表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/49

再就職


 俺は何も考えずにドアをノックした。


「どうぞお入りください」


 扉の向こう側から女性の声がした。


 以前に聞いた声だ。 


「失礼します」


 ドアを開けて入ると中に居たのはやはり以前面接を担当してくれた緋色さんだった。、


「どうぞおかけください」


 俺が机を隔てて向かい合うように座ると緋色さんが何やら難しそうな顔をしているのに気づいた。


 以前あった時と同じで、十代半ばに見える容姿だが何か雰囲気が違う。


「雄矢さん。ここに来てもらったのは他でもありません。まずはこれをご覧ください」


 机の上にはさっきまでは無かったはずのプロジェクターがいつの間にか置かれていて、緋色さんが何もしていないのに部屋が暗くなりプロジェクターが勝手に動き出して壁に何かが映し出しはじめた。


「私ですか」 


 そこに映っていたのは俺だった。


 ベッドで寝ていた俺は目を覚ましたのか枕元の時計を見ると飛び起きた。


 時計は十時を指しており完全に寝過ごしていた。

 

 慌てて髪を整え髭をそり、スーツを着て鞄を掴んで部屋から飛び出した。

 

 そう言えば何処だここはと思いながら走ったな。


 しかし監視カメラでも仕込まれているのだろうか。

 

 だが俺の視線に気付いたはずの緋色さんは黙ってその光景を見ている。

 

 仕方なく続きを見ると廊下を走り階段を駆け下りて行く様子がずっと映し出されている。


 まて、どうやって撮っているんだこれは。

 

 そのままマンションの出入り口を出たところでカメラが引いてマンション全体を映した。


 そこで何故か俺は立ち止まっている。


「ああ、思い出した。これ」


「はい、今朝の事です」


 仕事を辞めてようやくゆっくり寝たはずなのに、寝過ごしたと思って慌てて走って外に出た所で思い出したのだ。


 もうあんな所に行かなくても良くなったんだと。

 

 そして着換えてもう一眠りしようと振り向いた時に何かすごい衝撃があって次の瞬間にはここにいた。

 

 映像では俺は屋上から降ってきた何かに潰されて地面に倒れていた。


「えっと、これは」


「少し戻します」

 

 緋色さんがそう言うと映像が少し巻き戻った。


「スロー再生します」


 今度は分かった。


「マジかよ」


「マジです」


 それは血まみれの見知らぬ女だった。


 屋上から飛び降りた女が俺を直撃した。


 結果、俺は地面に横たわり頭から血を流している。


 打ち所が悪かったのか目は見開きピクリとも動かない。

 

 つまり死んでいて女の方も同じだった。


「えっと、私はこの女の飛び降りに巻き込まれて死んだって事ですか」


「はい、真に残念ながら」


 嘘だと言いたかったが嘘と言い切れる要素が無く、何より何故か自分自身が納得していた。


 ああ、俺は死んだんだって。

 

 ただなら今の俺は何なのか。


「貴方には今日にでも内定を出そうと思っていました」


「はあ、そうですか」


 この緋色さんは何者なんだろうか。


 そんな俺の考えを読んだかのように緋色さんは名刺を取り出した。


「改めまして。私はローと申します」


「これはご丁寧にどうも」


 受け取った名刺には破壊とテコ入れの女神ローと書かれていた。


 緋色さんではなくローさんだった。


 しかも女神と来た。

 

 だがテコ入れとな。


「私にはカーナと言う姉がいまして、姉は世界を造る創造の女神です。そして私は姉のカーナによって生み出されました」


「姉に生み出された」 


 それは姉ではなく母ではなかろうか。


「姉には弟がいます。つまり私にとっては兄ですが、兄は姉の創造する世界が余りにも酷いと判断するとその世界を容赦なく滅ぼします。ですが良い世界だと判断すればより良くなるように助言をしたり自ら手を加える事もあります」


 滅ぼされる方はたまったもんではないだろう。


「ですが最近姉が酷い世界ばかり造るので片っ端から滅ぼされています」


 緋色さん改めローさんは深い深いため息をついた。苦労しているらしい。


「あの、酷い世界と言うのはどんな世界なんですか」


 酷いと言われても想像が出来ない。


 するとローさんの動きがピタリと止まり目が少し虚ろになった。


「世界には必ず中心になる人が存在します。そしてその人と世界のあり方が問題になります。具体的に言いますと、名前が違うだけとかですね」


 名前だけが同じ。


 平行世界かな。、 


「存在する人や物の名前が違うだけで前に造った世界と何処が違うのか分からないとかが多いですね。つまり同じなんですよ。中心になる人が同じような能力で同じような人達と同じような異性と同じような出会いをして同じような関係になる」


 ローさんはまた深い深いため息をついた。


「えっと、それが酷いんですか」


 よく似た物なんていくらでもあるはずだ。


「はい、それ以外が適当なんです。そのため世界で矛盾が発生してもそれに気が付かないで放置したり、気付いて修正しようとしてさらに矛盾が生じて世界が破綻する事もあります。何より兄は同じような物を造ってないでどれか一つにでも集中しろと言うわけです」


「なるほど」


 しかし修正しようとしてされに酷くなるとか。


 世界を造る女神としてどうなんだろうか。


「姉は兄が厳しすぎるから自分にやさしくて理解のある可愛い妹が欲しいと願い、私を生みだそうとしました。しかし兄はそんな自分を全肯定するだけの存在なんて駄目だと干渉しました。そのため私は姉の願望を受けながら兄の考えも混ざって生まれました」


 駄目な姉としっかり者の弟の構図だな。


「結果私は姉が好きなので姉に甘いのですが、兄の影響で酷い世界を滅ぼす事もあります。しかしどちらかと言えば私は世界の修正や方向を正す事を主とする存在となりました」


 世界を修正。

 

 なるほど。だから破壊とテコ入れの女神か。


「貴方にはそんな世界の一つに行ってテコ入れをしてもらいたかったのですが。まさかこんな事になるとは」


「その、何と言ってよいやら」 


 別にローさんに殺されたわけではないらしいのだがこっちが申し訳ないと思うくらいローさんは気落ちしていた。


「えっと、それで私は何のためにここに呼ばれたんですか」 


 俺がそう言うとローさんは勢いよく俺の両手を掴んだ。


「実は雄矢さんにはとある世界に行って頂きたいのです。私は貴方を一度だけ生き返らせる事が出来ますので、生き返って仕事してもらいたいのです」


「マジですか」


「マジですよ。ですが」


「ですが、なんでしょう」


「本当なら貴方が二、三ヶ月ゆっくりしてもらってから指定する世界に行って頂く予定でした。その場合もし向こうで死んでしまってもこちらに生き返って戻って来てこられる契約を結んで頂く予定でもありました。しかし今回のケースですと向こうで死んでしまうともう終わりです。生き返る事が出来ません。それでもお願いできますか」


「是非お願いします」


 迷わず返事した。


「私が言うのもどうかと思いますがよろしいのですか」


「いえ、どうせ死んだ身ですから。むしろこちらが礼を言う方です。それに死んだ身で断ったらそれこそ終わりでしょう」


 どの道選択肢なんて無いし何よりそんな面白そうな話を断る理由が無い。


「いえ、もし雄矢さんが望むのなら異世界に行かずにある程度の条件を付けてこの世界に転生が出来ますよ。私に関わった人ならそれが可能です」


「いえ結構です」


 転生と言われても俺は迷わず答えた。

 

 生まれ変わったらそれは自分ではなく自分の記憶を持った誰かだろうと思う。


「そうですか・・・ありがとうございます」


 ローさんは安堵したように微笑むと何処からともなく1枚の紙をとり出した。


「これが契約書です。よく読んで拇印をお願いします」


 女神様とのやりとりに紙の契約書とはどうなんだろう。


 肝心の中身の方は幾つか気になる事が書かれていた。


 出向先では基本的に自由だが女神ローの指示には従う。


 完全出来高制。


 特別ボーナス有り。


 副業可。(むしろ推奨)


 出向期間は不明。 


 社会保険無し。


 生命の危機に関しては自己責任、


 あと死んでも一度だけ生き返れる事が出来るの文が消されている。

 

 これは今その一度を使う事になるからだろう。


「私が行く世界はどんな世界ですか」


「ゲームのような小説のようなファンタジーな世界を思い浮かべてください。剣と魔法で魔物と戦う危険な世界です」


「それは私の知っているどの世界が近いでしょうか」


 剣と魔法の世界と言っても多種多様。


 最後に遊んだゲームは剣と魔法の世界だったが、そこは亡者であふれ、生きている人間などまともな奴がほとんどいなかった。


 そんな世界ならかなり注意と覚悟が必要なる。


「中学生くらいが考えるちょっと強力な力があれば活躍できそうな世界と思ってください」


 なんとなく分かった。


「出向とありますけど帰れるんですか」


「生きて帰る方法はありますが、それは私が関与出来ない案件です」


「なるほど。では指示と書かれていますが具体的にどのような物でしょう」

 

 前の職場のような理不尽な物で無いなら構わないのだが。


「多岐に渡りますが、そうですね・・・」


 ローさんは人差し指を額に当てて難しそうに考えていたが、何か思いついたのか実に楽しそうに微笑んだ。


「最終的には姉さんの加護を受けた主人公達を倒していただく事になるかもしれません」


「え、それは・・・」


 主人公を倒すとか悪役かな。


 そもそも主人公が倒れてたら物語はおわってしまうんじゃないか。


「別に悪者になってほしい訳ではありません。某猫型ロボットの便利な道具を手にした人が良い人とは限らないんです。姉さんの人選はかなり適当なんです。そのくせ放置するので酷いことになります。そんな人を場合によっては始末してもらいます」


 始末しろとか笑顔で言う事ではないと思う。 


「大丈夫ですよ。姉さんの転生を受けいれた人はこちらで死んでしまった人達なんですが、向こうで死んでも一度だけ生き返れます。ただし生き返ると加護がなくなります」


「保険のようなものですか」


「はい。残念ながら雄矢さんは生き返れません。けど私の加護が強力ですよ。あっ加護って言うのは私達が与える特殊な能力です。強力な魔法の資質とかお約束な能力とかです」


「お約束ですか」


 ローさんはまた苦虫でも噛み潰したような顔をした。 


 本当に表情がコロコロ変わって見ていて飽きない。


「よくあったのは四次元ポケットっぽいアイテムボックスですね。殆ど無制限に物を収納出来て、中は時が流れていないので物が腐らないのが多かったですね」


「それは便利ですね」


「はい、とても便利です。ですが一時期全ての主人公にこの能力を無料配布していい加減にしろと兄が怒りまして。それ以降は使用禁止になりました」


 ああ、なんとなくローさんの言う事が理解出来るようになって来た。 

 

 つまり最初に言っていた世界にいる主人公達がみんな同じ能力を持っていたら沢山の世界も意味が無いと言う事の意味が。

 

「他は、そうですね漫画や小説に出てくるキャラクターの力を模した物ですね。とにかく姉は世界の中心たる主人公を強くしたいんです。その世界最強に。兄はそれを見ていつも嘆いていました。最強最強と自分が言うのもアレだけどまるで宗教だと」


 そんな事を言われて俺は昔あった宗教を思い出した。


 教祖が拳を振り上げて叫ぶと信者達がそれに続くアレである。


「みなさあああん! 最強ですかあああ!」


「「「最強でええす!」」」


 「最強!」


 「「「最強!!」」」


 「最強!」  


 「「「最強!!!」」」


 つまりローさんの姉である女神のカーナ教とはそう言う物なんだろう。


 我ながら馬鹿な考えに噴出しそうになるのを堪えているとローさんが噴出した。 


「な、何それ・・・そんな宗教あったんですか」

 

 どうやら俺の考えは筒抜けだったようだ。

 

 アレは最強ではなく最高だったがそんなノリの気がする。

 

「違いますよ! 姉さんの教えはそんなんじゃないですよ!」


 落ち着いたイメージのローさんが慌てているのは見ていて楽しい。


「と、とにかく雄矢さんに行っていただく世界には姉さんが転生させた本来は一人のはずの主人公が沢山いて、中には好き勝ってやってる人もいます。もちろん別に全てを始末してもらうつもりはありません。基本は自由に過ごしてくださってかまいませんが、探索者として生活をしつつレベルを上げてください。自分では見えませんがゲームのように敵を倒せば強くなりますので。あと探索者とは要するにゲームでよくある冒険者ですね。迷宮にもぐったり地上でモンスターを倒して素材を取ったりする」


 当然のようにそういった生活をして欲しいと言う訳だが、もちろん俺はそう言う生活をする予定だ。

 

 折角そんな世界に行くんだから冒険しないでどうする。


「貴方には面接の時に話された強制負けイベントをぶち壊せる万能無属性魔法を与えます。あらゆる理を無視する力ですので慎重に扱ってください。そしてそれは守りにも適用されます。さて何か質問はありますか」


「こちらから連絡したい時はどうすれば良いですか」


 報告連絡相談。


 略してホウレンソウは社会人として基本である。


「寝る前に私に会いたいと強く願ってください。そうすればここに来れるようにしておきましょう」


「なるほど。では次に向こうにいる主人公の人達はカーナさんの加護を受けるてるんですよね。それは何人くらいいるんですか」


「今現在は10人ですね」


「彼らの受けた加護はどんなものですか」


「申しありません。それはお答え出来ないんです」


「なら私以外に貴女の加護を受けた人はいますか」


「いいえ、貴方だけです」


「言葉は通じるんですよね」


「はい。読み書きも出来ますよ」


 それはありがたい


「では最後に、何故私なんですか」


 女神であるローさんが俺を選んだ理由が知りたかった。

 

 俺は唯の社蓄だった人間だ。 

 

 ローさんの要請を叶える人材は他に相応しい人がいるはずだ。

  

「それは・・・残念ながらお話する事が出来ません。ご自分で捜し求めてください」


 ローさんはにっこりと微笑んだ。


 どうやらこの件は俺にとって悪い話ではないらしいのでよしとしておこう。


 さて、今聞ける事はこれくらいか。


 後は行って見ないと分からない。


「分かりました。何かあればまた連絡させてもらいます」


「はい。ではこれにて終了です。貴方の働きに期待しています。どうか良い旅を」


 


 そして俺は再就職した。


 勤務先は異世界。


 上司は女神。


 さあ、今度は自分のために頑張るとしよう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ