカがゆっくり眼を開けて隣のヨハを見ると、彼はジッと前を見つめていた。
「やはりル・ダと一緒に行うと浄化がとても早い。流石です…」
「……」
感心しながらヒカが話しかけても、まるで聞こえてないかのようにヨハはじっと前を見つめたままだった。
「………」
「……?」
ヨハの沈黙に、ヒカが少し戸惑っていると…
「正直、この星に来るまでとても心配だった。ヒカの様な特殊な体質では不安要素が多過ぎると……。けど、結果は予想以上だった。能力者として君は成長したんだね…」
ヨハは相変わらず前を見つめながら呟くように言うと、少し寂しそうな表情でやっとヒカの方を見る。
「何もかも慣れない過酷な状況下で、力はきちんとコントロール出来ていた。君の力は素晴らしかった…ヒカ、君は合格だよ。」
自立の為の試験合格をヒカに告げるとヨハは、スクッと立ち上がってまだ胡座のままのヒカに笑顔で手を差し伸べる。
「試験は終わりだ。アリオルムへ帰ろう!」
胡座を外し、出された手を反射的に握ったヒカの手を、ヨハがグイッと引き上げる。
「あっ…と…」
ヒカは立ち上がるも、よろけてヨハの方へ少し身体が傾く…
「⁈」
自分の方へよろけたヒカを、ヨハはそのまま抱きしめて受け止めた。
「おめでとう、ヒカ。本当に…ここまでよく頑張ったね…」
普段はあまり褒めたりしない師の…不意の抱擁に驚きながらも、師の腕の中の温かさと優しい労いの言葉に涙が込み上げて来て…
「ル・ダのお陰です。いつもいつも私の体調を気にかけて下さった師の元だったから出来た事です。本当に、本当に感謝しかありません…」
思わずヒカもヨハの背中に手を回し、ギュッとしがみつく…
「……」
抱きしめたまま…
まだ師は言葉を返さない…
と…急に抱擁を解かれ…
ヒカが戸惑いながらヨハの顔を見上げると…
いつものように穏やかに微笑む師がいたが、やはりその顔はどこか悲しそうに見えた。
「君の力はもう僕以上だよ。力を安定的に調整する事も出来ている。あとは経験が解決して行く事だろうし、チャクラチェッカーもある。能力者として僕が指導する事は…もうないよ。」
修行の終わりを告げる言葉ではあったが、それは同時に師弟関係の終わりも告げてもいて…
弟子の旅立ちを受け入れ、徐々に距離を置こうとし始めているようなヨハの言葉に、覚悟していた以上の寂しさと不安が一気に押し寄せて来たヒカの心の中は、無事試験に合格した嬉しさより動揺がどんどん大きくなって行く…
なんて言葉を返していいか分からない…
「ル・ダよりなんて……そ……っ…」
" …あなたはいつも当然のような顔してヨハの側にいるけれど…あの人に側にいてはダメよ。近付かないで!"
なんとか言葉を発しようとした瞬間、ヒカの視界に大きな大きな青い瞳が現れて、それはヒカを睨んでいるようだった…
その瞳には悲しみと同時に敵意も…ヒカを責めるように瞳はどんどん迫って来て、彼女を飲み込もうとしている…
…この瞳はどこかで…?
そうか…あなたは…
…そうですね…仰る通りです。
私が今後のル・ダの邪魔になる事は…私なりに理解してます。
分かっているつもりなんです…ゼ…
「痛っ…」
個室に居た時から意識しないようにしていた微かな腹痛が急に強くなる…と同時に視界がぐるぐると回り始め、ヒカはお腹を押さえながら膝をつく。
「ヒカっ?」
ヨハは急にうずくまったヒカの身体を支える様に右肩を軽く掴み、左手でヒカの背中にそっと触れて何かを確認するようにゆっくり摩る…
「緊張とプレッシャーからだろう…胃腸のエネルギーが滞って弱くなっているね…何も考えず、このままでいて…」
ヨハは目を閉じて摩っていた手をヒカの腰の少し上辺りで止める…
「……」
言葉を返せず…
背中に置かれたヨハの手の心地良さを感じながらヒカは意識を手放し、支えるヨハの腕へ身体を預ける様にゆっくりと崩れ落ちた。
「ヒカ?、ヒカッ」
「……」
反応のないヒカの身体を、下から掬い上げるように横抱きにしてヨハは立ち上がる。
「貧血も?…また……どうしてなんだ?」
悔しそうに舌打ちし…
来た方向に向かってヨハはゆっくり歩き出す。
「……」
やがてヨハは歩を進めながら、目を閉じた愛しい弟子を見た…
「…こんな危険な場所でも君の警告音は一度も鳴らなかったね。ヒカ、君は頑張ったんだよ…頑張ったのに…」
相変わらず砂嵐の音はシールドの中に漏れていて…
ヒューヒューと…
ヨハの心に切なく響く。
「…」
出発前のカシルとのやり取りが脳裏に甦る。
"「なぜお前達が行かねばならない?命に関わるかも知れない任務になると、エンデから聞いているぞ。それに予言書だって…」"
カシル…君も分かっているだろう…?
ミアハの立場は長老達の努力により連合国側に認められつつあるとか言ったって、結局、何かあれば奴らは我々の足元を見て要求を飲むようたくみな駆け引きを持ち込むんだ。
ミアハは所詮…
小さな種族の一つでしかないようだよ。
奴らは…
ミアハの子供達を数多く攫って…見せ物にしたり実験材料として切り刻んだり…それでも飽き足らずに今度はヒカを…
けど…
僕はどんな事をしてもヒカを守る。
絶対に!
「…帰ろう…ヒカ…」
…ヌビラナの件が終わったら…その後は…
ヒカと一緒の任務に赴く事はもうおそらくないだろう。
なぜなら…それをヒカが望んでいるから…
「……」
ヒカを抱え直したヨハの表情が一瞬歪み…青く美しい瞳から涙が溢れそうになるのを慌てて彼が肩の部分のローブで拭った事は…
母星から遠く離れた哀しみ深き星の、虹色のカケラ達しか気付かないことだった。
『オヤ?…』
同じ頃…
ヌビラナの近くを小さな青い箒星が通り過ぎた…
いや…
箒星にしては、それはあまりに小さく…
儚い光…
その光は時々…人型に見える瞬間もあった…
『メズラシイナ…ドウゾクノケハイガスル…』
『……』
『……キミガ…ヨンダノカイ?』
その光は虹色に輝く星に尋ねる…
『……』
長い沈黙の後…
《マァネ……》
と…
質問したのを忘れかけた頃…その返事は返って来た。