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前編

※6割ノンフィクション。

※この作品は「カクヨム」にも掲載しています。



 い……

 痛い、痛い、痛い、痛い!!

 足が、ふくらはぎが、ち、ちぎ、れ……っ!!!???

 何で。お昼を食べようとしただけなのに、どうしてこんなことに?




 私は足挟しのぶ。学校卒業後ろくな職に就けず、パートでデータ入力やってる派遣社員だ。

 今日も朝からルーチンワークの入力作業を終え、そこそこお腹を空かせて社員食堂にやってきた。

 この会社はパートの派遣に対してもなかなか気前が良く、正社員と同じように社員食堂を利用できる。メニューもそこそこあるが、私が頼むものはいつもラーメンかそばと決まっていた。理由はただ一つ、安いから。


 日ごとに代わるラーメンの種類だが、今日はからあげラーメン。

 私が密かに楽しみにしていたラーメンだ。

 注文したラーメンを受け取り、盛られたからあげの香りに少しわくわくしながら、空いている席を探したが──

 あいにく今日は社内全体が結構忙しいのか、食堂の利用者も多い。

 テーブル席はほぼ全てが埋まってしまっており、空いているのは窓に面したカウンターテーブルぐらいしかない。しかもすぐ右隣には、明らかに正社員の女性……

 年齢は30代後半といったところだろうか。


 まぁ、別に見知った顔でもないから、いいか。

 パーソナルスペース的には若干問題ありだけど、感染対策のパーティションはちゃんとあるし、そう気にすることでもないだろう。


 でも、ここのカウンターテーブルって苦手なんだよなぁ。

 ここのっていうか、カウンターテーブルというのはそもそも苦手だ。

 ちょっと小洒落たドラマでよくある、お酒飲みながらOLがバーテンや同僚に愚痴を言う、あのテーブル。もっと小洒落たドラマになると、謎のイケメンがロックを一杯、テーブルの上を滑らせ、サービス♪とばかりにウィンクしてくるアレ。

 しかし実際に座ってみると、椅子が高すぎて容易に座れないこともあったり。

 荷物が置きづらかったり、足が床に届かなかったり。バリアフリーなる言語とはマジ無縁の物体だと思う。

 大概椅子が固いし不安定だから、ゆっくりくつろぐことも出来ないし。足がむくみがちな私には、床に足がつけないのは結構ツライ。

 どうもあのテーブルの仕様って、客の回転率上げるため、わざとああいう形になってるとか何とか──


 って、そんなことはどうでもいいんだ。

 とにかく、今日のお昼。からあげラーメン!

 これを楽しみに午前中そこそこ頑張ったんだから、早速いただきまーす!!

 とばかりに、私はラーメンの乗ったプレートをテーブルに置き。

 腰より高そうな位置にある椅子に腰かけ、椅子を引──



「──!!?」



 何ということだ。

 当然のことながら足がつかない状況で、それでも無理矢理腰を使って椅子を前方に引っ張ろうとした結果、なんと!

 私の左脚、ふくらはぎのあたりが、見事にテーブルと椅子、両方の脚部に挟まれてしまったではないか!!!



 い、痛い。これは痛い!

 思わず顔をしかめてしまった。

 とにかくもう一度椅子を移動させて、この脚を何とかしなければ──

 そう思って、強引に腰を動かそうとしたが。



 眼前のラーメンを見て、私はふと動きを止めてしまった。

 このカウンターテーブルは、バーやレストランのしっかり固定されているヤツとは違い、ちょっとこっちが動けば即座にガタガタ大きく揺れてしまう。

 つまり──無理に動けば、ラーメンがこぼれる!!

 勿論現段階でも、プレートの上にスープが少しばかりこぼれている。こ、このクソ会社、何も考えずに安いテーブル買いやがって!!



 慌てて脚を引き抜こうとしても、よほど深く挟んでしまったのか、ちょっとやそっとでは動きそうにない。ものすごく強引に行けば、椅子ごと倒れかねない。

 腰で椅子を移動させようとしてみたが──

 あ。痛、痛、痛い痛い痛いイタタタタタタ!!

 さらにドツボに嵌ったのか。椅子が私の脚を挟む力はより強化されてしまった!!



 そして悪いことは続き。

 隣の女性社員が、一瞬だけ不審げな目でちらりとこっちを見た。

 そりゃそうだ。隣で見知らぬ派遣が一人でガタガタうるさくしてたら、当然。

 多分この揺れで、彼女の定食もちょっと被害が発生したのかも知れない。

 それを思うと、もうそれ以上、私は椅子を動かせなくなってしまった。




 というわけで──

 私は、この激痛に耐えながら。

 一人、楽しみにしていたラーメンを、食べなければいけない。

 い……

 痛い、痛い、痛い、痛い!!

 足が、ふくらはぎが、ち、ちぎ、れ……っ!!!???

 何で。お昼を食べようとしただけなのに、どうしてこんなことに?




 隣席の女性に、即座に『ごめんなさい』を言えれば良かったのだろうけど──

 それが出来ないから、その一瞬の機転がきかないから、私は卒業後ずっと定職に就けてないんだクソがぁああぁあ!!

 いいか。会社というのは魑魅魍魎が跋扈する場所!

 たまたまエレベーターでばったり会ったしなびた親父や小太りのおばちゃんが、実は次期課長次期部長だったなんてことも往々にしてあるんだ!!

 隣でスマホ弄ってるこの、不愛想な女子社員が、実は上の上のそのまた上の上司だったとしても何もおかしくは──だったら、これ以上ご迷惑をおかけするわけには!!

 え、その前に一言声かけて助けてもらえ? うん、それが出来ないからね、私はね、卒業後ずっと定職に以下略。



 っていうか、ちょっと待って。待ちやがれオイコラ。

 この女、スマホ弄ってる?

 定食のプレートは大方カラになっているように見える。そして彼女、マスクもかけ直している。

 そしてスマホを弄っている。

 お分かりいただけるだろうか。スマホを弄っているのである。

 食事がほぼ終了しているのに、呑気にスマホを弄っているのである。

 すぐ隣に激痛に耐えながら、迷惑をかけないことを優先して必死に涙をこらえる健気な女子がいるというのに。

 この女、スマホを以下略。



 喰い終わったんならさっさと帰れよ帰ってくれよぉおおおおお!!

 長時間の!

 飲食は!!

 御遠慮くださいって!!!

 目の前の壁にも貼ってあんだろうがぁああぁあああ!!!!



 そんな本音を怒鳴れるはずもなく。

 そもそも食事後すぐ戻らずスマホを弄るのは、自分も毎回やってるから言えたことではない。

 痛みに耐えながら、椅子を動かすことすら許されず、無言でラーメンをすする私。

 ……痛みが気になって、ろくに味わえない。

 うぅ。ずっと楽しみにしてたのに……



 味がしない。

 というか、痛みに脳を侵食されて味わうどころではない。痛覚に味覚が押しつぶされている。

 ほんの少しでも、この圧迫を緩められれば。ほんの少しでも、テーブルを揺らす許可を頂ければ。というかこの隣の女さえ、とっとと帰ってくれれば。

 すぐにでもこんな苦痛からは解放されるのに。



 そんな隣人の苦痛も知らず、この女。

 スマホからようやく目を離したと思ったら──

 今度は、デザートのプリンにぱくついている。

 美味そうにスプーンを口に運んでいる。

 ──畜生が!!

 高い定食は私ら派遣は食えないだろうと知っての狼藉か!!

 このプリンは正社員の特権だとばかりに!

 長時間スマホを弄った後、まだ私にはとっておきのスイーツがあるから♪とばかりに!!

 こっちは超レアもののからあげラーメンすらろくに味わえずに苦しんでるんだぞ、馬鹿野郎!!



 ──と、恐らく目一杯血走りに血走った目で私が彼女を睨もうとした、その時。



「あんた、大丈夫か?

 顔色、真っ青だぞ」

「ふほへぇっ?!」



 不意に声をかけられた。

 しかも、若い男性の声。

 思わず、普段絶対会社では出さないような悲鳴を上げてしまった──




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