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9:魔法実技の授業

 本日最後の授業は魔法実技だった。

 課された課題は魔法【アクアム】を習得すること。


 【アクアム】は【アクア】の発展魔法で、自身から離れた場所に水を生み出す魔法だ。最初に教師が見本を見せ、その後に生徒たちが個々で練習する。


 エレンは意を決して魔法を唱えた。


「……【アクアム】」


 体内のマナの流れを意識して、それを体外に放出する。


 結果は小さな水の染みがエレンから1メートルほどの場所にできただけだった。明らかに失敗である。


「ううむ。確かに……殿下は……その、魔法の方が、やや不得手のよう、ですね」


「はっきり言っていいぞマルコ」


「恐らくこの学園の中でも相当下の方かと」


 ちなみにマルコは己か10メートル離れた場所に、水の柱を生み出していた。


「……普通の【アクア】はどうなんですか?」


「やってみよう。【アクア】」


 ちょろちょろと手から水が流れる。

 さっきよりはマシだった。


「ううむ……」


 とはいえ、グリモノア学園に通う生徒の魔法とはとても言えない。学園の平均的な2年生ならば、盆を数秒で満たすような勢いで水を生み出すことができるだろう。


「なあ、聞きたいんだが、以前の俺はこの魔法実技の授業はどうしていたんだ?」


「……殆ど見たことはありませんね。サボってばかりだったように記憶してます。稀に出席しても、その、マリア嬢やギルベルト様たちと固まっていて、実際に魔法を使っている姿は見たことがありませんでした」


「そうか。……こればかりは、記憶のない俺が努力して、何とか見れるものにしていることを期待したんだが……。入学当初と殆ど変わりないな」


「うーん、これは大分基礎からやらないと駄目みたいですね……。僕一人じゃ、ちょっと。おーい、ヘンリー!!」


 マルコに呼ばれて一人の男子生徒がこちらに歩いてきた。


「あ? なんだよ…」


 ブラウンの髪の陰気な顔つきの男子生徒だった。長身だが猫背が酷い。

 

「殿下、ヘンリーは2年生の中でも魔法実技の成績は最上位です」


「……俺より魔法のうまい奴は何人もいるぞ……」


「分かってる。でも、ヘンリーは1学期の最初は魔法を使うのが凄く下手だったんです」


「はっきり言うな、てめえ…」


「はは、ほんとのことだから。でもだからこそ、魔法が上手くなるためのコツをよく知ってると思うんだ。ねえ、ヘンリー、ちょっとこの時間、殿下のことを一緒に見てくれない?」


「あ? なんで俺が……」


「この前、ロイド教学のレポート手伝ってあげたでしょ」


「ちっ、分かったよ…」


 ヘンリーは頬をぽりぽりと書きながら、エレンに視線を向ける。


「その、俺はマルコと違って親父の代から騎士に叙された、貴族と言うもおこがましい家の出ですから、失礼があるかもしれませんよ…」


「俺は気にしないさ。……すまないな、ヘンリー・ジュブナル。心の底から感謝するよ」


「アンタ……名前」


 ヘンリーはマルコと同様に、エレンが自分の名前を知っていたことに驚く。

 

「まあ、俺に教師の才能があるかはわかりませんが、やれるだけやってみましょう……」


 口ではそういったが、ヘンリーの指導は学園の教師よりも分かりやすいものだった。

 個人の感覚に任せることを最小限にして、万人が理解できる論理的な内容にかみ砕いて話す。


 ヘンリーの指導の下、エレンは魔法を発動させていく。


 1時間後。

 そろそろ授業も終わりだ。


「まぁ、最初よりはマシにはなりましたかね…」


 エレンの【アクアム】は、自身の足場から3メートルほど遠くに水たまりを作るくらいには、成長していた。正直な所王族の発動する魔法としてはかなり物足りないが、最初に比べれが雲泥の差だ。担当教師もエレンの魔法を見て殊更に褒めることはなかったが、満足そうには頷いてくれた。


「ありがとう、ヘンリー、マルコ。お前たちのお陰だ」


「い、いえ! 殿下! 僕は剣術の時間に殿下に指導してもらいましたし……」


「まあ、お気になさらず…。持ちつも持たれつってヤツですよ……」


 それしても、とヘンリーは続けた。


「マジで珍しいですね、ほんと…。基本、魔法の才能ってのは血で遺伝する。貴族の大半が魔法を使えるのも、魔法を使える貴族内で婚姻を繰り返して、血を洗練していったからだ。祖父の代までただの農夫だった俺にゃ、羨ましい話ですよ、ほんと」


 吐き捨てるヘンリーに対してマルコは言う。


「でも、ヘンリーは魔法が凄く得意じゃないか」


「へっ。そりゃ、俺は滅茶苦茶努力してるし工夫も凝らしてるからな。……この魔法実技も、平民に広く開かれた一般の学園なら成立しない授業だろうな。俺の弟はグリモノアじゃなくて、一般の学校に通ってるんですがね。魔法の授業は数年かけて、小さな火をおこしたり、ちょっとした飲み水をつくったり…、そんなことを目指してるらしいです」


 ヘンリーはエレンが生み出した水たまりに目を向けながら言う。

 

「だから、殿下は珍しい。貴族、それも王族なのに、そこまで魔法が使えないなんて。本当に……」


「ヘンリーっ」


 マルコが叫んだ。ヘンリーがハッと我に返る。その顔はみるみる青くなり、汗が頬を垂れた。頭を大きく下げて言う。


「っ、も、申し訳ありません。その、殿下。今のは、完全に不敬でした……」


「ふ、気にするな。俺はそこまで狭量ではない。……ふむ、魔法が血によって遺伝するというのも、絶対ではないしな。それに、ブレイバードを建国した初代国王グロリア王も魔法は不得手だったが、人並み外れた怪力を持っていたという」


 エレンは演習場の小石を拾いあげ、力を込めて握りこむ。


 ゴギゴギゴキ!!と嫌な音が鳴った。

 エレンが手を開くと、ぱらぱらと砂が演習場に落ちた。エレンは苦笑しながら言う。


「恐らく俺はグロリア王の先祖返りなのだろう」


「な、納得です」

「すげえ……」


 二人ともエレンの膂力に仰天していた。

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