10:正念場~リリアン~
剣をあたしに突き付けた男は、あたしを殺す理由として「皇太子の心を奪い、無実な罪を被せた稀代の悪女だからだ」と言った。その瞬間、理解する。この男は……マリーにつながる人物だと。マリーが無実の罪で幽閉されたと知り、その復讐でここに来て、皇太子とあたしを殺すつもりなのだと。
「あなたの動機はよく分かりました。皇太子と私を殺したところで、でもマリーさまは助かりますか? 罪が重くなるだけでは?」
「黙れ、何様がそんな口を利く。マリーさまが不利になるようなことはしない。皇太子は気絶させただけだ。死ぬのはお前だけだ」
剣を振り上げられた瞬間、あたしは叫んだ。
「証言します! マリーさまは無実だと!」
剣は……ギリギリの場所で止まっていた。
自分の体が心臓になってしまったかのように、バクバクしている。
「証言をする、だと?」
「は、はい」
「殺される理由を知った。だから証言をすると嘘をつき、この場をしのぎ、マリーさまにつながる人間に襲われた……そう言うつもりか?」
この男は……なかなかの切れ者だと思う。そしてあたしは……言われるまでそんな方法があると思いついていなかった。だがその方法は理にかなっていると思う。ということは早く弁明しないとやっぱり殺されると思ったので、慌てて口を開く。
「そんなことはしません。庭園で私が額から血を流して倒れていたのは、自業自得だからです。あの瞬間、立ち眩みというか、急に具合が悪くなって。倒れそうになる私を支えようとしたら、マリーさまもよろめいたのです。私はそのまま倒れ込み、多分その時、地面に石があったのだと思います。丁度、額の位置に。そこにぶつけて、流血した。マリーさまは私を殴ってなどいません。そう証言します」
そうなのだ。本当にそうなのだ。恐らく、あたしはあの時、前世の記憶がよみがえりそうになっていた。頭の中に前世の自分の記憶が波のように一気に流れ込み、気を失ったのだ。倒れる寸前、あたしを支えようとして、マリーも自身のこめかみを押さえ、しゃがみむのが見えていた。
「……本気、なのか?」
男が驚愕するのも尤もだ。でもここはしっかり主張しなければ。だって、剣はまださっきの位置から一ミリも動いていない。いつでも殺される状況であることに違いはない。
「本気です。だって私はこれまで一度だって、スコット皇太子さまに、マリーさまに対する文句を言っていませんから。そもそも、私は一度もマリーさまに嫌がらせを受けたことなんてありません。マリーさまを貶めたい誰かが告げ口をしたのか、皇太子さまが偶然見かけ、勘違いしたいのか、それは私も分かりませんが……」
男は黙り込んでしまった。そこで呻き声が聞こえた。どうやら気絶させたスコット皇太子が目覚めそうな様子だと理解する。
今が正念場だ。
あたしの言葉を信じず、切り捨ててここから去るか。
あたしを信じ、この場から立ち去るか。
「あたしを信じてください。死にたくないのは勿論、このままあたしが死んだら、真実は闇の中です。それではあたしも死んでも死にきれない。それにあたしを今殺して、状況が改善されるとも思いません。あたしが死んでいると知ったら、スコット皇太子さまは、まずマリーさまを疑うでしょう。幽閉されているマリーさまの罪は、まだ確定していません。もしあたしを今ここで殺せば、マリーさまは断頭台送りになる可能性もあります。それはあなたが望む結果ではないですよね?」
この言葉は……効果があったようだ。ようやく剣が引っ込められた。バクバクしていた心臓がようやく落ち着いてくる。
「まずはここから逃げてください。スコット皇太子さまはあたしがなんとかしますから。それで明日にでもまた会いに来てください。そこでマリーさまを助ける算段を立てましょう。ここに忍び込んでくることができるなら、あたしに会うのもたやすいですよね?」
「……本当にお前を信じていいのだな?」
「信じてくださいって言ったら、嘘っぽいですよね? だから結果を見てください。あなたがここから去り、その後どうなるかを見て判断いただければ。もし納得のいく結果ではないならば。その時こそ、私の命を奪えばいいですよね?」
男はついに剣を鞘に納めてくれたようだ。それが分かり、全身の力が抜ける。だが……。
「……お前を完全に信じた訳ではない。それにお前が言うような陳腐なプランなど考えていない。お前を殺した後、そのままマリーさまを救い出し、逃走する手筈だった」
……! そう、だったのか。でも……確かにそうしないと当然マリーが疑われるわけで……。
「だが、その方法であっても。皇太子から追われることは免れない。だから……それにお前とおしゃべりが過ぎた。これは予定外。ここでマリーさまの元へ行っても、既に計画が狂っている。綻びが出る可能性が大きい。よって立て直すために、ここから撤退する」
立て直すためだろうがなんであろうが、撤退してくれるならそれに越したことはない。
「マリーさまを必ず助け出しましょう」
男は返事をすることもなく、その場から姿を消した。