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ヱトの花  作者: 高城ノキ
弐、釣鐘柳
12/13


「今年は小鳥遊将軍も御出になるそうよ」

「では、数年振りにお顔を拝見出来るのね。楽しみだわぁ」

「ええ。何せヱトの花ですもの」


 何処かうっとりとした二人の声色。

 思い浮かべるのは小鳥遊の黒曜石を思わせる髪色と宝石の様な紅い眸。

 けして珍しい組み合わせでは無いが、彼の美貌と相まって、一際綺麗に見える。

 淑女二人の会話に『やっぱり、小鳥遊将軍は凄いなぁ』などと内心相槌を打ちながら、ヨミはケイクを咀嚼した。

 流石に三口目は……と躊躇っていると急に影が降りてくる。飲み物を取りに行った薊が戻って来たのかと思い、ヨミは顔を上げた。

 しかし、其処に立っていたのは薊とはまた違う洋装をした見知らぬ男。小鳥遊程では無いが、整った顔をしている。

 目が合うと男はにこやかに笑い、ヨミの隣に座った。


「御機嫌よう。御一人ですか?」


 男は足を組み、ズイッと此方へ顔を近付ける。咄嗟に彼から離れようとヨミは体を右側へ引く。

 爽やかな笑顔ではあるが、何故か怖い。試しに接客業で培われた営業用の笑顔で『いいえ。待ち人が居ます』と返してみたが、立ち去る気配は無い。寧ろ、更に身を寄せてくる始末だ。


「白百合の様な女性を待たせるなんて、禄でも無い人間ですね。代わりに僕がエスコートしましょうか? 仕事柄普段は伊之国に居りまして、女性の扱いには長けてるんです」

「!?」


 不意に両手を握られ、その拍子にカシャンとケイクの皿と突き匙が落ちる。食べ物を扱っていた身として『何て罰当たりな事をッ!』と声を上げ、相手を叱責したい勢いだったが、今の自分はあくまでも淑女。淑やか且つ平和的に解決するしかない。


「ほ、本当に……ッ! 結構です……!」


 怒りを表に出すまいと顔を引き攣らせながら、ヨミは最大限の淑女らしい笑顔で対応する。だが、男の口は止まらない。


「控えめな所も素敵ですね。何より、その美しい琥珀色の眸! 嗚呼、僕はなんて運がいいんだ……!」


 酔いしれる様な男の素振りに悪寒が走る。稀に和菓子を買いに来た客からも『綺麗ね〜縁起が良いわ〜』と褒められていた琥珀色の眸。これも称賛の分類なのだろうが、どうもこの男の言葉は受け付けない。


「あの……っ!」

「折角の御縁です! お互いもっと語らいましょう! 今夜、僕の泊まっている宿に是非お越しください」


 男の手から両手が解放されたと思えば、彼は懐から何かを取り出し、其れをヨミの小さな手に握らせる。

 男が握らせたのは青い蜻蛉玉が付いた簪。有無を言わさず簪を渡され、流石のヨミも危機感を感じた。


「い、行きませんし、要りません……ッ! お返ししますッ」


 トンッと密着していた彼の体を簪と一緒に突っ返す。その行動に男の表情が崩れた。

 先程とは違う焦りを含んだ眸。まさか自分が断られるとは思いもしなかったと言いたげな顔。

 再び掴まれそうになった両手を胸元へ寄せ、ヨミは更に体を引いた。


「いやいや。暴力を振るっておいて、その態度は如何なものかと思いますが?」

「暴力なんて振るっていません。もう一度言いますが、私には待ち人が居ます。お引き取りくださいっ」

「ですから、貴女の様な『か弱い』女性を待たせる人間など、高が知れてると ―― 」


 ザリッと。此処に来て初めて彼の足音を聴いた。

 いつから其処に居たのか。白い番傘を差し、自分と男を見下ろす二つの紅。少し弄られた前髪のお陰で、今日は彼の顔立ちがよく見える。


―― 綺麗だ。


 明るい色合いの羽織袴も。傘に出来た桜の影も。耳に掛けられた横髪からハラリと落ちた一房さえ、目が惹かれる。

 ヨミを含め周りの惚けた表情に気付いた男が後ろへ振り返る。途端に男の顔色が空よりも真っ青な色に変わった。


「た、小鳥遊……ッ、さま!」


 男の声が裏返る。無理もない。今、自分を見下ろしている人物は若くして日之国を治める権力者なのだ。


「以前、宴の場で無理強いは止めろと忠告した筈だが? 性懲りも無く、まだやっていたのか」


 紅い双眸が冷たく光る。小鳥遊の口振りから、男は一度咎められた事があるらしい。今にも射殺されそうな眼光に男は体を震わせながら、首を横に振る。


「いえ! 滅相も御座いません! この女が節度を弁えぬ、無礼な態度を取ったもので……!」


 そう弁解しながら、男はヨミを指差した。何処まで恥知らずなのか。自らの保身に走る男の愚行に思わずヨミも『はぁ!?』と声を荒げてしまいそうになったが、肌を刺す様な何かとミシ……と傘の持ち手が軋む音に口を噤んだ。


「先ず、お前がすべきは謝罪だろうが。そんな事も理解出来ないのか。やはり、他人を盾にする人間など高が知れてるな」


 呆れたと言わんばかりに小鳥遊は首を振り、男がヨミに掛けていた言葉を被せる。其れだけで男の肩は面白い程大きく跳ねた。


「これ以上、興を削ぐ様なら『御退場』願おうか」


 腹の底が凍てつく声。この宴に相応しく無い言葉を避けたのは小鳥遊なりの配慮だろう。

 すっかり萎縮してしまった男は頭を低くしたまま、その場を立ち去った。


 

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