11:唯一の理解者~マリー~
名前を呼び、問いかけておいて話し出さないので、ジェフが不思議そうな顔をしていた。慌てて私は尋ねる。
「ジェフ様は私の護衛についてくれていましたよね? 庭園で私とリリアン様が話す様子も、見ていたのでは……?」
するとジェフの顔は瞬時に「申し訳ない」という表情に変わった。
「片時もマリーさまから目を離すつもりはなかったのですが……。丁度、声をかけられたのです。同僚の騎士から。あの時、庭園にいるのはマリーさまとリリアンさまの二人だけ。他の者は皆、ホールにいました。警備の騎士もいたのでしょうが、あのタイミングでは近くにいませんでした。庭園の警備は巡回しながら行っていますから。そして私がマリーさまとリリアンさまの方に目を戻した時。既にリリアンさまは地面に倒れ、その傍にマリーさまがしゃがんでいらっしゃいました」
そうだったのか……。その時の様子をジェフでさえ見ていなかった。そしてあの場にいたのは私とリリアンだけ。
そうなると……。
ジェフの求婚を受け入れ、証言をしてもらえば、ひとまず私は幽閉を解かれる。だが真犯人は分からず終い。それどころか……もしかしたら本当に私がリリアンを殺そうとしたのだろうか?
「マリーさま」
力強い声で名前を呼ばれ、ハッとする。ジェフを見ると、そのヘーゼル色の瞳には強い意志が感じられた。
「あなたがリリアンさまを害するわけがありません。マリーさまはリリアンさまと接点を持つ機会はありましたが、廊下で出会い頭でぶつかっただけで、つき飛ばしたりなどしていない。紅茶だってかけたわけではなく、事故です。スープがひっくり返ることになったのも、あなたの親切心ゆえ。マリーさまの行動に悪意はなかったこと、自分は知っています」
……! ジェフは分かっていた。分かっていてくれたんだ!
「自分は……何度も殿下に伝えました。マリーさまは何も悪くないと。すべて不慮の事故や偶然だと伝えました。でも既にリリアンさまに虜にされていた殿下は聞く耳持たずで……。自分がもっと強く伝えれば、こんな結果にならなかったのかもしれないのに」
ジェフのヘーゼル色の瞳から涙がこぼれ落ち、それは私の頬へと落ちてくる。その事実に私の胸も熱くなった。ジェフは……なんてイイ人なのだろう。私のことを慕っている。その点を差し引いても、やはりジェフは真摯で優しい人なのだと思えた。
「ジェフ様、あなたに責任はありません。私自身がもっとスコット皇太子様に、自分は何もしていないと主張すればよかったのです」
本当に。そうすればよかった。
信じてもらえていると思ったし、恥ずべきことはしていない、堂々していれば分かってもらえると……覚醒前の私は、スコット皇太子に対し、反論を多くすることはなかった。さすがにスコット皇太子の態度が余所余所しいと気づいた時に、自分はリリアンに対して何もしていないと伝えたが……。もう、遅かったのだろう。
「……いずれであれ、過去には戻れません。それでも自分はマリーさまを助けたい。どうか、自分の気持ちを汲み、婚約を受け入れていただけませんか? すぐに自分を好きになるのは無理でしょう。殿下への未練も……あるかもしれません。ですから少しずつ。自分と時間を共に過ごす中で、好きになってもらえれば。あなたに好きになっていただけるよう、誠心誠意尽くします」
そう言うとようやく、ジェフは私の体をベッドから起こしてくれた。そしてベッドに座った私と向き合う形になった。つまり、プロポーズを受け入れるか、断るか、その答えを待つ体勢だ。
これには困ってしまう。私の希望としてはここから出たい。コネリー夫妻の元へ帰りたいと思っている。そのためには私が無実であると証言してくれる人が必要だ。でも……ジェフのプロポーズは……。
本当は好きな人がいた。でもその気持ちを押し殺し、スコット皇太子と婚約した。無論、皇太子からの求婚。断ることなどできなかっただろう。そうだとしても。自分の気持ちを偽り、婚約し、今の結果がある。もう自分の気持ちを偽りたくない。
ここから出たら、もうあの人に自分の気持ちを打ち明けよう。そう思えていたのだ。前世の記憶が戻った直後は、マリーを客観的に見ていたが、今は違う。前世と今の記憶が融合し、確かに私はマリーであり、あの人を想う気持ちは本物だ。
それに……自分の気持ちを偽りたくなかったように、嘘の証人を立てることもしたくないと思えた。
「ジェフ様。あなたのお気持ちはとても嬉しく思います。でも私はジェフ様を一人の人間として、尊敬する気持ちはあるのですが、それは男女間の好意とは違うのです。そして私は、あの庭園でのリリアン様との出来事の記憶がない状態。気づいたらリリアン様は倒れていて、私はしゃがみこみ、手には血の付いた石を持っていました。真実を知らない人を証人に仕立てるなど、やはりできません」
私の言葉を聞いて、ジェフはその瞳を大きく見開き、じっと私を見つめた。しばし絶句した後、ジェフは苦しそうに言葉を紡ぐ。
「あなたは……証人を立てる件も、私のプロポーズも、その両方を拒絶されるのですか?」
仕方がない。そいうことなのだ。自分でもどうかと思うが、良心には逆らえない。ゆえに今の問いに静かに頷いたところ。
重い鉄の扉をノックする音が聞こえる。ジェフはハッとして扉の方を振り向く。そして素早く懐中時計を取り出し、時間を確認した。
「……マリーさま。今、話した件。その返事は聞かなかったことにさせてください。あなたは……事件があった時の記憶がないのです。それならなおのこと、あなたを無実に導ける証人が必要なはず。今はあなたの中の良心が、証人を仕立てることを許させないと感じたのかもしれません。でもこれはとても重要なことです。一晩、気持ちを落ち着かせ、ゆっくり考えてみてください。極刑が下されないとしても、無罪放免でここを出るのか、それとも刑を宣告されてここを出るのか。いずれであれ、あなたの今後の人生に大きく関わるのですから」
そう言い切ると、私の手を静かに持ち上げ、甲へとキスをする。そして深々とお辞儀をすると、ジェフは部屋を出て行った。