8:ウザイ状況~リリアン~
とりあえず用意された紅茶を飲んでみると。
美味しい……!
砂糖もミルクもいれていないのに、普通に美味しい!
紅茶なんてファミレスの飲み放題で飲むぐらいで、でもいつも味が濃くて渋い感じで。砂糖とミルクたっぷり入れるのがデフォだからこれには驚く。きっと高級なんだ、これ。
あたしが紅茶に感動する様子を見ていたスコット皇太子が笑顔になった。
この笑顔は普通にカッコいい。
「リリアンは。本当にあの女と違い、笑顔が可愛いね」
この一言に紅茶を飲んで幸せ気分になっていた気持ちが吹き飛ぶ。
あのさ、他の女と比べるとか、ホント、ウザイのですが。こっちからしたら昔の女なんて関係ない。なんでそこで比べるわけ?
というか、あたしは整理整頓をしたいのよ。あの時何があったかを。今、この場に皇太子は不要なんだけど。でも居座るつもりだし、だったらガン無視して考えよう。
そう。あの庭園にあたしはマリーを呼び出した。本来エスコートされるマリーを差し置いて私を同伴することになったことを一言詫びようと思って。それであの庭園で会話を始めた時……。
そうだ、あの時、あたし、覚醒しそうになったんだ!
マリーと話し始めた瞬間、急に脳裏に目前に迫った軽自動車が浮かんで……。
「!?」
突然の事態に声も出ない。
ソファに押し倒され、スコット皇太子が私にのしかかっている。
「リリアン、わたしがいるのに、さっきからつれないじゃないか」
あー、ウザ。
これ、どうしたらいいの?
多分さ、あれやこれや言ったら、不敬罪とかになるよね。
誰か、コイツのことどうにかしてくれない?
そう思ったら。
ガシャンと窓が割れる音がして、スコット皇太子が驚いて起き上がった。
何事?と思い、私も体を起こし、割れた窓の方へ向かうスコット皇太子を見ていたら。突然明かりが消えた。
えっ。
そう思ったらなんだか低くくぐもった声が聞こえ、そして。
首筋に死の気配を感知した。
こんなもの感じ取ることができるんだ。あ、でもあの軽自動車にぶつかる直前も同じように死を自覚した。
ということは死ぬの、あたし、また?
「自分がしたことを噛みしめ、後悔しながら死ぬといい」
冷たい声だけど、とても素敵な声だった。こんな声の持ち主ならものすごいイケメンに違いない。……こんな風になんだか冷静なのは、一度死んでいるからかな?
「スコット皇太子さま、スコット皇太子さま、失礼いたします、大きな物音がしましたが、ご無事でしょうか」
扉がノックされ、警備の騎士の声が聞こえる。
あたしの首筋に当てられていたもの。おそらく剣が首から遠ざかった。
だが次の瞬間。
悲鳴をあげそうになったが、手で押さえられていた。
胸の辺りを切られたと思い、泣きそうになる。
「余計なことをしたら、その場ですぐ刺し殺す。お前はただ黙って扉を開けろ。分かったら、今すぐ立て。立たないと殺す」
さっきは冷静な自分を自覚したが、今はそれどころではない。ガタブル状態で立ち上がり、なんとか暗闇の中、扉へたどり着く。
「スコット皇太子さま、スコット皇太子さま」
警備の騎士にも促され、あたしは扉を開けた。
あたしにいろいろ命じた男は、あたしの背後に立っている。そしてあたしの背中には剣が押し当てられている。肌に金属を感じていた。
「スコット皇太子さま……、あ……」
警備の騎士は私の頭上の方を目を凝らして見ていたが、あたしが視界に入ると顔を真っ赤にしている。そして慌てて視線を逸らした。
そこで気が付く。自分の状態に。
ピンク色のふわふわな、まるでお姫様のようなドレスを着ていた。でもそれは胸元が大きくはだけ、下着の一部が切れており、豊かな谷間が大きく見えている。お姫様から一転、これではまるで娼婦だ。
「し、失礼しました。そ、その何かありましたら、お呼びください」
警備の騎士が扉を閉める。
その瞬間、男がいきなり首筋に唇を押し当て、自身の体をあたしに押し付けた。当然だが、悲鳴をあげそうになったが、口の中に指を入れられた。悲鳴にはならず、なんだか変な媚びるような声を漏らしている。さらに肩にもキスをされ、とんでもない声が漏れてしまった。
な、この男、殺すのが目的ではなく、襲うのが目的!?
「よし、いったな」
いった……!?
「これでもう、お前が悲鳴をあげても、お楽しみ中の最中と思われ、助けは来ない。まあ、悲鳴を上げる前に逝かせてやるが」
体を離した男は、腕を掴んで思いっきり部屋の奥へ向かい、あたしの体を放り投げた。驚き、お尻から床に倒れ込む。すぐに起き上がったが、剣を突き付けられていることに気づく。扉の隙間のわずかな明かりに、剣先が光って見えていた。
「待ってください!」
「今さら、命乞いか?」
「違います。理由を教えてください。なぜ私が殺されるのか、その理由を。スコット皇太子を暗殺した。一緒にいた女も殺した、そういうことですか?」
しばし沈黙の後に、男が声を出した。
「自分が殺される理由を知りたい……。変わった女だな。命乞いよりそれか?」
そう言われると……。確かに。あたし、変わっているかも。
「……そうですね。変わっているのかもしれません」
またも沈黙した男だったが、ゆっくり口を開いた。
「お前が殺される理由。それは皇太子の心を奪い、無実な罪を被せた稀代の悪女だからだ」