3.空っぽな身体
目覚めと同時にグロテスクなものを見させられた上、鳴り止まない奇声に気分が悪くなる。とはいえ自らがこの状況を生み出した原因そのもの、あるいはそれに関わっているのは間違いないので申し訳なさを覚えずにはいられない。
冷静になって状況を整理する。視界を得たことで、自らが淡いピンク色の溶液に満ちたカプセル内部に立っている、正確には浮いていることがわかる。
(うむ...間違いなく全裸だ。んぁ?)
人である以上ついてなければならない、いや、ついてないにしろそれならそれで対となる部位がなければならないがそれすら見当たらず思考が一時停止する。
種の保存のため、子をなすため、快楽を得るためなど目的は多様であるが雌雄のシンボルの欠落にショックを隠しきれない。
(生殖器がない...、え?尿道はどうなってるんだ?肛門はあるのか?)
人間として誕生した意識にこの瞬間得られた情報がそれを否定する。他の構造は間違いなくヒトのそれとなんら変わりがないだけに不気味さが際立つ。
胸は膨らみもなく筋肉質でもない。ただ体型から見るに少年、少女のどちらとも受け取れる。
未だ動かせないこのおかしな人体に考えを巡らせていると唐突に抗い難い睡魔が襲い掛かる。
(わけが、わか..ら、な...ぃ...)
あまりに重たい空気が漂う。時計の針がいつまでも動いてくれない。いや、時間が過ぎても空間が動かないのだ。リュカは声も枯れたのか掠れた息でなんとか呼吸をし、瞬きもせずに茫然と正面を向いている。
よく見ると彼女の周りには水溜まりができており、膝下とスカートが浸かっている。
嗅覚が生き返ったかのように機能し、鼻腔をかすかに刺激する香りにシーザーはまた話しかけるタイミングを失う。
オーグは見ているのが辛いのか、あえて見ないでいてあげているのか顔を背けている。
「ありがと...シーザー。ごめんね、私のせいで...」
リュカの言葉に苦しくなる。両腕を半分失ってなお感謝の言葉を述べ、謝罪までしてくる彼女の優しさがただただ痛い。自分が一番辛いだろうに。仲間の心情まで気遣ってくれる彼女の人生を狂わせたことに精神が悲鳴を上げる。
「俺こそ...本当に、ごめん...」
何に対して謝っているのだろう。未然に事故を防げなかったことか?腕を切り落としたことか?
ただ謝らずにはいられなかった。今の彼女を見ていると罪悪感で押しつぶされそうになる。リーダーなのになんてザマだ。ただそろそろ場の空気を変えるためにも話をしなければならない。
「その、リュカ、血が出てないようだが、どうなってるかわかるか?」
言ってからやはりこのタイミングで良かったのか心配になる。腕を失って早々にそれに関する話はしたくないだろう。
しかし、彼女は腕を持ち上げ答えてくれた。
「分からない。痛くないのよ。ねぇ、どうなってる?」
震えた声を出しながらも腕断面をこちらに向ける。取り乱してはいたものの彼女の芯の強さを感じた。
そして差し出された腕を見て再び驚く。そこには痣と同じ色の断面があった。
「蒼黒い、痣の色だ...」
見たままのことを言う。何も分からないため言葉に詰まる。
するとオーグがカプセルを指差す。
「あれさ、腕が吸い込まれてる」
シーザーとリュカが同時にカプセルに視線を向ける。確かに少しずつ内部に吸われていく腕があった。そして、ずっとこっちを見ていたのではないかと今し方目を閉じた中の人にも気が付いた。
「私の腕...」
リュカがポツリと呟いたかと思うと、数秒して腕が完全に飲み込まれた。
カプセル内の溶液が淡いピンクから赤く色を変え、その過程で腕が溶けていく。あっと言う間に腕がなくなったかと思った瞬間、カプセルが眩い光を放つ。
あまりの眩しさに3人とも目を逸らさざるを得ない。光はすぐに収まり、再び視線をカプセルに戻す。
そこには先程まで満たされていた溶液はなく、胸の中心に赤い宝石がはまった、リュカにどことなく似た少女が立っていた。