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社畜は人になる


 社蓄の勤め先は体育会系である。



 今日も無駄な会議が繰り返されていた。


「お前等今月新規出るんか」


 課長の無駄な話が続く。


 俺はこんな事に時間を使いたくない。 


「ええか、新規一件くらいなんか気合いがあれば取れるわ! 騙してでもええから取ってこい!」          


 いつも気合いとか言っているが馬鹿かよ。


 どうやって気合いで営業するんだよ。


 プロレスラーでもあるまいし。


 そして実際に客を騙した形になって上司であり課長の部下である課長代理が辞めていったのはつい先月の事だ。


「お前等のんびりしすぎや。雄矢、お前同期の奴がでかい新規出してるの見て悔しないんか!」


「先を越されましたね。なんとか抜いてみます」


 課長はよくこういう事を言うが悔しくなんかない。


 同期の連中がどんな事してようが興味ねえよ。


「見込みは所詮見込みや。潰すつもりでプッシュしろ! 解散!」


 ここで言う見込みとは見込み客。


 すなわち客になりそうな相手を指す。


 こちらの話に興味を持ってしまった人で、名前に始まり年齢、趣味、金を持っているかなどを聞き出して距離を詰めていき取引に持って行くのだ。


 俺はゆっくりと話をして資料を渡し、興味を引いて取引に持ち込む。


 それ以外のやり方は苦手だ。


 だが課長は客になりそうな見込みの相手がいれば馬鹿の一つ覚えのようにプッシュしろである。


 プッシュとは、つまり勢いで押し切って買わせろと言う事だ。


 しかし強引に行くので断られたらそれまでの苦労は水の泡になり、もうこっちの話など聞いてくれなくなる。


 最悪なのは課長が俺の見込み客を書いたノートを見て馬場野主任にかってに電話させる事である。


 ずっと話してきた俺でなく、いきなりその上司が電話してきら当然警戒される。


 まして営業成績ゴミの主任だ。

 

 当然断られる。 

 

 そしたらこいつは駄目だとか言いやがり、課長もそんな奴時間の無駄だから他の奴探せと言いやがる。


 お前が潰したんだろと言いたかった。



 会議と言う無駄な時間を過ごして自分の席に戻ると丁度常務が来ていた。


 当然のように後ろに支店長がいる。


 まさに腰巾着と言う言葉がしっくりくる。


「おお・・・何やこれ」


 常務が支店長の席の横に張られた張り紙に気が付くと支店長はうれしそうな顔をした。


「いいでしょ。俺が書いたんですよ」

「そうか・・・俺がやらねば誰かやる、か」


「は?」


「他力本願もええとこやな」

 

 俺と浅野さんは顔を見合わせてニヤリと笑った。


 俺は誰がの濁点を修正ペンで消したのである。


「誰やこんなんやったん!」


 怒った支店長が叫ぶが当然誰も答えなかったし皆笑いを堪えていた。


 俺がやらねば誰かやる。


 それはまさにお前の事だと。





 社蓄は仕事を辞めた時人になる。



 まず新しい部屋を借りた。


 次に夜中に大阪支店勤務の同期で数少ない友人の手を借りて会社の寮から荷物を運び出した。


 ようやく準備が終わった。

 

 ついに決行の時が来た。

 

 俺は朝の六時前に会社に来た。


 もちろんそれは仕事の為ではない。


 自分の机を片付けに来たのだ。


 今まで集めた名刺を全て捨て、見込み客の連絡先や話した内容等を書いたノートをシュレッダーに放り込んだ。


 ここの連中に俺の努力の成果は何一つ残すものか。


「おはようございます。今日は早いですね」


「ああ、おはようございます。ちょっと用事がありまして」


 顔見知りのビル清掃員の人と朝の挨拶をかわしてカードキーと退職届を机の上に置いて会社を出た。


 その瞬間を俺は一生忘れないだろう。


 とてつもない開放感。


 体の底にずっとあった鉛のような重い何かが無くなった感覚と共に湧き上がる気力。

 

 停めていたバイクにまたがりフルフェイスのヘルメットを被って走り出し意味も無く高速道路に乗った。

 

 そのまま普段は絶対に出さない速度を出して走りながら大声で叫んだ。 


「俺は自由だあああああ!!」


 そのまま走り続けて明石に到着。


 ここも思い出の場所である。


 以前同期が辞める切欠になったのはここなのである。


 飛び込み営業をさせられている時に入った店で帰れと水を掛けられ、自分は何をしているのか分からなくなりずっと海を見ていたらしい。


 海岸にバイクを停めて近くの店で明石焼きを注文して海を見ながらゆっくり食べた。


 思えば神戸に住んでいながら中華街に行った事は無いし、明石に来た事はあってもこうして明石焼きを食べた事も無かった。

 

 俺は大学を卒業し、就職してから今まで何をして来たんだろうか。


「あいつ今何してんだろ」


 思わずそんな言葉が出た。


 そして思う。


 どんな形であれとっとと辞めたアイツの方が正しかった。

 

 アイツだけじゃない。


 同期入社で神戸支店に配属されたのは俺を入れて四人だが結局俺が最後の一人。


 頑張って頑張って、だが何も残らなかった。


 あえて言うなら人間の汚さと世の中には本当にどうしようもない人間が居るということを知ったくらい。

 

 海を眺めながら今までの事を振り返っていると日が暮れはじめ、辺りが真っ暗になる頃に浅野さんから連絡があった。

 

「おう、カイ。面倒なことになっとるぞ」


「何かありましたか。あのクソ共に何が出来るとは思えませんが」


「ああ、課長がお前を懲戒免職にしたるとか言ってるぞ」


「ハッ、出来ませんよそんな事。課長職なのにそんな事も分からないんですね」


「え、そうなん」


「はい、不可能です」


 俺は退職したにすぎない。


 何か会社に大きな損害を与えた訳でも犯罪を犯した訳でも無いし何より課長ごときにそんな権限は無い。


「そうか。それからお前の見込みノートとか集めた名刺とか探してたぞ。お前捨てて行ったやろ」


「当然ですよ。アイツ等の利益になるような事はしません。大っ嫌いですから」

 

 声を大にして大っ嫌いだと吐き捨てた。


「それがな、何かアイツは自信が無かったから捨てたんやとか言ってたぞ」


「はあ?」


 どう言う事だ。


 どうして何の自信が無いから捨てるんだよ。 


「俺にもよう分からんけど。新規を出せる自信があるならノートとか捨てたりせんやろって。うん、俺にもよう分からん」


「どう言う理屈ですか。頭おかしいですよ。前から知ってましたけど」


 結局いつものアイツが悪い自分は悪くないか。


「それから退職に必要な書類を送らんとか言ってたぞ」


「ああ、それは予想済みです」


 どうせそんな事だろうと思ってた。


「明日にでも内容証明を本社と支店に送ります。たぶん課長も支店長も常務辺りから死ぬ程怒られますよ。浅野さんは心の中で爆笑しても知らぬ存ぜぬでお願いします」


「お、おう、そうか。内容証明ってあれか。流石やな」


 内容証明とは、正しくは内容証明郵便と言い、いつ,いかなる内容の文書を誰から誰あてに差し出されたかということを郵便局が証明する物だ。


「はい、後で知らないとか言わせないために用意しておきました」


 俺が退職に必要な書類が欲しいと書いた物を会社に送ったのに、会社は知らないと言わせないためだ。


 何を言われようと何があっても自分が正しくて相手が悪いとしか言わない課長に最大ダメージを与えて尚且つ俺が仕事を辞める方法。


 内容証明で今まで課長や主任にされてきた全てを本社の総務に送り、会社関連のHPなどにも書き込み日証協にもたれ込みをしておく。


 そして俺自身は顔を会わせることなくバックレるのだ。


 課長がどんなに俺が悪いと言おうとも、間違いなくもっと上からお前が悪いとそれはもう怒られるだろう。 


 降格もありうる。


 ざまあ。


 今の俺には何かをしようと思う気持ちが湧き上がってくる

 

 何もかもがめんどくさく感じていたのに仕事を辞めたら気力が溢れてくる。

 

 人間我慢が大事だが限度があると言う事だ。


 そうだ。


 今日、俺は社畜を辞めたのだ。 

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