7:思いがけない提案~マリー~
「ジェフ様の婚約者……!?」
まさかここでそんな提案を出されると思わなかった。しかも手を握られるという前世でも経験のない事態に直面しているのだが、そちらに反応することはできていない。
スコット皇太子の近衛騎士であるジェフ・リースは、乙女ゲーム『夢見ドール』の攻略対象ではあるが。悪役令嬢であるマリーとの絡みはない。マリーはスコット皇太子の攻略時に悪役令嬢として登場するが、そこで断罪され、ゲームからはフェードアウトしてしまうからだ。よってまさかここで悪役令嬢の新たな婚約者候補として絡んでくるなんて、想像もしていなかった。
「失礼な言い方になってしまうかもしれません。でも殿下は既にリリアンさまに夢中です。リリアンさまと婚約できるなら、正直、あなたのことはもうどうでもいい……ぐらいに思っているでしょう」
その言葉には……さすがにズキンときてしまう。私は悪役令嬢マリーであるが、同時に前世での記憶がある。だからなんというか客観的に考えることができた。自分がマリーであると自覚はあるが、それを別人格として見ることができるというか。実際、私の中にマリーという人格があるわけではないのだけど。
ともかくマリーには好きな人がいる。スコット皇太子ではない男性が好きだった。でも皇太子の婚約者に選ばれ、彼をあきらめた。そして皇太子妃となるために厳しい妃教育にも耐えてきたのだ。懸命にスコット皇太子に尽くそうとしていた。それなのにこうもあっさり心変わりするなんて。さすがにマリーを可哀想だと感じてしまう。
いや、マリーはもはや私なのだけど。
「つまり、もし自分がマリーさまと婚約したいと殿下に申し出たら、驚きはするでしょう。でも認めてくださると思うのです。自分は殿下にとって、少なからず優秀な部下と思われていますから。優秀な部下……いえ、忠実なしもべ、でしょうか」
最後の皮肉めいた言い方は気になるが、それ以上に気になることは……。
「私は……リリアン様の殺人未遂の罪に問われています。それなのに私を婚約者になんて……できるのでしょうか?」
ジェフは「そんなことか」という顔になり、私に微笑む。
「大丈夫です。あなたが無実であると証言する人間を用意しますから」
「……! そんなことができるのですか!?」
できるのだろう。ジェフはこくりと頷く。
「嘘の証言をしていると疑われることは? それにリリアン様が騒ぐのでは?」
「あの場にいたのは、マリーさまとリリアンさまの二人だけ。嘘の証言をしていると証明することができないでしょう。リリアンさまは……大丈夫だと思います。マリーさまが心配せずとも、自分が対処しますから」
そうなのか。そんなものなの?
私は……自分が置かれている状況をとても絶望的に捉えていた。断罪終了後の覚醒で、既に詰んでいる。しかも殺人未遂と言われているその現場での記憶もない。孤立無援。もう助からないと思った。
でもこのジェフを頼れば、私はここから出ることができる。しかも罪に問われることもない。
え、でも、待って。
ジェフは私を無実であると証言してくれる人間を用意できる。しかもリリアンが騒ぐことも抑えることができるのだ。それならばそうしてくれるだけでもいいのではないか。無実と証明され、リリアンが騒ぐことがなければ、私はここを出て、コネリー夫妻の元へ帰れる。
スコット皇太子の気持ちもよく分かった。だから無罪放免になったところで、婚約破棄を撤回しろと言うつもりはない。リリアンをそこまで好きというのなら。二人が結ばれるのを邪魔するつもりはない。既に断罪を経験しているのだし、悪役令嬢として再度二人を邪魔しろと、ゲームの抑止力が動くとも思えない。
皇太子から誤解があったとはいえ、婚約破棄された男爵令嬢に新たな婚約者はできないだろう。それならばそれで私には……都合がいい。本当は結ばれたいと願った相手がいるのだ。もし彼と結ばれることができるなら。後はコネリー夫妻のお世話をし、静かに余生を過ごせれば何の文句もない。
つまり、ジェフと婚約する必要性がないと気づいたのだ。いや、もしかするとジェフはイイ人なので、婚約破棄された男爵令嬢に新たな婚約者はできないと考えたのでは? だから自分が結婚しようと考えた。そこまでする必要はないのに……。
「ジェフ様。ご提案、ありがとうございます。お話を聞く限り、ジェフ様に助けていただければ、ここから出ることができるとよく分かりました」
「では自分と婚約してくれるのですね?」
「いえ、そこまでしていただく必要はありません。ジェフ様が私の無実を証明できる人間を用意してくださり、リリアン様が騒がないようできるのであれば……。それだけで十分です。皇太子様に婚約破棄された私は、もう嫁の貰い手もつかないと心配してくださったと思うのですが、大丈夫です。私のことをそこまで気にしていただく必要はありません。ジェフ様には私などより相応しい女性がいるはずです」
何が起きたか分からなかった。
気付いた時、私はベッドに仰向けで、ジェフがマットレスに両手をつき、私をのぞきこむようにしていた。
「マリーさま、違うのです。自分は……自分は……」
ヘーゼル色の瞳を細め、苦しそうに呻いたジェフが告げた。
「自分はマリーさまのことをお慕いしています。……ですから自分と婚約してほしいのです」