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4:登校と緑の景色

 エレンはルードヴィヒと幾つか話し合った後、簡単な昼食をとった。


 自室を出て、腹ごなしの運動も兼ねて、グリモノア学園の校舎を目指して歩く。グリモノア学園の校舎は学生寮から徒歩5分の場所にある。


 分厚い雲からは雪がちらほらと振っていた。

 ブレイバード王国は北国だ。これからもっと寒くなるだろう。


 やがて巨大な薄茶色の校舎が見えてきた。歴史を感じさせる煉瓦造りの建物だ。学園と言うよりは、古城や砦のようにも見える。


 グリノモア学園はブレイバード王国唯一の国営の学園で、主な入学者は王国貴族の子弟である。


 一応平民にも門戸は開かれているものの、非常に難易度の高い試験を通過しなければならない。故に平民の生徒の数は全体に比べてとても少ない。


 また新入生は基本的に15歳であり、3年制となっている。


 エレンは校舎の厳めしい門の前で立ち止まった。


 校舎には雪が積もっていた。

 エレンの記憶では、つい先日まで春だった。

 自分の数奇な体験を思うと、つい苦笑いがでてきた。勿論、心の底から愉快なわけではない。


 ため息を小さく吐いて歩き出す。

 いつまでも門の前にいると寒い。


 校舎に入るなり嫌な視線を感じた。生徒たちがエレンと一定の距離を置きながらこちらを見ていた。


「おい、見ろよ。エレン殿下だ……」

「今日は取り巻きもあの女もいない。珍しいな」


 内輪の囁き声と言うのは、意外に輪の外の人間まで聞こえるものだ。それと単純にエレンは耳が良い。エレンは廊下を歩きながら注意深く周囲の声を拾っていく。


(俺たちがマリアの『魅了の魔法』にかかっていたことは既に学園に周知されている。だが―――)


「朝の全校集会の話、本当なのかな?」


「あれでしょ。マリアが『魅了の魔法』を使ってあのバカ王子たちを操ってたって話でしょ? 昨日やっと魔法を解除してマリアを捕えたって話だけど……」


「……いや、嘘だろ。そんな魔法があるなんて聞いたことないぞ」


「でも今日はマリア来てないぞ。殿下以外のマリアの男どももいないしな。本当なんじゃない?」


「うーん。殿下もマリアも我儘が過ぎて、遂に国王陛下からお灸を据えられたんじゃないか? マリアは修道院にでも送られたんだと思う。他の方々は殿下を諫めることができなかった責任で、実家で謹慎中なんまろう。『魅了の魔法』なんて荒唐無稽な話より、こっちの方がずっと信憑性が高いと思うなぁ」


 殆どの者は『魅了の魔法』について半信半疑、或いは信じていないようだった。それでも少数は信じる者もいた。


「僕は『魅了の魔法』の話を信じるよ」


「え、どうして?」


「僕はグリモノア学園に入学される前の殿下と交友があった。勿論、際立って親しかったわけじゃないよ。僕の家柄は大したことないし。……殿下のお人柄の全てを知っているなんて恐れ多い。それでも言える。入学して以降の殿下は明らかにおかしくなっていった。まるで、別人のようにね。それが魔法で操られてたというのなら納得できる」


「そうなんだ……。殿下もギルベルトくん達も可哀そうだね……」


 とはいえ、


「俺はまだ信じない。そもそも俺は入学して以降のアイツしか知らないからな。アイツがやってきたことを忘れられるわけないだろ」


 当たり前だが大多数の学園の生徒は入学して以降のエレンしか知らない。入学前のエレンと交流があったものは限られる。

 

 入学前のエレンを知ってる者は『魅了の魔法』の影響下にあったエレンとのズレに大きな違和感を抱いていただろう。


 しかし、そうでない者は元々エレンには悪印象しか持っていないため『実は元々は品行方正な王子だったんです。魔法のせいでおかしくなってたんです』と言われても、納得など簡単にはできない。


 ……ルードヴィヒから聞いた魅了下のエレンはまさに傍若無人な王族だった。


 平民を見下し、他人の意見に耳を貸さず、ルールを無視し、己の勝手を通す。それを諫めた者に対しては、権力を盾に脅して従わせる。やがてエレンに意見する者はいなくなり、彼は更に増長していったという。


(そいつは本当に俺なのか?)


(いくら魅了の影響下にあったとしても、そこまで人格は歪むものなのか。それとも、今の俺も薄皮一枚捲れば、そのような下卑た本性が露になるのか?)


 エレンはこのような考えを頭から追い出した。答えの出ないであろう哲学にひたすら時間を割くのは、賢明ではない。ただ自分の精神を追い込むだけだ。


 ともかく、エレンは己の評判が生徒間でどうなっているのかを確認した。結論として、前途は多難のようであった。



 授業には出席しなかった。


 記憶の上では授業に1年半も遅れているし、今日は学園の雰囲気を感じ取るだけにしようと最初から決めていた。


 学園から学生寮に帰る、その途中。エレンの背後から鈴の鳴るような声がした。

 

「エレン・ブレイバード!! ここで会ったが百年目! ですわっ!」


 振り返る。

 豪奢な金髪をツインテールに纏め、更にカールをかけた派手な女生徒が仁王立ちで立っていた。


「……すまない。初めて会う訳ではないのだろうが、お前の名を教えてくれないか?」


「馬鹿にしておりますのっ!? 忘れたなんて言わせません! わたくしの名前はベアトリーチェ・ローズベリー! 王国一の大商家ローズベリー家長女! 1学期の期末試験では圧倒的首位に君臨した才媛!」


 間違いなくかつての自分と顔見知りなのだろうとエレンは思った。同時に真っすぐで性格の良い子なのだろうなと確信した。恐らく自分に良い印象を持っていないだろうに、エレンの言葉に従って自己紹介してくれたのだ。


「そしてティアの生涯の親友(・・)ですわ!」


 その言葉に、エレンの息が止まった。その一瞬の隙にベアトリーチェは距離を詰める。


「この平手は貴方に苦しめれた生徒たちの燃えるような怒り!」


 一撃目は平手だった。

 ベアトリーチェの白い掌がエレンの顔に迫る。相手の出鼻を挫くため速度を優先させたその攻撃は、パァンと乾いた音を鳴らす。


「この拳は貴方に傷つけられたティアの氷のような悲しみ!」


 二撃目は下からすくい上げるようなスカイアッパー。

 それはエレンの顎に綺麗に叩き込まれて、彼の脳を揺らす。


「そしてこの蹴りはっ! 貴方によって幾度も退学処分となりかけたわたくしが学園に払った莫大な寄付金! その雷のような恨みですわぁっ!! よくもぉっ!!」


 ふわりとスカートが舞った。

 フィニッシュは遠心力を利用した蹴り。メキメキ!エレンのわき腹が嫌な音を立てる。


 そしてエレンは道の茂みに頭から吹っ飛んで行った。


 こうして傍若無人な悪の王子は正義の令嬢に成敗された。

 正義の令嬢ベアトリーチェは叫ぶ。


「どうして避けませんのっ!?」


(……どうして怒られた?)


 エレンは全体的に意味が分からなかった。

最初に断言しておきますがこの作品のヒロインはティア・スノーライトです。


続きが読みたい!と少しでも思っていただけたなら、ブクマ・ポイントを宜しくお願いします。

すごーく励みになります!

感想・批評・アドバイスはお気軽にどうぞー。

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