あ!これみたことあるやつだ!
ゆるーく読んで頂けたら幸いです
「笹野絵梨香、俺はお前と別れるぞ!」
顔の整った男子生徒は、3年A組の教室に突然現れて言い放った。傍には狸顔の愛らしい女生徒。
教室にいた生徒たちは、既視感を覚える。
「......急に何?」
当の本人、笹野絵梨香は自分の席から立ち上がり至って冷静にそう答えた。艶やかな黒髪のスレンダーな美人である彼女は、少し強気な一面はあるが基本的には面倒見が良く優しい性格である。
「何って、自分が一番よくわかってるだろ」
「私にはさっぱり」
「絵梨香が、咲歩をいじめたんだろ。人をいじめるようなやつとは付き合えない」
「絵梨香先輩が謝ってくれるなら、私許してあげますから。私の物を返してください!」
声を荒げながらそう言い募る彼らの姿に、教室内の生徒たちの心が一つになった。
(これ、見たことあるやつだ!)
何のことはなく、既視感の正体は、所謂、進○ゼミでやった!現象である。
皆の前で悪事を断罪、自分の浮気は棚上げ、自分のパートナーを信じない。最近流行りのパターンである。
しかしながら、ここは異世界でもなければ、貴族の学園でもなく。お金持ち学校でもなければ、魔法も何もない。ましてや彼らは親同士の決めた婚約者でも無いのだ。
別れるなら当事者同士で勝手にやるものだろうに。わざわざ声を荒げて皆の前で告げたのは、正義感によるものか。そういうタイプには見えないが。
アニメや漫画に興味の無さそうな彼は奇跡的にテンプレートを踏襲した。模試でやった問題が入試で出た時ぐらいには、テンションが上がる。
断罪劇の後はざまぁがお約束とわくわくしながら一同は絵梨香の言葉を待った。
「はぁ、もう本当に馬鹿」
「なっ!」
「はじめまして、咲歩ちゃん?そこの馬鹿は熨斗をつけてプレゼントするから、変な言いがかりはよしてね」
おお、ここまでテンプレ通りとは。皆が妙な感動を覚える中、咲歩と呼ばれた女生徒は涙を溜めながら声を張り上げた。
「嘘!私が琢磨先輩と仲良くしてから、教科者が無くなったり、文房具がなくなったり、体操服が無くなったり!」
この子隠さればかりだな、と一同が思う中
「あなた隠されてばかりだけど、それ本当にイジメ?ストーカーとかじゃない?大丈夫?」
素で心配する絵梨香と、言っててあれ?と首を傾げる咲歩の間に妙な空気が流れる。
「いえ、イジメでも大問題だけど。少なくとも私は受験生だし、後輩の教室にわざわざ出向いて物を隠す暇は無いから」
先生に相談した方が良いと思うわよ。と神妙な顔をしてアドバイスする絵梨香に、咲歩がつられて頷きそうになる。
「騙されるな咲歩!俺と仲良くするようになってから隠され始めたんだろう?彼女である絵梨香以外に動機がない」
これだけ端正な顔立ちなら、他にも彼を好きな生徒はいそうだが、絵梨香がよっぽど彼に執心だったのだろうか。普段のクールな彼女を知るクラスメイトは意外な思いでことの成り行きを見守る。純度100%の好奇心である。
「そ、そうですよね。それに、絵梨香先輩が持っていくのを見たって、教えてくれたクラスメイトもいたんですから」
「その子が琢磨のファンの可能性もあるじゃない」
「ふふ!それは無いですよ!その人は男子ですからね!」
言ってから、咲歩はもちろん、聞いていた全員の脳裏に先ほどの絵梨香の言葉がチラついた。
「なんであなたの体操服を持ってく私を、その彼はみすみす見逃すのよ。おかしいじゃない」
トドメに絵梨香の言葉である。
「ストーカー......」
クラスメイトの誰かがボソリと口にする。
咲歩は、どっと冷や汗が背中を伝った。「え?あれ?あれれ?」口元に手を当てながら怯える様が可哀想である。
「大体、私は琢磨にもう3ヶ月ぐらい別れたいって言ってるのに、別れたくないって泣きついてきたのはあなたでしょ」
ツン、と顎をあげて見下ろす瞳に、琢磨が焦ったように「嘘をつくな!」とわめいた。ちなみに、(笹野さんに見下されながらそんな態度を取れるなんて、陽キャのメンタルつえー)と、何人かは心の中で呟いた。
「みんなにライムのやり取りを晒してもいいのよ?」
「はぁ!?ライムを晒すとかモラル無さすぎだろ!」
現段階、モラルが無いのは琢磨の方である。
「自分が振られたって思われたくないのよね?振ったってことにしたいんでしょ?小ちゃい男!」
「えぇー」
どうやら利用されたらしいと知った咲歩も引き気味である。
「ちが、違うんだよ。咲歩。絵梨香はプライドが高いから認められないんだ」
「はぁ、そうね。本当にそう。私はプライドが高いから、あなたが元カレだなんて認めたくないの。お願いだから二度と顔を見せないで」
しっし、と手を振る絵梨香に都合よく始業のチャイムが鳴る。戻ってきたら教師が何事かと声をかけてきたので、端に座る生徒が大きな声を上げた。
「後輩がストーカー被害について笹野さんに相談に来ていたので、先生対応してあげてください。クラスメイトなようで、自分の学年では相談しにくいでしょう。ああ、彼ですか?さあ?何か用事があったのでは?」
一応進学校であり、受験生である。休み時間の余興は面白かったが、授業時間が減るのは大変困る。誰も異論は唱えなかった。
「そうか。ナイーブな問題だからな。養護教諭の先生に対応して頂くよう、連絡しておこう。君、あー、隣のクラスだったか?戻りなさい」
無かったものとして扱われた彼は、顔を真っ赤にして渋々教室を後にした。
その後聞くところによると、一人の男子生徒が自主退学し、狸顔の可愛らしい後輩が面倒見の良い美人な先輩と友好関係を築いているらしい。隣のクラスの顔の良い生徒は、顔だけ勘違い野郎として、女生徒の間でたまにヒソヒソされている。
3年A組の中での今回の教訓は、「過去問って出るんだなぁ」だった。
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