善意の改竄者 Sheet1:野良猫
とある街の小さなスナック『エンター』。
何故かIT絡みの難事件が舞い込むが、馴染み客と結成したチーム『エクセレンター』が華麗に解決。
【登場人物】
アキラ:『エンター』の店主。性別不詳で通している。ショートヘアで丹精な顔立ち、Tシャツにレザージャケットが定番のスタイル。
客はマスターかママか分からないので、「アキラさん」と呼ぶようになる。
エル:『エンター』唯一の従業員。自称異世界から転移してきたエルフ。尖った耳がユニークな北欧系美人。魔法は使えないがPC、特にエクセルに精通している。"エル"はアキラの付けた愛称。
川口:チーム『エクセレンター』発起人。通称"グッさん"。ダジャレとオヤジギャグを好む会社経営者。
育美:『エクセレンター』命名者。サブカル好きな20代OL。マニアックな知識が問題解決の糸口になったりする。アキラとエルのカップリング推し。
薔薇筆:20代後半の技術系会社員。店のサイトにクイズを送り付けて来た。"薔薇筆"はその際のハンドルネーム。理数系が得意な事から『エクセレンター』のメンバーに加わる。現在育美と交際中。
とある街の小さなスナック『エンター』。
二階が居住スペースとなっており、そこで店主のアキラと従業員のエルが共同生活を始めて一年と少し。
数日続いた春の長雨は今朝方止んだ様で、アキラが目を覚ました頃にはカーテンの隙間から陽の光が差していた。
エルはまた一人でコンビニに行った様だ。
テーブルの上にそう印したホワイトボードが置いてある。
階下の店に降りてコーヒーを淹れる。
コンビニにも挽きたてのコーヒーはあるが、通例としてエルがそれを買ってくる事がないのは承知している。
程なくして勝手口から解錠の音が聞こえる。
エルが帰ってきた。
「お帰り、エル」
「ねぇアキラ、表にまたいたよ」
ただいまの挨拶もなしにエルが言う。
「またって、あの猫か」
長雨でしばらく見なかったが、最近ちょくちょく野良猫を見かける様になっていた。
どこにでもいる虎縞の雑種、生後一年にも満たないだろうか。人間の年齢換算でもまだ子どもだ。
「どっかの軒下で雨宿りでもしてたかな」
アキラはエルが次に何を言い出すか見当が付いていた。避けたい話であると同時に、避けられない話なのも分かっていた。
「ねぇ、あのコに食べ物あげちゃダメかな?このツナサンドとか」
エルはコンビニで買ってきたレジ袋を少し持ち上げながら言った。
「あのなエル、基本的に人間の食い物は猫にとっては味が濃すぎるからやらない方がいいんだ。食材によっては毒になるものだってある。タマネギとかな。何だよ、何で泣きそうな顔してんだよ。確かに雨の間何にも食べてなくてお腹空かせてるかも知んねぇけど…分かった、分かったからちょっと待ってろ…うんそうだな、冷蔵庫に鶏のささみがあるから茹でたやつを少しやってみるか」
アキラは半ば諦め気味に言いながら小鍋で湯を沸かし始めた。
さっと湯通ししたささみを細かく刻み、紙皿に乗せる。
笑顔になったエルはそれを受け取ると勝手口から表へ持って行った。
しばらく辺りを見回したが、子猫の姿は見えない。
「猫ちゃん…いないの?」
独り言の様に囁くエル。
とりあえずささみを乗せた紙皿をエアコンの室外機の横へ置いて様子を見ることにした。
一年と少し前、アキラがエルを見つけたその場所に。