38:密室で二人きり~リリアン~
スコット皇太子は、ノートル塔の管理責任者と話を終えると、自然な流れでこう提案した。
「ここにはソファも椅子もない。このまま馬車の中で、マリー達が戻るのを待とう」
あたしが足首を痛めていることに配慮してくれているとすぐに分かった。だから「そうですね」と即答し、馬車に乗り込んだのだけど。
すぐに気が付く。
馬車に乗り込んだ結果、スコット皇太子と二人きりの密室空間を作り出してしまった!!と。
あたしは従者を連れてきていた。でも彼はあたしが乗ってきたサマーズ家の馬車に乗り込んでいる。
今、あたしが腰を下ろした馬車は、スコット皇太子が手配した馬車だった。
ちなみに彼自身は、馬に騎乗し、ここまで来たらしい。その馬は宮殿から派遣されてきていた騎士が乗り、連れ帰るようだ。
どの道、スコット皇太子は自身が手配した馬車にあたしを乗せ、屋敷まで送るつもりでいる。だからどうしたって二人きりになるのだ。それがただ少し早まっただけなのだから。あまり気にする必要はないのに。
それでもやはり馬車という密室空間に二人、しかもまだ動き出していない状態というのは……なんだか緊張するーっ!
緊張してしまうその理由、それは……。
あたしが覚醒する前のリリアンとスコット皇太子は、それなりの時間、一緒にいたと思う。でもなんというか、本心で話していない。踏み込んだ話はせず、浅い友達関係を維持していただけ。
それなのに今、婚約をした状態。あたしはスコット皇太子のことをまだそこまで知らないのに。そして現在、あたしは少しずつ彼のことを知りつつある。そう、彼のことを知るにつけ、本当に真面目で不器用で可愛いなーとか感じてしまい。さらには褒められて嬉しいなーと思ってしまったり。つまりはなんだか少しずつ、スコット皇太子を男性として意識し始めてしまったというか、なんというか……。
だからというのもあり、かつあたしが前世の記憶を覚醒しているから……。前世のあたしの素の部分が出てしまい、それは見たスコット皇太子は、あたしの思いがけない一面を知ったと驚き、そして――。
さらにあたしのことを好きになってくれている。そう感じた。
何気ない彼の表情から伝わって来てしまうので、急に二人きりになんかにされると……緊張してしまうよね!?
「リリアン、さっきから考え事をしているみたいだが……、まだ何か気になることがあるのか?」
スコット皇太子がその美しい碧い瞳をあたしに向けて尋ねた。
こういう時の彼は間違いなくハンサム。目の保養として眺めているだけで十分なんだよな~。
「リリアン?」
その手があたしの方に伸びかけ、ドキッとしたあたしは。
咄嗟にこんなことを口にしていた。
「ス、スコット皇太子さま。あたしとあなたとの婚約の件はもう公ですか?」
またも「あたし」を使ってしまったが、もう遅い。
さらにスコット皇太子は即答した。
「もちろんだよ、リリアン。心配しなくていい。その……卒業舞踏会の休憩室であんなこともあったから。君も心配なのだろうが。わたしはちゃんと責任をとるつもりだし、そもそもあの舞踏会の場で、リリアンが新しい婚約者だと知らせるつもりだったから。リリアンのご両親のところへは今頃、国王陛下のサインが入った親書が届いているはずだよ」
なるほど。やはりもはや逃れられない状況だ。
しかし。卒業舞踏会の休憩室の件……。
あれは実はデレクの仕業だったと話しても……無駄なのだろうか?
デレクの襲撃を誤魔化すため、演技をしたと打ち明けても、何も変わらないのかな?
「そ、それと」
そこで咳ばらいをしたスコット皇太子の顔が少し赤くなっている。
何……?
「あの時のドレスだが、あれは……その、わたしが用意したものではない」
「あの時のドレス……」
オウム返しで聞き返してしまい、そして「ああ」と思い出す。
思い出し、しみじみ思う。
あたしって、ドレス運がないわけ?
あの時も随分と体のメリハリが出るドレスを着ることになった。
で、今。
「あの時のドレスはその、ジェフが用意したものだ」
「!? な、どうして!?」
問い詰める形になり、スコット皇太子が狼狽している。
「わ、わたしはそんな、そんなつもりはなかった! だ、だが、ジェフが……」
狼狽がピークに達したのか。
スコット皇太子の顔が、真っ赤になっている。
「卒業舞踏会の後は、その、恋人同士の二人は……。そのまま素敵な一夜を……というのが多い……らしい。それでジェフはあの部屋をあらかじめ用意してくれていた」
な……、ジェフ!
え、でも待って。
庭園の事件は偶然起きたもの。
あらかじめあの部屋を押さえたということは……。
「もしやマリーさまと使う予定だったのですか?」
「!? 違う! それはない。わたしの気持ちは……もうマリーではなく、リリアンにあったのだから」
今度はあたしが顔を赤くする番だ。
こうもストレートに言われると……。
あたしは顔が真っ赤だが、スコット皇太子の方も継続して目元を赤くしながらこんなことを言う。
「今となって理解できた。ジェフはわたしとマリーをとっとと婚約破棄させたかった。それなのにわたしが渋っていた。だから、背中を押そうとしたのだろう」























































