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おっさんとJKの自殺旅   作者: マカロニ
2/4

おっさんとJKの自殺旅 2話 「承」

「おい、てめぇ」

 

 タンクトップ男は威圧感をのせた声で、シズカに話しかけた。

 

 その時、彼女は瞬間的に自分の身が危険になると察知したのか、すぐさまと扉を閉め、鍵とチェーンをかけた。

 

「ヤバヤバヤバ、詰んだんだけど! どしよどしよ」

 

 シズカは小声で言うと、焦り始めた。そして、ドンドンドンと叩かれるドアの音と、先程の男達の怒号が聞こえてきた。

 

「おい早く出てこい! 今さっき居たよなぁ? 今まで居留守使いやがってよ!!」

 

 汗を大量に流す彼女はリュウタを見て、手を合わせ言った。

 

「アンタ、守護霊なんでしょ? お願い、私はこんな場所で死にたくないの!」

 

 シズカは目に涙を浮かべながら、助けを求めた。

 

 死にたがってる奴の言うセリフじゃねぇ……でも、自分の死に場所くらいは望む場所の方が良いかもな。

 

 彼は自分が死んだ場所の事を思い出しながら、彼女に告げた。

 

「わかった。ならお前の体を借りるぞ」

 

 この時、自分の脳裏に何かが過った。

 

 ※

 

 まだシズカが幼い小学3年生の頃だった。

 

 人ひとり居ない道にて。

 

「ねぇ、キミ可愛いね。どう? おじさんに着いて来たら、お菓子を買ってあげるよ」

 

 その声を発する者は、明らかにも不審な男だった。そして、男の目の前には、小学校帰りのシズカが居た。


 まずいなぁ、正真正銘のド変態に出くわしたな……まぁ、気にする程でもないか、なんせ、今の学校は防犯対策が徹底的にされているからな。

 

「え?! お菓子、てゴキブリより美味しいの?」

 

 彼女は目をキラキラとさせ、いかにも男の発言に、興味を持っている様子だった。

 

 シズカの予想外な反応をみたリュウタは思わず「は?」と言葉を漏らした。

 

「美味しいに決まってるじゃないか……何だこの子。まぁ、来なよ」

 

 男はヨダレをだし、何かを触る様な手つきで彼女に歩み寄る。

 

 まずい、どうにかしねぇと! て言ってもどうすれば助けれる!? たしか、あの爺さんに2年以上前に説明されてた筈……覚えてねぇ。

 

 頭を抱えながらリュウタが焦っている間にも、ジワジワとシズカに男の手が伸びていた。

 

 ダメかと思った時だった、彼女は迫りきていた不振な手を、パシンと跳ね除けた。

 

「「!?」」

 

「おじさんくっさ! カメムシの臭いがする! オエエェ」

 

 シズカは自分の鼻を摘み文句を言うと、男は顔を真っ赤にし、威圧的に手を彼女に、再び伸ばした。

 

 その時、リュウタは我が子を守る親の様な本能に襲われ、瞬間的にシズカの元に寄った。

 

 チッ、もうこうなったら我武者羅がむしゃらに守護する方法を探るしかない。

 

「おいコラ! このド変態野郎! 聞こえてんのか? おい! おまえはそんなんだから就職できねんだよ(偏見)」

 

 クソッ! 罵っても俺幽霊だから声が届かないのか……なら今度は。

 

「ぬぉぉぉぉらァァァ!」

 

 彼は全力の力を込めた拳を男に叩き込んだ。が、霊になっているせいか、拳は変態野郎の体を通り抜けた。

 

 お、俺の拳が……クソ!

 

「もう、許さないよ……僕は怒ると怖いからねぇ」

 

 男はそう言いながら、彼女の目と鼻の先ほどに近づいていた。

 この絶体絶命的な状態に彼は、焦りのせいか無策のままシズカの元に寄った。その瞬間、リュウタの体は彼女の体に吸い込まれる様に中に入った。

 

 ※

 

「さぁ、僕と一緒に」

 

 シズカの顔に手をあてようとする男が、ニヤリと笑った時だった。

 

「——グフ!」

 

 彼女のアッパーが、変態野郎の顔面にヒットし、男を怯ませた。

 

「触んじゃねぇよ、変態野郎」

 

 それと同時にシズカの雰囲気が、屈強な男の様な気配になった。

 

 が、シズカの体は、まるで産まれたての子鹿の様に、上手く立てない様子だった。

 

 おっとっと……久しぶりだ、この感覚は! いつもは実態のない体だから慣れないな。

 

 この時、神崎リュウタの意思は、彼女の体を支配下に置くことに成功した。いわゆる取り憑く事ができた。

 

「ちょっと、準備運動をさせてくれ変態君」

 

 彼は男にそう言うと、準備運動をし始めた。

 

「おい、ガキ! あんま調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

 男はリュウタに向けて拳を、叩き込む体制に入った。

 

「おいおいおいおい! ちょっと待ってくれって言ったろうがよ!」

 

 彼は咄嗟に身を守る為に、腕をクロスにした。

 

 クッソ! 体が上手く立たない、奴の体が止まってくれれば良いのにな! ——クソが——ッ!?

 

 その時、男の迫り来る拳が、彼の目の前で止まった。まるで、体の時が止まった様子だった。

 

 それと同時にリュウタの体は、青色の謎のオーラを纏っていた。

 

 なんだコレ? 変態野郎が止まってる……まさか、俺が——いや! こんな事考えてる暇じゃない! 逃げないとな!

 

 彼は男に背を向け、路地裏に走り去った。

 

「クソがあぁぁぁぁ、ぜってぇ、許さねぇー! ガキのくせに!」

 

 時間が経過したせいか、変態野郎の体が動くようになり、リュウタが逃げた方向に男は、向かうのだった。

 

 ※

 

 路地裏に逃げ込んだ彼は、散乱するビールの瓶、ゴミ箱やらを避けながら逃げていた。が、後方から先程の変態野郎と思われる怒号と、足音が迫り来ていた。

 

「変態は執着心が強ぇな! このロリコンがよぉ!」

 

 それにしても、まだ体が慣れねぇ、このままじゃ捕まっちまう。たり前だ、子供と大人のスタミナやら、速さやらを考えると、圧倒的にこっちの分が悪い。

 

 そして、彼が想定していた通り、変態野郎はあっという間に、自分の真後ろにまで迫っていた。

 

「捕まえた——ッグフ」

 

 男が手を伸ばした瞬間、彼は落ちている缶ビールの空を、変態野郎に投げつけた。

 

「動きが単純なんだよ、隙がありすぎだ」

 

 やばい……体力の限界が——ッ! いや、俺はこのラストスパートにかける!

 

 この時、彼の視界には沢山の人が、行き交っている光景が写っていた。

 

 そして、リュウタはその人混み目掛けて、ラストスパートをかけようとした。がその時、疲れていたせいかリュウタの足が、地面に引っかかり、その場に倒れ込んだ。

 

 マジかよ、こんな時に、早く動かないと。

 

 早く体制を立て直そうとした時、変態野郎がリュウタの体に跨った。

 

 そして、男は怒り狂った様子で、彼の顔面に向けて拳を、叩き込んできた。

 

「このガキめ! 僕を舐めやがって! 殺してやる! 殺した後に凌辱してやるからな! アハハハハハハ」

 

 狂ってやがるな。

 

 絶え間なく続く男の殴り、リュウタは朦朧となってきた意識の中、変態野郎は攻撃をやめた。

 

 が、次に変態野郎は、彼の首に両手を添え、強く締めてきた。

 

 仕方ない、ここは一か八かだ! あの時、俺が『止まってくれ』と思ったら男の体が止まった、その時に体を纏っていたあのオーラはなんだ? 馬鹿馬鹿しい話だが、この世界にあの世みたいな所もあれば、守護霊だって居る。なら、あんじゃねぇのか、この世界に超能力がよ。

 

「グヘヘヘ、どうだい? 脈が波打つ感覚は。最高だろ? もうすぐでそれも無くなるからね——?」

 

 ボヤけてきた視界の中でリュウタは、男に向けて両手を伸ばした。そして、彼は男に向けて言った。

 

「……ぶっ飛べ、変態野郎」

 

「へ?」

 

 男がそう言葉を漏らした時だった。

 

 再びリュウタの体を、あのオーラが纏うと、跨っていた変態野郎の体が、後方に吹き飛んだ。

 

 正解だな、俺が思った事が実際に起きる能力だと考えて、まずは治療だな。

 

「何なんだ! このガキは! ちくしょう!」

 

 男はそう吐き捨てると、彼に背を向けて逃げようとした。

 

 何逃げてやがるアイツは許す訳ねぇだろ。

 

「止まれ」

 

 そう言った時、奴の体はその通りに止まった。そして、身動きの出来ない男にリュウタは近寄る。

 

「な、なんで僕の体が!? き、キミがやっているのか? 僕はどうなる?!」

 

「さあ? まぁ、今回の件で分かった事がある。それはお前が幼女好きの変態野郎て事だ。だから、もう一生今回みたいな事出来なくしてやるよ……一生な?」

 

 怒りを込めた彼の顔を見た男は、まるでライオンを目の前にする、怯える兎の様だ。


「軽くボコボコにしてやる、そして、二度とこんな事すんじゃねぇ」

 

「ひ、ヒィ。うぎゃあああああああああ」

 

 男は大声を上げ絶叫した。

 

 ※

 

 その場から離れたリュウタは、首についた痣や、男に貰った傷を超能力で治し、家に帰宅した。

 

 もう良いかな——ッ!?

 

 突然、外に追い出さられる様にして、彼は彼女の体から締め出された。

 

 この感覚、あの男から守ろうとした時にもあったよな? まさか、災いが去ったからか?

 

「アレ? 私何やってんだっけ? 何で家の前?」

 

 どうやら、あの時の記憶は消えているらしいな……まぁ、一件落着か。

 

 ※

 

 迫り来ようとしている闇金、今にもドアを蹴破って入って来そうな勢いの中で、リュウタは『体を貸せ』と言った。

 

「は? 意味分かんない?! 何で!?」

 

「良いから! この状況を打開したいんだろ? なら早く」

 

「だから意味分かんないてば!」

 

「おい! 何1人で喋ってんだよ! 早くしろよ! ボケ!」

 

 闇金はそう言うと、今までとは比べものにならない威力の蹴りを、扉に入れた。

 

 この状況に怯えに怯えたシズカは、涙を流しながら、その場に座り込んだ。

 

「トラウマなのか?」

 

 彼がそう聞くと彼女は、首を縦に2回振った。

 

「おい! 聞け、俺はお前に降り注ぐ災いから何時も、お前の体を借りて打開してきた。お前の体を借りてだ。だから、体を貸してくれ! 安心しろ痛い思いはさせない、約束する!」

 

 その説得を聞いた彼女は、何かを決心したかのように涙を、拭き取り立ち上がった。

 

 そして、涙目ながらもコクリと頷いた。

 

「ありがとう」

 

 その時、リュウタはあの時と同じ様にして、突然、彼女の体に吸い込まれる様に、シズカの体の中に入った。

 

「さて、どう打開しようか」

 

 彼女の体に取り憑く事が出来たリュウタが、そう言った時、ある違和感に襲われた。

 

 それは、前よりも力が漲っている事だった。

 


 さっきまで閉ざされていたドアが、錆びた金属音を出しながら開いた。

 

「あん? ようやく金持ってきたか? ガキ」

 

 外に待機していた闇金タンクトップが、威圧的な表情をし、開いたドアから顔を覗かせた。

 

 その時だった。

 

「ぬぉらぁー!」

 

 リュウタは自身の超能力を使い、スーツケースを浮かせ、まるでサーフィンをするかの様に、ドアを突き破り、空高く吹っ飛んだ。

 

「なんだ……スーツケース? が浮いてる。しかも、その上にあのガキが! クソが! おい鍋島なべしまヤツを追うぞ」

 

 黒タンクトップはその光景に、驚きを隠せない表情をしていた。

 

 とりあえず危機は回避した、もういっその事、このまま昨晩に決めた駅まで飛んで行くか——。

 

 思いっきり加速しようとした時、かすかに心の奥から聞き覚えのある声が、聞こえてきた。

 

『なにこれ!? なにこれ!? どうなってん?!』

 

 その声は紛れも無いシズカの声だった。

 

「シズカなのか? その声は」

 

 リュウタはその声を正確に聞き取るために、両耳に手を抑え、外の音をシャットアウトした。

 

『もしかしてアンタ本当に守護霊なん?! てかどうなってんの! なんで私空飛んでんの! マジ意味不なんすけど! ちょっと! 説明してよ! 闇金アイツらは?!』

 

 必死に問いかけてくるシズカの声に、彼は過去に変態から彼女の体を借りて撃退した事、今回シズカに乗り移った後の出来事を簡単に説明した。

 

『……なるほど……よくわかんない』

 

 だろうな、俺だってこの状況になったら同じ様に思う。

 

「今、駅に向かってる。その駅に着いたら体を返す、それでいいか?」

 

『オッケー、分かった。私は空の景色でも堪能してるわ』

 

「ん? お前外の景色が見えるのか?」

 

『まぁね、なんか真っ暗な部屋みたいな場所で、窓があってそこから外の景色が見える。でも、ここはあんまり居たくない。なんか、思い出したくない事まで思い出しちゃうから』

 

 彼女の声はどこか不安要素のある震えた声だった。

 

「そうか、駅に着いたら早くそこから出してやるから、待ってろ」

 

 彼は颯爽と駅に飛んで行った。

 

 ※

  

 ものの数分で到着した駅で、リュウタはシズカに身体を返し、これでシズカは不安から開放されると思ったが、現在の彼女は曇った表情をしていた。

 

「大丈夫か?」

 

 彼がそう問いかけると、先程とは別の平気そうな顔をし、

 

「大丈夫だし……早く行こ、闇金アイツら多分追ってくる」

 

 と何かを堪えるように言った。

 

「そうだな」

 

 リュウタがそう言った時、古めかしい駅の方向から電車のブレーキ音が聞こえてきた。

 

「きゃー! キタキタ! ねぇ! アレ電車なんだよ! マジかっこいいんすけど!!」

 

 シズカはさっきとは違う表情を浮かべ、目と鼻の先にある停車した電車に、興奮を隠せない様子で居た。

 

「初めて見るのか? 電車は?」

 

「え? 電車てもっと都会みたいな所にしか生息しないんじゃなかったけ?」

 

「『生息』て……電車は生き物じゃないぞ」

 

 彼がそう指摘すると彼女は、驚いた表情をしていた。

 

「マジ? てっきり生き物かと思ってたし……いつも親から『都会に生息してる生き物』て言われてたけど……アレ嘘なん?!」

 

 驚愕の眼差しで、リュウタを見て質問する彼女に彼は、コクリと首を縦に振った。

 

 それを見るや否や、彼女は次の質問を出してきた。

 

「じゃあ、駅弁はあるん? ワタシさ1度でもいいから駅弁を食べてみたいんだけど〜、確かワタシの親情報からすると駅弁は、とても絶品であり、とっても美味しいと聞いている。いや〜気になる」

 

 ヨダレをダラダラと流しながら、頬っぺを抑え、何かを想像する様な顔を彼女はしていた。

 

「駅弁なら止まってる電車の近くに売店で売られてるぞ、ほらあそこ」

 

 彼が駅弁が売られている売店を指さすと、シズカはまるで獲物を捉えたライオンの様に、颯爽と売り場に向かって行った。

 

 アイツ……もうすぐしたら電車動いちまうていう時に——ッ!?

 

「ねぇ、何その顔。もうすぐで電車行っちゃうよ? 早く行こ?」

 

 その声の矛先には、手に駅弁の手提げ袋を持って、電車のドアの前に待機しているシズカが居た。

 

 ……いつの間に。

 

  ※

 

 こうして電車に乗り込んだリュウタとシズカは、綺麗な景色が見えそうな窓際の席に座ると、シズカはどこか疑問に思った様な表情をしていた。

 

「どうした? そんな顔して」

 

「いや、なんで私……貴方が見えるようになったのかな? て。なんか知ってる? 理由とか」

 

 彼は彼女の質問に今更かと思いながらも、何故シズカがリュウタの姿が見えるのか考えるも、彼は首を横に振った。

 

「ソ。アンタが分からないなら、どうしようもないね……1つ思ったんけど、周りから見たらワタシ明らかに変な人!?」

 

 彼女がそう言っている隣で、リュウタがシズカに目線送っていると、ふと脳裏に、靄のかかったどこか見覚えのある女の子の姿が、シズカと重なり合った。

 

「……。あぁ、そうなるな、多分不審者としか思われてないぞ」

 

「チョー恥ずなんだけど、ヤバヤバ……。ねぇ……どうして私の自殺旅を止めたりしなかったわけ?」

 

 彼女はどこか不思議そうな様子で、小声で質問を投げかけた。

 

 しまった、なんて言うべきなのだろうか……「ご褒美」なんて言ってしまったら変だしな……だが、こんな事になったのは彼女の学校、その周りを包み込む大人達が招いた事だ……とはいえ、こんな事も言うのは気が引ける、ならばここは。

 

「そうだな、俺が止めた所でお前は止めないからだな。ただそれだけだ」

 

 そう言うと、シズカは「ふーん」とだけ言った。

 そして、微かな沈黙の間が生まれた。

 

 すると、シズカは沈黙の間を打ち消す様に、先程買ったであろう駅弁を、袋から取り出すと、そのレシートをリュウタの目の前に出した。

 

「この駅弁マァジ高くてさ〜、ほら見て! 1200円! いやぁ、ホント高いなぁ。こんだけあれば私2週間くらい生きて行けるくらい。外のゴキブリとかバッタとか取って食を繋げればワンチャン1ヶ月? ふ、そんな事を考えてもどうせ死ぬし! 贅沢贅沢……じゅるり」

 

 彼女は一緒に入れられていた割り箸を取り出すと、パキッと綺麗に割った。

 そして、シズカはヨダレを垂らしながら駅弁を開けた。

 

 その中には、ごまが撒かれた脂身のある鯖の刺身、その隣には乾鮭色からさけいろの細かく切られた鮭の切り身、付け加えて、それと一緒にする様に置かれた卵焼きがあった。

 

「うひょー」

 

 彼女は周りの事もあり小声で囁くと、箸を持つ手を震わせながら、鯖の刺身を取る、すると、その下から白ご飯が見えた。

 

 そして、シズカは刺身を自身の口に頬張った。

 

「ぐぬぬぬぬぬ……う、美味い。こんなの初めて……美味すぎて涙が……そこら辺にいる蜘蛛とか蟻とかゴキブリよりも美味しい! 中に広がっていくクリーミーな味わい! そして、鯖にのった脂がよりクリーミーさを増して行く!」

 

「そ、そうかそれは良かったな」

 

 リュウタがそう言うと、彼女は次々と鮭やらを口に入れると、口いっぱいになった顔を見せた。

 

 ※

 

 あっという間に駅弁をたいらげたシズカ、そして、その様子をどこか微笑ましく見ていたリュウタ、そんなこんなしながら駅を乗り換えしていると、最初の目的地である「秋田県」に到着した。

 シズカたちはそこへ降りると、その外の光景に彼女は目を大きく開いていた。

 

「デケェ……ビルがいっぱいだ」

 

 シズカがそう言ってると、どこからか甘い匂いがした。その匂いの方向にリュウタ達は、呼び寄せられて行った。

 

 それは「ババベラアイス」という秋田県の名物であるアイスの匂いだった。

 

「ヤバァ! すんごい芸術的な見た目やん! 即買い決定!」

 

 シズカは駅の飲食店に売られていたアイスを、即買いした。

 

 その後、あるていど秋田県を探索しゆったりとしていると、突如、リュウタたちの目の前に、雪の様に白い壁、屋根の天辺に鎮座している2匹の鯱鉾しゃちほこがのった城が現れる。

 

「デカすぎ、ヤバすぎ、カッコよすぎ! これが城?! 何城なん?!」

 

「『久保田城』らしい、そこに書いてあった。それにしても、白い壁だな……白すぎて雪みたいだな」

 

 久保田城をただ茫然ぼうぜんと凝視していると、シズカが立っている所に、カメラを持った若々しい男女が、彼女に何か話していた。

 

「あの! すいません。1つお願いしたいのですが、このカメラで私と彼を久保田城をバックにした写真を撮っていただけないでしょうか?」

 

 と1人の男性がシズカにお願いすると、彼女は驚いた表情をした。

 

「へ? わ、わたし?! 全然大丈夫ですよ! 喜んでやります! て言っても……わたしカメラ使った事ないので教えてください!」

 

「ありがとうございます! 使い方は今から教えますね」

 

 男性の隣にいた女性はお礼を言うと、シズカにカメラを渡し、その使い方やらを説明していた。

 

「はい、いきますよー! はいチーズ!!」

 

 初めて触るだろうカメラと、自身が生きて初めて頼られるという実感を胸に、カメラのシャッターを下ろした。

 

 その後、リュウタたちは若い男女と別れ、近くにあったネットカフェに泊まった。

 

 ※

 

 翌日、シズカと彼は秋田県を離れて、他の県を周りながら旅をしていった。

 

 ※

 

 〜京都府〜

 

「しゅごい! 絶景じゃん! 最高じゃん! ここなんて言うとこ?! アンタ……神崎さん」

 

「——ッ! お前今なんて……」

 

 思いもよらない事に彼は、咄嗟にシズカの方へ視線を送った。

 すると、彼女は頬を赤くし、少々焦った様子で居た。

 

「いやだって! 流石に沢山旅をしてきたんだからさ。『アンタ』て言い方はナシでも良いかなて思っただけ! あと、その反応は大袈裟すぎだし!」

 

「そうか、す、スマン。気を取り直してここは「清水寺」て所だ。結構有名な観光スポットで、秋になるとそこら一帯に紅葉が観れる場所だ」

 

「へぇ! 凄いじゃんソレ! 観たかったな紅葉を一帯の景色……ま、この緑一帯の景色でも十分だけどね!」

 

 彼女はどこか寂しげな表情を浮かべ、自然が描き出した光景を眺めていた。

 

 そんな彼女を見ていると「生きてみるのも良いかもな」と自然に呟いてしまった。

 

 すると、それを聞いたであろうシズカは、表情1つ変えずまま、こちらを向いた。

 

「まぁ、それもアリだと思う。でも、これはわたしの人生だから……。でも、神崎さんが止めてくれればこの旅やめるかも?」

 

 シズカは少しリュウタを揶揄からかううような顔をした。

 だが、彼はその言葉を聞いて、つい深く考えてしまう。

 

  俺には彼女の人生を決める事はできない、ただ、自分は彼女が行く道へ誘導する、案内係をする事しかできない。

 仮に、俺がこの場で止めたとして、シズカが元の生活に戻ってしまった時、その数週間後には俺は消え、彼女は再び孤立してしまうのだろう……ならば。

 

「馬鹿言え、俺がシズカの人生の行く末を決めれる訳ないだろ。

 お前の人生はな、家族でも、友人でも、知り合いでも、俺でも、決める事はできない。

 ただ、俺やその他の奴らはシズカの人生を応援する事しかできないんだ。

 「生きる」か「死ぬ」かそれを決めるのもシズカだ。俺はお前が決めた道を「守護霊」として共に歩むだけだ」

 

「冗談のつもりだったのに……まぁでも? 神崎さんが私の自殺旅に不満を持ってないなら良いや。私の人生だしね、うん!」

 

「そうか、分かった……なら、そろそろ移動するか」

 

 そう言って、リュウタとシズカは清水寺を後にした。

 

 去り際に気づいた事だが、シズカと喋っている時、辺りから視線を感じた……あまり、人が多い所で彼女と話すのは控えた方がいいか。

 

 ※

  

 〜沖縄〜

 

「う、う、海だァァァ!」

 

 太陽に照らされ、エメラルドグリーンに輝く透き通った海を見たシズカは、まるで子供のようにはしゃいでいた。

 

 リュウタ達は沖縄で人気の高いビーチである「宮古島」に来ていた。

 

 しかし、平日のせいなのか、ビーチに来ているのは人は数人程度だった。

 

「ねぇねぇ! アソコに何かがいるよ! うーん! これが海かぁ!」

 

 彼女は靴下を砂浜の上で脱ぐと、ゆるやかに波打つ海の浅瀬に立ち、透明な海に泳ぐ魚を観察していた。

 

「神崎さん……お願いがあるんだけど」

 

「なんだ、急に」

 

 彼女は先程とは違う真剣な表情をした。

 

「私さ、もっと海の事知りたいから、私の海の探検に付き合って!」

 

「しょうがないな」

 

「ヤター!」

 

 シズカはそう言うと、海辺を楽しげに走った。

 

 彼はそのシズカの後ろ姿を見ていると、ついつい、前世の息子との日々を思い出してしまう。

 

 そんな昔の事にひたっていると、遠くの方からシズカの声が聞こえた。

 

「早く早く! 夕日が登っちゃうよ!」

 

「おう! 今行く!」

 

 ※

 

 あれから数時間ほどが経過し、とっくに海の地平線はオレンジ色に染まっていた。

 そんな、景色を鮮やかに波打つ海岸から彼は、少し寂しい気持ちを持ちながらも、綺麗に輝く夕日を見ていた。

 

「楽しかったね……神崎さん」

 

「あぁ、そうだな」

 

「どうしよう、私」

 

 と、彼女は震える声で呟くと、夕日の潮風になびく金髪の長髪を耳にかけ、後ろ手を組んだ。

 

「まだ死にたくなくなっちゃてきた」

 

「なら——」

 

「でもね」

 

 俺が何かを言おうとした時、彼女はそれを遮るように言った。

 

「わたし、この旅を続けたいの。「生きる」か「死ぬ」とか関係なくて……ただ、私はこの旅を純粋に楽しみたい。その時に決めるよ「自殺」は……」

 

「分かった」

 

「んじゃ、もう暗くなってきたから帰ろ?」

 

 その後、リュウタとシズカは事前に予約していた安い宿に宿泊し、翌日に沖縄を離れ、他の県に向かって行った。

 

 気づけば最後の目的地に近い「千葉県」に訪れようとしていた。


 ※

 

「千葉には来たが何処に行くんだ? シズカ」

 

 彼はそう彼女に問いかけると、シズカはどこか考える素振りをした。

 

「じゃあ、ちょっと休憩したいから公園で良いかな? 神崎さん。

 あと、東京でも良いんだけど旅が始まってからずっとこの服……洗濯とかはしてるんだけど、そろそろもっとオシャレなやぁつにしたいなぁー、なんつって!」

 

「そうか」

 

 リュウタとシズカは駅から程近い公園を、探しに足を動かした。

 

 ※

 

 ものの数十分で駅近くの公園を見つけ、リュウタはベンチに浮かびながら座り、一方シズカは「休憩」という目的を忘れ、公園にあった遊具に没頭して、他のチビッ子達に紛れる様に遊んでいた。

 

 しかし、周りは幼い子ばかりが居るせいで、遊具で遊ぶシズカの姿に大人子供関係なく彼女に変な視線を向けていた。

 

「……まぁ、これもありだな」

 

 そして、いつの間にか、リュウタは前世にいた幼い息子の姿を、まるで子供の様にはしゃぐシズカに重ねて見ていた。

 

 ※

 

 シズカが遊具で遊び終わる頃には、空はどこか不気味に曇っていた。

 

「いや〜、遊んだ遊んだ! 見てたでしょ私の子供みたいにはしゃぐ姿、どうだった……? あれ? 神崎さん?」

 

 彼女が汗を水のように流しながら、リュウタが座っていたであろうベンチに向かうと、そこには彼の姿はなかった。

 

 どこに行ったんかなぁ? トイレかな? イヤイヤ、幽霊だからトイレ出来んしな……一体どこに——?

 

 周りをキョロキョロと見回していると、何かが自分の腕に抱き着くような感覚が、伝わった。

 

「ひょえッ?!」

 

 なになに!? まさか、痴漢てやつ!? ヤバイヤバイ、これ死ぬヤツっしょ?! 落ち着けっつーのワタシ! まずはどんな奴なのかカクニン——アレ?

 

 恐る恐る腕に抱きついている物を見ると、そこには、鼻水を垂らし、ヒクヒクと泣きじゃくっている男の子がいた。

 

「……ど、どうしたの? 少年。お母さんは? お父さんは?」

 

 彼女がそう問うと少年は、何故かさっきよりも大声で泣き始めた。

 

 あちゃー、こりゃ迷子てやつ? う〜ん、迷子て言ってもなぁ〜……。

 

 シズカが周りの光景を見ると、彼女はため息をついた。

 

「なんでこいう時に限って神崎さん消えちゃうかなぁ〜。どうしようかな……迷子の対処とか分かんないしなぁ〜」

 

 シズカの右腕で泣き止まない男の子の扱いに、頭を抱えていると、前から男の声が聞こえた。

 

「オイオイ、お姉ちゃんお困りかい?」

 

 その声の方向には、移動販売用の自転車に乗った30代くらいの男がいた。

 

「へ? お、おじさん?」

 

 彼女が困惑した様子でいると、男は親指を立て、ニコリと笑った。

 

「おじさんじゃなくてお兄さん! そして、俺はこのクレープを売る、ダンディなイケメンお兄さんだ!」

 

「は、はぁ」

 

「ところで嬢ちゃん、その泣いている弟を泣き止ませる方法を知ってるかい?」

 

「知らないけど」

 

 変な人に絡まれたなと思いながらも、一応、返事をした。

 

「それはな、俺の作るクレープを食べると泣き止むんだ! どうだい? クレープ買うか?」

 

 男はシズカの左手にメニューを乗せると、彼はまるで彼女の購買意欲を誘い込む様な仕草で居た。

 

「別に要らないですけど……」

 

「それでいいのかい? コレ買ったら弟君が泣き止むのに?」

 

「別にワタシの弟ではないですけど……」

 

 彼女はそう言いながらも、迷子の少年へ視線を向けると、不思議な事に少年は泣き止んでいた。

 すると、迷子は親指を口に入れ、シズカの右手を掴み、無邪気で可愛らしい目で、不思議そうに彼女を見ていた。


「1つください」

 

「まいどう!」

 

 ※

 

「ホレ! 少年、金髪姉ちゃんが買ってくれたいちごクレープだぞぉ」

 

 男は何故か両手に出来上がったクレープを持っており、片方を迷子にやり、もう片方のクレープをシズカに渡した。

 

「へ? 私2個も注文してないけど」

 

「嬢ちゃんが可愛いからサービスてやつだ。気にすんな」

 

 男は親指を立て、ニコリと笑っていた。

 

「ありがとうございます」

 

 シズカと迷子は、クレープのお兄さんと別れ、リュウタが座っていたであろうベンチに座り、美味しそうなクレープを食べ始めた。

 

 そして、シズカはいちごクレープを食べ切り、どこかへ消えた彼を見つけに行こうとした時だった。

 

「隼人ぉー!」

 

 と言って、少年の元へ走ってくる迷子の母親と思われる姿が、夕日が見える晴れ渡った所から見えた。

 

「ママァ!」

 

 男の子は駆け寄る者が母だと気づいたのか、そう言って掴んでいた手を離し、母親の元へ向かって行った。

 

「ママ……か。ハハ、どうしようかな、また1人になっちゃった」

 

 シズカの視界には何故か、男の子とその母が再会する姿が、昔の自分と母親の様に見えた。

 

「……行こうかな。なんか虚しくなったし」

 

 彼女は自分の存在が邪魔だと思い、再会した親子達を背に向け、曇り空のある方へ去ろうとした、その時。

 

「金髪のお姉ちゃん! ありがとう!!!」

 

 遠くであの少年の声が聞こえ、振り向くと、そこには、大きくシズカに手を振る男の子と、頭を大きく下げる母の姿があった。

 

「あ、あ、あぁ」

 

 そして、彼女は夕日に向けて帰ろうとする親子に、震える手を振った。

 

 ※

 

 少年と母親が見えなくなるまで手を振り終えると、シズカは少年達が行った方向とは反対へ歩もうとした時。

 

「少しは成長した様だな、シズカ」

 

 後方から聞きたくてたまらなかった声が聞こえ、瞬時に振り向くと、そこには夕日に照らされたリュウタが、嬉しそうな表情で立っていた。

 

「神崎さん! 私! すごッ——?!」

 

 彼女が守護霊の元へ行こうとしたその時。

 

「もしかして……シズカなの? 貴方は。シズカなの?!」

 

 その後ろからは、聞きたくもない、耳にも入れたくないような声が聞こえた。

 

 そして、声の主の方へ振り向く、そこには、以前よりも老けた様な顔、目の下には大きな黒いくま、しかし、その雰囲気は以前とは1つも変わりのない。

 

 シズカは自然とそこに居た者の名を呟いた。

 

「お母さん……」

 

 

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