善意の改竄者 Sheet6:エピローグ
翌日。
鳥海は社長ほか上層部の面々と共に、改竄の張本人と思われる人物に対し事情説明を求め、大筋で自供ともいえる言質を取ることが出来た。
パソコンスキルが壊滅的に備わっていないという事で、民間のスクール(シニア向けコース)に通う事を条件に降格等の処分は保留となった。
「てな連絡がさっきメールで来たわ。エルにくれぐれもよろしくってさ」
「役に立てたかな?」
「そりゃもう。鳥海さんも店の常連になったし」
「じゃあご褒美欲しいな」
「お、エルにしては珍しいな。いいよ何か欲しい物でもある?」
「あの野良猫ちゃん、ウチで飼いたい…」
例の野良猫は何度か餌を与えたせいもあって、店の勝手口辺りで以前にも増して見かける様になっていた。
「でもなぁ…ウチは飲食店だし…」
「二階で飼えばいいでしょ。店の方には来させない様にして…アキラはひょっとして猫嫌い?」
「いや…嫌いじゃないけど…」
「そうだよね。前にも捨て猫拾ってるもんね」
エル自身の事だ。
客に対してエルの事を「捨て猫拾ったようなもん」と言ってたのを揶揄してるのだ。
「あの猫、そりゃ今は子猫だし飼ったら可愛くて仕方ないだろう。情だってどんどん湧く。でもなぁ、猫の寿命は短いからな。せいぜい十五年、持って二十年くらいだ。そしたらお別れするとき悲し…」
そこまで言ってアキラは自分の馬鹿さ加減に腹が立った。
俺は何を言ってるんだ!!
エルは怒ってるか?それとも悲しんでる?
恐る恐るエルを見る。
その丹精な顔立ちは恐ろしいくらい無表情だった。
永遠に続くかと思われた沈黙をエルが破る。
「アキラ…」
「は、はい」
「エルフ族にとって人間の百年も猫の二十年も誤差みたいなもんです」
「……」
「愛する者とのお別れに涙を流す事はあっても、それは後悔の涙ではありません。
私はとっくに覚悟を決めてます!!」
エルの凛とした言葉が静寂よりも静かな、それでいて張り詰めた空気をもたらした。
次に沈黙を破ったのはアキラだった。
「俺だけがずっとヌルい気持でいたんだな…」
「アキラ…」
「よし、決めた!」
「!」
「飼おう、あの猫ちゃん」
「あ、そっち…」
「ん?俺いま変なこと言った?」
「言ってない、言ってない」
「いま居ないかな?ちょっと探しに行こう」
猫はすぐ見つかったが、そこから地元の愛護団体に連絡したり動物病院につれて行ったり、ケージやトイレを買いに行ったりと、落ち着かない日々が続いた。
一段落すると、名前を付けてないことに気が付いた。
「エルが付けてやれよ」
「うーん、じゃあオムライス!…だとちょっと長いからオム!幸せという卵で包まれて、愛の魔法がかけられてるの」
「"オム"か、いいじゃん。」
子猫はメスだけど、後で調べたら"オム"はフランス語で男性の意味があると分かった。
でもそんな事はどうでもいい。
ここは日本だし、性別の事は気にしないのがスナック『エンター』のルールなのだから。
〈完〉