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色とりどりの恋物語

最大公約数は『恋』

作者: 紅204

 授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。


「じゃあ今日はここまでにする。日直、号令」

「起立、礼」


 先生が教室から出ていくと、教室の中がざわざわと騒がしくなる。

 その中で、静かに次の授業の準備をしている(くれない)颯人(はやと)の元に、小学生の頃からの友人である青木悠真が近づく。


「なあ、また来栖(くるす)さん告白されていたらしいぜ」


 颯人は悠真を睨みつける。


「うるさい。わざわざそんなことを言いにきたのか」

「何だよ、そんなに苛ついて。もしかして来栖さんから聞いていたのか?」


 颯人は舌打ちをすると、無視して次の授業の準備の続きをする。


 来栖(くるす)さんとは、颯人の産まれた時からの幼馴染である来栖音夢のことだ。家が隣だったこともあり、産まれる前から家族同士で付き合いがあった。物心ついた頃から二人は仲が良く、それは中学校に入学した現在でも変わらない。

 しかし、中学校に入学して色気づいた同級生を中心に、音夢を呼び出して告白をする男子が現れた。


「そんなに来栖さんが告白されるのが嫌なら、さっさと付き合えばいいじゃん。そうすれば『俺の女に手を出すな』って言えるんだから」


 颯人が悠真に顔を向けると、始業のチャイムが鳴った。慌てて次の授業の準備を始める悠真。それを見て、颯人はため息をついた。




 夕日が窓から射し込む時間。颯人は部活の準備をしていたが、教室に忘れ物をしていたことに気づく。

 急いで教室に戻ると、教室の中で音夢と悠真が二人きりで話していた。颯人には会話内容を聞き取ることはできなかった。ただ、音夢が嬉しそうに笑っているのだけが見えた、見えてしまった。

 颯人は、別に無くてもいいか、と頭の中で言い訳をして引き返す。胸の中で生まれた黒い感情に蓋をして。




 夜、皿洗いをしている母親の元に向かう颯人。


「どうしたの?」

「今週末音夢とデートに行くからお小遣いちょうだい。誕生日無しでいいから」


 颯人の母は颯人をちらりと見ると、手を洗い始める。


「なら残りの洗い物洗ってちょうだい」


 颯人は嫌な顔をするが、仕方がない、と思い了承した。

 颯人が洗い物を始めると、颯人の母は自分の部屋へと向かう。そして財布と封筒を持ってリビングへと戻る。


「母さん、終わった」

「そう、ありがとね。じゃ、これ」


 颯人の母は、財布から一万円札を出して、颯人に手渡した。一万円札を見た颯人は、目を丸くした。


「一万円! いいの?」

「音夢ちゃんとのデートなんでしょ? 颯人のことだし、どうせ奢ろうとするだろうから」


 図星だった颯人はかすかに頬を赤らめ、複雑そうな顔をする。


「あとこれ」


 と、颯人の母は封筒を差し出した。颯人がその封筒を開けると、中には映画のチケットが入っていた。


「それ、音夢ちゃんの好きな小説が映画化されたやつらしくてね。今度一緒に観に行こうかと思ったんだけど、せっかくだからあんたにあげるわ」

「……ありがと」


 颯人は礼を言うと、もらった一万円札と映画のチケットを持って部屋に戻った。




 次の日の昼休み。颯人は図書室に入ると、受付に座って本を読んでいる音夢に声をかける。


「音夢、ちょっといい?」

「あ、颯人。どうしたの?」


 音夢は先ほどまで読んでいた本を閉じると、脇に置いた。


「今週末に一緒に出かけない? 母さんから映画のチケットもらったんだ」

「うん、いいよ」


 音夢は笑みを浮かべながら頷いた。


「そう、よかった。じゃあ、駅前に九時集合で。詳しいことは後で相談しよう」

「ううん、いいよ任せる」

「え、いいの?」

「うん、任せるよ。エスコートよろしくね」


 音夢は颯人に無邪気な笑顔を向ける。


「わかった。じゃあ楽しみにしてて」

「うん。期待してるね」




 週末、人で賑わっている駅前。人混みの中、音夢はまっすぐ集合場所に向かっている。音夢が集合場所に到着すると、颯人はすでにそこにいた。

 颯人は白い半袖のポロシャツに黒のスキニーパンツを履いている。


「ごめんね、待たせちゃった?」

「いや、待ってないよ」


 颯人の返答を聞いた音夢は、思わず笑みをこぼしてしまった。


「なに?」

「んーん、なんでもない。それよりも、この服どう?」


 そう言って、音夢は颯人に見せつけるように、その場でくるりと回った。音夢は白い長袖のブラウスの上に若草色のワンピースを着ており、髪は頭の後ろでまとめられていた。


「うん、よく似合ってるよ」

「えへへ、そう? ってそうじゃなくて!」

「……なに?」

「もうちょっとこう、ね。照れながら言ってみてよ」

「はぁ? このくらいで照れるような付き合いじゃないだろ、僕たち」

「むう、確かにそうだけどさー。漫画みたいなー、掛け合い? 憧れるじゃん」


 颯人はため息を吐き、頭をガシガシと掻くと、音夢から顔を背ける。


「に、似合ってるんじゃねえの?」

「ふふふ、顔真っ赤っかになってるよ」

「うるさい、こういうの慣れてないんだよ。ほら、さっさと行くぞ」

「はいはい。じゃ、手握って」


 音夢は颯人に向かって左手を差し出す。颯人がその手を取ると、音夢は指を絡める。そしてそのまま颯人の腕に抱きつく。嬉しそうに、そして幸せそうに頬を緩める音夢。


「うん、じゃあ行こっか」


 音夢がそう言うと、二人で歩幅を合わせ、一緒に歩き始める。




 二人がたどり着いたのは駅から歩いて十分くらいの場所にある映画館。幼い頃から何度も一緒に訪れたことのある、思い出の場所だ。


「ポップコーン食べる?」


 チケットを交換し終えた颯人は、音夢にそう尋ねた。


「うん! キャラメルポップコーンとコーラをLサイズで!」

「相変わらずたくさん食べるね。わかった、じゃあこれ持ってちょっと待ってて」


 音夢にチケットを渡すと、売店へと向かう。そして、両手にお盆に乗せたポップコーンとドリンクを持って、音夢のところに戻ってくる。


「ありがとう。あとでお金返すね」


 音夢は自分のポップコーンとドリンクをお盆ごと受け取り、お礼を言った。


「今日は奢るよ」

「え、いいよ自分で払う」

「大丈夫だよ。母さんからお金もらってるから」

「そうなんだ。じゃあ後でお義母さんにお礼言わなきゃだね」

「いいよ、僕から言っとくし」


 そう言うと、颯人は歩き出す。それを見た音夢は、待って、と声をかけながらそのあとを追いかける。




 映画を観終わり、映画館を出る二人。ちょうど近所に最近オープンしたカフェがあったので、そこに入る。入った二人は店員さんに案内され、席に着く。


「ご注文はお決まりでしょうか」

「メロンソーダとナポリタンを。颯人は何にする?」

「ビーフカレーとアイスコーヒーで」

「かしこまりました」


 店員さんはメモを取ると、綺麗なお辞儀をしてその場から去った。


「どうだった? あの映画」

「オリジナルのところもあるって聞いて、最初はちょっと嫌だなぁって思ったけど、見てみたら、そこがより主人公とヒロインの気持ちを強調しているような形になっていて、よかったと思う」

「へー、そうだったんだ」

「え、まだ読んだことなかったの?」

「先入観が無い状態で観たかったからさ。まだ読んでないんだよね」

「じゃあ、帰ったら貸してあげる! 本当にいい話だから読んでみて!」


 音夢は興奮して声が大きくなる。そこに店員さんがやって来た。


「失礼します。メロンソーダとアイスコーヒーをお持ちしました」

「あ、ありがとうございます」


 二人とも、出された飲み物を黙って飲み始める。音夢は興奮していたところを店員さんに見られて恥ずかしくなったため。颯人はそんな音夢に気を使って黙っていた。


「音夢はどのキャラが一番好きなの?」


 颯人はそろそろ落ち着いただろう、と思い話しかける。


「あのー、やっぱりメインヒロインかな」

「ああ、あのキャラか。どんなところが好きなの?」

「やっぱりツンデレって良いと思うんだ! で、ツンデレが恥ずかしがりながらも思いを伝えるのってすっごい良いよね!」

「そうなんだ。僕は、主人公の妹が可愛いと思ったな」

「どういうところがいいと思ったの?」

「なんとなく? あー、多分音夢に似てるからかな?」

「あ、そ、そう」


 音夢は少し頬を赤らめると、メロンソーダを飲む。そこにちょうど店員さんがナポリタンとビーフカレーを持ってやってきた。


「失礼します。ナポリタンとビーフカレーをお持ちしました」

「あ、ありがとうございます」


 ビーフカレーが颯人の前に、ナポリタンが音夢の前に置かれる。


「ご注文は以上でよろしいでしょうか」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


 店員さんは綺麗なお辞儀をすると、その場から立ち去った。


「よし、じゃあ食べようか」


 二人で、いただきます、と言って食べ始める。一口、二口と食べていくと、音夢は、颯人に視線を移した。


「ねえ、颯人」

「ん? なに?」

「一口ちょうだい」


 あー、と口を開く。


「いいけどさ、音夢にはこれはちょっと辛いんじゃないかな」

「いいから、ちょうだい」

「わかったよ。口開けて」


 颯人がそう言うと、音夢は再び口を開いた。颯人はその口の中に、カレーとご飯を乗せたスプーンを入れた。音夢は口を閉じて咀嚼すると、眉をしかめる。


「うう、辛〜い」

「だから言ったのに。っておい!」

「ん?」


 音夢はメロンソーダを飲んでしまった。辛いものを食べた後に炭酸を飲むと、辛さが増すのにもかかわらず。


「あ〜! 痛い!」

「ほら、口開けて」


 音夢は、涙目になって苦しんでいる。颯人は音夢のナポリタンをフォークに巻きつけて、音夢の口に運ぶ。


「こうなるってわかってたでしょ。なんでちょうだいって言ったの?」

「だって、食べさせ合うのって憧れるじゃん」

「だからって、わざわざカレー食べなくても良かっただろうに」

「むう」


 音夢は口を尖らせながら、ナポリタンをフォークに巻きつけている。


「ほら、口開けて」

「わかったよ」


 颯人が口を開くと、音夢はフォークを颯人の口に突っ込んだ。


「どう、美味しい?」

「うん。美味しいよ」


 音夢の質問に対して、颯人は笑顔で答える。


「付き合ってくれてありがとね」

「どういたしまして」


 そして二人は、黙々と食べすすめる。


 それから十分くらい経った頃、二人は食べ終え、飲み物を飲んでいた。二人が食べ終えたタイミングを見計らって、店員さんが二人のテーブルに来た。


「こちら、お下げしてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。大丈夫です」


 音夢がそう言うと、店員さんは食器を重ねてまとめる。


「食後にデザートはいかがでしょうか?」

「じゃあいちごヨーグルトを一つお願いします」

「かしこまりました」


 店員さんはメモを取ると、食器を持って裏に引っ込んでいった。そして、五分もかからずに、皿を持って戻ってきた。


「いちごヨーグルトをお持ちしました」

「ありがとうございます」


 店員さんはお辞儀をすると、音夢たちのところを立ち去った。

 音夢はスプーンを持つと、いちごヨーグルトをすくって口に運ぶ。


「ん〜、甘くて美味し〜い!」

「本当に幸せそうだね」

「甘いイコール正義だからね!」

「はいはい、良かったね」


 嬉しそうに食べている音夢を、颯人は優しい目で見つめている。




 二人は会計を済ませ、カフェを出発した。


「次は水族館に行こうと思ってるんだけど、どう?」

「この辺りにある水族館って二年生の頃に行ったところだよね? 懐かしいなぁ。早く行こっ」


 音夢は颯人の手を引いて歩き出した。が、少し歩くと周囲をキョロキョロと見渡して立ち止まった。


「水族館ってどこだっけ?」


 音夢は振り返ると、苦笑を浮かべて颯人に尋ねる。


「分かんないならなんで歩き出したのさ」

「分かると思ったんだもん」


 音夢は頬を膨らませる。


「ほら、案内して」

「分かったよ」


 颯人は音夢の手を引き、歩き出す。


「スマホ見なくても分かるんだ」


 音夢は意外そうな声を発する。


「今日のためにしっかり下調べしておいたからね」

「ふーん。……ありがとね」

「べ、別にこれくらい当然だよ」


 颯人は頬を赤らめ、顔を背ける。


「あ、照れてるんだ」

「うるさい。ほら、さっさと行くぞ」


 颯人は音夢の手を、少し強く引く。




 かすかに照らされた様々な魚たちが泳ぐ、大きな水槽。

 その前に、手を繋ぎながら並び立つ颯人と音夢。


「すごい、綺麗……!」


 目をキラキラと輝かせながら、感慨深そうに言う音夢。


「そうだね」

「久しぶりに見たけど、こんなに綺麗だったんだね」


 音夢は、目に焼き付けるようにじっくりと見ている。


「……そろそろ次の場所に行かない?」

「じゃ、写真撮ろうよ。せっかくだからツーショットで!」

「えー。音夢だけでいいじゃん」

「せっかくのデートなんだから。ダメ?」

「うう。わかった、いいよ」

「ホント! ありがと!」


 と、二人が話していると、ちょうど水族館のスタッフがそこを通りかかった。音夢はスタッフにお願いしようと、声をかける。


「すみません」

「はい、なんでしょう?」

「あの、写真を撮ってもらってもいいですか」

「はい。大丈夫ですよ」


 快く了承してくれたスタッフに、音夢は自分のスマートフォンを渡した。


「スマホの向きは縦でお願いします」

「はい、わかりました」


 音夢と颯人は、水槽を背にして、スマートフォンを構えたスタッフの方を向く。


「じゃあ、撮りますね」


 スタッフは掛け声をかけると、撮影ボタンを押した。そして、スマートフォンの画面を音夢に見せる。


「これでよろしいでしょうか?」

「はい、ありがとうございます」


 音夢は満足げな表情を浮かべると、スタッフにお礼を言った。


「どういたしまして。では、ごゆっくりお楽しみください」


 そう言って、スタッフは音夢にスマートフォンを返して、その場を離れた。


「いい写真を撮ってもらえたよ」


 と言って、音夢は颯人にスマートフォンの画面を向けた。


「うん、まあいいんじゃない」

「興味なさそうだね。早く次のところ行きたいの?」

「自分の写真見たくないんだよ」

「もう、わかったよ。じゃ、次行こっか」


 音夢が手を差し出すと、颯人はその手を握って歩き出した。


 それから二人は水族館の中を歩き回り、様々な展示を見ていった。


 すべての展示を見終わった二人は、水族館のショップで商品を見ていた。


「あ! これ、可愛い!」


 音夢は二十センチほどの白いアザラシのぬいぐるみを手に取った。


「それが欲しいの?」

「うん。可愛いでしょ」


 音夢はぬいぐるみの顔を颯人に向け、笑顔を浮かべる。


「うん、可愛いね」

「でしょでしょ! 一目見てすぐ気に入っちゃった!」


 しかし、値札を見ると、表情が暗くなった。お金足りるかな、と小声で呟いたのを、颯人は聞き逃さなかった。


「じゃあ貸して。プレゼントするよ」

「え? まだそんなにお金余ってるの?」

「うん。二千円ちょっとがあるから大丈夫」

「うーん。わかった。じゃあ私も何かプレゼントするよ」


 そう言うと、音夢はぬいぐるみを颯人に渡した。


「先に会計済ませていいよ。じっくり見てたいから」

「ん、わかった。じゃ、出口のところで待ってるよ」


 颯人はそう言ってレジに向かった。


 会計を済ませた颯人は、ぬいぐるみが入ったレジ袋を提げて、出口の近くで音夢を待っている。

 颯人が待ち始めてから、十数分経過した頃、音夢が颯人のところに来た。左手にはレジ袋が提げられている。


「なにを買ったの?」

「えー、とね。まず、小さいアザラシのぬいぐるみ」


 音夢が袋から取り出したのは、手のひらに乗るサイズの白いアザラシのぬいぐるみだった。ぬいぐるみの上には、水色の紐が付いている。


「もう一個買ったの?」

「これね、振ると音が鳴るんだよ」


 音夢がぬいぐるみを振ると、気が抜けたような音がした。


「なにこの音」

「面白いでしょ。なんか、これ一個だけあったから、買おうって思ったの」

「へぇ、そうなんだ。他にはなに買ったの?」

「あとは、ソーダ味の金平糖とー、ストラップ!」


 音夢は袋からアザラシのストラップと、クラゲのストラップを取り出した。


「こっちが颯人のね」


 そう言って、クラゲのストラップを颯人に手渡した。


「ありがとう。じゃあ、はいこれ」


 颯人は音夢にぬいぐるみが入った袋を渡した。


「ありがとう」

「どういたしまして。じゃ、そろそろ出ようか。袋持とうか?」

「じゃあお願い。持って」


 音夢はもともと持っていた袋を、颯人からもらった袋の中に入れる。そしてそのまま颯人に渡した。




 二人が水族館を出ると、空は橙色に染まり始めていた。


「もうそんな時間になったんだ。そろそろ帰らなきゃね」

「ねえ、音夢。最後に行きたい場所があるんだけどいい?」

「ん? いいよ、どこに行くの?」


 そう言った音夢に、颯人は笑顔を向ける。


「綺麗な景色が見れる場所」




「うわぁ、綺麗……」

「綺麗だね、ホントに。ここ、悠真に教えてもらったんだ」


 二人の目の前には、茜色に染まっている空が広がっていた。近くにベンチがあったので、そこに腰掛ける。


「音夢、今日は楽しかった?」

「うん、楽しかったよ。誘ってくれてありがとね」

「そう、それは良かった」


 二人はしばらくの間、徐々に紫色が混じっていく夕焼け空に見入っていた。


「音夢、大事な話があるんだ」

「何?」


 音夢は颯人に向かって微笑む。何を言おうとしているか分かっているように、颯人は感じた。だから、少し悪戯をしたくなってしまった。


「そろそろテストがあるからさ、来週から休みの日にテスト勉強を一緒にしない?」


 音夢は予想と違うことを言われ、少し戸惑ってしまう。


「う、うんいいけど……」


 残念そうな顔をしている音夢を見て、颯人は思わず吹き出してしまった。


「もう! からかったの? 私が期待してたこと分かってるんでしょ!」

「期待してた? 違うでしょ」


 音夢は目をぱちくりとさせると、微かに冷や汗を流す。


「な、え、どういうこと?」

「悠真に言って、僕が告白するように誘導させたんでしょ。よくよく考えたら、あの馬鹿がわざわざ音夢が告白されてたとか、告白すればとか言うわけないもんな」


 夕焼け空に顔を向けて淡々と話す颯人。音夢はその横顔から感情を読み取ることができない。


「あ、えと、その」

「別にいいよ。さっさと言わなかった僕が悪いんだし」


 音夢に顔を向け、ごめんね、と一言謝り、話を続ける。


「関係を変えるのが怖かったんだと思う。でも、音夢に催促されたなら言わなきゃいけないよね」


 そこで一度言葉を区切る。そして首を振りながら、いや、と言うと言葉を続ける。


「違うな。()()、音夢と付き合いたいんだ」


 颯人は立ち上がると、音夢の前にひざまづいて音夢の手に自分の手を重ねる。音夢をまっすぐ見つめる。


「音夢、大好きだ。僕と付き合ってくれ」

「うん。私も颯人のこと、大好き」


 満面に喜色を湛え、颯人に抱き着く音夢。そんな音夢に応え、背中に手を回す颯人。二人はしばらく抱きしめあった後、少し体を離し見つめ合う。そして、示し合わせたかのように同時に、ゆっくりと唇を近づける。


 夕陽に照らし出された二つの影が重なる。

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