3:回想・断罪~マリー~
庭園に怪我をしたリリアンを放置したことはとても心が痛んだ。
だから警備の騎士に「庭園に誰か倒れていると、通りすがりの令嬢が言っていましたよ」と声をかけておいた。見る限り、怪我は浅いように思えた。血もだらだらと流れている感じではない。それでも。怪我をしているのだ。本当だったら助けたかった。
自分の行動に罪悪感を覚えながら、卒業舞踏会の会場であるホールにいるが……。とてもではないが気持ちが落ち着かない。でもこの舞踏会の一曲目のダンスは、私とスコット皇太子が踊らなければならない。
ダンスが終わったら……気分が悪いと伝え、屋敷へ戻ろう。
そう思い、卒業舞踏会の開始を待った。
会場にいる卒業生からの視線が痛い。
みんな、スコット皇太子と私の不仲を知っている。
リリアンと知り合う前。
そう、2年生の秋までは、スコット皇太子と私はいつも一緒で仲が良い姿を皆に見せることができていたと思う。でもリリアンが転校してきてからは……。
リリアンはきっと最初から、スコット皇太子を狙っていたのではないか。なんとか彼と仲良くなりたいと思い、私を悪役に仕立てて、スコット皇太子との仲を深めた……。そうとしか思えなかった。
「マリーさま、顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
気付けばスコット皇太子の近衛騎士であるジェフがそばにいた。
彼はスコット皇太子の近衛騎士であるが、近衛騎士は何人もいる。ジェフはスコット皇太子と私が婚約してからは、スコット皇太子よりも私の護衛でそばにいてくれることも多かった。正式に私付きの護衛を任されたわけではない。だが気づくとそばで見守ってくれている。
それはスコット皇太子とリリアンの距離が縮まる中でも変わらなかった。
だから今の私に話しかけるのは、ジェフぐらいしかいない……。
まさにここは針のむしろだ。早く屋敷に帰りたい。
本当はスコット皇太子にエスコートされ、会場入りする予定だった。でも直前に彼から「エスコートはできない」と断られてしまった。舞踏会と言っても学生が主催するもの。エスコートなしで会場入りしたところで咎めるものはいない。それでも。スコット皇太子と私は婚約しているのだから。卒業舞踏会という公の場では、ちゃんとエスコートして欲しかった。
聞こえないよう、ため息をついたその時。
スコット皇太子がリリアンをエスコートしてホールへ入ってきた。
リリアンは額に包帯を巻いている。
血がにじんでいることもないので、軽傷で済んだのだと思うが、ドレスに包帯なんて似合わない。会場にいる卒業生達も皆、「どうしたのか」とざわついている。
だがスコット皇太子の登場と共に、ファンファーレが鳴り響き、卒業舞踏会の開始の合図を告げる。
スコット皇太子は卒業舞踏会の開始の挨拶のため、ホールの中央へゆっくり歩き出した。挨拶は……一人で行うはずなのに、リリアンを伴っている。
「卒業舞踏会を始める前に、わたしから皆に告げなければならないことがある。本当はこんなことを私がするのは本意ではない。だが。この悪事は暴かなければ、ここにいるリリアンが浮かばれない」
突然のスコット皇太子の言葉に、会場はざわついた。
私は……嫌な予感しかしていない。
「ここにいるリリアンは、サマーズ伯爵の別荘の庭で倒れているところを発見された。記憶喪失で、自分が何者であるか分からない状態だった。心優しいサマーズ伯爵はリリアンを孤児院に預けることなく、自分の子供として育てることにした。そこでリリアンは懸命に勉強し、この学院に編入してきた。2年生の秋に。とても努力家だ」
スコット皇太子はそう言うと、リリアンを見て微笑む。
「本来、自分と似た境遇である彼女は、リリアンに手を貸し、この学院で学ぶのを手伝うべきだった。だが、彼女はそうせず、逆にリリアンに嫌がらせの数々を行ったのだ。なぜ、そんな悲しい仕打ちをするのか。わたしはとても彼女を理解することができなかった。それでも彼女を選んだのはわたしだ。我慢してきた。しかし……」
その瞬間、スコット皇太子がリリアンを抱きしめ、会場からはため息が漏れる。そしてその直後、スコット皇太子はすっと手を持ち上げると、私のことを指差した。
「マリー・コネリー、君は、リリアンを殺そうとした!」
会場が一斉にざわつく。ヒソヒソ声が聞こえ、そばにいるジェフが「まさか」と絶句する声が聞こえる。
「マリー、君は、このか弱いリリアンを石で殴り、気絶した彼女を庭園に放置した。そして何食わぬ顔をしてこのホールにいたんだ。なんて恐ろしい女なのだろう。君のような女を婚約者にしたわたしが間違っていた。孤児院にいたような素性の分からない女だ。もしかすると君の両親は殺人鬼なのかもしれないね。どんなに勉強ができ、上品に振舞おうと、君の穢れた血は隠すことはできないんだ。もうウンザリだ。君との婚約はなかったことにする。婚約は破棄だ! そして皇太子の権限で、リリアンの殺人未遂事件の犯人としてノートル塔へ今すぐ、幽閉することを宣言する。警備兵、彼女を捕えよ!」
スコット皇太子は私から顔をそむける。
そして私は……警備兵に捕えられた。