あばたもえくぼ
ホラーのつもりで書きましたが、どう頑張ってもホラーにできませんでした
「はじめまして、レディ」
初めての夜会に参加する少女に、そう声をかけた令息は、麗しいと有名な伯爵令息だった。
子爵令嬢は、思わずその麗しい顔に見惚れて、慌てた様子で返事をした。
「ごきげんよう。何か御用ですか?」
「愛らしいレディにダンスの誘いを、と思いましたが……こんなにも愛らしいお方だから、お相手がいらっしゃるかな?」
「いいえ。まだ、婚約者もおりませんの。本日のエスコートは親戚に頼みましたわ」
「それはよかった。ぜひ、一曲お相手願えるかな?」
彼女はきっと、ダンスの教師やお父上、親戚のお兄様と呼ぶ男性。そうではない殿方と初めて踊ったのだろう。
「君のことをもう離したくないんだ」
二人にしか聞こえないような声で、伯爵令息は子爵令嬢に言った。彼女は舞い上がったような表情を浮かべ、頬を染めた。
「ただ、僕は伯爵令息で君は子爵令嬢。僕たちの関係は、みんなには秘密にしておこうね」
「はい」
二人の関係はこうして内密なものになったのだった。
◇◇◇
「ラザンテール伯爵令息が、マイティス伯爵令嬢と婚約なさったそうよ」
そんな噂話が聞こえるようになった頃は、伯爵令息と子爵令嬢の関係が深まり、彼女は彼に全てを捧げた後のようであった。
「フラン様! マイティス伯爵令嬢との婚約は、本当なのですか? わたくしとの関係は、遊びだったのですか?」
「違うんだ。レイリア。マイティス家との家とのつながりで婚約をしただけなんだ。僕が後継として正式に指名されたら、マイティス伯爵令嬢とは別れて、君と婚約すると誓うよ」
「フラン様……」
「信じてくれるかい? 僕の愛しいレイリア」
「ええ。フラン様がそこまでおっしゃるのなら、もちろん信じますわ」
「ただ、こちら有責で別れることはしたくない。僕が婚約破棄し終わるまで、僕たちの関係は秘密だよ?」
「……わかりましたわ」
うぶな子爵令嬢はそう言って言いくるめられた。
◇◇◇
「ご覧になった? ラザンテール伯爵令息とマイティス伯爵令嬢のお姿」
「美男美女で本当にお似合いね。そう思わない?」
「え、ええ」
「レイリア様は昔、ラザンテール伯爵令息に声をかけられていらしたものね。初恋のお方が別の令嬢と婚約されたのは、複雑なのかしら?」
「もう昔のことですから……」
子爵令嬢の横を通る時、伯爵令嬢がぼそりと何か呟いた。
「馬鹿な女ですこと」
◇◇◇
「レイリア!」
婚約者である伯爵令嬢を伴って、伯爵令息が参加した夜会の後、子爵令嬢はいつものように呼び出されました。
「もう、わたくしたちの関係をおしまいにしてくださいませ」
「……わかった。僕はいいよ。でも、君はもう全てを僕に捧げているだろう? まともな婚約は望めないんじゃないか? 僕が婚約破棄するまで待っていた方が、君のためになるんじゃないか?」
「……わかりましたわ」
「ありがとう。レイリア。愛しているよ」
「ええ、わたくしも。フラン様」
そう言って、二人は想いを確認し合ったようだ。
◇◇◇
「フラン。お前まだあの子との関係を続けてるのか?」
「あぁ。婚約者には、触れることも許されないだろう? 発散する場所がないとな」
夜会の途中で、子爵令嬢がお手洗いに立つ。彼女は、いつも少しでも伯爵令息を見つめるために、男性たちの社交の場の横を通るようだ。すると、伯爵令息とご友人の話し声が聞こえてきた。
「あの子ももう、婚約者ができるんじゃないか?」
「それはどうだろうな」
「もしかしてお前、最後まで……。最低だな。今の婚約者と婚約破棄して、あの子と婚約し直してやれよ」
「いやだよ。子爵令嬢だろう? しかも、婚約者の方が美人ときた。別れるつもりはないよ。所詮、あいつは、二番目の女なんだよ」
「二番目令嬢ってことか」
「お前上手いこと言うな」
友人たちと伯爵令息の笑い声がこだまする。ただ一人、二番目令嬢と言った友人は複雑そうな表情を浮かべているが。
別れるつもりはない。二番目令嬢。婚約者の方が美人。いろんな言葉が子爵令嬢の頭の中を巡っているかのように、彼女はふらついた。そしてそのままお手洗いへと吸い込まれていったのだった。
その夜、子爵令嬢は彼女のお父上にお願いしたようだ
「侍女として、マイティス伯爵家へわたくしを行儀見習いに出してくださいませ」
「伯爵家へ? 最近取引を始めたから、伝手がないこともないが……。それよりも、婚約者を探す方が優先ではないのか?」
「わたくし、マイティス伯爵家で働いてみたいのです」
まるで、浮気相手の家に乗り込むような表情を浮かべて。