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社畜と借金


 社蓄に後輩はいない。



 仕事を辞めようと決めた次の日。


 支店長がいつもの様に五時半の帰り際に何やら大きな紙を持って現れた。

 

「雄矢。これそこの壁に貼っといてくれ」


「何ですかこれ。無駄にでかいですけど」


「無駄とか言うな。苦労して作ってんそ」


 それは入口の扉くらいの大きさの紙で、広げてみるとそこには大きくこう書かれていた。


 俺がやらねば誰がやる! と。

 

「何ですかこれ」


「お前知らんのか」


「いえ、適当に貼っときますね」 


「おう頼むぞ。明日常務来るから真っ直ぐに貼っといてくれ」


 そう言って奴は帰って行った。 


 常務と支店長は仲が良い。


 いや、仲が良いと言うより常務に支店長がゴマをすっていて、それは課長と主任の関係に似ている。


 俺は馬鹿馬鹿しいと思いながらも浅野さんに手伝ってもらい、それを支店長の席の隣に真っ直ぐに貼り付けた。


 これは昔のアニメを実写化して爆死したクソ映画のキャッチフレーズをパクったものだろう。


 俺がやらねば誰がやるだと。


 お前が言うな。


 お前何にもしてねえじゃねえか。


 そう思ったのは俺だけではなかったらしい。


 その日の夜。


 皆が帰って会社に俺と浅野さんだけが残った時に浅野さんが忌々しそうにつぶやいた。


「これめっちゃムカつくな。自分は何にもせんくせにこんなもん作って」 


「まったくその通りです」


「やれ、カイ」


「任せてください」


「え、ほんまにやんの」


 会社を辞める決心をした俺に怖いものなど無かった。 


「浅野さん。俺この仕事辞めます」


「マジで」


「はい」


 この会社で信用出来る人は浅野さんと大阪支店にいる友人だけである。


 だから正直に話した。


 学生時代の友人に会って話した事。


 元々営業二課にいた浅野さんが営業一課に来るまでに起こった知らないであろう事の全てをぶちまけた。


「そうか、まあこの仕事やってたら次はどんな仕事でも出来るやろ。俺は嫁さんと子供おるからそう簡単にはやめられへんから羨ましいわ。独り身やったらとっくに辞めてるわ。むしろお前が続けてる事が不思議やった」


「そうですか・・・浅野さんから見ても不思議でしたか」


 俺は傍から見たら完全におかしかったんだろう。


 なのに俺だけが気づかなかった。


「木曽って憶えてるか」


「はい、俺の最初の後輩でした」


 もちろん今はもう居ない。


「あいつ自律神経失調症になって診断書持って来てたん知ってるか」


「それ初耳ですけど」


 俺はただある日来なくなって辞めたとだけ聞いた。


 木曽の親が出てきて終わったとだけ。

 

「俺達はあの時ゴルフコンペ行ってたからな。俺も後で山野さんから聞いたんやけどな」


 年に一回開催される会社主催のゴルフ大会。


 課長も主任も嫌がって俺に押し付けた行事だ。


 俺はゴルフなんかした事がないため道具を買わされ、少ない自由な時間を打ちっぱなしに行って練習に当てた。


 車で四時間かけて会場に行って支店長と常務と一緒に回ると言う最悪の企画に無理矢理参加させられて本当に苦痛だった。


 その時期にそんな事があったとは。


「俺聞いてませんよ。山野さん別に何も言ってませんでしたし」


「何か口止めされてたらしい。俺も先週山野さんと伊達の話をした時に聞いたばっかりやし。黙っとくように言われてたらしいぞ」


「へえ、黙っとくように・・・ねえ」


「あの人酒に弱いくせに好きやから、飲んだらすぐに酔って色々教えてくれるからな」


「ああ、そうでしたね」


 山野さんは浅野さんよりも一年先輩なのだが何があったのかある時期から隣の課にも関わらず川田課長に嫌われれはじめた。 


 そのせいなのか先日発表があった人事異動で来年から大阪支店勤務になった。


「それで聞くところによると。あいつ診断書持って来て課長に無理ですって言ったみたいなんや」


「それで、まぁ予想はつきますが」


「そしたら課長は何ていったと思う」


「いつもの嘘つくなじゃないんですか」


「ちょっと違うな。精神疾患とかそんなん俺もそうじゃ! 甘えてんちゃうぞ! 後はお前が悪い甘えてるお前なんかどんな仕事しても続かんわとかいつも奴。普通の会社なら仕事で心が病んだら大問題やぞ。けどうちじゃ問題にもならん。支店長も木曽に世の中そんなに甘くないぞとか言ってたし」


「そうですか。あいつも可愛そうに」


 精神を病んでる相手にも自分は正しいと言う課長。


 それをとがめる所か肯定する支店長。


 なんと言うかその様が目に浮かぶようだ。


「お前も辞める時は散々言われるぞ」


「そうですね・・・何か良い方法考えます。とりあえずは部屋探しと引越しですけどね」


 俺が住んでいるのは会社の寮なので辞めたら出て行く必要がある。一分一秒でも関わりを絶ちたい俺としては先に引越し先を決めておきたい。


「帰ってネットで検索して良さそうなのを見つけます」


「おう、頑張れよ。それから分かってると思うけど俺の他誰にも言うなよ。この支店の連中は誰も信用出来んからな。絶対に課長の耳に入る」


「そうですね」


 それは絶対である。ここの連中は信用してはいけないのだ。




 社蓄は人の不幸について感心が薄い


 昼休みが過ぎてすぐ隣の課の加島課長の怒鳴り声が響いた。


「お前何回同じ事言わせる気や! やる気あんのか!」


 お前こそ何回同じ事言う気だ。


 うっせえな。


 課が違うので直接俺に関係あるわけではないが気分が悪くなる。


 怒鳴られているのは今年入った新人の古見。


 別に悪い事をしたわけではなく、飛び込み営業に行かされて名刺を集めて来れなかったのである。


 通常俺達は電話でアポイントを取ってから会いに行くのだが、飛び込み営業とはその名の通りアポイントなしでいきなり営業をかけに行くことである。


 あらゆる会社や店舗に入って金を持っているであろう責任者に直接取引を勧めると言う方法だ。


 当然まともに相手されないし追い返される。


 なのになぜそんな事をさせるのかと言えば、直接会って話すので相手としては電話と違いさっと断りにくいし、資料を見せる事で興味を引く可能性が出るからだ。


 俺に言わせればそんなやり方は本当に無駄なのだが逆にその方法が会っている奴もいるため、うちの会社では新人は数ヶ月やらされる。


 そして飛び込み営業をしている証拠として名刺を交換させて集めさせるのである。


 加島課長は午前中そんな事をやらせて最低名刺を十五枚集めて来いと言い、古見はそれが出来なかった。


 実際にやって見れば分かるがこれがかなり難しい。


 俺も新入社員の時にやらされたがなかなか名刺を貰えないし、小さな店舗の店長など名刺そのものを持っていない場合が多く、また少し話を聞く人と会うと一時間くらい話し込むので名刺を大量に集めるなど不可能になる。

 

 一日かけて二十枚集めれば良い方だろうが加島課長はそんな事など関係なく怒っている。

 

 自分がやれと言ったことが出来ていないから。 


「お前外でサボってただけやろ!」


 ゴンッと鈍い音がした。古見の頭を殴ったのだ。


「おい加島、手を上げたらいかんだろ」


 それまで黙って知らん顔してた支店長が珍しくそんな事を言った。


「殴ってませんよ。なでてるだけです」


 どこがだよ。


 俺は古見の頭にストレスで十円禿が出来ているのを知っている。


「そうか、気をつけろよ」


 これである。


 お前もっと言う事あるだろ。


 古見の先輩連中も加島課長を恐れて何も言えないのが営業二課なのである。

 

「さすが大阪の一人課長」


 浅野さんが気になることを小さく呟いた。


「何ですかそれ」 


 一人課長とは何だろうか。

 

「お前知らんのか。大阪に居た時あの人の部下が全員辞めたんや。だから大阪支店の営業三課はあの人だけになった。だから一人課長。だからここに来たって話や。何がどうなってそんな事になったんか気になってたけどああいう事か」


 理不尽に怒ってしかも手を上げる。


 終わってるな。


「でも星野さんが文句言わないのが意外なんですけど」


 星野さんは二課の主任でホストを思わせる容貌でこんな仕事をしているが余りにも理不尽な事には課長相手でも怒ったりする人だ。

 

 その星野さんが何も言わないのが不思議だった。


「ああ、それな。星野さん風俗にはまってたらしくてな」


「風俗ですか。でもそれが」


 真面目な人だと思っていたから意外だ。


 元気が無くなる病気にでもなったのだろうか。


「それで借金八百万作ったらしい」


「八百ですか。どんだけ通ったんですか」


「毎日や。あの人去年の夏くらいからずっとな」


「うわぁ・・・」


 どれだけ夢中になったんだ。


 しかも借金八百万と言う事はそれ以上に使っていると言う事になる。

 

 浅野さんも呆れた顔をしていた。

 

「お前も何回か取った事あるやろ。あの人宛の電話」


「ああ、あれですか。外出てるって言ってとか言うから何かと思ってました」


「そんなんが酷くてそれを一括で加島課長に立て替えてもらったらしい。アホやな、これももう逃げられへんし一生頭上がらん」


 課長なだけあって流石に金を持ってる。


 だがこれは浅野さんの言う通り最悪だと思う。


 そんな事があったらもう星野さんはどんな事があっても加島課長に逆らえないだろう。


 何故、どうしてそこまでして注ぎ込むのか。


 借金してまでそんな事に使ってしまうのか俺には理解出来なかった。


「お前には前言ったっけ。俺な、ある日いきなり家に借金取りに追い込みかけられた事あってな」

 

 初耳である。

 

 追い込みをかけると言うのはよく映画や漫画である玄関の扉を叩いて大声で浅野さん金返してくださいと叫んだり職場に押しかけて逃げ場をなくして取立てに来るあれである。


「身に覚えが無くて嫁さんと一緒に話し聞いたら親父がこさえた奴で一千万あった。関係ないって帰ってもらったけどな。それで親父に話を聞いたら俺が中学の時からの奴が積もり積もってそうなったらしい」


「つまり十年くらいですか」


「そうや」


 浅野さんは星野さんではなくフッとどこか遠くを見ていた。


「何に使ってたんですか」


 1千万は大金だが十年でそれならそれ程でもない。


「親父は俺が中学の頃には仕事辞めとったんや。それで金借りて給料や言うてオカンに渡してたらしい」


「はあああ? え? 何で?」


「だから朝仕事に行く言うてどっかで夜まで過ごしてたんや。十年間ずっと」

 

 それはおかしい。 

 

 もう一度言うがそれはおかしい。

 

 その間仕事を全くしなかったのかとか、そんな事をしても最後はどうするつもりだったのかとか言いたい事は沢山あった。


「親父殴って節約して八年かけて何とか全部返した。ところがや」


 浅野さんの顔が険しくなって加島課長を睨んでいた。


「二年経ってまた俺の所に借金取りが追い込みかけに来た」


「全部返したんですよね?」


「そうや。けどあいつまた借金作ってたんや。それでもうブチ切れてな。弁護士挟んでもう関係ないってしてもらった」


 そこで浅野さんは真顔になった。


「借金作る奴ってのは後の事を考えられない奴や。お前も分かるやろ。ほら結構前にお前が出した新規の客。サラ金ビル梯子させたやろ。まともな人間なら金借りて商品取引しようなんて思わん」


 全く持ってその通りである。


 複数の消費者金融が入っている雑居ビルに行かせて複数の会社のカードを作って限度額一杯まで借りて来させてそれを取引資金にさせたのである。


 おそらく一月くらいでその人は借金だけが残るだろう。

 

 分かっている。

 

 自分のやったことは最低だ。

 

 だがそれでも詐欺ではないのだ。

 

 だからよけい性質が悪い。

 

 そして俺の口車に乗って借金をしてまでそんな事する人はまともな考えが出来ない人だ。


「まあ、そうですね。星野さんどうするんですかね。八百なんてそう簡単には返せないでしょう。まして親兄弟じゃなくて会社の上司に立て替えてもらうって、もう身動き取れない状態ですよね」


「さあな。けどあの人はもう終わった。間違いない。お前は大丈夫と思うけど金は借りんなよ。町のヤミ金には劣るけど消費者金融なんか利子滅茶苦茶やぞ。俺が親父の借金返してた頃は例えば五十万借りたら月の最低返済額は2万5千くらいになるけどその内半分くらいは利息で消えるんやぞ」


「半分もですか。じゃあ全額返そうと思ったら倍の百万くらいはいるって事ですか」 


「そうや。だから返すなら一気に全部返さんととんでもない額になる。俺も弁護士に頼んで一本に纏めてもらったから何とかなったんや。だから何があってもそんなとこからは借りんなよ」

 

 とんでもない話である。


 法定金利が決まっているからそのギリギリの利息なんだろうがそれでも高すぎる。


「法定金利は十五から十八%くらいやけどあいつら出資法の上限金利の二十九%で来るからな。分かるか三割やぞ」


「出資法ですか」


「そうや、利息制限法やないぞ。あいつら出資法を拡大解釈してたんや。しかもそれは法律にひっかからんかった」


「ちょっと待ってください」


 まとめよう。


 確か利息制限法の上限金利は百万までは年十八%くらいで、出資法の上限金利は二十九%くらいだから貸金業法の規定に従いつつ利息制限法の上限を超えて、かつ出資法には違反していない範囲の金利と言う事で消費者金融は年二十九%の利息か。

 

暴利もいいとこだ。


しかしそんなとこにも金を借りに行く人はいるわけで。


「あの・・・そんな所三社から限度額一杯まで借りさせたんですけど・・・」


「まあ、金融業界は基本自己責任や。お前は別に元本保障したわけじゃないやろ。それに出資法を使ったのは違法になって、今は消費者金融の金利は十八%かそこらになってるからまだましになった方ヤ。ちなみにその金利の差額が過払い金って奴や。俺も相談したら結構返ってきた」


 浅野さんの言う通り投資は自己責任である。


 だから俺も商品を無理やり買わせた訳ではない。


「そうですね。絶対大丈夫ですとか絶対儲かりますとか言ってません」


 絶対は絶対に言ってはいけない。


 必ず儲かる。


 保障する。


 それらは絶対に言ってはならない言葉である。


「そう言えばお前、てったい大丈夫とか言ってたよな。てったいですとか。電話越しで聞き取りにくいからってお前」


「撤退です。大丈夫です。このタイミングなら撤退です。だからやりしょう。そう言いました」


 客に嘘はつかない。しかし本当の事も言ってはいけないのだ。



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