12:主演女優賞狙い~リリアン~
男はあっという間に消えてくれた。あたしはかなり暗闇に慣れた目で、部屋の中を見渡す。
窓ガラスが割れているのは一か所。そして男はそこから侵入したわけではない。窓ガラスを割り、注意をそちらに向けさせている間に別の窓から侵入している。でも侵入した窓がどこかは分からない。この部屋から出て行く際にもきっちりしめていったのだろう。
とても手慣れている。いわゆるプロだろうか? プロ。なんの? 泥棒、とか?
ともかくカーテンを開け、月明りを部屋に取り込み、スコット皇太子の位置を確認する。
あ、いた!
すぐにそちらへ向かう。
さっき呻き声をあげたが、まだ目覚めていない。
となると……。
もう、こうするしかないよね。
既に胸元は剣で切られ、大きくはだけている。そのまま肩にかかっているドレスをぐいっと腕の方へおろし、下着もぐっと下へと引っ張った。胸が今にもポロリしそうだが我慢。
スコット皇太子の様子を確認するが、出血とかはない。完全に気絶させられているだけだ。
部屋の侵入に必要なのは泥棒スキル、気絶させるには武術のスキルでしょ。この二つを持っているなんて……何者なのだ、あの男は? でも多分、この世界観からだと……あっ、いわゆる刺客って奴かな?
でも男の正体は……近いうちに分かるのか。
それよりも何よりも今のこの状況だ。あの男が侵入したとバレない、かつ、警備の騎士が納得するには、これしかないと思うんだよね……。
スコット皇太子の上衣のボタンをはずし、ベルトを少しだけ緩める。
不本意ながらスコット皇太子にまたがり、そして彼の頬をぺちぺちと叩く。
「う、うん……」
なんだかなまめかしい声を出し、スコット皇太子が目覚める。すぐには焦点が合わない、かつ、暗さに慣れないようで、目をパチパチさせていたが……。
「リ、リリアン!?」
驚いて息を飲んだスコット皇太子だったが、あたしの姿を見て「???」となっている。そこからはもう、主演女優賞狙いで演技するしかない。
「スコット皇太子さま……本当に驚きました。激しい運動はあれだけダメだと言っていたのに……」
そう言いながら、あたしは体を移動し、絨毯の上にぺたんこ座りする。
「窓ガラスが割れるぐらい、激しく求められて……。警備の騎士も驚いていましたわ」
あたしの状態が暗さの中でも分かったらしいスコット皇太子は、ゆっくりと体を起こし、半信半疑の顔で尋ねる。
「そ、それは……その、わたしはリリアンのことを……」
しれっとあたしは頷く。
「……! そ、そうなのか……?」
そう言いながら、スコット皇太子は自身の後頭部に手をやる。そこでたん瘤でも見つけたのだろう。ビクッと体を震わせた。
「スコット皇太子さまは、私を激しく求めた際、何かに躓かれたようで、そのまま倒れてしまわれました。そこで頭をぶつけたのでしょうか? 気絶されてしまい。でも気絶されたと気が付かず、しばらく、私は先程の状態でお待ちしていたのですが……。ご気分はいかがですか?」
スコット皇太子は眉間に手を当て考え込む。「そんなことしていたのか?」と疑問でいっぱいのようだが。この様子だと、気絶前後の記憶が飛んでいるようだ。なんて好都合。
「明かりをつけたいのですが、こんな姿で……」
あたしの言葉にハッとしたスコット皇太子は、自身が着ていた上衣を脱ごうとして、ボタンが外れていることに気づく。そしてベルトが緩んでいることにも気づいた。気づいたがともかく上衣を脱ぐと、あたしのところへ来て、肩に羽織らせてくれる。
さらに緩んでいるベルトをなおしながら、部屋の明かりを灯した。
柔らかい明かりに照らされた室内の様子を見て、スコット皇太子はため息を漏らす。割れた窓ガラス。絨毯に散らばる破片。そして転がるパンプス。
自身の服の乱れと私のドレスの様子から最終的に下した決断。それは――。
「リリアン、その、すまなかった。……君は額の怪我があり、激しい運動は禁じられていたのに……。わたしの中で君を求める気持ちが高まってしまったようだ」
スコット皇太子は……真面目なんだろうな。でもって不器用。
こんなにハンサムだけど、恋愛慣れはしていない。マリーは見るからに清純で、絶対に結婚するまでキスさえも許さないタイプに見えた。だからスコット皇太子は、なんだかんだでキスの経験も……ないのかもしれない。
あたしにだって結局キスを迫るが、一度かわすと深追いはしない。その代わりめげずに後日、またキスをしようとする。そんな感じだった。だから本当はこんな風にあたしを襲うなんてありえないと思うけど、「どうやら頭を打って肝心のところの記憶はないが、状況から察するに、わたしはリリアンのことをかなり激しく求めてしまったようだ」と結論付けてくれた。
なんだろう。ちょっと前までいろいろと目について、“みんなの前で断罪はどうなのよ”とか“元カノとあたしを比べるなんて最低”とか思ったけれど……。
なんだか憎めない。出来の悪い子供みたいで。
結局あの断罪だって、彼の中の正義感が発露された結果なのだ。マリーがあたしに嫌がらせをしていると信じて疑わないからとった行動。元カノと比べるのがダメとかは、恋愛経験値が少なくて、単純に分からないだけなのだと思う。
きっと恋愛についてちゃんと学び、強すぎる正義感をコントロールできるようになれば、スコット皇太子は……間違いない。本当に完璧な男になる気がする。って、JKのあたしが偉そうにいうことではないけど。勿論、心の中で思っているだけで。口に出していないし。
それに現に今も。
「リリアン、本当にすまなかった。君を求める気持ちはあるが、やはり一線を超えるのは……。結婚してからではないと、ダメだと思う。……ここまで求めてしまったわたしが今さら言うのもなんだが……。大切なんだ。リリアンのことが。だからもう、無理強いはしない。自重するよ。それで……メイドを呼んで新しいドレスを用意させる。着替えが終わったら、君の屋敷まで送るよ」
ほらね。超真面目。でもって不器用。














