表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/37

(2-3)

おはようございます。ネトフリ面白い。ヴァイオレット・エヴァーガーデンだけ見たらやめようとおもってたんですが・・・

今朝もよろしくお付き合いのほどを。

太陽が中天で燦々と輝いている。先ほどの惨劇などなかったように思えるほど、のんびりした光景だ。

ここは、出町柳駅から歩いて一五分程の場所にある、京都大学のキャンバス内。人気のない広大な敷地に、美香を含む四人は逃げ込んでいた。もちろん、部外者は立入禁止が建前だが、いちいち注意されることはまずない。蒼瀬達がいるのは、校内の中央付近、噴水のある広場だ。ベンチに座っているのは蒼瀬と樫沢だけで、その眼前では、距離をあけて紅坂と美香が向かい合い、緊張の糸を張り巡らしていた。

「なあ」

「うん、言わなくても分かるよ、カッシー」

蒼瀬は、二人から目を逸らさず、横のベンチに腰掛けている樫沢に返事した。

それにしても…… 蒼瀬は冷や汗を一筋流した。

何、この二人の、仇敵チックな雰囲気?

美香が沈黙に耐えきれなくなったのか、先に口を開いた。

「紅坂さん…… でよかったですよね?」

自然体で立っている紅坂は、軽く視線で肯定した。

「助けてくれてありがとうございました」

「別に」紅坂は表情も変えずに言った。

美香は一瞬の逡巡の後、意を決したように言った。

「あなたは、ダイケン製薬の人ですか?」

紅坂は、何の返事もしなかった。

「ダイケンって…… べちょんくんの、あれか?」

カッシーが誰にともなく呟く。べちょんくんとは、一部上場のダイケン製薬が使用している、雨粒形のマスコットキャラだ。

紅坂は後ろ手のまま、軽く肩をすくめただけだ。欧米人が良くやる仕草だが、日本ではバカにしていると捉えられても仕方がない。

美香は案の定、目つきを険しくして迫った。

「ごまかさないで。じゃないとダマスカス鋼の剣を、持っている訳がないわ」

樫沢が眉根をよせ、蒼瀬を無言で見る。蒼瀬はぼんやりと答えた。

「RPGで見たことがある。幻のアイテムだとか、なんとか…… それ以上はわかんない」

「もしも」紅坂は静かに言った。

「もし、そうだったらどうするの?」

「排除します」美香は断言した。

「そう」紅坂はぽつりと言った。そこからは、何の感情も読みとれない。

美香はさらに、眉をつり上げた。

「バカにしてるの? 私よりあなたの方が強いかもしれないけど……」

「まあ、俺ほどじゃないよな、美香」

蒼瀬は突如、紅坂の背後に出現した、長身の少女に素っ頓狂な声を上げた。

「小夜さん!?」

紅坂より背の高い、ショートカットの少女が白い歯を見せ、笑った。

「よお、少年。ほんとに見つけたんだな。大したモンだぜ…… で」

紅坂の後頭部に目を戻すと、小夜は冷たい笑いを浮かべた。

「さっきの美香との会話聞いてたぜ? ダイケンの回し者ってか?」

「だったら?」

「…… 舐めてンのか?」

小夜の声が低くなる。危険領域に突入する合図だ。

紅坂は道でも尋ねるような口調で、肩越しに小夜を見て言った。

「一つ聞く。あなた達は、そのダイケン製薬ってとこと、敵対してるのね?」

「仲良しじゃあ、ねえな」

「じゃ、私がその仲間なら、なぜあなたの妹さんを助けたの?」

小夜が一瞬ひるんだ。

「…… さあな。油断させるためかもしれねえし」

「本気で言ってる?」

「……」

「別に感謝しろとまでは、言わないけど」

紅坂は顔を正面に戻し、美香を見据える。

「これはないんじゃない?」

「…… おねえちゃん」

美香がぽつりというと、小夜はため息をつき、紅坂の背後から退いた。

「悪かった」小夜がふてくされたように言う。

「小夜さん」蒼瀬はやっと口を挟むことが出来た。

「紅坂はクラスメイトなんだ。人捜しに協力してくれただけで、どんなコを捜しているのかも、今朝伝えたばかりだよ」

「そうか。すまなかった」小夜はあっさりと頭を下げた。

紅坂は何も言わないが、特に怒っているようにも見えない。といっても、普段から不機嫌そうに見えるので、何とも言えないが。

場の緊張が少しだけ解けた。

「なあ…… あの犬、何だったんだ? 女子トイレから飛び出してきたけど」

樫沢が言った。誰に向けて、というわけではないようだ。

未だ目に、警戒のを色を宿していた美香が、思い出したように問う。

「そういえば、樫沢さん、なんで、女子トイレの方に入って来ようとしてたんですか?」

蒼瀬のフォローより早く、樫沢は大きく頷き言った。

「いい質問だな。そこにいる紅坂の代わりに、トイレに行くという約束だったんだ」

目を見開いた美香は、怪訝な顔を紅坂に向ける。

なぜか紅坂も頷いたのが、蒼瀬には驚きだった。

美香は軽いパニックを起こし、小夜と蒼瀬をせわしなく見較べる。

「え? え? 言ってる意味がわからないんですけど」

小夜も、クエスチョンマークを、頭の回りに点滅させている。

それを余所に樫沢は、不敵な笑顔を紅坂に向けた。

「言ったとおりだろう。あれこそ、アメリカが恐れた神風だ。後悔したか」

紅坂は表情も変えずに答える。

「確かに、口だけじゃない。認める」

情けない顔をして、口を開けている蒼瀬を後目に、紅坂は続ける。

「でも別に後悔はしていない。それと、ミッドウェー海戦で、アメリカも体当たりはやっている」

二人とも、緊張感の欠片もない。蒼瀬は心底呆れて言った。

「なに言ってんの、二人して?」

「蒼瀬…… だったよな、確か」

「アオでいいよ、小夜さん」

美香と二人して後じさりつつ、小夜は言った。

「友達は選ぼうぜ?」

「いや、まあ、なんだ、悪ノリはするけど、チカンからは何光年も離れた男だから、うん」

汗だくでフォローをする蒼瀬を置き去りに、紅坂と樫沢は、旧日本軍とアメリカ軍の優劣について議論をしている。蒼瀬は、樫沢の四角い後頭部を思いっきりぶん殴ってやりたい衝動を振り切ると、美香に笑顔を向けた。

「久しぶりだね、美香ちゃん」

薄気味悪そうな目を、樫沢達に向けていた美香は、はっと顔を上げた。

蒼瀬が心底嬉しそうな瞳で見つめると、美香は、ぼぼぼっと赤くなる。

「う、うん。そうだ、蒼瀬くん、顔の怪我、どうしたの?」

「え? ああ、男だからね、色々」

眉をひそめる美香に、蒼瀬は笑みを深くして答える。

その、朗らかな笑顔を見た美香が、息を止め俯いた。

「約束どおり見つけたよ、やっと会えた…… え、何?」

「私もぁぃ……」

美香の消え入りそうな声に、樫沢の野太いそれが被さった。

「おーそうだよ、アオ。良く見つけたもんだよな。三週間連続で、日がな一日駅を見張った甲斐があったってもんだ」

「ええっ!?」

美香がびっくりして顔を上げた。蒼瀬が照れたように笑う。

「闇雲に歩いても駄目だろうし、猫のいるお寺ってのも、分からなかったから。今日、美香ちゃん達に会えたのも、カッシーと、紅坂が手伝ってくれたおかげさ」

小夜は苦笑した。

「大したもんだ…… けど、それじゃ会えねえはずだよな」

蒼瀬が、きょとんとした顔を向けると、小夜は横で赤くなって俯く、美香の頭にぽんと手を置いた。

「美香は、三週連続で、日本橋通いしてたからな」

「ええっ!?」蒼瀬は声を上げた。

「だだだって」美香は上唇を小鳥のように尖らしていたが、どもりながら言葉を発した。

「あんな風に言っちゃったけど、後でよく考えたら、自分でもかなりの無茶振りだって思ったし……」日本橋で見た時、そのままの姿をしている美香は、俯いたまま続ける。

「雪ねえちゃんに後で、『あんなん、ほんまにお断りってゆっとるようなもんどすえ。難題女房かいな』って呆れられたし」

「おー、それそれ」樫沢がくちばしを突っ込んできた。

「俺もアオに、それ、遠回しのごめんねだろ、っつったんだけど」

「だだだから、見つけやすいように、着たきりスズメって思われるの覚悟で、あの時と同じ服を……」

美香は、樫沢の台詞を遮るように、言葉のマシンガンを連射したが、送弾不良で弾詰まりを起こしたようだ。

顔を上げ、きーっと手を振り上げる。顔は真っ赤で、目は渦巻き。

「お、同じ服で男の子に会うのって、すっごい勇気がいるんだからね! そ、それと、蒼瀬くんが悪いんだよ!」

「えっ、ぼくが!? なんで?」

不意のパンチを食らってのけぞる蒼瀬に、美香はぶんぶん手を振り回しながら訴える。

「雪ねえちゃんの事、誉めたじゃない! かわいいって!」

「だっ、駄目なの?」

目を白黒させる蒼瀬に、低い低ぅい声で樫沢が、美香を指差し尋ねた。

「アオ。ほんとか? そのコの前で?」

「え、うん。でも、雪さんって、小夜さんの妹で、美香ちゃんのお姉さんだよ?」

「それはアオが悪い」

「まじっ!?」

「最っ低」

「まっ、まさかの紅坂さん!? 何、そのちいさな『つ』?」

ぽつりと駄目出しした紅坂に、蒼瀬はちょっと涙目になった。淡々としている分、破壊力は抜群だ。小夜はニヤニヤしていたが、美香を元気づけるように言った。

「ま、しゃあねえだろ、スレてねえのがいいトコなんだから。ところで紅坂さんだっけか、蒼瀬と、どんな関係なの?」

小夜は、美香が聞きにくいであろう事を、笑顔で単刀直入にきいた。

「クラスメート。付いてきたのは、単なるきまぐれ。蒼瀬と恋仲になる可能性は、アメリカが、共産圏に入るくらいの確率」

「そ、そうか」

ぶつ切りで、無感動な答えをよこす紅坂に、小夜は引きながらも納得し、蒼瀬はちょっと傷ついた。

「よかったな、美香。ライバルが一人減った。手強そうだもんな、この姐さん」

「べべつに、私は」どもりながら、口をとがらす美香。

「まあ、バカなアオだけどこう見えて、ひよわで、オタクなとこもある」

腕を組んで独り頷き、呟く樫沢。

「いいとこなしじゃん、それ…… 褒めようよ」蒼瀬は疲れた顔でこぼした。

「美香ちゃんの言うとおり、アオが全部悪い。だが、三週間、俺の言葉も聞かず、君を捜しつづけたのも事実。許してやってくれ」

立ち上がって真摯な目を向ける樫沢に、美香は感動したのか、彼の手をとった。

「樫沢さんて、ヘンタイさんだけど、いい人だったんですね!」

キラキラと、瞳を輝かす美香に目を細め、樫沢はキリッと微笑む。

「ああ、そうとも。ヘンタイですがネ」

樫沢が、今度は小夜に頭を下げた。

「お姉さん、アオをよろしくお願いします」

蒼瀬は苦笑した。カッシーは、一人点数を稼いでるんじゃない。つまりはそういう…… いいヤツなだけだ。器用さと、愚直な男らしさが同居している男。それがカッシーなのだ。

小夜は、樫沢の後頭部に向け、まあまあという仕草をした。

「俺の方は、いいけど」

頬を掻き、語尾を濁す小夜に、俯いている美香の背が、びくんと跳ねた。

「あいつがな……」


明日から、急展開。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ