4:回想・断罪~リリアン~
マリーとの婚約を破棄すると勢い込んで歩き出したスコット皇太子にエスコートされながら、あたしは事態の急展開ぶりに、ただただどうしたものかとため息をつくしかない。
何せ記憶がないのだ。
マリーに嫌がらせを受けた記憶も。石で殴られ、殺されかけた記憶も。
だがあっという間に卒業舞踏会の会場であるホールへ到着していた。
あ、いた。
悪役令嬢のマリー。
『夢見ドール』は途中でプレイするのを止めてしまったのが。このマリーのことはよく覚えている。
だってさ、悪役令嬢なのに、可憐なんだもん。
悪役令嬢と言えば、ツンとして胸はバーンとでかくて、「おほほほ」という笑い方が似合いそうな強気な女のイメージでしょ。でもマリーは違う。線が細くて、控え目で、悪役令嬢が好んで着るような、原色系のド派手なドレスも着ていない。
今日も美しいのだけど、落ち着いたラベンダー色のドレスを着ていて、とても儚げだ。本当に、このマリーが殺人未遂なんて起こしたの?と思ってしまう。
だが。
卒業舞踏会の開始の挨拶のため、ホールの中央へ私を同伴したまま向かったスコット皇太子は、いきなりこう切り出した。
「卒業舞踏会を始める前に、わたしから皆に告げなければならないことがある。本当はこんなことを私がするのは本意ではない。だが。この悪事は暴かなければ、ここにいるリリアンが浮かばれない」
浮かばれないって……。なんだかあたし、死んだみたくなってない?
「ここにいるリリアンは、サマーズ伯爵の別荘の庭で倒れているところを発見された……略……そこでリリアンは懸命に勉強し、この学院に編入してきた。2年生の秋に。とても努力家だ」
えーと、そうだった。そういう設定だった。
だってさ、ヒロイン、突然、『夢見ドール』の世界に登場するから。そんな設定にするしかなかったんだよね。『夢見ドール』は魔法とか聖女設定ないから。それで貴族が通う学院に突然現れるには……そんな設定にするしかないよね。うん。
そんなことを考える私にスコット皇太子がとっても綺麗な笑顔を向けた。でもその笑顔の直後に……。
「本来、自分と似た境遇である彼女は、リリアンに手を貸し、この学院で学ぶのを手伝うべきだった。だが、彼女はそうせず、逆にリリアンに嫌がらせの数々を行ったのだ……略……それでも彼女を選んだのはわたしだ。我慢してきた。しかし……」
そこであたしの脳は。
リリアンの記憶を取り戻しつつあった。
つまりは覚醒し、前世の記憶を思い出し、リリアンとしての記憶があやふやになっていたが。いろいろなことが思い出されたのだ。
すると。
マリーがリリアンに嫌がらせの数々を行った――これに関する記憶が見えてきたのだが。
マリーに突き飛ばされた……いや、違う。突き飛ばされたわけではなく、出会い頭でぶつかり、あたしは尻もちをつき、マリーは倒れなかっただけだ。
紅茶をかけられた……これも違う。学院の食堂で、昼食のせたトレイを持っていたマリーにあたしがぶつかってしまった。で、そのトレイにはパンとサラダと紅茶があり、その紅茶があたしにかかっただけだ。マリーがあたしに紅茶をかけたわけではない。
スープをひっくり返された……これだって違う。スープをスープンにすくい、飲もうとしたら、ハエが落下してきたのだ。あやうくハエごとスープを飲みそうになったあたしをマリーが止めてくれた時、手前にあったスープの皿がひっくりかえっただけだ。
つまり。
マリーは別にあたしに対して嫌がらせなんてしてない。もっと言えば、あたしはマリーから嫌がらせを受けたなんて、誰にも言っていない。それなのにスコット皇太子はあたしがマリーから嫌がらせを受けていると知っていた。
なぜ知っていたかは分からない。でもハッキリ分かること。それは――誤解だ!ということ。
「スコット皇太子さま」
そのことを小声で伝えようとした瞬間。いきなりスコット皇太子があたしを抱きしめた。これは……驚きしかない。公衆の面前でいきなり抱きつくとかありえなくない?
「マリー・コネリー、君は、リリアンを殺そうとした!」
ひと際大きな声でスコット皇太子がマリーを指差し、そう述べたのだが。
その瞬間、じわじわと記憶がよみがえる。
あたしは……確かに庭園でマリーと二人でいた。
でもそれは……あたしがマリーを庭園に呼び出したんだ。うん、そうだ。
なぜ呼び出したのか……。それは、そう、謝るためだ。
スコット皇太子はマリーの婚約者だ。それなのに今日の卒業舞踏会にスコット皇太子はマリーではなく、あたしをエスコートすると言ったのだ。それを申し訳なく思い、一言申し訳ないと伝えようと思い、庭園に呼び出したのだ。
でもその瞬間、あたしは――。
「マリー、君は、このか弱いリリアンを石で殴り、気絶した彼女を庭園に放置した……略……もうウンザリだ。君との婚約はなかったことにする。婚約は破棄だ! そして皇太子の権限で、リリアンの殺人未遂事件の犯人としてノートル塔へ今すぐ、幽閉することを宣言する。警備兵、彼女を捕えよ!」
今、必死にあたしが記憶を整理しているのに、スコット皇太子は婚約破棄を宣言し、ノートル塔へマリーを幽閉すると宣告してしまった。