1:プロローグ~悪役令嬢マリー~
私の名前はマリー・コネリー。
コネリー男爵家の養女だ。
養女。
そう、私は元々は孤児だった。
孤児院にいた私を引き取ってくれたのは、心優しいコネリー夫妻だ。
コネリー男爵夫妻は子供に恵まれず、結婚して10年が経っていた。コネリー夫人は子育てに当てるはずだった時間を慈善活動に費やすようになり、私とはその活動の一環で知り合った。
いつもニコニコと優しい夫人に私はなつき、そして私は礼儀正しく、容姿も優れていた。さらにその時の私はまだ5歳であり、きちんと教育を受けさせれば、立派な令嬢になれる。そう期待され、コネリー夫妻の養女として迎えられることになった。
その期待に応えようと、私は引き取られたその日から懸命に励んできた。孤児院出身とバカにされないよう、勉強して、ダンスを習い、マナーを学び、刺繍に励み、乗馬もたしなんだ。
その結果。
上流貴族が通うアムステル高等学院に入学でき、16歳で社交界デビューをした時は、多くの男性からプロポーズを受けることになった。
その男性の中に。
この国の皇太子スコット・ジェームズ・スウィンバーンもいた。
文武両道で眉目秀麗な皇太子は、令嬢達の羨望の的。
その彼から元は孤児院出身の男爵令嬢の私が求婚されたのだ。
それはそれは大騒ぎになった。
彼の婚約者になれば、コネリー男爵家の領地は増え、帝国から支給される給金も増える。私を孤児院から引き取り、ここまで育ててくれた夫妻に恩返しをしたい。そう思い、このプロポーズを受け入れたのだ。
本当は……好きな人がいた。
男爵令嬢という立場では、ギリギリ結ばれることが許されるかもしれない人だった。
でも。
私の愛より、夫妻の幸せを優先した。
彼への想いは封印し、婚約者となってからは学院の勉強に加え、皇妃教育に励んだ。立派な皇妃になろうと努力をしていたのに……。
今の私は、ラベンダー色の美しいドレスを着ている。
スカート部分にはシルクオーガンジーが幾重にも重ねられ、沢山のビジューが輝き、動く度にビジューが煌めき、実に美しい。
ホワイトブロンドの髪には珍しい紫の薔薇が飾られ、瞳の色と同じ、アメシストのネックレスやイヤリングをつけ、晴れの日にふさわしい装いをしていた。
そう。今日は学院の卒業舞踏会が開催されている。
学院を卒業した私は1年後、スコット皇太子と結婚するはずだった。
はずだった。
こんなに美しいドレスを着ている私の両手には手枷がつけられ、腰にはロープが結ばれている。そのロープを持ち、私を引いて歩いているのは、スコット皇太子の近衛騎士の一人ジェフ・リースだ。
「マリーさま。こんなことになり、とても残念です。可能な限り、殿下には情状酌量いただくよう、自分からも進言しておきます」
親切なジェフはそう言うと、鉄の扉の前で止まった。
今から私はここ、貴族や政治犯を収容するノートル塔に幽閉され、下される刑を待つことになるのだ。
重い音を響かせ、鉄の扉が開く。
部屋の中は質素だが、牢獄よりはましだ。
安物と一目でわかる天蓋付きのベッドと文机、生地が傷んだ絨毯に古びたカーテン。窓には格子がはめ込まれている。備え付けの年季の入ったクローゼット。どれも孤児院に比べたら、全然マシ。大丈夫。
「食事は一日三回、入浴は二日に一回、服はベッドに置かれているグレーのワンピースに着替えていただきます。今身に着けているものはすべてこちらで預かることになりますので、すぐに着替えていただいていいですか?」
ジェフが申し訳なさそうに告げ、私が頷くと、手枷と腰のロープが同行していた警備の騎士によりはずされる。そしてメイドが二人、部屋に入ってきた。入れ替わりでジェフと警備の騎士は部屋を出て行く。
無言で荒々しくドレスが脱がされていく。下着だけになった私は、メイドの手伝いの必要もないグレーのワンピースを頭の上から被る。
髪を飾っていた紫の薔薇が床に転げ落ちた。
床に落ちた薔薇を踏みつけ、ドレスや宝石を手にしたメイドが、鉄の扉をノックする。扉には外側にしか取っ手がない。内側からこの重い鉄の扉を開けることはできない。重量感のある金属音を響かせ、鉄の扉が開くと、二人のメイドは逃げるように部屋を出て行った。
これから私は……どうなるのだろう。
私がここに幽閉された原因は、学友であるリリアン・サマーズへの殺人未遂。
殺人未遂。
そんな恐ろしいこと、私がするはずはなかった。
だが、現場の状況を見たら、誰もが私を犯人と思うしかない状況だったのは確か。
学院の卒業舞踏会が始まる直前。
リリアンと私は会場となる宮殿の庭園の一画にいた。
地面に倒れるリリアンの額からは血が流れている。
その場には私しかいない。
しかもリリアンのそばにしゃがむ私の手には、血のついた石が握られていたのだ。
それでも。
私には記憶がなかった。
リリアンを手にしている石で殴った記憶が。
それでもこの状況を見たら、私がやったと疑われる。
そうではなくても私とリリアンは不仲と噂されていた。
不仲、というのは優しい言い方。
実際は私がリリアンに嫌がらせをしているという噂がまことしやかに流れていた。
嫌がらせ。
それもまた私はしたつもりがない。でもリリアンは、私に嫌がらせされていると周囲に話したらしく、なぜかそれをスコット皇太子も知っていた。最初は……信じていなかったと思う。でも何度か私がリリアンに嫌がらせをしているように見える場面を、スコット皇太子自身も目撃してしまったのではないか。
それからは……。
スコット皇太子が私を見る目は冷たくなる。代わりにリリアンを守るような行動をとるようになった。私と過ごしていた学院での休み時間は、リリアンと過ごすことに費やされた。昼休みはリリアンと昼食をとるようになった。
私は何度か嫌がらせについて否定した。でもスコット皇太子の心は……。
この状態で、リリアンが額から血を流し倒れていて、血のついた石を私が持つのを見れば。絶対に疑われる。そう思った私は。その場から思わず逃げ出してしまったのだ。
その結果。
卒業舞踏会開始と同時に。
卒業生代表として、舞踏会の開始の挨拶を行うはずだったスコット皇太子は、私を断罪した。その胸に、額に包帯を巻くリリアンを抱き寄せて――。
どんな刑が下されるのか。
婚約破棄はその場で言い渡された。
そうなると……。
まさか、爵位剥奪……?
コネリー夫妻に迷惑がかかるようなことは避けたい。
それなら私一人が修道院送りや国外追放になる方がましだ。
……それで済むだろうか?
殺人未遂に問われているのだ。
最悪の事態。
それは、断頭台送り……。
そう言えば、私と同じ、マリーという名のフランスの王妃が断頭台送りになっていたわよね。革命によって。
え。
今の記憶は何?
フランスって?
マリーという王妃?
その瞬間、私は思い出すことになる。
自分の前世を。そして自分が乙女ゲーム『夢見るドールは恋を知る』の悪役令嬢であることを。
お読みいただき、ありがとうございます!
2話で1セットみたいな感じなので
時間差で公開するもう1話も
ぜひ読んでいただけると嬉しいです。