28:あたしが諦めたら……~リリアン~
ジェフがもし真のヒールだったら。
こんなこともできてしまうのではないか?
あたしは行方不明になった。マリーの無罪を証明できるのは、自分しかいないとジェフが言ったら? その上で、実は好きだと告って、想いを受け入れれば、無実を証明する人間としてスコット皇太子に話をしよう――そんな風にジェフはマリーを脅すことだってできる。だってマリーは、あたしがスコット皇太子と無実の件を話したと知らない。あの塔から出るために、マリーはジェフの提案を受け入れることになる。
でも、待って。
マリーの想い人がジェフである可能性は?
いや、これはない。マリーはこんなところにあたしを閉じ込めるジェフを好きになったりしないはずだ。きっとマリーにはジェフではない好きな人がいる。
そうであるならば。
このままあたしがここに閉じ込められていては。
マリーはせっかくスコット皇太子と婚約破棄し、今度こそ本当に好きな人と結ばれることができるかもしれないのに、ジェフの想いを受け入れないといけない事態になる。
マリーはこう言っていた。
――「私は……自分の心を偽らずに生きて行くと決めました。この塔に幽閉されたことがいいきっかけだったと思います」
ずっとマリーは我慢してきたんだ。もう、心を偽らず、生きて行きたいと願っている。
だったら。
やることは一つだ。
全身を使い、扉に体当たりをする。そして叫ぶ。
「誰か助けて! リリアンです! ここにいます!」
乙女ゲームのヒロインには。
公にされない裏設定がある。
それは。
ピンチの時の幸運設定。
え、まさか、そんな都合よく、と思うシーンが多々ある。
その原因は、すべて幸運設定のせい。
ならば。
あたしはヒロインなのだ。
この幸運設定があると信じ、奇跡が起こることを願うのみ。
奇跡。
例えばこうやって体当たりをしていると、扉が壊れる、とか。
扉が壊れなくても、鍵が壊れる、とか。
大声で助けを呼ぶ声に、誰かが気づいてくれる、とか。
マリーの部屋の鉄の扉に比べたら、そこまでの分厚さではないけれど、鉄の扉であることに変わりない。ドンドンと体当たりして、この扉が壊れるとも思えない。
でも諦めたらそれでお終いって、超有名なフレーズだよね?
だからあたしも絶対に諦めない。
それにあたしが諦めたら、マリーは幸せになれないんだから。
何度も、何度も。
体当たりして、助けを呼んで。
それを繰り返していると。
喉が枯れ、体のあちこちが痛くなった。
声が出ないなら、せめてと、拳で扉を叩き続ける。
負けてはいけない。諦めてはいけない。
あたしがここでくたばったら、マリーは一生救われないんだから。
こうして拳も痛くなり、足で扉を蹴り、足首が痺れてきて、遂に座りこんでしまった。
ダメ。
こんなところでくたばっては。
どこかまだ、体で使える場所があるはず。
そうだ!
お尻!
なんとか立ち上がり、お尻でドンと扉にぶつかった瞬間。
眩しい光が目に飛び込んできた。
同時に、体が倒れそうになったが、それは誰かの胸の中に支えられている。
逞しい胸だ。
一体誰だろう?
とにかく真っ暗な場所から間違いない、扉の外へ出たのだ。
目を開けたいが、開けられない。
「……よく頑張ったな。お前のこと、見直した。それにマリーさまがお前を信じると言った。だから俺も……僕も信じましょう。リリアンさま」
この声は知っている。
だって、あたしを殺そうとした男の声だから。
まったく事実は小説より奇なりと言うけれど。
まさかあたしを昨晩殺そうとした男に助けられるなんて。
いや、これがヒロインの最強の幸運設定なのかもしれない。
「助けて て、あり とう います」
なんとか声を出そうとするが、まだ声が掠れてうまく出ない。
「無理して声を出す必要はないですよ。……そして不本意かもしれませんが、抱きかかえてもよろしいですか? それともご自身で歩けますか? この後、地下3階分の上り階段がありますが、歩きますか?」
ビックリした。
話し方が丁寧で、しかも、初めて会った時の殺気だったものとは声が全然違うから。落ち着いていて、聞いていると和む話し方と声をしている。まるで別人に思えた。刺客かと思ったけど、どうも違うような気がする。
その姿を見たいと思ったケド。
再度、目を開けようとするが、まだ眩しい。
「リリアンさま、声は聞こえていますか?」
そうだ、階段があるが、自分で歩けるかと聞かれたんだ。
ひとまず床に着く足を動かそうとするが……。
正直、痛い。
何度も鉄の扉を蹴ったのだ。左右交互で。
もう両足とも足首が痛い。
蹴っている最中もジンジンしていたのだから。
「その様子では自力で歩くのはきつそうですね。抱き上げますね?」
その問いに対し、私は頷くしかない。
そして私の体は、楽々と抱き上げられた。
同時に。
目をようやく開けることができた!
開けた目に飛び込んできた美貌の青年の顔に、息を飲んでしまう。
久々に見た。
こんなイケメン。
なんか、ベタだけど、外国人の俳優さんみたい。
スコット皇太子もカッコいいし、あのジェフだって一応見た目はいいわけだけど。
この人はそれ以上だ。
初めて見た濃いグリーン系の瞳。
まるで翡翠のように澄んでいる。
ダークシルバーの髪はサラサラで、その前髪がかかる眉毛も睫毛も髪色と同じ。鼻も高いし、薄ピンクの唇も整った形をしている。
すごーい!
こんな子、クラスにいたら間違いなくモテると思う。
でもって、その人気はクラスNO.1とかじゃなく、学校でNO.1でも収まらなくて、全国NO.1は軽くいけそうな感じ。
ともかくこの美貌の男性にお姫様抱っこされ、移動を開始した。























































