元社畜と月の魔女
風上さんに連れられて中学校の校舎に入ってみると中には結構人がいた。
年齢は様々だったがやはり子供も少なくはない。
彼らは俺達を遠巻きに見ているが話しかけてくるものはいなかった。
そのまま宿直室と書かれた部屋の前までやってきて、風上さんがポケットから鍵を取り出した時だ。
校舎の奥から女の子が息をきらせて走ってきた。
おそらく中学生だと思う。
「風上先生。水谷達がバット持って裏門の方へ行ったんです。また何かする気です!」
裏門と来たか。
つまりさっきのガキ共か。
それを聞いた風上さんは実にめんどくさそうな顔をした。
「河野さん。あいつ等ならバット持って通りかかった人に襲い掛かって返り討ちにあったわ」
「え、返り討ち、ですか」
「そう返り討ち。三人とも死んだわ。これで世の中少し良くなったわね」
実に軽く、そして興味なさそうに彼女は言った。
「死んだって、その」
河野と呼ばれた少女が俺達を見る。
確かに剣とか持った男がいれば不審者だ。
そこに二人の少女で片方は武器を持ったシスター。
うん、なんだこいつらってなるな。
「まあ、世の中がこんな状況で金属バット持って襲い掛かってきたからね」
ましてや女の子を襲うつもりのガキなんかくたばった方がいいだろ。
「そう。だから自業自得よ。あなたもあいつらの事なんか忘れなさい」
それだけ言うと風上さんは鍵を回して扉を開けた。
「で、でも、またあのおばさん達が」
おばさんと言う言葉に風上さんがピクリと反応した。
だが何事もなかったかのように俺達に中へどうぞと招いた。
「放っておきなさい。何を聞かれても知らないと言っておくといいわ。あんなの相手にする必要ないわ」
そして嫌なものを口にしたかのように、そう吐き捨てて中から扉を閉めた。
中は畳が敷かれた六畳ほどの部屋に簡単なキッチンが備え付けらていて、部屋の端には布団がしかれていた。
歴史を感じる木の机を囲むように座布団があり、そこに座っていると冷蔵庫から取り出したペットボトルを持った風上さんがよいしょと腰を下ろした。
「はい、冷たい水どうぞ。電気が生きてるってのはありがたいよね」
「はい、冷たい水どうも。あっちに比べたら電気自体がありがいですけどね」
蓋をあけて口をつけると気づかないうちに喉が渇いていたらしく冷たい水がとてもうまく感じた。
「よかったら、これどうぞ」
荷物の中からチョコバーを取り出して机の上に置くと風上さんがうれしそうな声を上げた。
「おお、ありがとう。やっぱり甘い物食べないと力でないのよね」
風上さんは包装紙を破るとおいしそうにかじりだした。
そんな当たり前の仕草さえ絵になる。
世間で人気のアイドルや女優が霞んで見える。
こんな先生がいたら生徒達の性癖がゆがむぞ。
言っては何だが男子生徒からすれば同年代の女の子など興味の対象にならないだろう。
比較対象がこれでは。
「ごちそうさま。では改めて私は風上月子。これでも勇者と一緒に魔王を倒したのよ」
いきなり爆弾をぶっこんで来た。
「えっ、魔王を倒したとおっしゃいますか。しかし魔王は健在ですが」
リッシュの言う通り。
そのために愛音や達也君が召喚されたわけだし。
「あの、もしかして月子さんって、月の魔女様」
「そうそう、それ。何だ知ってるじゃない。誰が言い出してのか知らないけどその名前気に入ってるのよ」
愛音の言葉に風上さんはあっさりと肯定した。
リッシュを見ると驚きにポカンと口を開け、目を大きく見開いていた。
「すまないが俺はその辺知らないんだ。教えてもらえないだろうか」
有名人ってのは分かる。
しかし聞いたことがない。
「あらそうなの。なら初めから話しましょう」
風上さんがそう言った時だ。
扉がバンッと勢いよく開いた。
「ちょっと風上先生! どう言う事ですか!」
現れたのは真っ赤の顔の神経質そうな四十そこらのおばさんだった。
そのおばさんを見た瞬間、風上さんは別人のような白けた顔をした。
「何がですか。見てわかると思いますが私はお客さんと話し中です」
「何がじゃないでしょ! うちの明がいなくなったんですよ!」
「私はもう先生じゃないですから他所を当たってください」
「な、無責任でしょう! あなた家の子の担任だったじゃない!」
本当にうるさいなこのおばさん。
しかも言いがかりだしこうして俺達が話しているのに割り込んで来る。
こんな頭おかしい保護者が本当にいるとは。
風上さんに同情するぞ。
そんな風上さんだがスッと手を上げおばさんを指さし呪文を唱えた。
「世界よ。言葉を記せ。私に従え。呪言強制」
何かが指先から飛んだわけではない。
だがキーキー騒いでたおばさんの動きがピタリと止まった。
「学校から出ていけ。そのまま歩いて家に帰れ」
その言葉が聞こえたのかおばさんはフラフラと歩いて去って行った。
そして風上さんは何事のなかったかのように立ち上がって扉を閉めると元の場所によいしょと座った。
「何ですか今のは」
普通の魔法なら何かが飛んで当たらなければならないはずだ。
どんな魔法でも発動すればわかる。
だが今のは呪文を唱えて指さしただけだ。
ガタッと音がしそちらを見るとリッシュが小さく震えていた。
「まさか今のは。その、大いなる支配の言葉、ですか」
「あら、良く分かったね。正解」
何だそれは。
名前からして他の魔法とは一線を画すような気がするが。
俺の視線に気づいたのかリッシュが震える声で話し出した。
「最強と呼ばれた遺失魔法の一つです。あったのではないかと言われていましたが。まさか本当に実在したとは」
俺の魔法を教えた時より遥かに驚いてる。
それほどと言う事か。
「簡単に言うと言葉に力を持たせる魔法です」
「言葉に力。まさかさっきのおばさん。風上さんが従えって言ったから従ったのか」
「そうよ。耳ふさいでも意味ないわ」
それは防ぐ手段あるのか。
対人なら最強だろ。
「ねえ月子さん。現状で歩いて帰れって死ねって言ってるようなものじゃないの」
対して愛音は軽かった。
ゾンビがうろついている中を歩いていれば格好の的だろう。
間違いなく途中で襲われて死ぬ。
「何か問題あるかしら。あんなの別にいなくなっても私は困らないわ。と言うかむしろいなくなればいいわ」
風上さんはそう吐き捨てた。
よほど嫌いと見える。
「うんそうだね。どこにでも自分勝手な馬鹿はいるよね」
そして愛音は経験からあっさりと肯定した。
「そうそう、ああいう馬鹿は死ねばいいのよ」
元教師は実にやさぐれてていた。




