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元社畜は金を借りる


 俺の前を通り過ぎて行く人達は皆ファンタジーのゲームに登場するような格好をしていた。

 

 中でも目を引くのは金属製の鎧や剣を身に着けた人達。

 

 きっと彼等がローさんの言っていた探索者と呼ばれる人達なのだろう。

 

 俺がいるのはそんな街の広場で沢山の食べ物の屋台が出ていた。

 

 近くのベンチに腰をかけてしばらく周囲を観察する事にした。

 

 鎧を来た人は結構見かけるがローブを着て杖を持った魔法使いと思われる人は少ない。

 

 これは魔法使い自体が少ないのか、それとも魔法専門の人が少ないのかどちらかだろう。

 

 あと髪の色が黒い人を見かけない。

 

 さて、これからどうしようか。

 

 探索者として迷宮にもぐって金を稼ぎつつ、レベルを上げて強くなるなら他は何をしても良いと言われたがとりあえず少し休もう。

 

 こうして何をするでもなくぼけっとするなんて以前は考えられなかった。

 

 あの仕事を始めてからずっと時間に追われていて時間を無駄に過ごすなんて出来なかった。

 

 いかん、嫌な事を思い出しそうだ。


 どれくらいそうしていたのか、気が付くと目の前に誰かが立っていた。


「あの、大丈夫ですか」

 

 いつの間にか下に向いていた視線を上げるとそれは年の頃は15.6くらいの少年だった。

 

「ああ、俺かい。何、こうして時間を無駄にしているんだ。それがこんなにすばらしいと思ってね。ははっ俺は自由だってね」


 少年は黒い皮の鎧を着ており背中に登山用かと思われる大きな四角いリュックサックの様な物を背負っていて、その左右に長さの違う長い剣が付けられていた。

 

 さらに腰にも1本剣を身に着けていて、歴戦の貫禄がある。

 

 しかしリュックの横に付けている片方の剣は本当に長いがどうやって抜くんだろうとか、どうしてあんな重いだろう剣を付けているのに布製に見えるリュックの形が四角いままなのかとか。

 

 色々聞いてみたい事が沢山あるが、何より少年は黒髪で黒い瞳をしていたのが問題だ。

 

 つまり俺はいきなりローさんの言っていた主人公に出会った事になる。

 

「あっ、そ、そうですか、そうですか。あの、何時からここに。ここは日本じゃないんですが分かってますか」


 どう返すべきか。

 

 少なくともいずれ敵対することになるかもしれない相手である以上馬鹿正直に話すことは無い。


「ああ何かそうみたいだね。気がついたらここに居てね。俺死んだのかな。いや、死んでもおかしくないか。ははは・・・」


 そう自分で言っておきながら思い出したら腹が立ってきた。


「毎日毎日朝7時前に会社に行って、帰るのは日付が変わる頃か。5時半以降はサービス残業。土日祝日も出勤で休日出勤手当てなんか無い。ふふっ・・・」


 そのくせ支店長は定時に帰って行くし、日曜に出勤したら課長は昼から来てネット麻雀して帰る。

 

 熱があっても休む事も出来ない。


「あのクソ主任が! 死ねよ! 会社の鍵を俺に渡して正月三日目の朝に寝てたら電話してきやがって!何が、休んでんじゃねえよ。入れないから速く来いとかふざけんな! 正月だけは休みだろうが! お前が成績悪いからって俺を巻き込むな! この道二十年のベテランとか言われて偉そうにしやがって! 成績ゴミじゃねえか! お前二十年何して来たんだよ! 駐禁切られたけど点が無いから変わりに行って来てくれとかふざけんな! 俺は一度も警察の世話になったことの無いゴールド免許だったんだぞ! それなのに支店長も主任が車乗れなかったら困るだろ。速く行って来いとか死ね! お前は毎日仕事なんか何にもしないで定時に帰りやがるくせに偉そうにすんな! たまに来る常務にゴマすりばっかりしてるクソ支店長が!」 


「えっと・・・あの・・・」  


「だが何より課長だ! 日曜に出勤してたら昼過ぎに出て来て仕事もせずにネット麻雀やって、何が俺は遊びに来たんじゃない。お前らがしっかりやってるか監視に来たんだとか死ねクソ課長!営業に行って会社に帰る時に電話掛かってきたから何かと思ったら、今日は飲みに行くって行っただろ! どこに居るんだ! とかそんな何時言ったよ! 昨日の昼? 俺は昨日朝から夕方まで客先回ってただろうが!帰る途中の電車って言ったら、飲みに行くのが嫌だから逃げたんだろ! とか死ね! どんだけ違うって言っても嘘言うなばっかり! 死ねクソ課長が!」


 自分でも何を言っているのか分からないがただ積もり積もっていた事が一気に噴出した。


 言いたくても言えなかった不平不満が口を突く。

 

「夜中に酔っ払って電話で訳のわからん事怒鳴ってきたり! 漫画読んで麻雀にはまったからやるぞって無理やりくっそ高いレートで打たされるし、弱いくせに掛け金を倍プッシュとか言ってくるし! 千点2千円とか怖すぎるわ! 勝つまでいつまでも止めないから振り込まないといけないし、次の日日曜日でも仕事しないといけないから速く終わりたいのにクッソ弱くて中々上がらないから負けるためにイカサマ憶えたわ! そのせいで殆ど寝ないで仕事行ってたのに自分は昼から出て来て漫画読んでネット麻雀して帰るだけ。クソがああああ!! 何言っても無駄! 俺は正しくてお前が悪い。営業で神戸から岡山まで車で行くのに3時間とか時間掛かりすぎてるから遊んでるんだろ! 1時間もあったら行けるだろ主任? とか馬鹿じゃねえの! クソ主任も何が行けますよだ! それ聞いた課長はほら嘘つくな! とか偉そうに言いやがって! 車が空でも飛ぶんかボケ! やれるもんならやって見ろクソが! 映画に出てきたタイムマシンの車じゃねえんだよ! 隣の課の係長がそれは無理ですと突っ込んだ時は神かと思ったわ。そしたら疑われるお前が悪いとか死ねクソ課長があああ!!」


 しかしふっと急に頭がすっきりした。

 

 さっきまで何か怒りで視界が赤く染まって叫んでいた気がするが今はとても穏やかな気分だった。


「あれ・・・俺は、何か叫んだような気がする。えっと君は」


「どうも、初めまして。ヒロ・ミヤマです」


「あっどうも、ミヤマさん。初めましてオスヤ・カイです」


 どこぞの忍者のような挨拶だった。

 

 少年はヒロ・ミヤマと名乗った。

 

 とっさにスーツの内ポケットを探ると捨て忘れた名刺が残っていたので渡すと、少年改めミヤマ君はなんともいえない顔をして名刺を受け取った。


「さっきも言いましたがここは日本じゃありません。現状をどのくらい分かってますか」


「ああ、そうらしいね。女神様って女の子に異世界に行って見ないかって言われてね。丁度いいから行く事にしたんだよ」


「女神、ですか」


「うん。可愛い女の子だったよ」


 スーツに着られている感じで。


「貴方は何時こっちに」


「ついさっきだね。ちょっと一息つこうと座ったんだよ。で、気がついたら君が居た」


「そうですか。何かめっちゃ叫んでましたよ。死ねクソ課長とか」


「そっか。溜まってたんだよ。君も大人になれば分かるさ」


 無意識に叫んでいたようだ。


「家畜に神はいない。そんなのを何処かで聞いたけど、社蓄にも神はいないんだよ」


「そ、そうですか」


「ここは剣と魔法の世界なんだろ。クソな上司もいない。女神様から自由に生きなさいって言われたんだ。だから俺は自由に生きるんだ。幸い女神様から魔法の力を貰ったからこれで稼いで俺は平穏を手に入れる!」


「そうですか・・・そうですか。あの、こっちでは皆苗字じゃなくて名前で呼びますからカイさんって呼ばせてもらいます。カイさんは魔法の力を貰ったって言いましたけど、どんな物ですか」


 ここは当たり障りの無い答えが必要になる。

 

 だから俺は嘘は言わないが全てを話さない。


「俺はどんな相手にでも効く奴が欲しいって言ったんだ。そしたら無属性魔法の力をくれたよ」


「無属性、ですか」


「駄目なのかい」


 ヒロ君は何やら考え込んでいる。

 

 良く考えたら俺はこの世界において無属性魔法と言う物の立ち位置を知らない。


「そうですね・・・無属性魔法だけってあんまり歓迎されないんですよ。けど女神から貰ったんなら強いと思います」


「そうなのかい」


 中々鋭い。

 

「はい、ところでカイさんはもしかして向こうで死んだんですか」


 自殺に巻き込まれて死んだ。

 

 それを思うとため息が出た。 


「自覚は無いけど死んだらしいよ」


 死んだ瞬間なんか分からなかった。

 

 例えば道を歩いていて突然向こうからトラックでも突っ込んできたら分かっただろう。

 

 ああ、これは死んだなと。

 

 死んだと分かってはいるが自覚はいまいち無い。

 

 そんな俺を見るヒロ君の顔は言わんとする事を表していた。


「過労死じゃないよ」


 顔によく出る少年だ。


「君は思っただろう。そんな会社何で辞めないんだろうと。簡単な事だ。勤めている時は辞めると言う事が頭に浮かばないんだよ」


「浮かばない、とは」


「そう。辞めると言う選択肢が頭に浮かばないんだ。どんなに辛くても仕事に行かないといけないと思うのさ。俺なんか夜寝るのが嫌だったんだ。どんなに疲れてて眠くても。何故か分かるかい」


「そうですね・・・嫌な夢でも見るんですか。仕事の夢とか」


 残念ながら違う。

 

 そもそも人間は本当に疲れていると夢など見ない。

 

 だが仕事の夢なんか見たら本当に悪夢だろう。


「そいつは悪夢だな。だが違う。寝れば一瞬で朝になるだろ。朝になったら仕事に行かないといけない。だから寝たくないんだ。一分一秒でも仕事に行きたくないんだよ。いつも会社に飛行機でも落ちないかとか地震で会社潰れないかとか思っていたよ」


「うわぁ・・・」


 ヒロ君は引いていた。


「うわぁだろ。たとえ四十度の熱があって休もうと会社に電話したら、クソ課長はふざけんなとにかく来い! だ。で、死にそうになりながら行ったら。ほら来れるだろ! 嘘つくな! だ」


「その課長って死んだほうが良いんじゃないですか」


「俺もそう思う。たまたま営業で外に行った時に昔の友達に会ってね。そいつはフィリピンに期間不明の出張に行かされそうになったから仕事を辞めた直後で、俺の話を聞いたら真顔になってそんな仕事は辞めろって言ったんだ。辞めた後の事は後で考えろってね。その時初めて辞めるって選択肢を思いついた。社蓄ってこうなんだなって自覚した」


 あの時が正に転機だったんだろう。

 

 あのまま社蓄を続ける事を思えばここにこうしている方がずっと良い。



「で、だ。辞めるにしても普通に言ったってクソ課長は自分を正当化して俺を責める。だからどうすれば最大のダメージを与えられるか考えてね。何せ何を言おうがお前が悪い、俺が正しいしか言わない正真正銘のクズだったからね」


 友達に力を借りて計画を練った。


 全ては仕事を辞めるため。


 何よりあの連中に目に物見せるため。


「会社には寮があって俺もそこに住んでたんだ。仕事の合間になんとか部屋を新しく借りて、夜中に荷物をそこに運び出してね。そのまま会社に行って自分の机とか持ち物を全て片付けて、俺の持ってた客とアプローチかけてる人の連絡先とか全部捨てて退職届と寮の鍵を置いて来たのさ」


「夜逃げですか」


「いや、逃げたわけじゃない。自由な明日への出発さ。それでクソ課長は俺を懲戒解雇にしてやるとか寝ぼけた事叫んで怒りくるったらしいぞ。そんでから辞めるために必要な書類なんか送ってやるかって言ってたから支店と本社に今までの事を全部書いて、それから退職のための書類をすぐに実家に送れって内容証明送ってやったんだ。あっ内容証明ってのは、こういう書類を送りましたよって正式に郵便局が保障してくれる物で後でそんなもの知らないって言わせないための物さ。そしたらクソ課長と支店長は名古屋の社長直々からどういう事だって死ぬほど怒られたらしいよ。何で知ってるかって。同じ課にいた仲のいい先輩が教えてくれたのさ。その人にはやるぞって言っておいたし、新しいスマホの連絡先も教えておいたからね」


 散々悔しがってそれでも俺が悪いと言い続けたらしい。

 

 他の支店にもその事が広がって加島課長の一人課長と同じく部下に逃げられた課長と呼ばれるようになったと浅野さんは言っていた。


 ついでに降格した。

 

「ざまああああああ!!!! クソ課長ざまあああああ!!!!」 


 心の底から声が出た。

 

 最高の気分だった。

 

 しかし何やらヒロ君がブツブツとつぶやいて最後に精神抑制マインドヒールと唱えると高ぶっていた気分が急激に落ち着いた。


「あああああ・・・ふぅ」

 

 さっきもそうだが今のも何だろう。

 

 精神系の治癒魔法だろうか。

 

 だとしたら是非使いたい。   

 

 これがヒロ君との出会いだった。




「探索者ですか」


「ああ、さっき金を稼ぐ方法として小耳に挟んだんだが、そいつはいわゆる冒険者でいいのかい。迷宮に挑んだり素材をはぎとったりする」


 知ってはいるが知らないふりをした。

 

 ヒロ君はそんな俺に疑問を抱くことなく話し出した。


「そうです。お金を稼げるのは間違いないですよ。ただし命の危険があります」


「それは、そうだろうね」


「けどカイさんは魔法を使えるみたいですから無理しなくても魔法ギルドで仕事を斡旋してもらえます」


「魔法ギルド」 


「そうです。この世界で魔法使いって言うのは案外少ないんですよ。けど魔法使いにしか出来ない仕事って結構有りまして。だから魔法使いって割と楽して稼げます」


 それは魅力的だ。


 しかし魔法使いがそんなに稼げるなら探索者に魔法使いはいない事になるがさっき鎧を着た男達と杖を持った男が一緒に歩いていた。


 おそらく同じパーティーメンバーだ。


 つまり魔法使いでも探索者になる人間がいると言う事になる。


「なら探索者になる魔法使いって言うのは」


「はい、それとは比較にならないくらい稼げるからです。でもカイさんは、その・・・えっとそこそこの魔法使いなら魔法ギルドで一月働いて十万カナくらいだそうです。カナってのはお金の単位で一カナで五円くらいです」


 ヒロ君は非常に言いにくそうな顔をした。


 言わんとする事は分かる。


 社蓄だった俺が楽して稼げるならそっちを選ぶべきだと。


 本当に一月五十万を楽して稼げるなら普通はそっちを選ぶだろう。


 しかし駄目だ。


「駄目だな」


「どうしてですか」


「魔法ギルドってのに属せば金は稼げるけど上司からの命令が来るだろう。俺はもうノルマとか沢山なんだよ」


 ノルマとはこれだけはやらなければならない数字を指す。


 すなわち一月に客から受け取る契約金の額を決められていてこなさなければ存在価値が無いかのように扱われる。


 俺が勤めていた業界はそれが当たり前だった。


「魔法ギルドと言う場所があそこまで酷いとは思わなけど、話を聞く限り売り手市場である以上殿様商売くらいしてそうだし」


「殿様商売」


「ああ、つまり偉そうに強気で売るって事さ。これが無いと困るだろってね」


「なるほど」


 俺の知る限りそう言った職場は上役が部下を思いやる事が無く、部下も部下で感覚が麻痺して自分が偉いと勘違いしていしまう事が多い。


 そんな職場はお断りだ。


「俺は何にも縛られない! 俺は自由に生きるんだ!」


「はあ、そうですか、そうですか・・・」


 そうだ俺は自由だ。

 

 そのために仕事を辞めて社蓄を辞めたんだ。


「けどお金貸してください。お願いします」


「あっはい」


 現実は非情である。 


 俺はヒロ君に頭を90度下げた。


 何をするにも金が要るのだ。


 我ながら出会ったばかりのしかも年下の相手にいきなり借金の申し込みなどどんでもない。


 だがヒロ君は嫌な顔をせず背負っている鞄から皮の袋を取り出して俺に差し出した。


「えっとじゃあ今もっている分はこれだけです。けどこれだけあればそこそこのレベルで準備が出来ると思います」


 中を見ると百円玉くらいの金貨がジャラジャラと入っていた。

 

「五十万カナくらいあります」


 出会ったばかりの俺にその場で五十万カナをポンと貸してくれた。 


 つまり二百五十万くらいを簡単に。


「余裕が出来たら返してください。急ぎませんから」 


「ありがとう! 本当にありがとう!」


 再び頭を90度下げた。


 あの年でそんな真似が出来るとは余程稼いでいるらしい。


 しかも利息なし催促なしで余裕が出来たら返してくれた良いと。


 そして客に消費者金融をはしごさせた事を思い出して良心が痛んだ。


 なにせ年利二割だ。


 俺も彼のようになれる様に努力しよう。

  

 そう努力だ。

 

 誰かに迷惑かけないでしかも自分の力で勝ち取るのだ。

 

 そして必ず返そう。


「その、一緒に来ませんか。これでも屋敷を持ってますし部屋の空きもあります。家には先輩と後輩がいまして後輩とは一緒に迷宮にもぐってます。探索者をやるなら一人でやるより俺達と一緒にやった方がずっと安全です」 


 これまで話して彼の人となりは大体把握出来た。


 彼は善良であり、これも善意で言ってくれている。


 あの仕事をしていた時は人の善意には付け込み、人の心の弱い部分を突いていた。


 すなわちお金が欲しいと言う誰でも持っている気持ちを刺激して契約に持って行く。 


 客に対して利益を出すように頑張ろうなどとそんな善意は一切無く、契約を結べば後はどれだけ追加で金を引っ張れるかを考えていた。


 我ながら度し難いがそれに疑問を持つ事も無く働いていた。


 そんな俺には彼がとても眩しくて直視出来ずに目をそらした。 


「申し出はありがたいんだが、その、何だ、とりあえずしばらくはゆっくりやっていこうと思うんだよ。ほらRPGでも序盤の手探り感が一番おもしろいだろ」


「それは分かります」


 俺の言いたい事に思い当たる事があるのかうんうんと頷いた。


「けどここは現実です。戦いで攻撃されたらゲームみたいにHPで受けるとかはありません。当たり所によっては街の直ぐそばに出るような魔物の一撃でも死にますよ」


 確かにゲームによってはHPが最大でも残り1でも行動に変わりが無い物が多い。 


 しかし現実ならダメージを受けたら動けないしそのまま死ぬ事もあるだろう。


 一人なら助からないしそうなる可能性も高まる。


 だがそれは分かっていた事だ。


「そうだろうね。けどそれをひっくるめて楽しみたいんだ。俺はここ数年楽しいって感じた事が無いんだよ。ただただ毎日が苦痛で・・・ふふふ・・・」


 体は泥に浸かっているように重く、頭は霧がかかっているようにハッキリしない。


 自分が何をしているのか、何のためにそんな事をしているのか分からなかった。


 だが今は違う。


 なら全力で全てを楽しむのだ。

  

「そ、そうですか・・・そうですか。まあ無理にとは言いませんが」


「すまないね」


「いえ、でも何か困ったことがあれば言ってください。これでもこっちでは俺の方が先輩ですから」


 なんて良い少年だ。


 そんな彼を騙すような事をしていてまたしてもなけなしの良心が痛んだ。



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