月の魔女の就職先
じゃあ最初から話すわね。
アレは大学の卒業間近に友達と旅行で大阪に行った帰りだったわ。
新幹線のグりーン席で座ってたらいきなり子供抱えたおばさんが席を譲れった言ってきたの。
訳が分からないでしょ。
私も分からなかったわ。
子供が疲れてるけど座る場所がない。
お前若いんだから譲れって。
頭おかしいんじゃないのって言ったわ。
そしたら突き飛ばされて頭打って当たりどころが悪くて死んだらしいわ。
本当に頭おかしい奴っているのよ。
ああ、愛音ちゃんもそんなのにあったのね。
で、異世界に召喚される形になったわけ。
その時に同じように召喚された三人がいてね。
高校生の如月秋彦君と妹の春ちゃん、
それから違う高校の吉井太陽君。
それぞれ勇者、聖女、白騎士で私は魔法使い。
女神さまに魔王を倒せばどんな願いでもかなえてくれるって言われてね。
そうそう、私も含めてみんな死んじゃったらしいわ。
フレイアって国に召喚って形になってね、そこを拠点にして私達は戦ったの。
色々あって本当に大変だったわ。
国から色々バックアップは受けたんだけど、ゲームのように歩いて旅するだけでもつらかったし、食べ物もおいしくなかったわ。
魔王と戦ってるのに邪魔してくる連中とかもいたし。
後は、日本で太陽君のせいで死んだ高杉君が黒騎士になって襲って来たり、春ちゃん達は父親の借金のせいで心中したから日本に戻りたくないとか。
どうしたのリッシュちゃん。
ああ、そうね。春ちゃん達には戦う理由ないと思うわよね。
けど魔王の方から勇者を殺しに来たの。
知ってるでしょうけど魔王を倒せるのは勇者だけ。
けど召喚されたばかりの私達なんてろくに戦えなかった。
沢山の人達が私達を守るために戦って死んでいった。
だから秋彦君も春ちゃんも、もちろん私も太陽君も戦ったの。
そうね、勇者と聖女は知ってるでしょうけど白騎士黒騎士も知ってるかしら。
あらカイさんは知らないみたいね。
簡単に言えば白騎士は防御特化で黒騎士は攻撃特化ね。
結局黒騎士の高杉君も一緒に戦ってくれたんだけど、魔王の元にたどり着くまで五年かかったわ。
その間に国が三つ滅びた。
私達を召喚したフレイアもね。
フレイアで一番強い騎士でずっと一緒に戦ってくれたロレンスさんは、私達を逃がすために水の奴に戦いを挑んで帰ってこなかった。
水の奴って言うのは魔王配下の七魔人の一人。
七魔人の中でも月の奴が最悪で次に水。
結局そいつらは倒せなくて仕方なく封印したの。
そうね、水の奴だけでも殺してやりたかった。
多分魔王と戦う直前くらいの私達なら倒せたでしょうね。
他のは何とか倒したわ。
どうしたのカイさん。
何でもない。
そう、それならいいけど。
魔王は強かったわ。
倒したと思ったらパワーアップして立ち上がったの。
確かにお約束だけど第七形態になった時はいい加減にしろって思ったわ。
結局第十形態で終わり。
もし十一形態があったら間違いなく負けてた。
それで女神様に願いを叶えてもらう事になった訳だけど、私は元の世界に帰りたいって思ってたわ。
子供の頃から先生になるのが夢だったの。
小学校の時の担任だった先生がとっても素敵であんなふうになりたいってずっと思ってた。
けどそれに高杉君が待ったをかけたの。
自分の従兄で先生をしていた人は心を病んで自殺したって。
学校の先生になんかなるんじゃなかった。
遺書にはそれはもう目を疑うような事が書かれていて、先生になんかなるべきじゃない。
帰るのは別にいいけど学校の先生にはならない方がいいってね。
そう言われても子供の頃からの夢だったし。
そんな私に春ちゃんが私が日本に帰って先生をしたらどうなるか知りたいって女神様にお願いしたの。
自分には欲しい願いがないからって。
だから私は夢を見てるの。
本物の私は向こうでこの私は分身みたいなものね。
それをついさっき思い出した。
何か世界に大きな影響がある事が起きたんだと思う。
あなた達心当たりありそうね。
へえ、この騒動のネクロマンサーを倒した。
ああ、間違いなくそれだわ。
とにかく新幹線であのおばさんに殺された直後に戻ってきたの。
打ち所が悪かったけど特に後遺症もなかったって事になってたわ。
それから教育実習をして、中学校の先生になったんだけどね。
本当に思ったわ。
先生になんかなるんじゃなかったって。
世の中なめてるガキ共に頭のおかしいモンペ。
うんざいりだったわ。
クソガキ共は授業きかないどころか邪魔するし、おとなしい子をイジメる。
そんな人に迷惑かけるクソガキは注意しても聞かないし、ちょっと強めに言ったら乗り込んできて騒ぐ馬鹿親共。
アイツら本当に人の話を聞かないし自分達の子供が悪いとか間違ってるとか絶対に思わないのよ。
モンペって最低最悪よ。
あれは二年目の冬だった。
毎日毎日家に帰っては何でこんなことしてるんだろうって思って。
朝になると学校に行きたくなくてたまらなかった。
あらカイさんもそうだったの。
ええそうね、
先生の仕事がしたいとか、したくないとかじゃなくて、学校に行きたくないのよ。
疲れて眠くても寝たら次の瞬間には朝になる。
学校に行きたくないから眠りたくない。
本当に嫌で嫌で仕方なかったわ。
そんなある日、朝目が覚めたら体があちこち痛くなって、動けなくて、何故か涙が止まらなくなった。
もう何も考えられなくて、何にも出来なくて、けど友達に電話したのは憶えてる。
何を言ったのか憶えてないし、多分殆ど何も伝わらなかったと思うわ、
でもすぐに駆けつけてくれた。
その場で学校の先生を辞めろって言われて、あちこち連絡してくれてるのをボーって見てた。
最後までモンペ連中は無責任だとか言ってたらしいわ。
ああ、さっきのおばさんもその一人よ。
今頃ゾンビのえさになってるでしょうね。
ざまあみろ。
そうね、先生を辞めるって事が頭に浮かばなかったわ。
やらなきゃならない。
とにかく先生をしなきゃって。
あら、カイさんも仲間だったの。
お互い無駄な時間を過ごしたよね。
それからは一年程病院の精神科に通う以外は家にこもってゲームしてたわ。
気が付いたら世界がこんなになってて、食べ物なくなったから仕方なく外に出たらゾンビに追いかけられて、ここに逃げ込んだ。
そしたら先生だったでしょってモンペ共が絡んできて、関係ないって言ったらこっちが悪いみたいに騒いで。
すり減ってた心が少し良くなってきてたのに、ろくに寝ることも出来なくなったわ。
けど全部認識したからもう大丈夫。
あとそうね、明後日くらいでこの私は消えて向こうの私が目を覚ます。
ええ、もちろん日本には帰らないわ。
へえ、あなた達からすれば魔王が倒されたのは千年前になるのね。
なら向こうで会うことはないでしょう。
向こうで恋愛要素って、なかったわよ。
そんな暇とか余裕なかったし。
えっと、女主人公と言えば恋愛。
世界の危機とか関係なくとにかく恋愛だろって。
恋愛、愛され、溺愛が基本って言われてもね。
何よ溺愛って。
ああ、カイさんが言いたいのはアレでしょ。
少女漫画的なやつの事。
全部終わったと思ったら何の脈絡もなく地位も名誉もあるイケメンがいきなり出てきて、『好きです結婚してください』って言われて『あ、貴方は、あの時の。はい喜んで』とかでしょ。
もてない女の子の妄想でしょそんなもの。
自分からじゃなくて相手から好き好き言われるとかね。
第一主人公と言えば勇者の秋彦君よ。
もっとも、彼もそんな余裕なかったと思うけどね。
とにかく私は向こうでのんびりするわ。
でもその前にイジメしてたクソガキ共とゴミモンペ連中は、ね。




