元社畜と命の軽さ
ここの学校もやはり体育館が避難所になっていた。
よくある事らしい。
風上さんが先頭で入り口から中に入ろうとした時、中から奇声と怒鳴り声が聞こえた。
中を覗くと意味のない奇声を上げているのは二十歳くらいの男で目は大きく開いてよだれを垂らして手足を振り回していた。
「やめてよう君! おとなしくして!」
男に抱き着いているのは疲れた様子の女性。
それを囲っているのはガラの悪そうな五人の高校生くらいの連中だった。
「うるせえんだよ! そんな奴に食わせるもんなんかねえんだよ!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
女性が必死に謝っているが奇声を上げている奴は止まるどころかさらに暴れた。
なるほど理解した。
そういえば俺が中学の時にもいたな。
言葉も文字も理解しない養護学級の奴が。
「学校の先生はああいうのも相手しないといけないんです」
風上さんの言うああいうのとはどっちだろうか。
いや両方か。
「あっ風上先生!」
誰かの声に体育館内全員の視線が風上さんに集中した。
「ちょっと風上先生。山室さん見ませんでしたか。息子さんがいないって」
「あの男なんとしてくださいよ!」
「そうです。あんなの居るだけで迷惑です!」
最初に来たのは派手な格好のおばさんで、次々とおばさんが集まり皆自分勝手にしゃべり始めた。
息子がないくなっただの、騒いでいるの何とかしろだの好き勝手に言い出し収集がつかない。
なるほど。
これが風上さんの日常だったわけだ。
そりゃ精神を病む。
風上さんの顔からスッと表情が抜け落ちた。
「黙れモンペども。呪言打撃」
底冷えするような、決して大きいわけではないのに響く声。
ドンっと鈍い音と共におばさん連中はトラックにでも跳ねられたように放物線を描いて吹き飛びそのまま壁に叩きつけられた。
中には手足が曲がってはいけない方向に曲がっている人もいた、
かなりの衝撃だったようだが、何だ今の魔法は。
見えない衝撃を放つなら風属性になるのだろうか。
普通にに考えれば範囲攻撃魔法。
だがおばさん連中だけが吹き飛んで周りにはなんの影響もない。
「これが大いなる意思の言葉。同じ遺失魔法でも隕石召喚や七色障壁よりも恐れられた言われる所以ですか」
リッシュの声が震えていた。
体育館内はシンと静まり返り、ただ男の奇声だけが響いた。
「いつまで寝ているのモンペ共が。呪言強制。歩いて家まで帰れ」
その言葉に足が折れている人も立ち上がって歩き出した。
うつろな瞳でまるでゾンビのように五人のおばさん達は体育館から出て行った、
さっきのおばさんと同じように家に帰るんだろう。
風上さんはさっきのおばさんといい死刑を突き付けたわけだ。
「二人とも何も言わないんだな」
俺の言葉にリッシュも愛音も不思議そうな顔をした。
「ああ、なるほど。カイさんは何も殺さなくても、と言うのでないかと」
その通りである。
リッシュはともかく愛音が平気な顔をしているのが気になった。
「カイさんって向こうにはどれくらいいたの」
「三か月もいないぞ」
「あれ、そんな程度なんだ」
そう言われて考えてみればまだ短いな。
「そっかそっか。だからか。あのねカイさん。命って軽いんだよ」
女子高生がいきなりな事を言いだした。
「いやその言い方は良くない。あっちではともかくこの世界では軽くはないだろ」
「あれ、そっか。あっちが基準になってたわ。でもこっちでも私は軽かったよ。結局私を殺した奴はたっくんがやるまで何もなかったみたいだし」
「いや言いたい事は分かるが」
愛音を殺した奴は逮捕されないし、ニュースで報道されるときも被告と呼ばれなかったなど明らかに国の上の連中が養護して上級国民と呼ばれるほどの扱いだったらしい。
普通なら直ぐに逮捕され被告と報道されるだろう。
「つまりカイさんがおっしゃりたいのは、先ほどの方々が月子様を苦しめたのは分かりました。ですが殺してしまうのはやりすぎでないかと思っているのではないかと言う事ですね」
「そうだけど、そうじゃないみたいだな」
「はい、アイネも言いましたが向こうの世界は命が軽いんです。もちろん意味もなく人を傷つける事など許されませんが、普通に死刑とか死ぬまで鉱山送りとかあります。少しこの国の法を見ましたが笑ってしまうぐらい甘いです。人を傷つけて笑っているような悪党やクズに人権なんて必要ないですよ。何より傷つけたり取り返しのつかない事をした方を守るとか馬鹿じゃないですかね」
「それはその通りだと思う」
実際中学でイジメられた少年が自殺した事件があった。
だがイジメをしていた連中は逮捕や実刑などなかった。
法で守られてたのだ。
未来があるとか綺麗ごとで。
そんな馬鹿な事がまかり通るのがこの国だ。
だからイジメに復讐するような漫画がうけたりする。
そういうのは大抵設定とかが破綻しているが。
それでも物によっては人気がある。
「でもカイさんも何も言わないじゃない」
確かに俺も風上さんに何も言わなかった、
「そりゃ恨みの形は人それぞれだと思うし。殺したいほど憎い。そんな思いが限界を迎えて相手を殺す事もあるだろ」
俺も課長に死ねと思った事など数えきれない。
「風上さんは心を病むほど追い詰められた。それが爆発したからと言って俺が止める理由はない。風上さんと以前から知り合いで、なおかつ平時なら止めた。社会的に殺すように協力はするだろう。割に合わんからな」
メリットとデメリットを考えたらやるわけにはいかない。
風上さんはそのまま注目を集めながら堂々と歩き、体育館の中央で立ち止まった。
さて、何をするのかな。




