おっさんとJKの自殺旅 1話「起」
「じゃあさ! この夏休みが終わったらアンタは生まれ変わるんでしょ? ならワタシの自殺旅に付き合ってよ! いっその事一緒に死なない?」
1人の少女は生気のない青い水晶の様な目をキラキラとさせながら、既に死んでいる男に言った。
その時、男の脳裏に、自分が死んだ時の記憶、この言葉を聞く過程の記憶が蘇った。
※
彼の前世は神崎リュウタという男だった。そして、前世の彼は刑事をしており、ある事件を調査してる時、幼い少女が暴走車に、轢かれそうになっていた所を男は、少女を突き飛ばし、そのまま車に轢かれ、妻と息子を残し死んだ。
この時だけは何故こんな事をしたのかが彼自身も分からなかった。
ふと次に目覚めた場所は「あの世」の様な場所だった。
そして、目の前には変な格好をしたご老人が居て、その老人は言った。
「君は災難だったね。まだ現世には君を必要とする人間が居る、だから君は「守護霊」となって人を助けなさい。任期は約10~20年、任期は頭の上にある。任期が終えれば生まれ変われる」と。
また、リュウタは守護霊がどうやって守ればいいのかを、説明された。
次に、視界に入った光景は、見知らぬ古い部屋だった。
そして、目の前には1人の幼い少女が居た。その瞬間彼は直感した『自分はこの子をどんな災いからも守らなければならない存在』だと。
しかし、困った事にその少女の家族は、とても恵まれていない様に見えた。
理由は、毎日毎日、そこら辺に生えている雑草や虫を調達しては、それらを上手く調理し食す、飲み水に至っては、茶色く濁った、何処から取ってきたのかも分からない水を飲んでいた。全ては自分の娘の学費の為に。
「おい! ゴラァ! はよ金を払わんかい! 下僕共がよぉぉ! 居んのは分かってんねん! 借金払えや!」
しかし、最悪な事にこの家族は、闇金と思われる輩から借金をしていた。毎日繰り返される男の怒号とドアを叩く音。その日々に家族達は、恐怖と戦いながら過ごしていた。
だが、それと同時に彼らの仲には硬い絆がある様にも感じた。
しかし、少女が高校に上がる頃には、その子の両親は忽然と彼女の前から姿を消した、机に手紙と闇金から借りたであろう1000万円を置いて。
そして、彼女が手紙を開けると、こう書かれていた。
『シズカへ、突然あなたの目の前から消えてごめんなさい。でも、こうするしかなかったの。これも全て貴方のためなの無力な母と父を許して。川瀬アスカより』
それを読んだシズカは、大粒の涙を浮かべ、泣き狂い、そして、
「あぁぁぁぁぁ! 裏切り者……みんなみんな……。ヒドイ、殺してやる……殺してやる!!」
と泣き叫んだ。
その時だった、リュウタが彼女の名前を知ったのは。
※
あれから、月日が経ちシズカが高校2年生になった夏休み。
彼女が油で揚げたゴキブリを食べていた時、シズカは突然、見える筈のないリュウタを直視していた。
生気のない彼女の目の視線を浴びていると「貴方誰? 何者?」と声を掛けてきた。
その時、リュウタは自分の姿が見えているシズカに、驚きを隠しきれなかった。そして、咄嗟に彼女に聞いた。
「お、お前……俺が見えるのか?」
「うん、超超見えてるし。てか、アンタ誰? しかも、なんで真夏なのに茶色のコート着てんの? ウケる」
シズカは自分の部屋に見知らぬ男がいる事に、驚きも焦りもせず、ただ呆然としていた。
彼女はびっくりした表情を浮かべるリュウタをよそに、続けて発言した。
「アンタ……もしかしてだけど、幽霊か何か?」
彼女が思いもよらない発言をした事に、彼は自然と「へ?」と口を漏らした。
「いや、別にそうだとしても私には霊感はないと思うし……でもね、5歳の頃からかな? 誰かに見守れてる、て感じがしてたの……それって……もしかしてアンタ?」
シズカは深く考えた顔をし、彼女は質問を男に投げかけた。
リュウタは彼女の鋭い洞察力に関心しながらも、コクコクと首を縦に振った。
「やっぱり……。嫌なら言わなくても良いんだけど、アンタは幽霊なんでしょ? なら前世とか死因とか覚えてるん?」
シズカは金に染めたであろう髪を触りながら、そう問いかけた。
その質問に対し彼は、自分が暴走車から少女を助けようとして死んだこと、前世にいた家族の事、そして、自分の名前を彼女に伝えた。
「マジ? それは気の毒。でも、アンタが助けてくれたお陰でその女の子は、救われたのが唯一の救いっしょ……ところでその頭の上にあるそれ何」
彼女はそう言いながら、彼の頭上を指さした。
その時、リュウタはあの世にいた時に老人から聞いた、任期の事について思い出した。
あぁ、何かそんなこと言ってたな……。
彼が任期を見てみると『任期終了日 2022年8月31日』と記載されていた。
何だっけ確か任期が終わると生まれ変われるんだっけ……。
「俺は守護霊でな、この数十年間俺はお前が死なない様に守ってきた。
そして、俺がお前を守ってられる期間て事だ。たしか、この期間が過ぎたら俺は生まれ変われる」
彼が難しい顔を浮かべながら話していると、彼女は顔を俯かせていた。
「て事は私の自殺も邪魔したってわけ?」
シズカは暗い顔を浮かべ、リュウタに問いかけた。
たしかに俺は彼女の自殺を、何度も止めていた。親から裏切られた日から、シズカは生きる活力がないように見え、挙句の果てに自殺をしようとしていた。
しかし、俺は「守護霊」という名目で彼女が望んでいた「死」を何度も邪魔していたのだ。
「あぁ、そうなるな。お前がロープを吊るして死のうとした時、ロープが切れて未遂で終わった事も……全部俺が防いでいたんだ」
リュウタが申し訳なさそうに言うと、彼女は声を震わせながら言った。
「ねぇ、アンタは今私が夏休みに入ってる事知ってるよね?」
「あぁ……お前の夏休みは8月1日から8月31日までなのは把握している」
※
そして、今に至る。
「ねね! 良いでしょ? ……私の自殺を邪魔したからその責任とってよ」
リュウタはその言葉を聞くと、何処と無く罪悪感が生まれた。
そりゃそうだ、俺は彼女が望む「死」を邪魔していたから、もし、この日本に安楽死制度があって、友人が「自殺」を望んでいるなら俺はそれを勧めるだろう……なんせこの世界には平等なんて存在しないし、仮に幸せな家庭を築けたとしても待ってるのは「希望」か「絶望」かも分からないからな。
「あぁ分かった……協力しよう」
川瀬シズカという女の子は、幼いながらも必死に生きてきたんだ、それくらいのご褒美があっても良いのではないかと。
思い悩みながら彼は彼女の「自殺」を手伝う事を承諾した。
そして、お互いの了承を得たシズカ達は、この夏休みの最後の「自殺」までの間なにをするかを考え始めた。
「自殺を夏休みの最後にするのは分かったが……その最後の日まで何するんだよ」
「さぁ」
リュウタの質問に彼女は頬に指をあてて、そう言った。
「あのなぁ……」
頭を抱え、ため息をついた彼をよそにシズカは「あ! そうだ!」と、何か閃いた様な声を出した。
「何かあるのか?」
そう問うと、彼女は懐かしげな顔をしながら、語り出した。
「いやねー、私が4歳の頃だったかなー? ママとパパと一緒に公園によく行ってて。
家系は貧乏なのに「夢」見ちゃってた、日本全国を1周する、ていう夢。まじウケるよね!」
シズカは笑いながら言葉を並べる。が、彼女は笑い顔を捨て、真剣な眼差しで彼を見つめた。
「だから、自殺までのこの期間は日本全国を1周したい。これはガチガチのガチ」
「資金はあるのか?」
そう言うと、シズカはドヤ顔を決め、ウィンクをすると、台所に向かって行った。すると、彼女は銀行の封筒の様な物を持ってくると、それを俺に見せつけた。
「いくら有るんだ……」
すると、彼女は何かを思い出しながら、手を動かしながら数えた。
「ざっと、200万かな? パパとママが置いてった無駄金1000万を私が節約しながら過ごして残った金……本当はこんなの欲しくなかったし……。
でも、これ足りんのかな? ……うん! 多分行けるっしょ!」
適当か、大雑把な性格だな……。
「それで行くとして、最終目的地はどうするんだ?」
「安心して! それは決まってる! 最後は東京っしょ! いやぁー私さ、貧乏家計でこの街から一切出た事ないし! 憧れるじゃん! せっかくなら……そこで死のうかな。
自分が居たくない場所で死ぬより、自分が望む場所で死にたいじゃん?」
彼女の言葉にリュウタは「そうか」としか言えなかった。ただ彼は彼女が生きる道を示すのを手伝うのではなく、シズカが懇願する「死」を示す、それが彼の使命だ。
「ねね、いつ行く? いつ行く?」
シズカは上目遣いをしながら、リュウタに寄っていく。
「うーん、なら——」
「明日っしょ!! うん! 善は急げとも言うしね!」
「いや絶対そういう意味じゃない」
ある程度の計画を練ったリュウタ達は、明日に向けての準備を始めた。
※
翌日の朝、「バァ! 起きろ!」と叫ぶシズカの声が聞こえ、彼は「うわあああ!」と声を出した。
目覚めた男の視界には、赤の帽子を着用し、白のパーカと短めのスカートを着たシズカが、彼の反応を見て笑っていた。
「にっしし。起きた? どう? 私のコーデは? 似合ってるしょ!」
彼女はクルリと一回転し、リュウタに聞いた。
「あぁ似合ってるよ、うん似合ってる。てかその服装でいくらかかってんだ」
彼の反応にお気に召さなかったのか、頬を膨らませ、プイと顔を逸らした。
「あーあ、なにその反応……このコーデ2000円もしたかんね!? スカートは学校のやつを改造して、パーカーはユニユニで1500円で買った。
ちなみにこの帽子は500円。最初さ、高っ! て思ったわ!」
「はあー、そすか」
ダラケた状態でそう答えると、シズカはリュウタを指さし、まるで生ゴミを見る様な目で言った。
「はよ準備せい、私の自殺までの時間は有限なんだからさ」
その後、準備万全になった彼女とリュウタ。シズカの手には、何十年前に買ったのかと思われるほど古くなったキャリーケースがあった。
「それじゃあ! 行くっしょ! 私の人生最初で最後の自殺旅! レッツゴー!!」
彼女はそう高らかと宣言すると、サビた古いドアノブに手をかけ、旅の幕を開けた。
ドアが開くにつれ漏れてくる太陽の光、男はその眩しさに目を眩ませていると、シズカは突然、外に出ようとする体を止めた。
「「お」」
「「あ」」
リュウタとシズカは扉の前に居た存在を見て、思わず言葉を揃えた。
そうそのドアの先には、闇金の借金取りと思われる、鍛えられた巨体に、黒いタンクトップを着た大柄の男1人。そして、その隣には明らかな殺気を纏った、黒のスーツを着用した男が居た。
詰んだ……。